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「薬効成分は根、茎、葉、いずれにもある。根が白いのが特徴だ」

「ああ、その薬草なら森で見たことがある。獣臭いやつだよな」

「カレルといっしょにちょっくら行って、見つけてくらあ」

 よく薬草採取をするカルノとチエムが、アルノから標本図を見せられて意気込む。


「決してひとりで行動しないで。森で知らない人に話しかけられても、近寄っちゃだめよ。もしかして、ヨルグ町から逃げて来た人かもしれないから」

 検閲の必要性をアルノから説明を受けたリシェルが言う。

「あり得るな」

「それか、町のやつが薬草を探しに来ているかもしれないしな」

 リシェルの言に、ふたりは頷く。


 幼くとも流行り病の恐ろしさは、いろんな人間から聞き知っている。親という確固たる後ろ盾がないからこそ、こういう大きな難事には切り捨てられがちになる。

 すぐ近くの町で流行り病が発生したということは、この村も安全ではないということだ。なのに、落ち着いていられるのは、アルノと彼を求心力として集まってきた者たちのお陰だった。わずかな時間しかともに暮らしていないのにもかかわらず、自分たちを切り捨てないと思うことができた。


「わたしたちはスライム・クラフトの準備をしておくわ」

「ご飯と水と土と」

 エニーが頼もしく請け負い、ティコも必要なものを挙げる。


「チュライムにがんばってね、っていっておくね!」

「メイニ君、ぜひ、そこから見せてくれたまえ」

 スライム・クラフトにおいて重要な役目を担うメイニの宣言に、ピートが前のめりになる。

「うぅん、でも、チュライム、おじたんのこと、」

 メイニはピートを慮ってみなまで言わなかった。言わなかったものの、優秀な頭脳を持つピートは察した。そして、しょんぼりと肩を落とす。大柄な体格が心なしかひと回りしぼんでしまったかのようだ。


「気持ちは分かるけれど、仕方がないよな」

「そうだよな。好きじゃない人に触られて、スライムのやる気がなくなったら、大変だものな」

 カレルとチエムがここぞとばかりにからかう。ふたりは温厚なピートに懐いていた。


「ふむ。ピート、観察するなら離れたところからにしろ」

「レ、レファートさんまで!」

「スライムの士気が落ちて効率が下がったらどうする」

「エルミラ君まで!」

「ピート、論文を書くのを手伝ってくれ」

「アルノ君、それは君がやりたまえ」

 地団駄踏まんばかりに騒いでいたピートは、アルノのどさくさ紛れの要請に、冷静に断る。


 メイニはスライムたちに願う。

「メイニをたちゅけてくれたように、ほかのひとたちもたちゅけてほちいの」

 騒いでいた者たちは自然と頭を垂れる。幼くとも自分が助けてもらったのだから、今度は自分がほかの人を救うのだという清廉な気持ちを持っているのだ。


 人はひとりでは生きていけない社会性を持つ動物だ。メイニやともに暮らす子供たちはその社会性に助けられる反面、厄介事を押し付けられることが多かった。それでも、された嫌なことに拘泥(こうでい)せず、してもらったことに恩を感じ、自分も返そうとする。


「だからこそ、メイニ君の気持ちはスライムたちに届くのかもしれないな」

 ピートが草むらから覗きながら、そうつぶやいた。

「おじさん、それ、とっても怪しいわよ」

 エニーが胡乱な目で見やりながら、通り過ぎて行った。




 レファートから指示を受けたフランクが流行り病の症状や流行範囲、そのほかに領主の対応策や薬や薬草の不足具合を確認してきた。

「領主はバダーであるとの報告を受けたようですが、布告はまだ控えているようです」

「混乱を避けてのことだろうが、後手に回るのは悪手だ」

「そうですね」

 とにかく、流行り病は水際で食い止めることが肝要だ。村の施策に口を挟むことはないレファートがまず真っ先に検疫を要求したのは、そのためだ。


「ヨルグ町のみならず、周辺でオウカコウ不足が目立ってきました」

 布告がなされていないのに、薬や薬草が不足するということは、人づてに病のことが知られているということだ。

「バダーが恐ろしいのは噂と同じくらいの速さで席巻していくことだ」


「アルノさんがオウカコウからバダーの特効薬を開発されたのですよね」

「ああ。薬草さえあれば、薬は作り放題だ」

「作り放題、いい言葉ですね。なるべくオウカコウを集めます」

 冗談めかしてそう言った後、フランクは声を抑えた。

「クレティアン製薬商会がオウカコウを集めています」

「さすがに動きが速いな」

 レファートがキャメル色の瞳を(すが)める。


 クレティアンは大手の製薬商会だ。カトリエン商会は総合商会だが、少し前まで製薬分野は弱く、クレティアンには一歩も二歩も及ばなかった。

 だが、学者となり称号まで持つに至ったカトリエン商会の三男が、師の開発研究した薬の販売契約を結んだ。これがバダーの新たな特効薬となった。


 それまでの副作用が強く効き目にむらがある薬とは雲泥の差の特効薬によって、カトリエン商会は製薬市場で大きな存在感を示すようになった。レファートはカトリエン商会において強い発言権を得るに至った。

 師への傾倒に拍車がかかった一因である。


「実は、ジョエル・クレティアンからひそかに声をかけられたことがある」

「クレティアン製薬商会会頭に引き抜きにあったのですか?!」

 フランクが悲鳴じみた声を上げた。


「わたしが、というよりも師を照準に合わせてのことだ」

「カトリエン商会でも、アルノさんへの仲介は坊ちゃんが一手にしていますからね。ということは、オウカコウの買い占めは振られた腹いせということかもしれませんね」

 これはますます薬の素材が手に入れにくくなる、とフランクは渋面になる。


 大手商会どうしが儲けのために薬やその素材を独占するのに血道を上げる。それは儲け以外にも意地や優位に立つため、といった要素があるだろう。

 ばかばかしいにもほどがある。彼らにとっては人命すら、駒のひとつでしかないのだ。


 フランクが内心で毒づいている内容は分からないものの、商会同士のつばぜり合いを快く思っていないのを、レファートは察した。

 少し考え、論文提出するのだから早いか遅いかの違いだとして、フランクにもスライム・クラフトについて話すことにした。

 敏腕商人もさすがにあんぐりと口を開けた。冷静沈着な部下のこんな顔を拝めるのも、そう多い機会ではない、とレファートはこっそり考えた。


「な、なんですか、そんなことが本当にできるんですか?」

「今まで最弱の魔物として捨て置かれたスライムだからこそ、誰もその生態に関心を持たなかったのだ」

「いやはや。となると、アルノさんがこの村へやって来たのは、まさしく運命とも言えるのかもしれませんね」

 フランクの言に、そうかもしれないとレファートは思う。


 大陸でも十指に満たない賢師の称号を持つアルノが、スライムを使役する光魔法を()く使うリシェル、そしてスライムと意思疎通ができるメイニと出会ったのだ。

 そして、メイニを救うために原理を知らないまま、スライム・クラフトを行った。器材がなくては分離が難しい薬草の薬効成分を分離させたのか、はたまた成長を促すことで薬効成分を得たのかは、今となっては不明だが、とにかく、それでアルノは研究の方向性を得た。


「その薬をわたしが買い取った。そして、おそらく坊ちゃんのお師匠さまだろうと察して所在を聞き出しておふたりを引き合わせた。やはり、運命ですね」

「師ほどの学者ともなれば、天もその才に感銘を受け、その能力がいかんなく発揮されるように万事を整えようとするのだろう。だが、凡人はそうはいかない」

 レファートの言わんとするところを、フランクが察する。


「ゴッドフリート大学は協力を拒否してきたのですか?」

「ああ」

 事も無げに頷くレファートに、フランクは彼の思惑を読み取る。


 アルノが論文を発表したら、ゴッドフリート大学の学長もスライム・クラフトを知ることになる。そのときになって以前所属していた(よしみ)を持ち出して迎合しようにもすでに協力を断っている。拒否するのも条件付きで受け入れるのも、どちらの手札もレファートの手の中だ。


 つまり、レファートは現状、断られることを承知で協力を打診したのだ。

 こういった交渉術はアルノは不得手であろうから、レファートに任せるのは当然の成り行きであろうと頷いたフランクは、ふと気になっていたことを尋ねた。


「それにしても、アルノさんは複数の特許取得者で、我がカトリエン商会との契約も結んでいる。相応の財産をお持ちですが、どうしてまた、薬を売ってお金を作ろうとしたんですか?」

「金銭に関してはわたしに一任しているので、すっかり忘れていたんだそうだ」

「それは、また、」

 商人として聞き捨てならないことを聞いてフランクは絶句する。今ではアルノの人柄を知っていたため、持つ者の傲慢さとは思えない。


「わたしはちゃんと師に、投資分以外は複数銀行に分散して預けてあると伝えていた」

「ははあ。ご自身がお金持ちだということを忘れていらっしゃったんですねえ」

「おそらく、その認識すらないのではないか」

「ははあ」

 もう、なんと言っていいかわからなくなったフランクはため息をつくほかなかった。


 少しでも安く買い、高く売る。その差額が儲けになる。一ナードたりとも粗末にしないのが商人だ。アルノはたぶん、粗末にするのではなく、金銭にさほど興味を持たないのだろう。それでいて、研究をするには器材が必要で、そのために金銭が要るということはよくよく理解している風だ。


「アルノさんの住居分のお金をもらいます、って言ったら、まだ現実味を感じるのではないですか?」

「その程度の金銭を師から取ろうなど、言語道断。師から頂戴するのは研究施設に関する分で十分だ」

 共同研究者として研究関連費用は折半だが、住居をはじめとする生活に関するものはレファートの懐から出ている。アルノは使うにしろ入るにしろ、金銭に関することをレファートに一任している。だから、所持金のことを忘れがちになるのではないかと、フランクなどは思うのだが、口をつぐんでおくことにした。


 そして、レファートから、自分を助けてくれたようにほかの人たちを助けてくれとスライムに願ったメイニの言葉を聞いて、フランクもまた、頭を下げる。

「師はスライム・クラフトによる成果物を、ご自身の優位な立場を得るための手段とはしないとおっしゃった。わたしたち学者もまた、スライム・クラフトの最大功労者のひとりの言葉を胸に刻んだ」


 アルノはスライム・クラフトで得た収益を、親のいない子供や弱者に用いたいと言った。

「経費やメイニたちの取り分を差し引いて残った分は、彼女たちと同じように後ろ盾がない立場が弱い人間に使いたい」

「アルノさんは危なっかしいですな」

 受けた感銘を隠すために、フランクはわざとそんな風に言った。

「だからこそ、わたしたちがいる」

「はい」

 フランクは自分もまた頭数に入れられていることを察して唇をほころばせる。


 海千山千の商人たちからすれば、権利を持つ学者を良いように使うことは容易なことだ。だから、その権利をアルノのやさしい気持ちの通りに行使されるよう、レファートが動く。このときから、フランクもそれに加わった。

 やさしい気持ちを持つ者たちが出会い、導かれるようにして世紀の発見がなされた。彼らのやさしい気持ちがつぶされないようにするために、自身の能力を振るうのだと思えば、誇らしくすらあった。




「このくさ、くさいんだって」

「すらいむにははながないから、だいじょうぶ」

「はながあったら、とりこむとき、うえーってなっちゃう」

「このくさいくさからつくられたくすりも、くさいのかな?」

「のむとき、うえーってなっちゃう?」

「いやーん」




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