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 強硬に反対したのはレファートだ。

 エルミラは静観の構えで、リシェルは賛成したいところだが、という態だった。


「ねえ、そのスライムなんとかって、一体なんなの?」

 カリスタが怪訝そうな顔をする。アルノとレファート、エルミラ以外の学者たちが敏感になにかあるのだと察してそわそわする。


「スライムを研究しているのは知っているな?」

「当り前じゃない。あなたがそのためにこんなに人も物資も集めて、この村を様変わりさせたんだから」

 カリスタが腕組みする。その上に胸がのり、一部男性陣の視線が注がれる。


「スライムは体内に取り込んだ植物の成長を促す。葉や茎、根のかけらからも全草へと成長させる上、植物が持つ以上のスピードでこれを行う」

「ま、待って、どういうこと? スライムの体内で?」

 学者たちのため息交じりの感嘆の中、カリスタの混乱した声が響く。


「もちろん、それには栄養と水、土といった要因の他、光魔法が必要だ」

「それにメイニ君の呼びかけだな?」

 アルノの説明に付け加えたのはピートだ。


「メイニ君ならば、スライムに正確に意思を伝えることができる」

「待ってくれ。だとしても、いや、だったら、スライムは意識的に植物を増やしているというのか?」

「だが、それは幼児が言っているにすぎないのだろう? 大体、スライムと意思疎通ができるということ自体、眉唾ものだ」

 学者たちが一斉に話し出す。


 レファートが一歩前へ出て、手のひらを二度三度打ち鳴らす。静かになった同輩らを一瞥した後、ふたたび後ろへ戻り、師にその場を譲る。

「す、すげえ」

「今、ひと言もしゃべっていなかったよな」

「さすがは、レファートさん!」

 カレルとチエム、エニーがそれぞれ小声で意見しあう。


 そんな子供たちを他所に、アルノが口を開く。

「確かに、メイニがスライムと意思疎通をしているかどうかの確証を提示することは、今のところ難しい。だが、彼女の出す指示の通り、スライムが動くことからも、この推論は間違っていないと思う」

「では、スライムが意識的に植物を増やしているというのも?」

 ハンクが挙手して尋ねる。

「それもまだ確実ではない。生命維持に必要以上の栄養素と光魔法を与えたら、自然に取り込んだ植物を成長させ増やすのかもしれない」


 リシェルは未確定要素が多いとみなされないかとはらはらしたが、学者たちは逆に凪いでいた。未確定のことに予断を差しはさむ方が、事実と乖離することを、経験上知っているのだ。だから、分からないことは分からないとすることが大切だと彼らは知っている。


「ただ、メイニがスライムに語り掛けることは決して無駄ではないと、俺は思う」

「おお、わたしも賛成だ」

「わたしも、です」

 アルノにピートが言い、リシェルもおずおずと声を上げる。


「それで、なんでレファートさんは躍起になって反対しているの?」

「これは世紀の発見だ。それをこんなにあっさりと情報開示するなんて!」

 事情が呑み込めたところで、ふと疑問に思って尋ねたカリスタに、レファートが憤慨する。


「ああ、尊敬する師匠の手柄を、苦労していないどこかの誰かに横取りされるのが嫌だったのね」

「そう言うな。学者は実績を喉から手が出るほど欲するものだ。認められなければ侮られる。それに、わたくしたちも霞を食べて生きていけるものではない」

 呆れるカリスタに、常に張り合うエルミラがこのときばかりは好敵手を擁護する。ほかの学者たちも銘々頷く。


「そうね。なにをするにしても、お金は必要だものね。へっぽこ学者の効くかどうかわからない薬を、買おうという人もいないでしょうし」

 歯に衣着せぬ言葉ではあるものの、カリスタの言う通りだった。


「わかった。じゃあ、論文を書いて学界に送る。それでいいだろう?」

「すぐにですよ! スライム・クラフトはこちらに任せて、師は今すぐ取り掛かってください。特許申請も同時に行いましょう」

「幸い、この先スライム・クラフトを何度も行うのだから、顕微鏡で観察し放題です」

 レファートとエルミラが揃って言うのに、アルノが辟易する風を見せる。


「あら、ちょうどいいじゃない。流行り病の薬になる薬草を、スライムが増やしたという実績もプラスされるわ」

「ああ、そうだな。どうせ薬をつくってやるのなら、町長をはじめとする有力者の口添えをさせよう」

「特許取得者である我が師がじきじきにつくる薬だ。せいぜい恩に着せ、麗々しい美辞麗句をしたためさせよう」

 カリスタがぱんと手のひらを打ち合せ、レファートとエルミラも良い案だと頷き合う。


「すっかりカリスタは村長代理ね」

「論文か。スライム・クラフトや製薬で忙しくなるのに」

 リシェルが感心する傍らでアルノが肩を落とす。


「はっはっは。そのスライム・クラフトはぜひともわたしたちにも見せてほしいものだからな。こっちは任せておきたまえ」

「製薬はレファートさんやエルミラさんがアルノさんの薫陶を受けていますしね」

 高揚のあまりピートが笑い声を上げ、ハンクが続ける。


「どうせ論文を書くのだから、ゴッドフリート大学に協力を要請しよう」

「しかし、学長は適当な理由をつけてアルノ君を追い出したのだぞ? 大学としては流行り病終息にひと役買えるのは悪い話ではないが、君は腹が立たないのかね?」

 ピートが眼鏡のブリッジを持ち上げる。そうすることで、レンズが照明を反射し、表情を見づらくさせる。


「そうだな。だが、腹が立つからといって、なんでもかんでも敵対すればいいというものではない。ましてや、相手を負かそうとしなくていい。たとえ勝ったとしても一時的にすっきりするだけで、相手の恨みを買うことになる。それよりも、相手を味方につけ、協力を取り付けた方がいい。自分にはないものをもっているかもしれないのだから。自分と同じことができたとしたら、そちらを任せて、自分はほかのことに専念することができる。俺にはできることはそう多くない。けれど、君たちや大学の優秀な者たちと力を合わせれば、きっとこの流行り病も早急に終息させることができる」

 その言葉を聞いて、居並ぶ者たちは開眼し、あるいは感銘を受ける。


 人手はいくらあってもいい。ましてや、優秀な者だったら、こちらから協力を乞うべきだ。なのに、そんな発想にはいたらなかった。

 自分の卑小さを思い知らされる。

 自然と自省を促したのは、アルノの恬淡(てんたん)とした雰囲気からだ。


 これほどの見識の持ち主なのに、威張ることはない。彼にとってそれが常態、普通のことなのだ。功名心よりも、世の出来事を知りたい、解き明かしたいという気持ちが強い。無数にある事象を知るためには、自分ひとりでは成し得ず、だから、大勢の人の力を借りようとする。自分ひとりの見方では方向性が固定されがちになるのであれば、まったく違う視点を得ればいいという考え方をする。

 だから、他者への敬意がある。張り合わなくていいのだ。勝敗ではない。相手に勝たなくていい。


 一見取るに足りない意見に聞こえるかもしれないものでも、見下したりしない。意見は意見なのだから。それ以外のなにものでもない。

 そういった受け取り方をするのは、世界には無数の事柄が散らばっているということを、アルノは熟知しているからだ。そこに価値を見出すのは人であり、人は無数にいるのだから、価値観も多岐にわたる。


 それに気づかず、自分が正しいという考え方に縛られると、自分を苦しめることになる。

 自分の嫉妬や過去のわだかまりに捉われる必要はない。

 許せないことは許せないこととしてそのままにしておき、呪縛から解放されるのであれば、そうすればいい。それも、すべて自由だ。

 他者と比べて優れていると思わなくていいのだ。必死になって頑張って、そのことを自分の中で誇っていればいい。


 こうして、アルノたちは難事に取り組むことになった。





「すらいむはすらいむ。だから、すらいむ」

「ゆっくりしかうごけなくても、ただ、すらいむだからすらいむ」

「むずかしいことをかんがえられなくても、ただ、すらいむだからすらいむ」

「べつのなにかになりえない」

「ただ、すらいむとしてそんざいするだけ」

「それはかなしいことでもみっともないことでもない」

「すらいむはすらいむ。だから、すらいむ」



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