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 アルノは研究室でレファートやエルミラとともに顕微鏡をのぞいていた。

 対象はスライムで、おとなしくしている。

「細胞が動いている?」

 顕微鏡を覗き込むアルノが思わず声を上げた。


「免疫細胞ではないのですか?」

「いや、取り込んだ植物の細胞壁が増えている」

 傍らにいたレファートが尋ね、アルノが前言を撤回する。しかし、それはレファートにもエルミラにも予想をはるかに超える言葉だった。

「え?」

「植物の?」

 高弟ふたりは息を呑む。


「細胞分裂が行われているのか?」

 アルノは上半身を起こして考えをまとめる。


「これは仮説ですらない、単なる思いつきにすぎないが、スライムは取り込んだものの分離ではなく、細胞分裂を促すのではないか?」

「自己細胞のではなく、取り込んだ物質の?」

「だが、我が師よ、動物細胞と植物細胞には決定的な違いがある」

 レファートとエルミラが口々に言う。


「ああ。細胞壁や葉緑体、液胞などだな。もちろん、それらのコピーをつくるのではない。ただ、成長を促す植物固有要因に作用するなんらかの因子を、スライムが持っているのではないだろうか」

「なるほど。そう考えれば、可能性がありそうですね」


 スライムの体内において、取り込んだ植物の細胞壁が増えている。

 植物が消化や分離されたのではなく、生み出されたのではないだろうか。背筋が粟立ちつつも、アルノは考えることを止められなかった。

 そして、最終的にはある程度成長した植物を、スライムは体外に排出した。


「スライムの体内で成長した植物は、動物が持たない要素、毒性成分(アルカロイド)を持つのだろうか」

「調べてみましょう」

「ほかにもスライムを連れてきましょうか?」

「ああ、別のスライムでも確認しよう」

 調査の結果、毒の成分は発見された。


「本来スライムが持たないはずの毒物が生成された。これはものすごいことだ」

 呆然とするアルノに、それ以上に虚を突かれた態のレファートとエルミラは声もない。


 動けないからこそ、植物はさまざまな化合物を持つに至った。

 そして、その化合物はときに、動物の細胞内の受容体に結合する。受容体は決められた物質としか結合しないのに、植物の化合物が動物の受容体に適合する形を持っているのだ。

 これは、生命の神秘ともいえる。


「ですが、「妖精の帽子」は薬効分離を行ったのですよね?」

「そこが肝心なんだ。メイニの薬を必要としたときにはリシェルがスライムに「メイニを助けてくれ」と伝えた。そして、販売するものについては、メイニがスライムに「頑張って」と伝えている」

 レファートもエルミラも息を呑む。


「つまり、ある程度、スライムの意志で制御できると?」

「断定する判断材料がそろっていない。おそらく、スライムは魔力循環量が多いのに、魔物の中で最弱とされているのは、動きが遅いからだ。魔力は取り込んだ植物の成長を促すことに使っているからではないか?」

 取り込んだ植物細胞の分裂が行われているのではないか。


「そうやって食料を増やし、存続しようとしてきたのではないか」

 スライムの持つ栄養素と魔力によって、植物の急成長が促されている。そう考えられないだろうか。

 動作が遅いのは特殊能が働いているからだ。また、体内魔力はそちらに用いられる。


「動作が遅いから、せっかく捕食した希少な獲物は消化するのが優先されるのだろう」

 だから、潤沢な食事と魔力を与えてやればスライム液ができる。

「当然、特殊能を使用するには安全な場所が必要となる」

 スライムを撫でながら行ったことも、気持ちを落ち着かせることにつながったのだろう。


「魔力を大量に使用するとして、循環魔力量減少性ショックがひき起こされることも予想されるな」

 大量の魔力喪失によって、低魔力常態になって各機能障害が生じる危険性が出てくる。早急な魔力供給が必要となる。


 熱に浮かされたように仮説を並べ立てるアルノは、当時はほとんど解明されていなかったものを、その頭脳で生み出した推論を組み立て、事実に肉薄していた。


「おそらく、直接消化器官に入らないと、免疫細胞の格好の餌食になるだろう」

 消化器官で消化され、細かく分解される。その後、栄養素として吸収される。

「だが、それは食料の場合だ。十分にエネルギーが足りている場合、栄養素としてではなく、「保存食」とするために増やすんだ」

 レファートとエルミラは動きを止めてアルノの言葉に聞き入っていた。


「取り込んだ生物の細胞を増やすことで、植物を成長させることができる。植物の分化全能性のことを鑑みれば、その生命を生み出すことができると言える」

「すごい……」

 そのつぶやきはふたりのうち誰のものだったか。


「ああ、ものすごいことだ。スライムは取り込んだ生命を生み出すことができる。そう、いわば、スライム・クリエイトだな」

「「スライム・クリエイト」」

 レファートとエルミラの声が揃う。

 アルノたち研究グループは、ひとつの方針を得て、理論構築と実験を重ねていく。




「エネルギーと魔力が一定以上あれば、取り込んだ植物の複製(レプリカ)を作り出せるというのですね」

「あとはスライムが安全性確保だな」

「つまり、リシェルの光魔法とメイニの慰撫(いぶ)があればこそ、植物の成長を促し、最終的には新たな葉、枝、茎、根を生み出すことができる。ただ、それでは運に頼るほかない。指示を与えることができないかな」


 レファートとエルミラの発言にアルノが結論付け、その先の出来事を提示する。三人は寝食を忘れて研究に没頭した。

 寝床に入って目をつぶっても、脳はフル回転の名残を残す。様々なことを思いつき、それを忘れないようにメモを取る。

 ティコがなかなか起きてこないアルノの部屋を訪ねたら、枕元は紙片だらけだったとリシェルに伝える。

「その道を究めようとする人は起きている間中、対象のことについているものなのでしょうね」

 また、そうでなくては、なにかを発見したり、生み出したり、成し遂げたりすることなどできない。容易にたどり着くものではないのだ。


「動物では作れない要素を、植物は体内で作っている。動物は植物を食べることで、それらを得ているんだ」

「スライムはその要素を得るために、体内で植物を作っているということでしょうか?」

「一足飛びにその結論に到達するのは危険だな。そうかもしれないし、そうでないかもしれない」

 エルミラの問いにアルノは安易に結論付けようとはしなかった。


「培養は厳しい条件を必要とする。それでも、一部分を切り取って行うことは失敗しやすい。だが、スライムの体内という特殊条件下で培養しているのだと仮定すれば、」

「ですが、師よ。動物の細胞と植物の細胞は形からして違います」

 アルノが組み立てた仮説に、レファートが疑問を呈する。


「やはりここは、スライム・クリエイトの場面を顕微鏡で見るほかないな」

 仮説を立て議論をし、問題点や矛盾点を洗い出した後は、実験を繰り返し、データを取る。

 アルノの言葉に、レファートとエルミラが力強く頷く。

 エルミラが顕微鏡の微調整を行い、レファートがそれを補助する。


 アルノはリシェルとメイニを探しに外に出た。

 高く上った太陽から降り注ぐまばゆい陽光に、アルノはめまいを感じ、足を止めた。

「アルノ! 研究、終わったの?」

 真っ先に見つけたティコが駆けてくる。

 その声にほかの子供たちも気づきやって来る。


「ああ、ちょうどよかった。またスライム液をつくってほしいんだ。薬草を与える前に、食事と魔力をたっぷり注いでほしい」

 リシェルとメイニがしっかりと頷く。

「一匹でいいの?」

「いや、三匹必要だ」

 アルノと弟子ふたりがそれぞれ顕微鏡でスライムの体内で起こることを観察する。

「ね、ねえ、僕もその研究を見ていてもいい?」

 なにかを感じ取ったティコが言う。

「いいぞ。リシェルとメイニも研究室に来てくれ」

「じゃあ、俺も」

 カレルが言い、チエムとエニーもついてきた。


「チュライム、おなかいっぱいになった? じゃあねえ、これをふやちてくれる?」

 メイニがアルノに言われた通りにスライムに依頼する。

 そのスライムを、顕微鏡にセットする。

「チュライム、いいこね。じっとちていてね」

「リシェル、いいぞ。光魔法を充填してくれ」

「は、はい」

 アルノたちはスライムの内部をつぶさに観察した。

 顕微鏡の焦点をスライムの取り込んだ薬草に充てる。倍率を上げ調節を繰り返し、葉、茎、根を構成する細胞をとらえる。

 そして、そのときは訪れた。


 スライムの体内に取り込まれた薬草は生命活動のための糧となるのではなく、メイニが依頼した通り「増えた」。

 植物の細胞内の小器官がふたつに分裂する。今まさに、スライムの体内で植物の細胞分裂が行われていた。

「増えた。やはり、スライムの体内で培養された」





「わるいすらいむじゃないよ!」

「だから、どくをかかえてちかづいて……なんてしないよ」

「いやーん、しょうかしちゃったあ」

「あるかろいどをきゅうしゅうしちゃった」

「ちょっとえししてきたあ」

「ぶんりさせてぶんりさせて」

「あーれー」

「どくをかかえてちかづいて……なんてできないよ!」

「じぶんがとけちゃう!」

「「「こわーい、ぷるぷるぷるぷるぷるぷる」」」



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