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 スライムは体内で種の異なる細胞を分裂させ増やすことができる。

 現状では植物の細胞分裂を促すことで成長をさせる。これは、細胞、組織、器官において、植物のそれらが動物に比べて単純だからだ。

「だからこそ、スライム・クリエイトは可能だった」


 では、動物を創造することは可能だろうか。


 声には出さない考えに、研究者たちは顔を見合わせる。

 もはや、それは禁忌の領域のできごとだ。

「一概にはなんとも言えない。たとえば、植物は細胞間の浸透圧の差を利用して物質伝達を行っている。比べて、動物は心臓や肺という臓器を使って循環させている。それは、動物が筋肉という組織を使って動き、そのためにエネルギーを迅速に行き渡らせなければならないからだ」


 動物の仕組みには、複雑であるがゆえの弱点がある。いずれか一か所が壊れると、全体が機能しなくなりやすいのだ。

 比べて、植物は葉は何枚もあり、根は何本もある。一枚や一本がちぎれても、生存に大打撃とはならない。動物は動く体を持つ動物は手足が一本なくなれば、行動に大きな影響を受ける。


 植物は新たに葉を生やし、折れた茎をまた伸ばすことができる。単純な構造であるからこそ、外界の変化に柔軟に対応することができる。また、動けないからこそ、獲得した特性であるとも言える。


 植物の体性幹細胞は万能性を持ち、全器官をつくることができる。これが、特定の組織や系譜だけをつくる多細胞動物の幹細胞との大きな違いだ。

 細胞は特定の細胞種の性質を獲得すると分裂を停止し、細胞の伸長と膨張によって茎や葉といった器官は大きくなる。

 スライムは体内で別種の、たくさんの違いがある植物細胞の分裂を促進させているのだ。


「細胞分裂の順序は厳格に制御されており、不可逆的だ」

「フカギャクってなんだ?」

「後戻りできないってことよ」

 アルノの説明にチエムが小首を傾げ、リシェルがそっとささやく。アルノの傍らに立つレファートに視線を向けられ、ふたりは口をつぐむ。

 アルノの逆隣り、一歩後ろにはエルミラが佇んでいる。

 実験をし、データを取るアルノたちに、子供たちはなにが起きたのかと興味津々となった。そこで、アルノはいつもの通り、彼らに説明をすることにしたのだ。


「取り込まれた生命体に対して、十分な栄養素と魔力があるなどといった条件がそろっていれば、スライムの体内物質が大量に放出される。そうだな、仮にスラナーゼとでもしておこうか。そもそも、細胞の受容体は特定の因子としか結合しない。だが、スラナーゼは植物の細胞に結合したんだ。そして、植物の成長を促すなんらかの要因を促進した」

 アルノが興奮気味に話す。このとき、まだ植物の成長を制御する植物ホルモンの発見には至っていない。その学識からほとんど正解を言い当てていたのだ。


 スラナーゼはすみやかに取り込んだ植物の中に浸透していく。そして、成長に必要な植物ホルモンを活性化させる。

「それだけでなく、スラナーゼは各植物細胞の受容体に結合し、細胞内に入り、細胞分裂をも促す」


 スラナーゼは植物細胞が持つライクリンを活性化する。ライクリンは依存性キナーゼを活性化させる。ムニクロモソームメンテヘリカーゼを制御する依存性キナーゼが活性化されたことによって、細胞分裂が始まる。

 細胞分裂は決められた手順、順番をたどり行われる。


 ライクリンと依存性キナーゼが結合することによって細胞周期の特定段階を制御し、さらには次の段階に備えた事象を始動させる。

 設計図であるクロモソームを複製し、複数の段階を経て複雑な分裂過程をたどる。


 二本のクロモソームは同一の設計図を持ち、ラストンなどのクロモソーム結合タンパク質で構成される。

 その二本のクロモソームは紡錘糸によって引っ張られ分離する。それぞれのクロモソームがほぐれ、その周囲には膜ができ、核を形成する。

 このとき、タンパク質であるフラコイドが細胞全体の分裂に、葉緑体の分裂を協調させる。フラコイドは光合成に必須の膜構造の形成に関わっている。

 トラグモプラストの働きによって細胞膜と同じセルロースでできた円盤状の壁が成長し、最終的には細胞を半分に仕切り分裂する。


 なお、クロモソームはクロマチンが構造変換してつくりだされる棒状の構造体である。このクロマチンは染色しやすい物体としてアルノが発見し名付けていた。


 これら一連の細胞分裂の機序はまだこのとき、明確にはされていない。

 けれど、遠くない未来に明白になる。

 このときなされたスラナーゼの発見は、パラダイムシフトであった。

 唐突に現れた、誰も考えたことのない事柄だった。

 スラナーゼの発見によって、その後の生物学は様変わりした。細胞分裂の仕組みが加速度的に解明されていくきっかけとなった。アルノは細胞分裂の研究を進め、後世、有糸分裂研究やスライム研究の創始者であるとされた。


 だが、アルノの高揚はいまひとつ、子供たちには伝わらなかった。

「それにしたって、スラナーゼって」

「スライムだからスラナーゼ!」

 カレルが呆れ、チエムが大笑いではやしたてる。エニーは賢明にも口を閉じ、学習しないふたりに肩をすくめる。ティコはなにかすごい発見があったようだがよくわからなくて歯がゆく思っていた。

 メイニは顕微鏡から降ろしたスライムたちのうち、一匹を抱え、二匹を膝の上に置いて「チュラナーゼ!」とにこにこしている。スライムも呼応するかのようにぷるぷるしている。


「おそらく、今まで発見されていないからな。便宜上、名称が必要だ」

「い、いいんじゃないか、それで」

「わかりやすい言葉の方が覚えてもらいやすいものだし」

 カレルとチエムが慌ててそう言ったのは、アルノの言葉のせいではなく、その後方に立つふたりの弟子の冷ややかな視線のせいだ。


「新しい発見と命名!」

「ね、すごいよね。アルノ、やったね!」

 リシェルが世紀の発見の瞬間に立ち会ったとほほを紅潮させ、ティコもわからないながらもすごいことだとアルノを称え、ようやく弟子ふたりの視線は穏やかなものになった。


「ごく大雑把に言うと、動物の細胞は外側からくびれて、細胞質をちぎり切るように分裂する」

「うへえ」

 チエムが首をすくめる。


「植物の細胞は細胞の内側に円盤状の壁が徐々におおきくなっていって、最終的には細胞を半分にしきることによって分裂するんだ」

「そんなに違うのね」

 リシェルがノートを取る手を止めないまま感心する。


「ああ。これは、植物が細胞壁という強固な壁を持っているからだ」

「ということは、動物の細胞は壁を持たないのね」

「その通り。細胞膜を持っている。けれど、この膜を通り抜けるのはなかなか簡単なことではなくてね。動物の細胞分裂装置は紡錘形をしていて、植物のは樽形をしている」


 生命維持以上の光属性の魔力を供給することで、取り込んだ物質の細胞分裂を促すことから、「スライム・クラフト」と名付けられた。

 クラフトは素材の性質を捉え、それを巧みに活用する技能を要する。第三の手を動かしてスライムが取り込んだものの細胞分裂を促すことで植物細胞を新たに生み出すことからつけられた。


 この奇跡のようなできごとは、アルノが構築した理論のもと、リシェルとメイニという稀有な者たちの手によって実証された。

 こうして、賢師の称号を持つ天才学者とスライム使役術の天才、そしてスライムと意思疎通ができる天才が出会ったことから、スライム・クラフトの道が開かれたのである。




「す」

「ら」

「い」

「ま」

「か」

「ら」

「ふ」

「と」

「なんかちがう?」

「おしーい」

「もういっかい」


「す」

「ら」

「む」

「む」

「く」

「ら」

「ふ」

「と」

「ばっちり」

「やったー」

「「「いえーい、ぷるぷるぷるぷる」」」





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