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「よろしければ、レファートさんとエルミラさんも昼食をごいっしょにどうですか。大したものは作れないのですが。その、食材とかが乏しくて、」

 エニーに続いて台所に向かおうとしたリシェルが、振り返って昼食づくりに取り掛かる前にふたりを誘った。

「遠慮なくご相伴にあずかろう。食材は持参したものがあるから、それを使ってくれ」

 レファートが堂々とした振る舞いとも横柄とも受け取れる態度で答えた。


「持参?」

「保存食の残りとかか?」

 カレルとチエムが首をかしげる。


 エルミラと言えば、「最弱とはいえ、魔物であるスライムと密着しても平気なのか。面妖な」とメイニと彼女が抱えるスライムとをしげしげと観察している。

「そうだろう? しかも、スライムはメイニの言うことをよく聞き分けるんだ。だから、生きたまま顕微鏡で観察することもできる」

「そうなのですか!」

 アルノの言葉にエルミラがうつくしいピーコックグリーンの瞳をみはる。


「ああ。生命反応をつぶさに見ることができる。とても素晴らしいよ。光魔法を流した際の反応が顕著でな」

「チュライムね、からだのなかをみるからじっとちててね、っていったら、じっとちているのよ。とってもかちこいの」

「僕も、顕微鏡でスライムの中を見た!」

 メイニが自慢げに胸を張り、ティコも顕微鏡を初めて使った感動を伝える。


「ほう、それはすごいな。動物は拘束されることを好まない」

「ああ。唯一例外は、信頼できる存在からのものだ。それでも、あまり好ましいものではない」

 エルミラが驚き、アルノが頷く。

 じっとしていろと言われてそれができるのは、信頼関係を結んだ者から訓練を受けた場合である。当然、相応の知能も必要だ。犬などが好例である。

 スライムは動きが遅いとはいえ、動物であるから動く。ところが、メイニがじっとしているように指示すれば、たいていそれを実践する。


「そうだ、顕微鏡にまた魔力を充填してほしい。それと微調整もお願いしたい」

 アルノはティコの言葉で思い出す。

「お安い御用です」

 エルミラが嬉し気に請け負う。


「ねえ、ちょっと、食材がどんどん運ばれてくるんだけれど、どういうこと?!」

 台所へ行ったはずのエニーが飛び込んできた。その手には野菜が握られている。

「しかも、こんな高級食材が!」

 エニーの瞳がかつてないほど輝いている。リシェルは食料のことでずっと苦労してきたから、と不甲斐ない気持ちを噛みしめる。


「わたしが運ばせた。カトリエン商会の商人が師と会ったと聞いたので」

「フランクさんか。なるほど。彼から俺がここにいると聞いたんだな」

「はい。おかげでようやく師の足取りがつかめました」

 レファートはフランクからアルノの暮らしぶりを聞き、必要なものを取り揃えて来たのだという。


「取り急ぎ最低限のものを用意しました。そのほかは追々、運ばせます」

 そこでようやく、エニーが言う高級食材というのが、レファートの持参したものだということに、リシェルとカレル、チエムが思い至る。

 余った分は貯蔵庫なり納屋なりに保管するといいと言うレファートに、エニーは崇めんばかりの態だ。


「そりゃあ、ありがたいな」

「どのくらいある? うちの納屋は今じゃあすっかりアルノの部屋になっているからな」

 大人びたカレルがさすがに浮き浮きし、チエムが続ける。


「なんだと?!」

「我が師が納屋に寝泊まりしている、だと?」

 そのころには年長組は、弟子ふたりがアルノへの尊敬が高じるあまり、不遇を看過できないということに理解が及び始めていた。


「あー、いや、うちはリシェルのほかはみんな子供ばかりだからさ」

「俺がスライムの研究をしたくて居候をさせてもらっているんだ」

 及び腰で外聞が悪いのだと訳を話すカレルを、アルノ自身が擁護する。


「この村一番上等な宿泊施設に移りましょう」

「この村には宿屋なんてねえよ」

 カレルの背中から顔を出したチエムがエルミラに言い返す。


「では、家を建てましょう」

「へ? 家を建てる?」

 平然と言ってのけたレファートに、チエムが素っ頓狂な声を上げる。


「スライムの研究をするならば、研究施設も必要です。そちらもいっしょに建設しましょう」

「研究施設を建設?」

 カレルも目を白黒させる。


「ちょうどこの家は村の隅だ。村の外に建物を建てても移動するのに不便はない」

 アルノが納屋で寝泊まりしていると聞けば家を建てようという。しかも、研究に必要な設備建物も建築するという。

「スケールが違うわ!」

 エニーが高級食材を握りしめながら目をきらきらさせてレファートを仰ぎ見る。長身だから視線を上げる必要があるのだが、心情的にも見上げてのことだった。




「黒い髪、青い瞳、そしてなにより、生物学への深い造詣と尽きない興味。レファート坊ちゃんのお師匠さまでいらっしゃいますね?」

「師にお会いしたのか?!」


 レファートはゴッドフリート大学を出た後、アルノの足取りをたどるため、もてる伝手を惜しみなく用いた。

 実家が営むカトリエン商会に舞い戻ることになったレファートは、師への傾倒ぶりを隠していない。商会の人間を総動員してでも探し出そうとするレファートに、次兄フォルマーの部下である商人フランクがアルノらしき人物と会ったと告げた。


 レファートは一族の中では変わり者とみなされていた。

 大陸をまたにかける大商会の会頭には男子が三人いた。中でも三男が最も商才があるにもかかわらず、学者になった。商人でも学が必要だ、あるいは学問の世界で伝手をつくるのに大学で学ぶのはちょうどよいとされ、レファートが進学するのは快く受け入れられた。だが、まさか、そのまま学問の世界に進むとは誰も思わなかった。


 レファートは学問においてもその優秀さを発揮し、博師の称号を得た。さらには、儲け話をもってきて、商会に大きな富をもたらした。

 そのため、異色ではあっても、そのまま受け入れられてきた。


 狭量によって視野を狭める愚かさを知るからこそ、カトリエン一族は大商会として展開することができているのだ。

 彼らは先行投資の重要性を知っていた。また、レファートが学問の有用性や器材の必要性を諄々(じゅんじゅん)に説いたため、彼が所属する大学に様々な施設や器材を用意した。

 三男と優秀な彼が師と仰ぐ学者の研究が、また新たな商機を生み出すのではないかと期待してのことだ。なにしろ、大陸に十指に余る賢師がいるのだ。優秀な息子が尊敬するのも当然のことと受け止めていた。


 さて、研究結果と今後の方針を説明するために商会本部に出向いているすきにその師が大学を追い出され、舞い戻ってきたレファートは荒れに荒れた。

 そこへ一石を投じたのが商会の一員であるフランクだ。

 学者であっても優秀である弟をいまだライバル視するフォルマーの下で働くフランクは、アルノのことも聞き知っていた。


 フランクはたまたま通りかかったヨルグ町で、強引に薬屋に招じ入れられた。カトリエン商会の人間だと知られた際、こういったことはままある。面倒ごとは早々に済ませようと思っていたが、レファートが傾倒する学者らしき人物を見かけ、不運な成り行きもたまには役に立つのだと思ったものだ。


 こんな場所で賢師の身分証を出しても信用されないだろうからか、修師のそれを提示していた。

 薬屋の主は随分な安価を提示したが、たとえ修師がつくったとしても、それでは安すぎる。

 フランクはレファートに恩を売るつもりで相場よりも高値で買い取った。後で、それは間違いだったと知る。

 非常に純度の高い薬で、服用量の説明も正確だ。

「こんなものをうかうかと販売したら、強引に製薬法を入手しようとして強面が現れると、レファート坊ちゃんからも忠告なさってください」

 そう言って、差額分の金銭をレファートに託した。


 レファートがかすかに顔をしかめるのをフランクは内心笑う。大商会の息子たちは長じると「坊ちゃん」と呼ばれるのを嫌がる。だから、たいていは陰で呼ぶのだが、フランクはこのときわざとそう呼んだ。


 そして、その場を離れるそぶりを見せると、レファートはいつになく引き留めた。駆け引きにおいて天才的な手腕を発揮するカトリエン商会の三男は、取り繕うことなくアルノについてあれこれ質問した。

 フランクはもったいぶることなく全て話した。そこで有利に持ち込むために引っ張れば、レファートと永遠に良い関係を築けないと無意識に察していたからだ。察することができるところが、フランクが一流の商人たるゆえんだ。アルノはレファートの唯一の泣き所であるからこそ、それを利用して優位に立とうとする人間を信用はしない。


 フランクがそう判断したことを、レファートは明確に読み取った。

 そして、アルノがいかな賢師とはいえ、フランクとは直接関りがない人間に親切にしたのは、ひとえにレファートの存在があるがゆえだと理解した。さらには、さりげなくアルノの現在の在所を掴み、その村の様子も確認していた。それを見返りを要求することなくレファートに明かした。情報の重要さ、貴重さは優れた商人ならば熟知している。その情報、しかも相手が欲しがっているそれをあっさり受け渡したのだ。


 そうしたのは、あまりよくない環境にいるアルノへのために、という一面もあった。

 フランクはアルノの薬の取り扱いのすばらしさと、それ以上に薬の取り扱いへの姿勢に感銘を受けていた。

 例えば、パンだ。

 ともに暮らす子供が村のパンはアルノにとって食べにくいと言っていた。町のパンならそんなことはないだろうと。

 とんでもないことだった。

 師を尊敬することこの上ないレファートが、彼の住環境を十全に整えていることは想像に難くない。柔らかいどころか、バターなどの油脂をふんだんに用い、砂糖や木の実、珍しい果物、香辛料を加えたパンを食べていただろう。そんなアルノがうまく膨らんだら御の字というレベルのパンを食べている。


 レファートにとっては由々しき事態であり、すぐに改善すべき事柄であろう。だから、フランクはアルノの置かれた状況を詳細に聞き取った。その目端によって、レファートは現状アルノに必要と思しき物品を手配できる。


 そんなフランクの配慮や考え方を察したレファートは、彼を引き抜こうと画策する。

 なんのことはない、次兄に彼の部下が自分に接触したとそれとなく伝わるようにしただけである。なにかと自分に張り合う次兄は弟と会ってなにをした、とフランクを厳しく追及した。


 フランクはレファートが情報を流したと知りつつ、レファートの元へ行って、「執拗(しつよう)に問い詰められて困っているのです。助けてください」と言った。

 レファートはフランクの魂胆を察しつつ、「分かった、任せておけ」と返した。

 レファートは次兄をいなし、「そんなに嫌うのでしたら、わたしが引き受けましょう」と言って、有能なフランクをうまうまと配下にした。

 こうして晴れて有能な部下を得たレファートは当の本人に漏らした。


「茶番だったな」

「形式美が必要な時って、案外多いんですよ?」

 特に、金銭を扱う商人は欲深いと言われがちなので、体裁を整える必要がある

 一見無駄に見えることも、後々役に立ったり、無用な衝突を避けることができるものなのだ。


「その通りだ。わたしはどうも拙速になりがちだ」

「ご謙遜を」

 頭の回転が速く行動が迅速すぎて、なにごともあっという間に片づけてしまうのだということを、フランクも知っていた。


 有能な三男だからこそ、自分の活躍の場はないだろうと思っていたのだが、案に反して、人材を求めているようだ。

 以前は才知に長けているものの、周囲の行動の遅さを軽蔑している節があった。だが、最近は相手の言葉に耳を貸す姿勢を示すようになった。この人ならば、大勢の人間がついていこうとするだろう。

「変わられましたね」

 もはや、次兄はレファートに及ばないだろう。

「いくつになっても、高名になっても、誰かから、あるいはなにかから常に学ぶ。そんな師に倣おうと思ったのだ」


 いくつになっても、高名になっても、誰かから、あるいはなにかから常に学ぶ。それが人生だ。

 いつの間にかなにかを受け取り、絶えず変化する。それが人間だ。





「じっとしていてって」

「はーい」

「「「ぷるぷるぷる」」」

「ぷるぷるするのは、だいじょうぶ?」

「うーん、どうだろう?」

「いどうしなければ、だいじょうぶ?」

「うーん、どうだろう?」

「「「ぷるぷるぷる」」」





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