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 スライムの細胞成長は速い。ものすごく速い。

「自己修復能力はプラナリアなみだ」

 魔力を充填するとさらに加速する。しかも、魔力の質も関与していて、使役者の魔力に顕著に影響を受ける。

「仮説にすぎないが、心を許した存在の働きかけにも反応を示す。とんでもなく特異的だ。面白い。非常に興味深い」


 リシェルは顕微鏡をのぞくアルノの傍ら、ノートに記録をつけていた。

 アルノはただ実験を繰り返すだけでなく、仮説を組み立て、照準を合わせた実験によってごく短時間で深い考察をする。卒業後、スライムの研究を行ってきたリシェルは、自分がしていたことの無駄の多さや稚拙さを思い知らされた。

 アルノは、そういうのはやっていくうちに身についてくるものだという。

「君にもすぐにできるようになる。この研究ノートが物語っている。予断を挟まず、実験結果によって推論を導く。ページが進むにつれ、洗練されてきている」

 褒められて嬉しいリシェルはせっせと記録をつけた。


 アルノがこちらを向いた気配を感じ、顔を上げる。

「記述はこれでいい、」

 あまりにも顔が接近していたから、言葉が途切れた。

 窓から差し込む陽光に、黒い髪が艶めき、案外長いまつ毛の下、瞳に思案気な深い青色を見せる。

 他の子どもたちともほほを寄せ合うことなどよくあることなのに、リシェルは息をするのを忘れた。


 そのとき、子供たちがわいわいとやってきた。

「森でスライムを見つけてきたぞ」

「アルノの言った通り、うちの庭から一匹連れて行ったら抵抗することなく籠でおとなしくしていた」

「メイニにスライムに仲間を連れてきてって頼んでもらうなんて、うまいことを考えたものよね」

「チュライムね、おともだちをいっぱいよぶね、っていっていたもん」

「森から連れて来たスライムも庭に放してきたけど、よかった?」

 スライムを連れてきたのはカレルとチエムだが、庭にいたほかの三人もいっしょにやってきたようだ。リシェルは我に返ってそそくさとアルノから距離を取る。


「新参スライムはほかのスライムと仲良くやれそうだったか?」

 アルノに答えたのはメイニだ。

「うん! まえからいるみんなにくっつけて、なかよくちてね、っていっておいた」

「メイニが頼んだのなら、新旧スライムも(いさか)いなく過ごせそうだ」

 アルノは満足げに頷く。メイニがにぱっと笑う。


「いや、しかし、メイニとアルノのしゃべり方の違いが激しいな」

「聞き比べるとありありとしているな」

 チエムが妙なことを気にし、カレルが同意する。

「物言いの違いがどうであれ、俺はメイニを頼りにしている」

「まかちぇて!」

 メイニがえへんとばかりに胸を張る。小さな鼻の穴を膨らませている。


「アルノはなにを調べていたの?」

 ティコが机の上の顕微鏡を興味津々に見やる。

「スライムの細胞成長が速さについてだ」

 再生能力の高さと植物の成分分離の関係性を見出そうとしていた。


「なんでまた、そんなことを?」

「そんなのが関係あるのか?」

 カレルとチエムがまた妙なことを始めだしたと胡乱気な目つきになる。

「まだわからないな」

「わからないのかよ!」

「そうそう簡単にわかるものではないわ」

 平然と答えるアルノにチエムが呆れ、リシェルが諫める。


「だが、スライムの細胞成長の早さと植物の分化全能性の間には関連性があると思えるんだ。それを糸口に成分分離の関係性を辿れば、」

「ちょっと待て。分化全能性ってなんだ」

 なめらかな口調で説明するアルノにカレルが待ったをかけ、チエムが傍らでこれだから学者の長広舌は、と言わんばかりの顔をする。


「植物の分化全能性は君たちもよく知っているぞ」

「え?」

「まっさかあ」

 リシェルが戸惑い、チエムが後頭部で両手を組む。


「ほら、枝や茎から根を生やして育っていくだろう」

「ああ、挿し木のこと?」

「なあんだ」

 エニーの言葉に、ティコもそれは聞いたことがあると口をはさむ。

 なんだかんだいって、子供たちはアルノと話したがる。なぜなら、アルノは彼らが理解できるように説明するからだ。

 リシェルは思う。「植物の分化全能性」という学院を卒業したリシェルでさえ知らない事柄を、子供が聞いたことがある、というところにまで落とし込めるのがアルノのすごみだ。農業に携わる集落でならば、聞き及んだことがある言葉で説明することができるのだ。


「これはすごいことなんだぞ。腕や足を地面に植えてもそこから増えていかないだろう?」

「怖いこと言うな!」

「気味悪いぃよ」

 カレルとチエムだけでなく、エニーもティコも青ざめる。唯一、メイニだけが、「チュライムをうめたらふえる?」と小首をかしげている。


「動物では到底無理なことを、植物は当たり前のようにやってのけるんだ」

 そう言われてみれば、すごいものなのだなとみなが顔を見合わせる。

「特にブランド野菜や果物なんかは、この「挿し木」の手法を使って、同じものを育てられるんだ」

「セレンティスのリンゴとか?」

「そうだ」

「へえ、そんなもんなのかあ」

 有性生殖では生まれてくる子が親とまったく同じになることはほぼありえない。そうなると、味や香り、外観が同じ生産物とはならないのだ。


「人はどうしてそうなっているのかは分からなくとも、連綿と続く事柄から事象を学び取ってほしい物を手に入れてきたんだ」

「学者さんはその「どうしてそうなっているのか」を追求するのね」

「ああ、そうだよ」

 エニーの言葉にアルノは眩しそうに目を細めた。




 メイニがすっかり元気になった後も、アルノはそのまま居ついてスライムの研究をつづけた。

 研究に夢中になるとアルノは生活がおろそかになる。子供の面倒を見てきたリシェルはついつい世話を焼いてしまう。


「自分でやらせればいいのに」

 カリスタが時折やってきては呆れた。

「放っておいたらいつ食事したかすらもわからないんだもの」

「確かにそんな感じね」

「ちょっとうらやましい」

「なにが?」

「あんな風にすべてを忘れて没頭できたらって。そうしたら、色々と違ったのかなって思うの」

 そうしたら、学院でも惨めな思いをすることはなかったのではないか。


 スライムしか使役することができないということで、すっかり拗ねていじけてしまった。周囲に見下されていると思い込んで萎縮してしまい、ただただ時間が過ぎ去ることばかりを願っていた。そんな風に考えず、もっとスライムについて詳しく調べようとすればよかった。いや、一応はやったのだ。でも、もっとできたのではないか。学院という場所でしか得ることができない知識があったのではないか。アルノの熱中ぶりをみていると、そんな風に思わずにはいられなかった。


 あるとき、リシェルが開いたノートをアルノが覗き込んだ。リシェルが息を呑んだ気配を珍しく察したのか、顔を上げた。まっすぐで癖のない黒髪がひと筋はらりと流れ落ちたのをよくよく覚えている。青い瞳を見はり、驚いた風に身を引いた。つい先ほどまでメイニと額を突き合わせるかのようにしてスライムを観察していたアルノが素早く動いた。

 リシェルはその後、カリスタを探しに行って聞いた。

「わたし、臭う?」


 カリスタはいつにないリシェルの勢いと唐突な問いに驚いたが、事情を聞いてにんまりする。

「ち、違うのよ、ほら、アルノさん、以前、お土産に石鹸を買ってきてくれたでしょう?」

 慌てるあまり、カリスタが知り得ないことをさも当然のように言う。


 気になり出したら、とたんにどう思われているのだろうという考えがずっと頭を占拠した。髪型や服装がみだれていないか、どういった格好が好みか。

「それ、どういったスライムが好みか、じゃない?」

「……そうね、スライムにはどういった特性があるかに興味を持ちそうね」

「人間にも興味を持てー!!」

 飲酒していないカリスタが酔っぱらいのように騒ぎ、しまいにはリシェルも笑いだした。


 リシェルたちの庭にはスライムが増えていく一方だ。

 森からスライムを連れてきて個体を増やし、その生態が少しずつ解明されていく。


「毒キノコって食用キノコと似ているんだよな」

 ついでに食料も採取してきたカレルがため息をつく。

「このキノコは割るとほら、ここが黒ずんでいるだろう?」

「うん」

「どれ?」

 人見知りをするティコはすっかりアルノを慕っていて、彼が子供たちになにかを教えるとき、積極的に見聞きしようとする。

「これがあったら毒性がある」

「うへえ。やべえな。しっかり食用キノコに混じっているじゃないか」

 チエムが妙な声を上げる。


「問題は幼菌―――小さい毒キノコにはこの黒ずみがないんだ」

「なるほど。だから、小さいのは食べては駄目だって村の言い伝えがあるのね」

 エニーが腕組みしながら頷く。

「そうだ。原理がわからなくとも経験上、してはいけないことを口伝していっているんだろうな」

「チュライム、なかがくろいキノコはたべちゃだめよう。きをつけてね!」

 メイニがスライムを抱きしめながら伝える。

「こんな風に教えていっているんだね」

 ティコがにこにこ笑いながら言った。





「めいにがすらいむつれてきってって」

「おっけー」

「いっぱいよぶねー」

「おーい、みんなー、あつまってー」

「なになにー?」

「わー、ここ、どこー?」

「なかよくしてってー」

「はーい」

「「「ぷるぷるぷる」」」




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