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フランクはアルノたち三人を連れて飲食店へ向かった。
「実はお腹がすいているんです。食事に付き合ってください。食べながらぜひ薬のことについて教えてほしいです」
フランクは付き合わせるのだから代金は自分がもつと言った。
路地を歩いていると、荷車が止まる。大きな袋が運び入れられた店にはパンの絵が描かれた看板がぶら下がっている。
「ねえ、あれ、なに?」
「麦を粉に挽いたやつだよ」
前を歩く親子連れの会話が聞こえてくる。
「麦ってなに?」
「パンを作るために育てる植物だよ。辺り一面黄色になっていることがあるだろう? あれが麦畑だよ」
「どうして麦を粉にするの?」
「そりゃあ、パンにするためさ」
「どうして麦からパンにできないの?」
「さあなあ」
親子は道なりにあった店に入っていった。
「粉挽きって大変だよな。うちの村ではまだ家畜でやっている。なあ、なんで粉にする必要があるんだ?」
前を行く親子がいなくなったとたん、チエムがアルノに聞いた。
カレルが目顔で答えてやってくれと訴える。親がいないカレルやチエムには、「どうして」を繰り返すことはできない。村の顔見知りに聞いても答えを得られるどころか、「知らねえよ」「うるせえ」と怒鳴りつけられるからだ。先の親子連れのように根気強く答えてくれないし、知らないことを突きつけられて苛立たず受け流されることはまずない。
だが、最近彼らの家に居候する学者はたいていの「どうして」に回答をくれる。
「粉挽きは重労働だが、パンをつくるには重要な作業だ。挽き臼は質にとってはならないと古代でも法律で定められていた」
「そんなに?」
アルノの言にチエムが目を丸くする。
「麦をパンにするには、殻から殻粒を取り出す」
これが脱殻と呼ばれるものである。そして、外皮であるフスマを取り除かなければならない。幾層もの硬い繊維質の皮をこすり取る必要がある。
「麦のフスマは繊維質や栄養素が豊富だ」
「じゃあ、なんで食べないんだ?」
今度はカレルが質問する。この学者先生はたいていの「どうして」に答えをくれるが、いろんなことを知りすぎていて、質問に対応する回答までが遠い。長い回り道の話も興味をひき、ついつい聞き入ってしまい、軌道修正が大変だ。
「硬くて消化できないからだ。スズメが麦粒を食べないのも殻が硬いからだ」
少年ふたりはうまくいかないものだな、と顔を見合わせて肩をすくめる。
フスマの内側にある胚乳がエネルギー源となる。
「フスマをとるために、つくと粉になる。これをふるいにかければ、フスマがふるいに残る」
「ああ、それでふるうんだな」
「あれ、もうもうと煙って、服が粉だらけになるんだよなあ」
定期的に網目をきれいにする必要があり、この雑用がよく回ってくるのだ。
「粉挽きだけでなく、ふるいも魔道具を使っていないのか?」
「一応あるにはある。でも、古い機械だから、ちょいちょい人の手が要るんだ」
アルノにカレルが肩をすくめてみせる。
フランクは三人の会話に口を挟まず、しかし、しっかりと聞き取っていた。
さて、そんな風に麦から粉にしてつくったこの町のパンは、少年たちを喜ばせた。
「パンが柔らかい」
「村のパンとは大違いだ」
「この料理店はパン窯を持っているんです」
アルノはそうなのか、とフランクの言葉をそのまま受け入れたが、カレルとチエムはそれがどうした、と怪訝そうだ。それを察したフランクが説明する。
「町では防火のために、一般にパン窯の所有には行政手続きが必要なんですよ」
「いちいち許可を取らなくちゃなんねえってこと?」
「えぇ、面倒だな」
カレルとチエムが顔をしかめる。
「そうです。だから、パンは買うか、パン生地をパン屋にもっていって焼いてもらうかするんです」
「なるほど、この店ではそんな手間を取る必要はないということか」
パン窯があるということが一種のステータスになるのだな、とアルノが言う。
「そうです。だから、パンが焼ける時間帯には客が増えるそうですよ」
「そうやって客を集めているんだな」
「焼きたてのパンって、それだけでもうごちそうだもんな」
カレルとチエムがさもありなんと頷く。
「まあ、それも、古い名残の慣習でしてね。もっと先進的な都市になると、制約が緩んで、各自でパン窯を持っているんです。それも、魔力を動力にしたものが」
「魔道具か!」
「今はいろいろ出ているって聞くもんな」
「魔力を動力とした道具の開発は昨今目まぐるしいな」
カレルとチエムが憧憬の混じった声ではしゃぎ、アルノは対照的に熱量に変化がない。
「昔は灰の中にパンを埋めて焼いたこともあったそうだ」
「え、それって灰まみれになるんじゃないのか?」
「なったな」
カレルの言葉にアルノはあっさり答える。
「うえぇ、それって食べられるのかよ?」
チエムが顔をしかめる。
「焦げたり生焼けだったりしたそうだ」
「運頼みかよ!」
「どちらも嫌だな」
「うん? ああ、ひとつのパンで焦げたところと生焼けのところがあったんだ」
「ひとつのパンで!」
「せめてどちらかにしてくれよ!」
認識の乖離を悟ってアルノが事実を正すと、少年ふたりは口々に文句を言う。
「灰だけでなく、小枝や葉といった可燃材がパンについた。だから、串に巻き付けて焼いたそうだ」
だがそれも、火加減が悪いと真っ黒こげになったという。
「「だめじゃん!」」
「だめだな」
カレルとチエムの声が揃い、アルノが頷く。
古代人も、このパンをもぐもぐ食べながら普通のパンがよいと書に残している。
「パンをもぐもぐしながら涙目になって書いていたのかなあ」
「美味しいパンへの熱望が伝わってくるよな」
少年ふたりは肩をすくめてくすくす笑い合う。
なお、その串に巻き付けて焼いたパンが長い年月を経て、後世バームクーヘンという菓子になる。美味しいパンへの渇望により、美味しい焼き菓子へと変貌を遂げたのだ。
子どもたちのみならず、フランクも初めて聞く話に興味を持って聞き入った。
博識ぶりに驚くと同時に、その説明が難解ではないことに舌を巻いた。子供たちがこれほど楽しく会話に参加できる専門的な話というのは珍しい。
「直火で焼くパンも焦げやすかったらしい」
「やっぱりパン窯だな」
「うちにはあるもんな」
ふたりは得意げに胸をそらす。
小さな集落ではいまだに複数の家で共同で使う施設だ。
「昔のパン窯は窯口に扉がついていなくて密閉できず、熱気がこもらなくてふっくらとは焼けなかった」
だから、特定の窯で焼いたパンは消化が悪いと書に記されていたという。
そのほか、火桶や浅鍋でパンを焼いていたという。
「脂の湯気が腹によくないと書に記されていた」
「本って学問のすごいことが書かれているんじゃないんだな」
「めっちゃパンについて語っているな」
カレルがしみじみと言い、チエムも同意する。
「それだけ、パンという主食は重要だったんだ。君たちも毎日食べるんだから美味いものを食べたいだろう?」
そうやってなんでも記述をすることで、長い時を経ても過去の出来事を残すことができる。
「まあ、でも、そういう本なら読んでみたいかな」
「うん。文字を学んでおいて損はない」
フランクは内心驚愕していた。寒村で食べることにも苦労しているだろう子供たちに、書物に興味を持たせ、文字を学ぶ気持ちにさせたのだ。
こんな学者もいるのだ。
ただ狭い世界で研究を繰り返すばかりではなく、興味のない人間にも関心を抱かせる。そうやって、啓蒙する。研究して知り得たことを分かりやすく広める。社会貢献度が高い。
「この店のパンならアルノも苦労せずに食べられるんじゃないか?」
チエムがにやにや笑う。
「チエムが欲張って厚くするから」
「黒焦げにならないギリギリの線を狙っているんだよ。それがさあ、食べる人間の方がダメだったなんてな」
「俺の父さんは音楽のように音をたてて噛んでいたよ」
カレルが懐かしそうな顔をする。常に気を張っている彼にしては珍しく子供らしい表情をした。
「妙な特技があったんだな」
チエムもからかうことなく感心して見せた。
「ゴッドフリート大学では食事にも力を入れているそうですから、アルノさんが稚拙なつくりのパンを食べ慣れないのは仕方がないことでしょう」
カレルとチエムは、フランクが自分たちにも丁寧に接するのに、どぎまぎした。
「「妖精の帽子」から抽出した薬が服用量の加減が難しいということを理解されている方を、子供扱いするのは失礼です」
なにかとからかうきらいのあるチエムも、薬の取り扱いはきちんとしなくてはならないというアルノの言葉を受け入れている。
「だって、そりゃあ、毒と同じようなものだって言うからさ」
運ばれてきた料理を勢いよく食べる合間に、チエムが肩をすくめる。
「そうです。健康体にとっては毒と同じです。それは強い作用を持つということです」
「摂取すれば人体に影響を与えるものなのだから、取り扱いを慎重にするのは当たり前だ」
フランクはさほど空腹に思えないほど優雅にカトラリーを操り、アルノも同意する。
「俺は薬ってのは体にいいものだとばかり思っていた」
「弱っている心臓を動かす薬だ。ふつうに動く心臓を持つ人間には害になる。弱り具合も人それぞれだ」
チエムと争うように食べていたカレルが顔を上げ、アルノが説明する。
「そう言われればそうなんだよな、って思う。でもさ、俺と同じような考えを持っている人って多いだろうから」
「うん。やっぱりアルノの説明書を読んでちゃんと売ってくれる人に任せた方がいいよな」
「大役であることを肝に銘じてしっかり務めさせていただきます」
フランクが高い金額を提示したからということもあるだろう。だが、薬を取り扱うのに十分注意が必要だということを、理解しようとしない者が多い中、年端もいかない子供が理解していることに、フランクは感心するのだった。
「「串焼きパン」については「オベリアスをもぐもぐ食う。普通のパンの方がいいなどとは言わぬこと」というせりふがあるよ(※注)」
「つんでれ?」
「この場合は酸っぱいブドウじゃないかな」
「つんつんぷるぷるじゃないの?」
「つんつんされたらぷるぷるしちゃう!」
「「「ぷるぷるぷる」」」
(※注:「パンの文化史」 舟田詠子 朝日新聞社 p99参照(アテナイオス『食卓の賢人たち』(柳沼重剛訳)))




