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町へは成人男性がいっしょの方がいいというので、アルノも一緒に行くことになった。カレルとチエムとの三人だ。
リシェルは年少組と留守番となった。エニーは時と場合によって年長組に入れたり、年少組に数えられたりした。アルノからしてみれば、エニーは自分よりもよほどしっかりしている。
籠に瓶を詰め、隙間に布切れを押し込む。籠は三人で背負うことにした。
「誰かひとりの籠がだめになっても、ほかのふたりのが無事だったら全滅は免れる」
「リスク分散ってことだな」
カレルもチエムも、アルノよりもしっかりしていた。
「アルノは町へ行ったことがあるか?」
「俺たちもそう来ることはないけれど、とにかく、人も建物も多いぞ」
「あまりきょろきょろするなよ。スリに遭うからな」
「ごろつきに絡まれることもある」
ふたりに注意されて、アルノは苦笑する。彼らの自身への評価が「頼りない」というのがよく分かったものの、心配してくれているというのも感じた。
ピルア村からヨルグ町まで人が歩いてできた小道があった。ぽつぽつと話しながら、早朝から出発して昼前には到着した。
「とっとと売ってさっさと帰ろう」
「この辺りは魔物はスライムくらいしか出ないけれど、暗くなると、さすがに危ないからな」
月明りを頼りにするにしても、夜半に動くのは大変だ。
ヨルグ町はそう大きい規模のものではなかったが、集落を囲む壁は高く、門もあった。
「二階建て以上の建物が多いってのが、もう圧倒される」
人の多さも違うが、村では目線をちょっと上げれば空が見えたのに、町では高い階層の建物によってさえぎられる。
「あー、ここへ来ると、とたんにみすぼらしさを実感する」
同じような格好をしている村では感じなかった羞恥を覚え、チエムが服の裾のほつれをいじくった。
閉塞感や羞恥によって圧倒されるふたりに代わって、アルノは気負うことなく進んだ。
「お聞きしたいのだが、この町には薬屋はあるか?」
通りの露天商に声をかけるアルノに、カレルもチエムも、案外、勇気があるなと妙な関心をしていた。あまり来たことがない場所で知らない人に声をかけるのは、子供にとってはなかなかハードルが高い。
「ああ、あるよ。大通りに一軒とそこから二本入った筋に一軒ある。それと、つぶれていなかったら奥にもあったな」
「教えてくれてありがとう」
大通りへ向かうアルノの後ろを追うチエムがこっそりささやいた。
「なあ、こういうときって、売り物を買うものなんじゃないか?」
「そんなことをしていたら、いくらお金があっても足りないぞ」
「それもそうか」
大通りに面した薬屋は立派なファザードを持つものの、こぢんまりした店だった。
「薬を売りたいのだが、この店は買取りはしているか?」
カレルとチエムはすっかりアルノに交渉を任せ、店内を見渡している。
若造といかにも田舎から出てきた子供という一行に、店員はにこやかに応じた。
「あいにく、決まったところからしか買い取りをしていないんです」
「そうか。邪魔したな」
「またなにかございましたら、よろしくお願いします」
アルノの後ろにやはりついていくだけのチエムは、店を出てからぼやいた。
「なあ、あれって、テイのいい断り文句ってやつじゃないか?」
「だとしても、買わないと言っているのに、押し売りするわけにもいかないからな」
「そりゃあ、そうだけれど」
チエムは不服そうに唇を尖らせるが、だからといって妙案があるわけではなくてそれ以上は続かない。
「なあ、大学の学者っていう身分証のようなものはないのか?」
カレルが思いついてアルノを見上げる。
「あるぞ」
「なんだよ、それを早く言えよ。さっきの店へ戻ろうぜ」
チエムが呆れる。
「大通りで店を出すには金銭がかかるらしいから、案外、少し離れた店の方がいいかもしれない」
アルノは少し考えてそう言った。人通りが多い一等地だから土地代を工面するだけでひと苦労で、仕入れに力を入れることができないのだと聞いたことがある。
大通りからふたつ筋を入った薬屋は、先ほどとは比べ物にならないほど大きな店構えだった。
「大きいな」
「村長の家がふたつくらい入るんじゃないか?」
カレルとチエムがひそひそとささやきあう。
中に入ると、棚が並び、さまざまな薬草や薬が陳列されている。店員も複数名おり、客対応をしている。
アルノは近寄ってきた店員に、カレルに言われた身分証を提示した。
三人が入ってきたときかすかに顔をしかめた店員が、身分証をためつすがめつした後、奥へ引っ込んで店主だという男性を連れてきた。
「これはこれは、ゴッドフリート大学の修師さまでしたか! お会いできて光栄です」
早口の巻き舌でまくしたてる。とたんに、周囲から視線が集中する。
後ろでひぇっ、とチエムが妙な声を上げ、アルノは何事かと振り向く。カルノがチエムの口を押え、なんでもないとばかりに顔を横に振る。
「なんだよ、あいつ、なんかすごい大学の学者だったのか」
「落ち着け、チエム。すごい大学の学者だとしても、アルノは崖からスライムの上に落ちた人間だ」
「あ、そっか。そうだよな」
ふたりのやり取りは小声で行われ、アルノは気にせず交渉に臨むことにした。
「これは「妖精の帽子」から抽出した心臓病の薬だ。効果のほどは調べればわかる。効き目が強いから、使用上の注意をここに記した」
瓶とともに処方箋を見せる。
「ほうほう。分離が難しいと言われる「妖精の帽子」からつくった薬ですか!」
「難しいと言われる」ということは、店主は製薬をしないのか、ならば、顕微鏡はないかもしれない、とアルノは危惧した。
案に反して、店主は薬を買い取るという。
「そうですなあ、三十四本で三千ナードでいかがでしょう」
「三千!」
またしても、チエムが素っ頓狂な声を上げる。今度はカレルも止めなかった。彼もまた、驚いていてそれどころではなかった。
「じゃあ、わたしは三万ナードで買います」
「三万!」
チエムがふたたび復唱するも、金額を告げた人間は店主ではなかった。
アルノが声のした方を振り向くと、三十代半ばの男性が立っていた。
「困りますなあ、フランクさん。商談に口を出されましては」
慌てて店主が割り込む。
「いえ、わたしならば、ゴッドフリート大学の学者さんがつくられた心臓病の薬ならば、そのくらいは出して当然だと思いましたもので。ああ、申し遅れました。わたしはカトリエン商会のフランクという商人です」
流れるように返し、そのまま店主に口を挟ませず、アルノに微笑みかけながら自己紹介する。
「カトリエン商会?」
「はい、お聞き及びでしょうか?」
アルノどころか、カレルやチエムでさえも聞いたことがある、大陸でも広範囲で商取引をする大商会である。
「それは、レファートのところの?」
アルノの問いに、フランクの笑みが深くなる。
「はい。わたくしごときは末端の者にすぎませんが」
恭しくお辞儀する。
店主は息を呑んだ。
フランクはカトリエン商会の人間だ。なんとしてでも誼を持ちたいと思っていた。奥の部屋であれこれ話す中、笑顔ではあるものの強固な壁を感じ、交渉しあぐねていた。そんなとき、ゴッドフリート大学の学者であるという身分証を持つ者がやってきたというので、空気を変えるためにも、一旦中座したのだ。
まさか、フランクがついてきていて、さらには自分が提示した十倍もの金額で買い取ると言い出すとは思いもよらなかった。
「カトリエン商会なら、ちゃんと取り扱ってくれるんじゃないか?」
「そうだよなあ。アルノは飲む量の加減が難しいって言っていたし。なにより、買取り金額が十倍だ!」
カレルとチエムが子供ならではの柔軟さを見せる。
「俺もレファートのところの商会なら、安心して任せることができる」
なんなら、フランクの方の提示金額が低くてもそちらに任せたい。
「では、場所を移して具体的なお話をいたしましょうか」
「ちょっと、待って、」
大商会の商人はやり手で、店主に口を挟ませることなく、アルノと子供ふたりを伴って出て行った。買いたたこうとした物品をかっさらわれることになった店主は真っ赤な顔で地団駄を踏んだ。
「くらくなるとあぶないの」
「みえなくなるから、ひとにけられちゃう」
「ふんづけられちゃう」
「きゃー、こわーい」
「よるにうごきまわるのはきけん!」
「「「ぷるぷるぷる」」」




