ねむりひめ
今回の地震は、マグニチュード8.0。震源地は坑道があった場所から百キロ離れ、震源の深さはニ十キロと推測された。恐らく、数千年に一度クラスの地震だったのだろう。
その後、最大震度五弱の余震はあったが、それ以降は急速に鎮静化。念の為に十日間、避難を中断して様子が見られたが、現折守市市長の朋夢をはじめとした町長や村長らを含む最終の避難民らも無事にシャトルに乗り込み、こうして七万人もの人間を避難させる作戦は、大きな混乱もなく幕を閉じた。
最後に収容された者達の中には、<あさぎ2788TOS>の姿もあった。
そして、第二次捜索隊隊長フォンサス・クラウチ大佐が宣言する。
「現時刻をもって、救出作戦は完了とする」
第二次捜索隊が惑星ハイシャインに到着してから、六十一日目であった。予定よりは僅かにオーバーしてしまったが、地震という不測の事態があった為に止む無しとして責任を問われることはないと見られている。
それから十年。
惑星ハイシャインの分厚い氷の上を進むトラックの影があった。その先には、建物の影も見える。
十年前、この地下七キロにある空間から七万人もの人間を救出する為に作られた施設だった。
「…あの時と変わらないな……」
その建物の横にトラックを停め、中から宇宙服に身を包んだ者が降りてきて、そう呟いた。そんな人物を、建物の中から出てきた人影が迎え、敬礼する。この惑星ハイシャインを継続して観測する為に残された、軍のメイトギア達だった。
「お待ちしておりました。浅葱様、ねむりひめ様」
そう言葉を掛けられた時、トラックの反対側から降りて敬礼を返す人影があった。宇宙服に身を包み、そのバイザーから覗くのは、しかし見知らぬ女性の顔だった。
だが、違う。そうではない。彼女は確かに<ねむりひめ>と名付けられたメイトギアだった。
「まったく…私一人で大丈夫だというのに…」
先にトラックから降りてきたのが、三十歳になった浅葱だった。バイザーの中に覗く浅葱色の瞳と、僅かに見える浅葱色の髪が、紛れもなく浅葱本人であることを示していた。
不満そうにこぼす彼女に、知らない女性の姿になった<ひめ>が言う。
「何をおっしゃっているんですか。私はあなたのメイトギアです。主人の傍に付き従うのは私の役目です」
にっこりと微笑みながらそう言う彼女に、浅葱が返す。
「お前、その体になってからますますお節介焼きになったよな」
それに対してひめも負けていない。
「いいえ、私は何も変わっていませんよ。浅葱様の思い過ごしです」
そんな風にやり取りをしながら、迎えたメイトギア達の案内で建物の中に入っていく。
そこは、かつての避難用シャトルへの搭乗ゲート兼待機所としての機能から、観測用の基地として内部は完全に作り替えられていた。
室温は二十度。浅葱にとっては暑いくらいのそこで、彼女は宇宙服を脱いだ。すっかり大人の女性になり、短かった髪は胸まで伸びそれをかき上げた彼女の左手には、失われた筈の二本の指があった。再生医療により取り戻した指だった。そしてその薬指には、リングが光っている。
その浅葱の隣に立ったのは、それこそ新しい体を得、しっかりとしたメンテナンスを定期的に受けて新品同様の姿を保っていたひめだった。
二人の前にあるのは、厳重に閉ざされた扉。かつての<折守市>へと通じる坑道である。
「さて、行くか」
そう言った浅葱は、防寒着に着替えていた。最新技術で作られた防寒着のフードには、しかし彼女を示すマークである、浅葱色の<びしゃん>を持つ手の模様が描かれていた。
それに対し新しい体を得たひめは、スエットのような本当に簡単な防寒着をまとっているだけだった。これで十分とはいえ、知らない人間が見ると寒々しくも感じられるだろう。
しかし二人はそんなことには構うことなく、閉ざされた扉を開く。そこは、地下から得られる蒸気の熱によってかつてのそこよりは温められているとは言えど、それでも氷点下三十度を下回る極寒の空間だった。
なのに浅葱はむしろ嬉しそうにフードの奥で目を細める。
「ああ…これだ。この空気感。私は帰ってきたんだな……」
浅葱の今回の<仕事>は、旧折守市の調査。
既に<遺跡>となったかつての故郷へ向けて、ひめと、二人と共に調査スタッフとして同行するメイトギアらを伴って、彼女は足を踏み出していく。
その主人の姿を、ひめは、眩しそうに目を細めて見詰めていたのだった。




