第八話 勇者の残影
検問をくぐった俺たちは、冬が明けて活気の戻った王都を歩いていた。
「本当にあれで良かったの?」
「いいんだ」
知り合い全員に挨拶回りをするつもりは端からなかった。ガードルドは酒屋ということもあって顔が広いし、それこそ女将と同じくらい俺のことを知っている歴は長い。どうせすぐにガードルドから女将に情報が流れ、そこからまた情報は流れていくだろう。
「そっちこそ、何も言わなくて良かったのか?」
「いいの。無闇矢鱈に言えばいいものでもないから」
そりゃあ、全員に言う必要もないが。知ったうえで隠すのは、なんというか卑怯な気がする。
と言えるのも、俺がその人物の死の淵とやらを見たことがないからなのだろう。イリヤが何を知り、何を思ったのかはわからないが、俺がとやかく言う筋合いはない。
「それとも、知りたい? ガードルドさんのこと」
「気にならないと言えば嘘になるが、聞かないでおこう」
「そっか。それがいいよ」
それがいいよ、というのはガードルドに不幸な未来が訪れるからだろうか。
いや、それはきっと邪推だ。イリヤはそういう仄めかし方をするような人じゃない。そう言い聞かせるしかないのだからタチが悪い。つくづく嫌な能力だと悪態をつきたくなるが、それで俺のバッドエンドが回避できるのだから口を閉ざすしかない。
「ところで、これはどこに向かっているの?」
「冒険者ギルドだ」
「私も冒険者になるの?」
「そうだ。形だけな」
こうして王都を歩いているということは、無事に検問をくぐれたわけだが、一筋縄ではいかなかった。
イリヤは身分証を持っていなかったのだ。
一度王都内に入っていたし、てっきり何か身分証を持っているのかと思っていたが、全然そんなことはなかった。
ガードルドの名演技もとい助け舟が無ければ、検問で弾かじれていた。あんな別れ方の手前、素直に感謝することは出来なかったが、この恩は忘れまい。
「冒険者ガードを作っておけばいろんなところで役に立つ。それこそ、身分証にもなる」
「もう、勇者の隠し子なんて身分を偽ることもないわけね」
「その通りだ」
イリヤの外見、黒髪黒眼で幼なげな顔立ちのおかげで隠し子設定でなんとか乗り切れたが、二度三度うまく誤魔化せることではない。勇者の威光をそんな形で振り翳すのも気が引けるしな。
「この先でも何度か使うことになるだろう」
冒険者カードは万国共通の代物。
発行さえできれば、永続的に使える。これ目当てで発行する者が冒険者の一定数を占めるほどには重宝されている。
「一応聞いておくが、指名手配されてたりとかはしてないよな?」
「多分、されてないと思うけど……なにぶん長いこと生きてるからどっかで恨みを買ってる可能性はある」
「それは、大層なことで」
身に覚えのない恨みつらみは手のつけようがない。
冒険者カード作って入出国をスムーズにするつもりだったのに、王都の牢屋に幽閉される可能性が出てきた。いや、俺が冒険者を7年やってきて魔女という単語を一回も聞かなかったのだから、可能性としては極めて低いが。
仮に、指名手配があったとしても勇者の立場と、魔王復活を仄めかせば執行猶予くらいは着くだろう。その場合、それはそれで別の問題に発展するのはもちろん承知の上だが……まあ、なるようになるか。
「やはり、冒険者カードは作っておくべきだと思うわけなんだが……イリヤはどう思う?」
「うーん、正直私はあんまりわからないかな。レイトの方が詳しそうだし、判断は任せるわ」
「なら、作ろう」
そうこうしている内に、俺達は冒険者ギルドへと辿り着いた。
「結構大きいのね」
「王国内では2番目に大きい建物だからな」
「1番は?」
「王宮」
そりゃそうだと言わんばかりにイリヤはポンと手を打つ。大きい=重要の式はイリヤの脳内でも成り立つらしい。
「入ろう」
「ええ」
相変わらず、中は殺伐としていた。
前回に来た時は気配をなるべく消していたが、今回はイリヤもいることで、入った瞬間から注目を浴びてしまった。
無理もない。
何せ俺達はこの世界では珍しい、黒髪黒目の二人組。
それに加え、片や、隻腕アラサー。片や、ザ・魔法使い。
怪しいことこの上ない組み合わせだ。
「見られてるわね」
「なるべく目を合わせないようにな」
有象無象の冒険者たちには聞こえない声量で会話する。
警戒を促したものの俺たちがいかにもな格好をしているせいか、横暴な冒険者が新人いびりに来ることはなく、直線で受付へと向かうことができた。
「本日はどのようなご入用でしょうか?」
「冒険者カードの作成を」
「お二方ともですか?」
一瞬言っている意味がわからなかった。
そして、目の前に立っているのが初見の兎耳族であることに気づく。俺はギルドの中では顔が広い方だと思っていたが、5年もすれば知らない世代も当然出てくる。
「いえ、私の分だけです」
自惚れていたことへの羞恥に悶えている俺に変わって、イリヤが受け答えをする。
「かしこまりました。少々お待ちください」
そう言って、受付嬢は奥へと向かっていく。
俺が冒険者であると認識したのか、作成時の注意事項等々、説明は省くらしい。
「なあ、イリヤ」
「なに? レイト」
「時の流れは無情だな」
「ええ、そうですね?」
イリヤは何の話かあまりピンと来てないようだが、思うところがあるのか肯定はしてくれた。
たかが、5年。されど、5年だ。
「お待たせしました。こちらが冒険者カードになります」
「これが……」
イリヤの目の前に鈍色の四角いカードが差し出される。
手のひらサイズのそれは、一見何の変哲もない鉄のカードだが、高度な技術が施された代物である。
「それに触れれば冒険者として登録できるぞ」
「こう?」
どういう仕組みなのかはわからないが、指先を触れることによってその人の情報をカードに反映させることができる。
その時に、指名手配やら犯罪歴やらが露呈するわけだが……イリヤは潔白だったようだ。
「冒険者カードの登録は完了です。もう一度、こちらでお預かりしますね」
冒険者カードに転写した情報をギルドで管理する。それによって、ようやく冒険者としての登録が完了する。
ギルドにはある程度情報が筒抜けになるが、それだけに世界的に冒険者カードの信頼は保証されるというわけだ。
「こちらで、冒険者の登録は終了です。イリヤ様のご活躍をお祈りしております」
「ありがとう」
詳しい説明をしなかったせいだろうが、イリヤは特に名前を変えずに登録したようだった。
俺が「レイ」で冒険者登録したように、偽名でも登録はできる。冒険者カードに手を触れながら名乗る名前を念じるだけで変えられるし、後で説明すればいいか。ついでに、自分の名前も変えておこう。
「これが冒険者カード……ところで、この羽みたいなマークは何?」
「ああ、これはFという記号で、冒険者のランクを表している。まあ、イリヤにはあまり関係のない話だが、一言で言えば能力やギルドへの貢献度を可視化したもの、とでも言うべきか」
「ふーん」
イリヤは興味なさげに頷くので、これ以上ギルドに滞在するのも居心地が悪いし、さっさとここから退散することにした。
「ギルドでやることは終わったし、次の場所へ向かおう」
「ええ」
それにしても、視線を集めるのは嫌なものだな。羨望の眼差しみたいなものならまだしも、好奇の目に晒されるのはこちらも気を張らざるを得ないのでどうにも落ち着かない。
受付嬢のことだけじゃないが、顔が知られていないというのは時に不便なものだ。
「お前、レイじゃねぇか!!」
前言撤回。
運が悪いことにギルド中に響く声で、俺の名前を叫ぶ阿呆がいた。顔が知られているというのは時に不便なものだ。
「……お知り合いですか?」
イリヤは心配そうに聞いてくるが、当然知っている。
赤い巨漢の中堅冒険者、その名もバルゴは王都のギルドではそこそこ知名度が高い。というのも、長年にわたってこのギルドの殺伐とした雰囲気をぶち壊しているからだ。
「失礼。人違いでは?」
「バッカ、お前! その髪! その目! そして片腕がねぇ! 他にそんな奴いねぇよ!」
そうかい。
いや、そうだな。それに関しては同意せざるを得ない。
むしろ、気づかれない方がおかしいくらいだ。
それはそれで、ギルドにいる冒険者層が変わっている証左でもある。
「久しいな、バルゴ。まだ冒険者やってるのか?」
「あたぼうよ! これでもBランクパーティのリーダーだぜ?」
「すげぇな」
かつてのバルゴがどのランク帯だったのかは知らない。
勇者時代も何かと声をかけてくれた記憶はあるが、ちゃんと喋るようになったのは魔王討伐後だ。それも短期間で終わった。
「すげぇってそりゃ嫌味か? 独りでまぉ……」「それ以上は言うな。騒ぎが大きくなる」
大きくなる前に、と言うにはもう手遅れになっていた。バルゴが無駄に大きい声を張るせいで、ギルド中が騒めき立っていた。
「まさか、レイってあの……?」
「7年前ソロで魔王討伐を達成した勇者だろ?」
「あの不摂生な見た目なのが勇者なんて信じられないわ!」
「でも、黒髪黒目に隻腕。言われてみれば、情報は一致するな」
バルゴに釣られて外野の騒ぎも大きくなってきた。
俺が目立つのはまだ良しとして、イリヤに注目が集まるのは避けたい。
「悪いな、バルゴ。急いでるんだ」
会話を切り上げるも、周囲の視線は一線に俺の方を向いていた。勇者の格が廃れていないのは素直に嬉しかったが、ここで大衆に構っている余裕はない。
半ば強引にイリヤの手を引いて、集団を割ってギルドの外へと這い出た。ギルドを出る寸前、バルゴが「またギルドに顔出せよ!」と叫んでいたのが聞こえた。
「元気な人ね?」
「……まったくだ」
幸いなことに、イリヤに関しては何も問われることはなかった。万が一、魔女であることがバレでもしたら厄介ごとになる。それを避けるためには、まず不用意にイリヤに人を近寄らせないことだ。
ギルドからいち早く離れるべく、早足で王都を闊歩する。
「ちょっとばかり想定外の事態も発生したが、冒険者カードは無事作れた。あとは、道具屋に行って回復薬を買えば王都でやることは終わりだ」
「回復薬? レイトは回復魔法使えないの?」
「使えはするが、ちょっとした怪我を治せるくらいだ。致命傷を治すには回復薬に頼るしかない」
本来ならば回復の専門職とパーティを組んで即座に回復できる陣形を整えておくべきだが、かつての俺は引っ張りだこの回復職とパーティを組めるはずもなく。回復は常にポーション頼りだった。ソロ冒険者ならば仕方ないことである。
「そういうイリヤは使えるのか? 回復魔法」
「使えるよ。極位までだけどね」
「そいつはすごいな」
やはり魔女というだけあって、魔法には長けているのだろう。イリヤが魔法を使ったところはまだ見ていないが、回復魔法に限らず俺を上回る魔法を扱えそうだ。イリヤのスペックは、まるで底が見えない。
「……独りで魔王を倒す方がよっぽどすごいよ」
先ほど聞いた、バルゴのセリフのその続き。
面と向かって言われるのは、なかなかどうして嬉しいものだ。その言葉を聞くために戦ってきたというのは大袈裟だが、使命を果たすことで得られたものがその言葉なら成し遂げた甲斐がある。
「勇者たるもの、使命を果たせて良かった」
久々に勇者として振る舞ったからだろうか、気づけばそんな言葉が俺の口からは出ていた。
「まあ、もう勇者じゃなくただの冒険者崩れだけどな。与太話はさておき、道具屋はすぐそこだ。早いとこやること片付けて王都を出よう」
「ええ」
捲し立てるように言ってしまったが、イリヤはそれ以上特に話題を深掘ることもしなかった。
「レイト……いいや、レイはきっとそんな顔をするんだろうなあ」
深掘りはしなかったが、俺がギリギリ聞こえる声量でそう呟いた。
前にも同じようなことがあったが、俺が聞こえるようにあえて言っているのか、聞かせるつもりがないのかはわからない。
(……時間があったら、少し昔話でもしよう)
イリヤの心境はわからないが、俺は心の内でそう決め事をした。




