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隻腕の勇者と不老不死の魔女  作者: 夏浦志希
一章 旅立ち編

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第六話 お願いの対価

 ノアと別れてすぐ、俺は魔女の元へと向かった。

 テラネルの花畑を通ることなく直接小屋への道を辿る。テラネルをまた見たかったが、スドゥエス湖から向かうとなると、小屋の方が近かったのだ。

 霧を抜けるとすぐ、小屋が見えてくる。不思議なことにここでは雪が積もっていなかった。雪の降る季節ではないのか、物理的に雪を遮断しているかは定かではない。


「あら、早かったわね」


 庭の手入れをしていた魔女は、俺の姿を捉えるなり手を止めて駆け寄ってくる。テラネルとは別に小屋の近くに花壇があるところを見るに、魔女はよっぽど花が好きなんだろう。


「あと数ヶ月は来ないと思ってた」

「王都でやることが終わったんでな。飲んだくれるくらいならお前に協力した方が有意義だと思っただけだ」


 もっと慎重に疑ってかかるべきだとは思っている。だが、王都でも情報収集できないとなると魔女に関して知るのは困難だ。それこそ、本人に聞く以外の方法でないと。


「ところで気になったんだが、俺と前に会った時からどれだけの時が経過した?」

「えーっと、9日かな。それがどうかしたの?」

「いや、なんでもない」


 9日、というと俺が王都で過ごしていた期間と同じだ。

 

(……妙だな)


 前にここで1日過ごした時は、王都で100日の時が流れた。何かしらの力で時の流れが100倍に引き延ばされてるとして、逆は違うということか?

 魔女に聞けばわかるだろうか。とはいえ縮まるならまだしも引き延ばされるのは有効活用出来ないだろうし、気にするほどのことでもないか。


「それで、来てくれたってことは協力してくれる気になったの?」

「一応はそのつもりだ。詳しいことは中で話そう」

「ええ」


 散らかった魔導書を片し、ソファに腰を下ろした。たった、9日のうちに物が増えたような気がする。単に散らかっているだけかもしれないが。


「やはり、この茶は美味いな」

「庭で取れた茶葉を使っているの。もちろん私が植えたね」

「ほう、それはすごいな」


 魔女お手製の紅茶を啜りながら、居住まいを正す。


「早速だが本題に入ろう」

「はい」

「まずは、状況整理からだ」


 魔女の目的は、魔王復活の阻止。

 そのために、賢者の石を入手すること。破壊するのか、封印するのかはわからない。

 

 俺の目的は勇者に殺される未来を回避すること。

 そのために、俺の魔王化を回避。すなわち賢者の石を俺から遠ざけること。


「概ね合ってる。一つ強調して起きたいのが、私は賢者の石を破壊するつもりってこと。二度と、魔王が復活しないように」


 魔女は怒りに身を震わせていた。

 あれだけ穏和な魔女がここまで感情を露わにするのを初めて見た。それを見て何も思わないほど、薄情な人間ではない。


「利害は一致している。賢者の石を渡せば、ひとまず取引は完了だな」

「そうですね。勿論、無対価(ただ)でとは言うつもりはありません」


 取引をする以上、相応の価値があるものを差し出す必要がある。鉄則といえば鉄則だが、賢者の石と同等の価値のものなどあるのだろうか。


「私に出来ることなら何でもします」


 なるほど、そう来るか。

 正直なところ利害が一致している以上、特別対価が欲しいわけでもない。とはいえ、俺は魔女に賢者の石を開け渡すかどうか決めあぐねていた。


「ちょっと考えさせてくれ」

「もちろん、待つよ。いくらでもね」

 

 魔女を信用していない訳じゃない。

 賢者の石を悪用するつもりは無さそうだ。

 過去に何があったのかはわからないが、魔王を目の敵にしていることは話を聞いていればわかる。渡しても問題はないだろう。

 じゃあ俺は、何を迷っていると言うのだろう。

 渡しても良いと思っているのに、素直に渡したくないと思ってしまう。こいつが魔女だからって訳でもあるまいに。


(魔女……?)


 そうか、なんとなくだがわかった。

 俺が何を迷っているのか。そして、それを解消するためにするべきことも。

 

「じゃあ、俺からは一つ」

「はい、何なりと」


 魔女は目を伏せている。

 なに、変なお願いをするつもりは無いさ。

 

「お前のことをもっと知りたい」


 思えば、俺は魔女のことをちゃんと知らない。

 黒髪黒眼で、常に三角帽子とローブを身に纏っていて、生き物の死の淵を見ることができて、花が好きで、部屋が散らかっていて、不器用だけど心優しいことは知っている。

 でも、もっと初歩的なことを俺は知らない。


「知りたい、というのは?」

「変な意味じゃない。そうだな……まずは、名前を教えて欲しい。今更って感じもするが」


 出会ってからずっと、魔女だとかお前だとか代名詞ばかりで、名前で呼んだことがなかった。知らなかったからだ。


「ふふっ、確かにそうだったわね。あははっ、そう。賢者の石の対価が私の名前かぁ」


 魔女は上品に、それでいて何か憑き物でも取れたかのように快活に破顔する。よほどツボにハマったのか、目尻には涙が浮かんでいた。


「笑いすぎだ」

「ふふっ、ごめんなさい。確かに貴方の名前は聞いたけれど、私は名乗らなかったわね」


 俺が勇者だと名乗ったばかりに、タイミングを逃してしまったのだ。


「そんなことなら、賢者の石関係なく教えてあげるのに」

「でも、大事だろう。名前は」

「そうね、確かに」


 魔女はトレードマークの三角帽子を脱ぐ。さらりと落ちた黒髪と綺麗な黒い瞳が露わになる。

 こうして素顔を見るのは初めてだ。まじまじと見ていると、ばっちりと目が合う。それも束の間、すぐにふいと目を逸らされてしまった。


「申し遅れたわ。私の名前はイリヤ・ナムハルトゥ。イリヤと呼んで」

「イリヤ、か。良い名前だ」


 魔女というより魔法少女みがあるがそれはさておき。

 イリヤ・ナムハルトゥ。

 初めて聞いたのに、どこかしっくり来る名前だった。


「せっかくだし、私も貴方のことはレイと呼んでもいいかしら?」

「そうだな。……いや、俺の名前はレイトという。レイト・コミヤだ。まあ、レイでも良いんだが出来ればレイトと呼んでくれ」

「何か理由でも? もちろん、言いたくなければ言わなくても結構だけれど」

「単純な話だ。冒険者の時はレイで通ってるが、それ以外はレイトと名乗っているだけさ」

「なら、レイトと呼ぶわ」


 名前を名乗りあっただけだ。

 でも、それだけで少しは打ち解けられたと思う。


「これからよろしく、イリヤ」

「こちらこそ、レイト」


 俺とイリヤは固い握手を交わした。

 一瞬、ほんの一瞬だけ、イリヤの顔が歪んだのを、俺は見逃さなかった。


 


  *



 

「それで、疑っている訳では無いのだけれど、賢者の石は持ってきていますの?」

「ああ、ちゃんと亜空間に……あっ」


 言ってから気づく。

 この場所の仕様を完全に忘れていた。


「しまった。魔法が使えないのを失念していた」


 収納魔法は使えないし、金庫は魔力を注がなければ開かない。魔力を封じられた今、二重でアウトだ。


「一時的に結界を解除出来たりしないか?」

「この封魔結界はエルフ謹製の特殊なもので、解除すると一帯を包む濃霧ごと消えてしまうの。だから、結界を解くのは厳しい」

「なら、俺が一度結界外に出て、持ってくるしか無いな」

「そうね、リスクは伴うけれどそれしか方法は無さそうだわ」


 致し方なく、俺は結界の外へと向かうことになった。

 

 白い霧を抜け、森へと出る。

 念のため人目につかなそうな木陰に入り、収納魔法を使い亜空間から金庫を取り出す。

 開錠のために、魔力をコントロールしながら注いでいく。


(そういえば、ノアは無事に依頼を完了できただろうか)


 ふとした隙間時間、脳裏をよぎるのはあの新米冒険者のことだ。

 時間を100倍に引き延ばしている仮説が正しければ、もう2、3日は経っている頃だろう。

 だとすれば、依頼はとっくに終わっていて次の依頼に取り掛かっているかもしれない。ノアのことだ、きっとうまくやっているだろう。


 そんなことを考えているうちに、金庫からカチャリと音がなる。錠が開いた音だ。

 わざわざ外で取り出す必要もないし、戻ってから中身は確認しよう。どこに人の目があるかわからないからな。


「ん……」


 生き物の気配を感じる。

 生体反応は一つ、だが音は聞こえない。


(人……では無さそうだが)

  

 だとすると魔獣だろうか。時期的に遭遇するのは珍しいが、可能性はゼロじゃない。

 感覚を研ぎ澄ませる。

 足音は聞こえない。その代わり、何か擦れるような音が微かに聞こえる。


「っ! そこかっ!」


 ピンポイントの指弾。

 魔力を練り上げ、実体化した魔力玉を放つ。ビー玉ほどのそれは、空中を羽ばたいていた何かに的中し、意識を刈り取った。


「……コウモリ?」


 駆け寄って見てみると、気配の正体は絶命していた。

 普通なら冬眠しているはずのコウモリだが、何かの拍子に冬眠から目覚めて、洞窟から抜け出したきたのだろうか。それならば、わざわざ殺してしまったのは可哀想だったな。


「っと、早いとこ戻ろう」


 絶命したコウモリに合掌し、さっさと小屋に戻ることにした。


「遅かったね」

「特殊な開錠方法でね、ちょっとばかし時間がかかるんだ」

「遅いから賢者の石を持って逃げ帰ったのかと」

「この期に及んでそんなことするわけないだろ」

「冗談よ」


 イリヤは軽口のつもりだったらしい。

 不手際は俺のせいだし、何も言うまい。現物を見ずに交渉していたわけだし、その辺は信頼されているのだろう。


「中に賢者の石が入っている。自分の目で確かめてくれ」


 俺は金庫ごと、イリヤに差し出す。

 もちろん、俺が賢者の石に触れたくないからだ。


「確かめさせてもらうわ」


 かく言うイリヤも同じ心理なのか、箱に入ったままの状態で覗き込むように賢者の石を凝視している。

「これは……」「でも……」と何かを呟きながら、舐めるように見回すこと数分。


「これが、賢者の石なのね。実物は初めてみたけれど、確かに禍々しい力は感じる」

「ほう、俺は何も感じなかったが。わかるのか?」

「ええ、と言っても、これが魔王になるための源だと言われてもあまり信じられないわ」

「それに関しては俺も同意だ」


 魔王を誕生させるくらいだから、邪悪なオーラを放っていそうなものだが。深紅の輝きは他に類を見ないが、それだけでは宝石と遜色ない。


「もしかすると、特定の状況下で力を発揮するのかも」

「特定の状況下?」

「そう。来たるべき時が来たら、みたいな。上手く言えないけど」


 来たるべき時が来たら、か。

 悪魔と契約したら、みたいな感じだろうか。

 試すような真似は出来ないが、何かがトリガーになって力が発露するというのは大いにあり得ることだ。


「可能性はある。魔石として稼働していたところを見るに、時間的な要因で力が宿っていない可能性もある。魔王を倒してからせいぜい5年しか経っていないしな」


 そうか、賢者の石は魔石だ。

 魔石は魔力の結晶体であり、生命維持装置としての側面もある。人間で言うなら、心臓と肺の機能を両方兼ね備えているようなものだ。

 動力源となる魔力を体中に行き渡らせる心臓として、周囲の魔力、厳密には魔素を取り込む肺としての役割を果たす。


「……待って。今、魔石って言わなかった?」

「言ったな。賢者の石は魔王の魔石だった」

「それは! 本当なの!?」

「ああ、魔王を倒した後に出てきたのがそれだから間違いと思う」


 てっきり、イリヤは知っているものだと思っていた。確かに一度もそんなことを口にはしなかったが。


「イリヤは、とっくにそんなこと知っているものだと思っていた」

「知らないよ。今初めて知った。でも、そう、賢者の石は魔王の魔石だったんだ。……考えてみれば、当然ね」

「知ってて俺に声を掛けたんじゃなかったのか……」


 イリヤは返す言葉もないのか、押し黙ってしまった。


「はあ……レイトにはもっと慎重に接触するつもりだったの」


 イリヤは溜息をひとつ吐いて、諦めたように言葉を漏らす。


「正直、賢者の石なる物がこの世に存在していることを突き止めて浮かれてた。賢者の石さえ破壊すれば、魔王による惨劇を目の当たりすることもない、って」


 イリヤが浮かれている姿は容易に想像がつく。

 何がイリヤの魔王に対する執着を焚き付けているのかは、相変わらずわからないが。わざわざ傷口を抉るようなことはすまい。

 

「その時、思い出したの。ゼファイルの王都には魔王を倒した勇者がいるって。もしかしたら、賢者の石について何か知ってるかもと思った。接触した時、本当は身分を明かさず賢者の石について聞くだけのつもりだった」


 占い師に扮して接触したあの時。

 最初から少し違和感はあったが、明らかに様子がおかしくなったのは俺の手を掴んでからだ。きっと、イリヤの未来視、いや結末視? は手が触れることで能力が発動するのだろう。

 ともあれ、そのせいで予定が狂ったのだと。

 

「俺の死の淵を見て思うところがあったわけだ」

「まあね。まさか、目の前にいる人間が魔王化するとは思わなくて、大慌てだったけど。ここに誘導するだけして、すぐに逃げ帰ったよ」

「ここなら、魔法も使えないしな。万が一の場合でも対応できる、と」


 その後は、俺も知る通り。

 結果的に俺は賢者の石について知らなかったし、魔王化も望んでいないことがわかったというわけだ。

 

「なんというか、やけに素直に話すんだな」

「まあね。だって、私について知りたいって言ったのはレイトでしょ?」


 イリヤはいたずらな笑みを浮かべている。

 これは、してやられた。

 何も言い返せず、俺は慌てて話題を変える。

 

「まあ、ともあれ。賢者の石について、俺が開示できる情報はほぼない。つまり、取引はこれで終わりだ」

「……そうね」


 賢者の石の始末は、イリヤの知り合いとやらに頼むのがいいだろう。通常の魔石とは扱いが異なるだろうし、俺が何かできる範疇は超えてそうだ。

 

「世話になったな。イリヤが居なければ、危うく魔王になって世界を滅ぼすところだった」

「ええ、まあ……お役に立ててなにより、だけど」

 

 イリヤの返事は歯切れの悪いものだったが、俺から提供できる物など、もう残っていない。

 ここらが潮時だろう。


「また、何か進展があったら教えてくれ。俺は多分、王都にいる」

「まあ、かなり先のことになると思うけどね」

「そうか」


 すっかり冷めた紅茶を胃に流し込んだ。冷めていても美味しいのは、やはり茶葉がいいからだろうか。

 身支度とも言えぬ身支度を済ませ、ソファから立ちあがろうとした、その時。


「せ、せっかくだから!」


 イリヤが珍しく声を張り、俺の動きを制止する。


「なんだ?」

「いや、その。せっかくだから、もうちょっと話してからでもいいんじゃないかなー、と思ってみたり」

「でもな、俺は王都に……」


 ——帰らなくちゃならない。

 

 そう、言葉が続くはずだった。

 帰らないきゃいけない理由が、ひとつも思い浮かばなかった。

 

 俺は魔王を討伐してから5年、王都で堕落した日々を送ってきた。酒を浴び、酔い潰れては昼過ぎに起き、街をぶらぶらして、夜になったらまた酒を浴びる。そんな生活を。


「俺は……」


 思えば、俺はソロになってから7年もの間、がむしゃらに突っ走ってきた。魔王を討伐するため、その一心で。

 あの頃の生活に戻りたいとは思わない。

 思わないが、やるべきことがある生活の方が、俺には向いていそうだ。


「……レイト? 顔色悪いけど大丈夫?」

「ああ、問題ない。イリヤには悪いが、もう少しここに居させてくれ」

「ええ、もちろん……」


 イリヤは拍子抜けと心配の半々といった様子だった。

 

「そうだ、気晴らしに花畑でも行かないか? またテラネルを見たい」

「行きましょう」


 今はただ、あの美しい光景を眺めたい気分だった。

 ああ、そうか。

 俺は案外、傷ついてるのかもな。

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