第四話 新米冒険者
数日が経過した。あれから、リズエットの酒場には行っていない。
自堕落な生活をやめた俺は、魔女の情報集めに勤しんでいた。しかしながら、成果はゼロに等しい。
調べている時間が短すぎるというのもあるが、手っ取り早い情報屋を使おうにも藪蛇になる可能性があり、断念したのだ。何せ巻き込まれるまで俺も知らなかったことを情報屋が知っている可能性は低い。
あるいは王立図書館に行けば何か情報を掴めるかもしれないと思い、赴いたのだが、魔女や賢者の石に関する記述は見当たらなかった。数日かけて膨大な蔵書を漁ったにもかかわらず収穫なしは、身に応えた。
今日はギルドにでも行こうかと考えているが、期待はさほど出来なかった。
やはり魔女に直接聞くのが手っ取り早いかもしれない。ギルドで収穫が無さそうなら、潔く魔女の元へ向かうとしよう。
「あの……すみません!」
ギルドへの道を歩いていると、体格よりも大きなリュックを背負った少女に話しかけられた。
見たところまだ10代半ばだろうか。茶髪のおさげが特徴的だった。冬用の厚手のポンチョに包まれているせいか、幼なげな印象を受ける。
荷物の大きさからするに、田舎から独り身で上京してきたとか、そんなところだろう。護身用にしてはやけに立派な剣を装備しているが、女の子一人ならばこれくらいの見掛け倒しは必要なのかもしれない。
ここゼファイル王国は大陸の中心に位置しているし、こういう出稼ぎに来ましたみたいな子は時々街中で見かける。
「俺に用か?」
「はい! あ、ええと、いいえ? あなたにというか冒険者ギルドに用がありまして!」
「冒険者ギルド?」
ついさっきまでギルドのことを考えていたせいで、思わずオウム返ししてしまう。
今時冒険者志望で上京してくるなんてこのご時世滅多に聞かない。
「ええとですね、なにやら冒険者登録ができる施設らしく、単にギルドと呼ばれたりもするらしいのですが……知りませんか?」
俺の反応を見て冒険者ギルドを知らない人だと思ったのか、丁寧に説明まで加えてくれる。
きっと性根が素直な子なんだろう。
「ああ、知っているとも。ギルドまでは距離があるし、君が良ければ案内するよ」
「いいんですか? ではお言葉に甘えて、お願いします。あ、申し遅れました、わたしノアって言います」
「俺のことは……レイトと呼んでくれ」
そんなわけで、ノアをギルドに連れていくことにした。
穏やかな空気に包まれた街並みを二人並んで歩いていく。傍からはこの奇怪なペアがどう見えているのだろうか。考えても仕方のないことではあるが、片腕のないアラサーが少女と並んで歩くというだけで、通報案件だろう。
「ノアは冒険者になりたいのか?」
気もそぞろになって、ノアに話題を振る。
それと、純粋にこの時代に冒険者志望をした理由を聞きたかった。
「はい! 実はとあるものを探していて冒険者を目指していたんですけど、晴れて15歳になったので家を飛び出し王都に来ました」
この世界で何かを探し求めて冒険者になるということ自体は少なくない。
伝説の武器、古代遺産、眠る財宝、珍獣に、美食。
例を挙げればきりがないが、つまるところ冒険者いうのは自分が何を成しえるのか示す職である。ありていに言えば、自由に夢を叶えられるということだ。
しかし15というと、この世界の成年年齢だ。同時に、冒険者含め労働者になれる最低年齢でもある。
魔王軍が猛威を振るわせていたころは、彼女のように若くして冒険者志望する人も珍しくなかったが、昨今はめっきりその数を減らしているらしい。
「そうか。自分の進みたい道に進むのはいいことだ」
「はい! ところでレイトさんは、冒険者なのですか?」
「いいや。俺は、元冒険者だ。今はもう、引退したよ」
ノアは俺の左腕をちらりと盗み見るような仕草を見せる。
なるほど、そうか。彼女からすれば、そこら辺の不審者に声を掛けたわけでなく、端から引退した冒険者だと思って声を掛けたのだろう。
「そう、ですか」
「そうしんみりとする必要はない。冒険者になるならこのくらいの覚悟は必要だ」
そうして俺は、ノアに冒険者の心構えだとか鉄則だとかを教えていった。例えば、他人の過去は詮索しないだとか、勝てない敵には挑まないだとか基礎的なところから始まり。単騎特攻していた俺が言えたことじゃないが、パーティーは慎重に選べという話もした。先輩面して垂れた、講釈にも足らない話をノアは終始真剣な眼差しで聞いていた。
「着いたぞ」
そんなこんなで会話に花を咲かせていると、いつのまにか冒険者ギルドに着いていた。
「貴重なお話、ありがとうございました。それと、案内も。すごく助かりました!」
「ああ」
ノアは名残惜しそうに、冒険者ギルドへと入っていく。
それにしても、前に来た時より少し廃れてはいるが、荘厳な造りもあって相変わらず周囲とは隔絶されているように感じた。大きさといい外観といい、平和という言葉には似つかわしくない。それなのに、この場所をいたく懐かしいと思ってしまうのは、紛れもなく俺がこっち側の住人だからだろう。
「見てくか」
情報を集めるべく、俺は少しばかり躊躇してから冒険者ギルドに入っていった。ノアの動向も気になることだったし。
ドアを開けた途端、ピリピリと張りつめた空気が押し寄せてくる。そうだ、この殺伐とした感じ。長らく触れていなかったので忘れかけていたが、これこそがギルドの雰囲気だった。
連中となるべく目を合わせないよう目を伏せながら、依頼掲示板の方へ足を運ぶ。こんななりでは注目を集めること間違いなしだが、気配をなるべく消して進む。
掲示板には無数の依頼書が張り付けられていて、依頼内容は討伐、採集、調査など多岐にわたっていた。やはりこの場所は、あの頃と全く変わっていない。強いて言うなら、討伐対象の魔物のレベルが全体的に引き下がっているくらいだろうか。
端から端まで目を通してみたが、魔女や賢者の石につながりそうな依頼はなかった。期待していなかったからか、落胆することもない。
他に情報源となり得そうなものは、やはり人づてになってくる。それほど信用できる人物などいない、避けるべきだ。
「あれ、レイトさん。さっきぶりですね」
「ノアか。その様子だと冒険者登録が終わったみたいだな」
「はい! ばっちりと!」
満面の笑みで冒険者カードを見せつけてくる。
そこにはノアの個人情報と、最低ランクを示すF級の文字が印字されていた。
これで、彼女は冒険者を名乗れるようになったわけだ。おめでたい。
「そいつはよかった」
「それで、早速依頼を受けようと思ったんですが……こんなに依頼があるんですね」
「まあな。依頼を出すだけなら誰だって出来るし、金も大してかからない」
「なるほどです! でも、これだけあると依頼選びが難しそうです……」
慣れていなければ依頼選びというのは極めて難しい。
膨大な量の依頼書から、良心的な達成報酬や真っ当な依頼内容であるものを、身の丈に合ったレベルで探さなければならない。あからさまに高すぎる報酬や、ダークな世界の仕事などを除外していくだけでも、かなり絞られるだろう。そのあたりは忠告しておくべきだろうが、そのうち勝手に身につくものだ。
「とりあえず、どんなものがあるか見てみるといい」
長ったらしい説明を受けるよりも、自分の目で確かめる方がいい。目を養っていくことは、冒険者に限らず重要なことである。
「最初に受けるなら、採集依頼を勧める。比較的安全な依頼で報酬も悪くないものが多い。慣れてきたら、魔物討伐に手を出してもいいだろう」
ノアは俺の言葉を聞くや否や、依頼書を漁り始める。
俺はノアが受けても問題なさそうな依頼をいくつか見繕う。それからいくつか集めた調査依頼を二人で吟味したのち、ノアが一枚だけ選んで依頼を受けることにした。
回復ポーションの材料となるソモイ草の採集依頼。冬でも採集は出来るし、洞穴に行けば大抵自生している。報酬も三日くらいの生活を送れるくらいの額、悪くない。
やはり今は雪の降る時期ということもあり、他の季節に比べて難易度は高いが、その分依頼料も割高なものが多い。
「採集に行くなら、明日にした方がよさそうだな」
「そうですね、もう日も傾いてますし。明日朝一番でいこうかと思います」
「それがいい」
夜の危険性は説明するまでもなさそうだ。
依頼が採集だからといって、魔物が襲ってこないわけじゃないということを彼女は理解している。
「そういえば、採集場所ってこの辺だとどこですかね?」
「そうだな、東の森は当面再生のために採集禁止だろうから、行ける範囲であれば、そうだな北の森が最も近いだろう。危険は伴うが時期的にはそこしかない」
「でしたら北の森に行きます」
ノアが北の森へ行くというのなら、送るついでに魔女の元に行くこともできる。リズの酒場には行きづらいし、ノアを過保護するのは芽を摘む行為に等しい。ギルドの手続きも一人でこなしていたし、過干渉しなくともしばらくは一人でもやっていけるだろう。
「そうか、ちょうど俺も北の森に用事があるんだ。帰りは別になるが、それまでは護衛しよう」
「流石にそこまでしていただくのは申し訳ないといいますか……」
「遠慮する必要はない。ソロほど危険なことはないんだ」
「なら、お言葉に甘えさせていただきます。レイさんがいると心強いですし」
「決まりだな」
依頼にまで手を出さなければ、着いていく分には問題ないだろう。初めて依頼を受け、興奮の冷めやらないノアと共にギルドを後にした。
*
ノアに手頃な宿を紹介し、俺もそこに泊まった。価格こそ安いが、設備はそこそこ充実している。
考え事をするには、やはり1人に限る。明日ノアの護衛がてら魔女のところに向かうことは決まったが、依然として魔女に関する情報は掴めていない。
そういえば、今のうちに賢者の石の保管場所を変えておこう。
魔石入れにしていた麻袋を収納魔法で取り出す。慎重に中身を出していくと、すぐに賢者の石は見つかった。
深紅に輝く、拳よりも一回り小さな石。
久々に見た。魔王を討伐した時以来だから、実に5年ぶりになるだろうか。亜空間では時間の流れが極めてゆっくりになるという性質上、物自体の劣化はほとんど見られない。
当時はただの戦利品の一つとしか思っていなかったが、魔王を誕生されるものだと知った今では、恐怖すら感じた。不思議なことだ。
賢者の石は、布にくるみ、鍵付きの小箱に入れておくことにした。
鍵付きといっても実際に鍵と鍵穴があるわけではなく、一定の魔力を注ぐと施錠、開錠できる魔道具である。
東の国の王室で使用されていたもので、元は王族のアクセサリ入れとして重宝されていた代物だ。開錠するのに魔力と技術を要するというだけで、金庫としての役割は十分に果たせるだろう。
さらに、仮に紛失や盗難で手元を離れても探知魔法に引っかかるので、万が一のことがあってもリカバリーが効く。というわけで貴重品をしまうのにはうってつけなのだ。
金庫に魔力で封をしたと同時に、部屋のドアがコンコンとノックされた。
「あの、レイトさん。まだ起きてますか?」
訪ねてきたのは、ノアだった。
さっと、金庫を収納魔法で亜空間に送ってからドアを開けた。
「なにか用か?」
ノアはひらひらとした高級感漂う寝巻き姿だった。印象的だったおさげも今は解かれ、茶髪が肩にさらりと落ちている。初見の印象は田舎娘だったが、もしかしたら安宿に泊まるような身分ではないのかもしれない。
「いえ、その……ちょっと寝付けなくて」
「そうか。まあ、入れ」
こんな夜更けに少女を部屋に招き入れるのはいかがなものかとも思うが、ノアはそういう腹づもりではないだろう。ならば、あえて邪険に扱う必要もない。
ノアをベッドに座らせ、俺は向かい合うように椅子に腰を下ろした。ノアは居心地が悪そうにもぞもぞと動いている。
「不安か?」
「そう、ですね。不安かもしれません」
独り身で上京、明日は冒険者として初めての依頼。不安にならないわけがなかった。
「でも、それ以上にワクワクしてるんです」
「ワクワク?」
「はい! いよいよわたしの冒険譚が始まると思うと、胸の昂まりがおさまらなくて! そう、冒険譚がついに始まるんですよ。パーティを組んで、平和を脅かす凶悪な魔物を倒したり、迷宮を攻略して財宝を手に入れたり、あるいは世界中を旅なんかしちゃうかもしれません!」
ノアは目を爛々に輝かせながら、息つく間もなく展望を語った。
それは御伽話のような、はたまた夢物語のような。そして、かつて俺が思い描いていた勇者の辿る道だった。
「それで、興奮して寝付けないと」
「そういうことになりますね」
なんだか心配して損した気分だ。
「まあ、志を高く持つのはいいことだ。俺もかつて、そんな冒険譚を夢見た」
「レイさんもですか?」
「ああ、ノアくらいの頃にな」
ノアは目を爛々と輝かせた。そしてすぐに、目を伏せてしまった。俺の体たらくを見たのだ。
思い描いていたものが現実になるとは限らない。それを心の内でわかっているのと、実際に目の当たりにするのでは大きく異なる。
ノアには悪いことをしたかもしれないな。
「まあ、なんだ。冒険者が全員こうなるわけじゃないさ」
「……」
数十年冒険者を続けている者もいれば、五体満足で引退した者も少なくない。
もちろん、死んだやつは数えきれないほどにいる。
冒険者はそういう職業だ。
「……それでも、わたしは冒険者になります」
ノアは一呼吸おいてから、そう言った。今度は真剣な眼差しだった。
ノアもそんなことくらいわかっているのだ。そのうえで覚悟を決めて、今ここにいる。
「そうか」
「……はい」
この真っ直ぐな瞳、俺が何を言おうと揺らぐことはないだろう。ならば、俺がすることは彼女を止めることではない。
「ちょっと待ってろ」
収納魔法で亜空間から一振りの剣を取り出した。それは、魔王との決戦前に購入したショートソードだった。聖剣が使い物にならなくなった時のための予備の予備。つまり、俺が所有する中で3番目の序列に位置する剣だ。魔法を付与しても耐久が落ちない優れものではあるが、結局俺が使うことはなかった。
鞘を外してみると、罅や汚れのない新品同然の剣があらわになる。
「この剣をノアに託そう。実践で使ったことはないが、性能は俺が保証する」
ノアは俺の差し出した片手剣を見つめ、口をぽかんと開けていた。
記憶が正しければ、王都の一戸建てが一括で買えるくらいの金額だった。わかる人にとっては唖然とするほどの代物なのかもしれない。
「で、でも……」
「貰ってくれ。俺が持っていても、持ち腐れになるだけだ」
「……ほ、本当に貰っていいんですか? わたし、剣なんて握ったこともないんですけど」
「ああ。この剣なら使い勝手がいいし、耐久性もある。剣を握り始めるにはうってつけだ」
思えば、俺が最初に握った剣もショートソードだった。初心者が持つべきかはわからないが、たとえば盾を持てば耐久力を上げることも出来るように、パーティでもソロでも臨機応変に対応しやすい。冒険者をやるのであれば、使いこなせるようになって損はないだろう。
半ば押し付けるように渡すと、ノアは顔を綻ばせながら剣を抱えた。嬉しそうにしてくれるのなら、渡したかいがあるというものだ。
「最悪、売れば纏まった金にもなるだろう」
「いえ、大切に使わせていただきます」
「そうか」
冗談めかして言ったが、いざとなった時に売る選択肢があるのとないのでは心の余裕が異なる。
もちろん、即座に手放されるのはいい気分ではないが。ただ、冒険者という職業柄、そういった時がくるかもしれない。そんな時のための、言わば備えみたいなものだ。
「……あの、ありがとうございます」
「剣のことならいいさ。埃をかぶってるよりは振るわれた方が剣も本望だろう」
「いえ……あ、もちろん、剣もですけど、何から何まで面倒を見てくださって」
「……」
「こんなこと聞くの失礼かもしれませんが、なんで縁もなかったわたしにここまでしてくれるんでしょうか?」
なんで、と聞かれれば、善意と答える他ない。
ただ、その善意が純然たるものか、はたまた裏をひた隠すためのものか。ノアにとっては判別がつかない。
もし後者なら、と思考を巡らさざるを得ない状況だろう。まあ、わざわざ部屋を訪ねてきたことだし、ある程度の信頼はされているのかもしれないが。
ここで一歩でも間違えれば、その信頼は一瞬にして崩れることだろう。
「ノアには冒険者の素質がある」
それは節々で思っていることだった。
素直だけれど、考えて行動する。そして何より、野望を持っている。
「素質はあるが、一方でひどく脆い」
「脆い、ですか?」
「そうだ」
ノアは首を傾げる。いまいちピンと来てない様子だ。
濁していては、伝わるものも伝わらないか。
「……似てるんだ。昔の俺に」
「昔のレイトさん?」
「ああ」
思い出すは、この世界に召喚されたばかりの頃。
右も左もわからないけれど、野心に溢れ、愚直に突き進んでいたあの頃。
「……ノアには俺みたいになって欲しくない。ただ、それだけだ」
ろくに過去を開示もせず、言葉足らずだったように思う。
けれど、ノアは俺の意思を汲み取ったようだった。決意に満ち満ちた目で、俺の前に立つ。
小柄な少女が、英傑の如く大きく見えた。
「わたし、強くなります」
ああ、俺が心配するまでもなかったみたいだ。
ノアはきっと、強くなる。
俺以上に。




