情報ニャ(屋)
第3回迷宮調査の翌日。
羽を伸ばそうとしたのはいいものの、事件のことが頭を離れず居ても立っても居られなくなってしまった。それはどうやらイリヤも同じだったようで、結局俺たちは迷宮の方へと向かっていた。
「迷宮には潜るつもりはないが、何か事件があってからでは遅いからな。なるべく近くに居ておこう」
「そうだね。もしかしたら、デュラムも迷宮の傍にいるかもしれないし」
自分達にそう言い聞かせながら歩いていると、やたらと迷宮の方から人がなだれて来ていることに気づいた。まさかとは思うが、何か事件が起こったのだろうか。
「イリヤ、急ごう」
「うん」
悪い予感というのは的中するもので、迷宮内で半狂乱になりながら魔法を連発する冒険者が取り押さえられたらしい。事件が起こったのは二層の奥深くで、救出された犯人は現在意識が朦朧としているようだ。入り口付近は魔道具で迷宮から脱出した冒険者で溢れかえっていた。
「レイト、イリヤ! ちょうどいいところに来てくれた」
「デュラム、いたのか」
「ああ、事件が起きたと聞いてギルドから飛んできたんだ」
ギルド自警団の正装を纏ったデュラムは溢れかえった冒険者の中でもかなり目立つ。人を募っていたようだが、既に何人かの冒険者が集まっていた。
「只今より、第4回迷宮調査を執り行う! 臨時とはなるが、参加できる者は直ちに迷宮へと向かってくれ!」
数人の冒険者がひと足先に迷宮へと向かう。
「どうするの、レイト」
「……俺たちも行こう」
「わかった」
罠だったとしても、またとない機会だ。
探索に必要な道具は揃っているし、体力も回復している。心の準備以外は万端。
看守に怪訝そうな顔をされたが、入口の前まで来れた。以前に見た裂け目よりも亀裂が多く入っているようにも見えたが、今は気にしていられない。イリヤが俺の裾を掴んだのを確認してから二人で裂け目に飛び込んだ。
「イリヤ! 大丈夫か!」
数秒間に渡る浮遊感の後、意識が覚醒した。
裾が引っ張られている感覚がなく思わず振り返ったが、イリヤは確かにそこにいた。
「うん、私は大丈夫。だけど……」
イリヤの後ろ、世界と亜空間を繋ぐ裂け目が破壊されていた。狭いところを無理矢理こじ開けたかのようなひしゃげ方をしている。まるで機能していないことを示すかのように、ほのかな光は失われていた。
「裂け目が……」
デュラムは俺たちが迷宮に入った後、一時的に入り口が封鎖されていたと言っていた。もしかすると、イリヤが通ったことによって、裂け目が破損したのではないだろうか。
「ど、どうしよう……これ。治るかな……?」
「時間が経てば治るはずだ。気にせず、事件に集中しよう」
迷宮の入り口が破損するなど、聞いたことがない。なので当然、破損した入り口の直し方など知るはずもなかった。
ひとまず、入り口のことは置いといて二層へと向かう。二層への最短ルートは昨日貰った地図ですぐにわかった。早足で道なりに進んでいく。
「……誰か居るみたい」
「……誰だ!」
しばらく歩き、二層へと到達する目前でこちらに向かって来る足音が聞こえて思わず立ち止まる。
足音の主が呼びかけに答えることはなく、やがて一本道の反対側から人が現れた。こんな誰も寄りつかないところでの遭遇に加え、どうやら向こうは一人みたいだ。調査隊のメンバーだろうか。
「にゃっほー、レイト。調子はどう?」
気さくな挨拶とともに、魔法の光源に照らされて正体が露わになる。黒いフードで翳っていてやや見づらいが、端正な顔立ちの若い女だった。特徴的なフードの形からして、猫人族か。
派手な服飾こそあれど、実用性のある装備をしてないところを見るに冒険者ではないようだ。どうやら俺たちのことを知っているみたいだが、敵意は無さそうだし、事件の犯人ではないだろう。
「レイト、知り合い?」
「いや……知らない人だ」
あまりにフレンドリーなので呆気に取られてしまったが、残念ながら知り合いではない。猫人族の知り合いなど、ラ行兄弟くらいのものだ。
「いやいや。これから知り合っていくんだから、もう知り合いみたいなものだニャ」
とんでもない暴論だった。
全人類みんな友達みたいなことを言い始めそうな勢いである。取ってつけたようなにゃと言い、テキトーな人みたいだ。事件でシリアスな空気になっているのに、どうも拍子抜けする喋り口調である。
「知り合いじゃないなら、なんでレイトの名前を知ってるの?」
「だから、知り合いだってば〜。もちろん、イリヤちゃんとも!」
「なんで、私の名前を……」
「簡単なハナシ。顔面大公開の報告書出回ってるんだから見たらわかるニャ」
翼竜の討伐報告書か。
オールテリアに来てすぐ看守にバレたのは冒険者カードで名前が割れたからだと思っていたが、見る人が見ればわかるものなんだろう。容姿も多少いじったとはいえ、隻腕の男と魔法使いの二人組という時点でバレるのは必然か。
「で、自称知り合いが俺たちに何の用だ」
「酷いニャ〜。せっかく、このアタシが協力してあげようと思ったのに……」
「このアタシって、俺たちはお前を知らない」
「ニャんと! ……でも確かに、初対面だしニャ」
「やっぱり、初対面なんだ」
「ゴホン! 改めまして、人呼んで情報屋のネロぺとはアタシのことよ!」
情報屋のネロぺ、もちろん聞いたことがない。
迷宮都市というだけあって、情報屋というのはそこそこの数存在するが、俺が利用したのはギルドの制度。情報屋は頼っていない。
「知ってるか、イリヤ」
「知らない」
「そういうことだ、ネロぺ」
相当ショックだったのか、固まってしまった。
オールテリアではよほど有名な情報屋なのだろうか。
「気にすることはニャい。情報屋は知るのが仕事、知られるのは仕事じゃないニャ」
それっぽいことを言って誤魔化すネロぺ。なんとなく思っただけで確証はないが、有名人では無さそうだ。
「ところで、協力するってどういうこと?」
「それはモチロン、巷を賑わす事件の解決に協力するってことニャ」
そのための接触か。
わざわざ迷宮の中かつこのタイミングでの接触、怪しいことこの上ない。シディーのことがあったばかりだし、すぐに信用するわけにはいかない。
「ありがたい話だが、断らせてもらう。俺とイリヤで十分だ」
戦力的には俺とイリヤで事足りている。なるべくリスクは回避しておきたい。
「犯人も取り押さえられたことだし、すぐに時間も解決するだろう」
「それはないかニャ〜」
のほほんと、しかしバッサリと、ネロぺは俺の楽観的な考えを否定した。デュラムの情報などとは比にならない事件の核心に迫るような情報を持ってるいるのか。
「どういうことだ?」
「おっと、協力は断るんじゃなかったかニャ?」
流石は情報屋、誘うのが上手い。ここで感情的になって協力すると口走ってしまえば、ネロぺの思う壺だ。
だが、正直言ってこのまま闇雲に探していても、調査が間延びするだけということはわかっていた。事件の不透明性と、2回の調査結果から察するところはある。
「……少し、考えさせてくれ」
リスクを取るべきか、早期解決を取るべきか、二つが天秤にかかっている。言い換えれば、ネロぺを信用するかしないかだ。
俺たちは、どうするべきなんだろうか。
「ゆっくり考えるニャ。急がずともアタシは逃げニャい」
イリヤと相談した結果、やはり協力はしない方向で進めることにした。シディーといい、シャンドールといい、ろくなことがなかったからだ。悪く思ってくれるなよ、ネロぺ。
ただし、このまま据え膳を食わずに立ち去るわけにもいかない。そこで、折衷案を思いついた。
「決めた。ネロぺからは情報を買い取る」
「買い取る? 協力するんじゃニャく?」
「ああ。金なら払うから、ネロぺが持っている情報を教えてくれ」
元より情報は金で買うものと相場が決まっている。金貨10枚だろうが100枚だろうが、俺には払えるだけの財力がある。
「なら金貨1000枚ニャ」
あっけらかんとネロぺは言う。
想像をゆうに超えてきたが、払えない金額ではない。現金では持っていないので、剣やら装具やらを売ればの話だが。金で融通を利かせていた場面は多いので、払えるとはいえ痛い出費だ。
「わかった。用意するから後日……」
「駄目。今一括払いに限るニャ」
今のはつけ入る隙を与えた俺が悪かった。交渉術は相手の方が一枚上ということを失念していた。
「別に金はいらない。アタシに協力すればいいだけニャ」
「それが出来ないから断っているんだ」
ネロぺじゃなくとも、誰とも協力関係を結ぶ気はさらさらない。相手が情報屋ともあれば、なおさらだ。
「なんでそんなに嫌がるのニャ? 君らにとっても、そんなに悪いことじゃないはずだニャ」
「それは……言えない」
「ふん、シディー・ポンシンのことかニャ?」
「シディーちゃんを知っているの!?」
聞き返したのは、会話を側で聞いていたイリヤだった。
俺は驚いて声が出なかった。このネロぺという情報屋をどこか侮っていたのかもしれない。
「情報屋だからニャ〜」
しかし、シディーを知っているとなれば、俺たちは最初からネロぺの手のひらの上だったということか。
「わかった。協力する前に、ひとつ聞かせてくれ」
「それに答えれば認めてくれるニャ?」
「ああ。約束しよう」
聞くべきことは一つしかない。
ネロぺが敵に回る存在か否か、確かめるのだ。
「ネロぺはどっち側だ?」
「現時点では、シディーと敵対する側ニャ」
即答だった。
しかし、欲しかった答えは得られた。
「わかった。ネロぺに……」
「待ってよ、レイト。こいつはシディーちゃんの敵なんでしょ? なんで協力関係を結ぶの?」
「間違いなく、シディーが事件に加担しているからだ。犯人の様子を聞いただろう?」
「それは……そうだけど」
「イリヤの気持ちもわかるが、今はネロぺに協力した方が事件の真相解明にも近づく。そうすれば、シディーと会って説得できるかもしれない」
俺とて、シディーのことを諦めたわけではない。むしろ、一度会って話したいからこそのネロぺとの協力関係だ。
「ネロぺも『現時点では』と言っているし、必ずしもシディーが黒と決まったわけじゃない。それを確認するために、今はネロぺに協力しよう」
「……うん」
強引な説得になってしまったが、俺たちだけで解決できる問題でないことは薄々感じ始めていた。ここは怪しくともこの情報屋に乗るしかない。
「話は終わったかニャ」
「ああ。改めて、俺たちはネロぺに協力しよう」
「最初からそうすりゃいいニャ」
いちいち気に障る発言をするな、この猫は。
気にしたら負けだと自分に言い聞かせ、まずは情報共有からするとしよう。
「で、ネロぺはどこまで知ってるんだ? なるべく早いうちに事件を解決してしまいたいんだが」
幸いこの事件に死傷者はまだ出ていない。まだ、シディーも取り返しがつく段階だ。
「まあまあ、そう焦るでない。事件が起こるのは最短でも明日以降だからニャ」
「そうか」
突っ込んで話を聞きたかったが、話を聞けばまた何か言われそうなので頷くだけに留めておいた。
「じゃあ、逆に聞くニャ。君らはどこまで知ってるニャ?」
「恥ずかしながら、全然知らない。迷宮崩壊を起こそうとしていることと、シディーが事件に加担していることくらいだ。あとはそうだな、憶測だが金に目が眩んだデュラムが首謀者ではないかと睨んでいる」
俺の推察はこうだ。
デュラムが事件を起こし、情報提供者として金を取り、体裁を保つために調査を敢行、しかし成果は得られない。このサイクルが確立しているので、事件を起こすたびに資金繰りができる。つまり、デュラムが私腹を肥やすための自作自演ということだ。
「この事件は、そんなちっぽけなものじゃない。シディーを操る黒幕がいる……ニャ」
しかし、俺の推察を一蹴するかのようにネロぺは否定する。あくまで推察だが、こうも真っ向から否定されると自信がなくなる。
それはさておき、黒幕と聞いて思いつくのは、やはりシャンドールだ。シディーとも関わりがあるし、目的はわからないが奴なら何をしでかすかわかったもんじゃない。ネロぺがあいつの事を知っているのかだろうか。
「その黒幕とやらは誰で、何をするつもりなんだ」
「誰かは知らないニャ。でも、何のために迷宮崩壊を起こそうとしているかは知ってるニャ」
「何の……ために?」
聞くのが少し躊躇われたが、これは今知っておかねばならないことだ。本当の事件が起こるのを未然に防ぐために。
「オールテリアを壊すためニャ」
オールテリアを壊す、迷宮崩壊で。
二つの出来事がどうにも頭の中でつながらない。たとえ迷宮崩壊が起こったとしても魔道具さえあれば迷宮からは脱出できる。オールテリアとはあまり関係がないように思えた。
「もしかして、一層で事件が頻発しているのも……?」
イリヤは何かに気付いたのか、ネロぺに質問を投げかける。
一層で事件が頻発している……なるほど、そういうことか。どうやら、常識に囚われすぎていたようだ。
「黒幕の目的は、ズバリ。魔物を迷宮の入り口から逆流させ、オールテリアに放つことニャ」
当然、魔物は魔道具を使えない。
ならば、一層にある入り口から逆流させるしかない。
「……待てよ、入り口って」
そして、思い出す。
イリヤが通ったことによって、その入り口が破壊されたことを。




