黒幕談義
「……というわけなんだが」
迷宮の入り口、いや出入り口か。
そこまで引き返した俺たちは、見るも無惨な姿になった裂け目を前に立ち尽くすしかなかった。
「これは、たまげたニャあ……」
「経緯はどうあれ、黒幕の目的を阻止できたんじゃないだろうか」
全く想定していなかったことではあるが、いわゆる塞翁が馬というやつだ。これで裂け目を通って魔物の逆流はできなくなった。
「その前に、迷宮都市の迷宮が封鎖なんて大惨事だよ。いや、マジで」
「で、ですよね……」
ネロぺが語尾を忘れ、イリヤは乾いた笑いしか出ない。
俺も数日経てば直るだろうと楽観的に考えていたが、ここは迷宮都市だ。迷宮が経済を回しているなか、数日も稼働しなくなっては死活問題か。
「ま、まあ。事件を解決すればお咎め無しで済むとは思うけど、これはアタシらだけの秘密ね」
「はい」「ああ」
壊してしまったものは仕方がないので、とりあえず放置することになった。しかし思い返してみれば初めて迷宮に潜った時も同じようなことが起きていたらしいし、イリヤと迷宮は相容れないものなのかもしれない。
「ところで、これはどこに向かってるんだ?」
「二層ニャ。今日のところは引くつもりだったけど、そういうわけにもいかなくなったからニャ」
二層に黒幕へと通づる何かがあるのだろうか。
そういえば、二層でも事件が起こっているんだったか。魔物の逆流を企んでいるなら一層で事件を起こしたいはずだが、どういうことだろう。
「二層に何かあるの?」
「簡易的な村があるニャ。事件が起こるまでそこで待機するニャ」
特筆すべき何かがあるわけではないようだ。
迷宮の中に村があるのもそう珍しいことではない。むしろ、より下の層へと潜るために途中に設けられている方もしばしば。概ね最短ルートが開拓された後、その側に村やら休憩所やらが建つ。
ところで最短ルートといえば、今俺たちは遠回りをしながら二層に向かっているようであった。ネロぺは地図も見ずに、ずかずかと迷宮の奥へ進んでいく。情報屋というだけあって、迷宮のマップは暗記しているのだろう。
「二層へは最短ルートを通らないのか?」
「今回は別ルートだニャ。なるべく人と会いたくないからニャ〜」
人と会いたくないが、人のいるであろう村には行く。
よくわからない理屈だが、ネロぺなりの考えがあるんだろう。より多くの情報を持っているのはネロぺの方だし、黙ってついて行くことにしよう。
「ときにネロぺ、シディーのことについてはどれくらい情報を持っているんだ?」
「名前はシディー・ポンシン、緑髪の狸人族、出身はガルダ山脈にあるポンの里。人を化かすことと、回復魔法が得意……と、そんくらいかニャ」
「待て、回復魔法が得意と言ったか?」
「言ったニャ。とある筋からの情報では上位まで操るらしいニャ」
おおよそ俺たちが持っている情報と違いはなかったが、回復魔法が得意ということについては、真逆だった。
シオネに下位を習い、俺たちが教えてもついぞ中位は習得できなかったはずだ。なのに、回復魔法は得意で、そのうえ、上位まで操るときた。なんというか、めちゃくちゃだ。
「騙されてたのか……」
「もしかして、中位の回復魔法が使えなかったのも……」
「わざと不発させていたんだろうな」
そりゃあ、いつまで経っても使えないはずだ。攻撃魔法が当たらないのも、わざとだったか。
「君ら、騙されすぎじゃニャい?」
「返す言葉もない」「ないね」
今振り返ってもシャンドールの一件があった直後なのに、警戒心が無さすぎた。討伐戦での献身性と見習いながらに向上心のあるその性格を見込んだわけで、そこに隠された悪意を見抜けなかった。
「しかし上位まで回復魔法が使えるとなると、翼竜討伐戦での行動はよくわからないな」
「私の看病をしてくれた時に回復魔法を使わなかったってことは、元々騙すつもりだったとか?」
「イリヤの言うとおり、ハナから目つけられてたんじゃないかニャ。君ら、目立つし」
「そうかもしれないな」
黒髪黒眼のコンビかつ、隻腕と高位の魔法使い。
目立ちこそすれ、シディーが俺たちを騙そうとする材料としては少々物足りない。しかし、他に思い当たる理由はある。
「仮にアタシが悪徳な情報屋だったら、また騙されてそうだしニャあ……ちょっと心配ニャ」
「否定は出来ないな……だが、ネロぺのことはまだ全面的に信用しているわけじゃない」
同じ轍を踏むだとか二の舞を演じるだとか、そういった言葉はもう使えないので、ここは三度目の正直だ。もう騙されないようにしなくては。
「そうだったニャ? 協力するってことはそういうことだと思ってたニャ」
「信用以前に、事件に詳しそうな情報屋を利用しない手はないからな。表に出回っていない情報が金で買えないというなら協力せざるを得ないだろう」
「考え方が生き急ぐ人のそれニャ……」
生き急ぐ、か。
かつて誰かにも言われたことがある言葉だ。誰に言われたのかはもう覚えていないが。
自分に使えるものを使って、最短ルートを目指す生き方をしていたわけだし、俺にはそういう表現が合っているのかもしれない。
「人間は寿命が短いからね。生き急ぐのは仕方ないよ」
「ニャ? イリヤは人間じゃニャいのか?」
「あっ……」
イリヤは慌てて口を押さえる。
しかし、情報屋ともあろう人物が失言を見逃すはずもなく。
「レイトは勇者ってのもあって情報があっちこっちに流れてるけど、イリヤの情報は全く無かったから不思議に思ってたニャ。まさか、長耳族だったりするニャ?」
「長耳族ではないけど……」
「けど……?」
イリヤがこちらに目配せしてくる。
目が助け舟を出してくれと訴えかけていた。
「まあ、イリヤのことはこの際いいだろう。今は、事件のことについて話そう」
「レイトには悪いが、情報屋たるもの狙った獲物は逃さないニャ」
「俺が事件の黒幕に心当たりがあると言ってもか?」
「にゃんと! それは本当ニャ?」
「この期に及んで嘘を言うつもりはない」
それを言ってしまえば、手のひらを返してネロぺのことを全面的に信用するしか無くなるわけなんだが。イリヤの正体を追及されるのは、それ以上に避けるべきことだと判断した。
「ネロぺはシャンドールという人物を知っているか?」
「シャンドール……最近書いた記憶がある」
「翼竜討伐戦にも参加していた」
「……討伐戦」
ネロぺは辞典のように分厚いメモ帳からその正体を探る。紙をめくる手捌きや流れるような目の動きはやはり情報屋らしい。
「いた、シャンドール。でも、全然情報が書かれてない」
該当ページを俺たちに見えるように広げる。
ネロぺのニャがない時は情報屋モードなのだろうか。いや、出入り口の時も無くなっていたし真剣モードの時に語尾が無くなるんだろう。まあ、どうでもいいことだが。
「機密情報じゃないのか、これ」
「別にいい。それより、コイツがレイトの言うシャンドールで間違いないよね?」
ネロぺの指差す先には、長身痩躯の男の全体図と外見の情報が羅列してあった。
銀色の髪、紅い瞳、青白い肌。それと幾つかネロぺによって細かい情報が足されていたが、間違いなくシャンドールだ。情報は大して多くないが、"不届き者"と強調されているあたり、情報の精度はそこそこ高い。
「そうだ。だが、何か役に立ちそうな情報は書いてないな」
「残念ながら、翼竜討伐戦以前の情報はないニャ」
真剣モードは終わったのか、また緩い喋り方に戻った。こうもギャップがあると、わざと語尾をつけているんじゃないかとさえ思える。
「つまりシャンドールが表に出てきたのは、翼竜討伐戦が初めてってことだよね?」
「アタシの情報の集めうる限りでは、だけどニャ。でもやっぱり、あの翼竜討伐戦はなかなか興味深いニャ」
「そうなの?」
「そうニャ。少ない人数で、翼竜から街を守り、討伐まで成し遂げただけでも取り上げる価値がある。しかし、あの討伐戦が面白いのはここからニャ。未知数の多い勇者と魔法使いのコンビ、箒で空を翔ける大胆な作戦、そして極め付けには、翼竜の魔石を持ち去った謎の人物!」
ネロぺは効果音でも付きそうなほど身振り手振りを多用して大袈裟に表現する。確かに情報だけ抜き取ってみれば、かなりイレギュラーづくしの内容ではあった。
「……でも改めて言われてみれば、シディーとシャンドールの関係は匂うね」
ミュージカルな猫になったかと思えば、今度は情報屋に。随分と忙しい奴だな。
「シャンドールが裏で手を引いていると俺は踏んでいる。シディーの意思に拘らずな」
「シャンドールに操られているなら、シディーちゃんを引き戻せるかもしれないよね」
「逆に自分の意思で事件を起こしてるなら、敵対するしかないニャ」
今の段階では、それがどちらか判断することが出来ない。シディーと直接会っても、どちらか判断するのは難しいかもしれない。
仮に洗脳されるなり脅迫されるなりして、事件に加担せざるを得ない状況ならば大元を叩くしかない。シディー自身の意思ならば、俺はどうすればいいんだろうか。
「……俺は出来る限り人を斬りたくない」
「私も、シディーちゃんには恩があるし」
「斬るか斬らないか決めるのは調査が進んでからでも遅くニャい」
なんにせよ、調査が進展してからということになりそうだ。憶測で語ったところで、得られるものは限られているからな。
「そろそろ二層への階段に着くニャ」
長らく喋っていたのもあり、気づけば一層の終着点へと辿り着こうとしていた。
やがて、二層へと降りるための大階段が見えてくる。一層にもう用はないので、躊躇なく階段を降りていった。
「誰か上ってくるみたいだな」
「冒険者かな?」
「だといいけどニャ」
俺たちのとは別の足音がする。向こうはおそらく一人。
層を下ることは言わずもがな、何ら不思議なことではない。しかし、迷宮攻略において層を上るということは起こり難い。警戒心を引き上げながら、慎重に階段を降りていく。そして、足音がすぐ横まできた。
「……君達もデュラムに雇われたのかい?」
イリヤの光魔法に当てられて姿形がはっきりと見えたと同時に、男は話しかけてくる。デュラムと同じ身綺麗な白い服、ギルド自警団の制服を纏っていた。違うのは、胸元に付く煌びやかな装飾くらいか。幹部であるデュラムになかったということは、幹部より上の位ということだ。
「そうだ」
「やっぱり。そのバッジは調査隊のものだからね」
胸元を探ると、調査隊のバッジがあった。
そういえば、昨日の第3回調査の時から付けっぱなしにしていた。
「……あなたは?」
「失礼、申し遅れたね。僕はギルド自警団団長のライゼンだ」
ネロぺに目配せをすると、彼女は小さく頷いた。どうやら身分に関して嘘は言っていないようだ。
「団長ともあろう人がなんでこんな所に?」
「もちろん調査のためだよ。自警団として、あるいは団長として迷宮での異変は見過ごせないからね」
「デュラムが調査に関して仕切っていると思っていたが、団長直々に調査しているんだな」
「あくまで調査隊はデュラムの発案だからね。当然仕切るのは彼だ。僕はほら、一人で動く方が楽だからさ」
気持ちはわかるが、組織のトップがそれを言うのはどうなんだろうか。
「君達はこれから二層の調査に?」
「そうだ。二層で事件が起きた報告もある以上、一度様子を見ておこうと」
「うん、そうだね。それがいいよ。君たちは一層にいるべきじゃない」
「……どういう意味だ」
「さてね。どう捉えるかは君達次第だ」
言いたいことは言ったとでもいうように、ライゼンは俺たちの横を通り過ぎていった。謎めいたセリフを残して、あっという間に足音が聞こえなくなった。
「忠告してくれたのかな?」
「真意はわからない。だが、あれはギルド自警団の団長で間違いないんだろう?」
「そうニャ。自由奔放ながら圧倒的な実力でギルド自警団団長の座を欲しいままにした人物。あれは間違いなくライゼン・ユイソンその人ニャ」
今のがギルド自警団団長で間違いないとして、やはり気になるのは『君達は一層にいるべきじゃない』という発言と、ライゼン自身が一層に向かったことか。
「……予定通り二層に行くニャ?」
「そうだな。ライゼンの言動は気になるが、ひとまず二層に向かおう」
胸に突っ掛かりを覚えながら、俺たちは再び二層へと繋がる階段を降りていった。




