迷宮一層
翌日の午後、俺たちは予定通り調査に参加するべく迷宮の入り口へと向かっていた。
とんとん拍子に物事が進んでいるのは好ましいが、そういう時に限って何か事件が起こるのだから今一度気を引き締めなければならない。油断は禁物だ。
「私、迷宮って初めてなんだ」
長年生きているイリヤでも初めてのことはまだまだあるらしい。緊張感は保っていながらも、心なしか楽しそうだ。
「意外だな。オールテリア以外にも迷宮はあるし、一度くらいはあると思っていた」
「結構な間、森に篭ってたからね。レイトは何度か潜ったことがあるんだっけ?」
「かつてロロキアにあった迷宮にな。今はもう無くなってしまったが」
「そっか」
勇者パーティで迷宮に潜ったのも遠い昔の記憶だ。もう、鮮明には思い出せない。
「……着いたぞ、ここがオールテリアの迷宮だ」
会話の途切れたタイミングで、目的地に到着する。
事件の影響はさほどないのか、迷宮へ入っていく冒険者で溢れそうになっていた。
「これが、迷宮……? なんか思ってたよりも小さいかも」
「ここはただの入り口だからな」
厳密には、入口を装飾している建物だ。
円柱が均一に並ぶ某神殿のような外装は荘重な造りとなっているが、サイズは民家一戸分と小さい。当然、迷宮都市の誇る大迷宮は、ここにはない。
「レイト、イリヤ! こっちだ!」
建物の側で待機していたデュラムと合流する。
調査隊というので、もっと大規模なものを想定していたのだが、集まっていたのは30人程度のものだった。見たところ、寄せ集めみたいだ。最低限戦力にはなるだろうし、一層や二層で躓くような冒険者は居なさそうなので問題はないだろう。
「改めて、ギルド自警団幹部にしてAランク冒険者のデュラムだ。今日集まって貰ったのは他でもない、最近巷を賑わせている迷宮荒らしの調査を執り行うためだ。調査にあたり僭越ながらこのデュラムが隊長を務める」
ギルド自警団としての調査というよりは、デュラムが事件の管轄なので隊を組んでいるようだ。要するに自警団による調査という体裁こそ保っているものの、デュラム直々にスカウトして集まった冒険者達で徒党を組んでいるだけだ。
「諸君らには、主に2つやってもらう事がある。1つは、ダンジョン内を探索し、新たに破壊された形跡がないか探すこと。もう1つは、様子のおかしい冒険者を見つけたら落ち着かせ、私の元に連れてくることだ。これから、2種類の備品を配る。有効活用してくれ」
デュラムの傍にいた女性が、説明が終わると2枚組の地図とギルドのマークが入ったバッジを配ってくれた。地図にはそれぞれ一層と二層の地図に、何箇所か赤くばつ印が施されていた。異変が確認された場所を指しているのだろう。ギルドのマーク(二つの剣が重なったもの)入りバッジは身分証明みたいなものだろうか。
「期限は日没まで。迷宮から出たら、私に一度報告を。終いにはなるが、諸君らの安全を祈る」
あくまで寄せ集めということなのか、調査は各自で行うらしい。集団で行動するには大人数だし、個人で行える方が都合は良いのでありがたい。
「俺たちも行こうか、イリヤ」
「うん」
次々と迷宮に入っていく隊員に続いて、俺たちも入り口へと向かう。看守に冒険者カードを提示し、建物の奥へと進んでいく。
「何、この裂け目?」
「これが迷宮の入り口だ。ここを通れば、迷宮へと行ける」
奥の広間には、裂け目のような穴が浮かんでいる。
迷宮の仕組みは未だ解明されていないが、この裂け目が空間に接続しているというのが通説である。つまり、迷宮は亜空間に存在するものであり、冒険者達はわざわざあちらの空間に赴いているという訳だ。
そもそも亜空間が何たるかがよくわかっていないので、この通説が嘘か真かは定かではない。
「……大丈夫だよね?」
初見だと躊躇う気持ちもわかる。
剣と魔法の世界でも、この迷宮という存在は異質だ。空間を引き裂いたようなビジュアルも相まって、飛び込むのは勇気がいる。
「大丈夫だ。怖いなら、一緒に行こう」
イリヤは少し頷いて、俺の服の裾をちょんと摘んだ。
後ろが詰まり始めていたので、一思いに裂け目に飛び込む。
目は開いているはずなのに、何も見えない。意識が落ちる前のあの白い時間のような感覚だ。
数秒間に渡る浮遊感の後、意識が覚醒する。服を引っ張られている感覚がまだあった。
「大丈夫か、イリヤ?」
「うん。でもちょっと、変な感じだった」
迷宮以外でこの感覚を体感する機会はない。長年生きていたイリヤでも、迷宮に入ったことがないのなら初見の感覚のはずだ。
「なんか暗いね」
あたりを2、3度見渡してからイリヤが呟く。
オールテリアの迷宮は閉塞的で、陽の光が届かないジメジメとした雰囲気の迷宮だ。
「本来ならカンテラや松明を持ち運んで光源を確保するんだが、まあ俺たちには必要ないだろう」
「魔法だね」
「その通りだ。だが、狭い空間において炎魔法は使ってはいけない。故に使うのは光魔法だ」
「わかった。私に任せて」
俺が魔法を使う前に、イリヤが光魔法で光源を確保する。魔力回復薬は大量に抱えているので、長時間の魔法も問題はなかったが、イリヤが唱えてくれるならばその恩恵に与ろう。
それと、イリヤに言うまであまり考えていなかったが、炎魔法はここでも使えなさそうだ。炎に特化させていた皺寄せが来ようとは思ってもみなかった。
「とりあえず、近くの事件現場まで向かってみよう。それから新たに手掛かりがないか探すとしよう」
「そうだね」
デュラムから貰ったマップを頼りに迷宮内を練り歩く。
迷宮はその迷宮ごと、あるいは層ごとに特色を持っているが、ここの様相は地下洞窟に雰囲気が近い。
「レイト、あれは何?」
イリヤが指した先、そこには地面に這いずる粘性生物がいた。生まれてから日が浅いのか、サイズはかなり小さい。
「あれはスライムだな。見たことないか?」
「初めて見た。なんかドロドロしてて気持ち悪いけど、あれも魔物?」
「そうだ。洞窟や毒沼の付近で見られる魔物で、殺傷能力は低いが、魔法も剣も通りにくい面倒なやつだ」
スライムは迷宮内で発生しやすい魔物の一種だ。
一般的に、魔力と動植物の融合した型の魔物が発生しやすいが、動植物が生育しづらい場所では魔力が溜まることによって発生する魔物もいる。具体的に前者はボアやロンデルウルフ等、後者はスライムやゴブリン等々。
余談だが、いわゆるファンタジー世界において馴染みのある後者の魔物は迷宮内で見かけやすいということになる。
「倒す?」
「いや、放置しておこう。それより、事件の調査だ」
見たところ幼体だし、成長したところで人畜無害な魔物である。視界に入るたびにいちいち倒していたらキリがない。新人にとっては格好の餌ということもあり、見逃すことにした。
「そういえば、他の冒険者と全然会わないけど、どこに行ったんだろうね」
「もっと下の層だろうな。金を稼ぐためにはもっと深い層に行き、強い魔物を倒さなければならない。今、一層にいるのは新人か調査に参加している者だけだろう」
「そっか。だからあれだけ人が居たのに誰とも会わないんだね」
調査に参加している人数は数えられる程度の人数だし、一層に潜る新人もそう多くはないはずだ。一層に用のない冒険者は最速で下層へと行くルートを通るはずだし、脇道に逸れている俺たちが会うこともない。
「人は少ないし、出てくる魔物も弱い。それが一層だ」
「だとしたら、なんで犯人は一層で事件を起こしてるんだろうね?」
「それがわかれば事件解決に近づきそうなんだが、検討がつかない」
犯人の目的が大量殺人だとして、わざわざ数の少ない新人狩りのために迷宮崩壊を起こすのは大がかりすぎる。
例えば、もう少し下の層には冒険者の暮らす街があるという。そこの住人を狙うためならば、まだわかる。
「ねぇ、レイト。確認したいんだけど、迷宮を出入りするには一層を通らなきゃいけないんでしょ?」
「いや。入る時は必ず一層の入り口を通るが、出る時は必ずしも通らなきゃ行けないことはない。通っても帰れないことはないと思うが、いちいち一層まで戻る奴なんていないさ」
「それはつまり……どういうこと?」
「昨日、準備の時に水晶のようなものを買っただろう? あれは迷宮から脱出できる魔道具なんだ。つまり、それを使えば迷宮内のどこからでも脱出できる」
魔道具が使えないエリアという例外もあるが、原則は何処からでも出れるはずだ。迷宮に潜るための必需品なので、昨日のうちに必要分を買っておいた。
「じゃあ一層で迷宮崩壊を起こしても、新たに入ってくることを防ぐことはできるけど、迷宮内に冒険者を留めておくことはできないんだ」
「その通りだ」
イリヤの指摘したことも可能性としては考えていた。そのために一層で迷宮崩壊を起こそうとしているなら、当然目的は別にあることになる。
迷宮崩壊が単なるブラフで、混乱に乗じて殺人を冒すためだとか。あるいは迷宮崩壊で冒険者を堰き止め、迷宮内の資源の占有率を上げるだとか。
そのほかにも可能性は考えられるが、どれも迷宮崩壊を起こすほどのことではないので、しっくり来ない。
「何にせよ、調査次第だな……っと、ここが事件の現場みたいだ」
話しているうちに、少し開けた場所に出た。
どうやら、マップの示すばつ印に辿り着いたようだ。
「実際の現場を見てみようと思ったが……何もないな」
「微かに戦った跡はあるけど、大したものじゃないね」
「迷宮には生物の傷が治るのと同じで、元に戻ろうとする力が働くからな。時間が経った影響もあるだろう」
凝視してみると、壁や床に浅い傷が残っている。
おそらく魔法によるものだが、数日が経過しているせいでほとんど回復しつつあった。状況証拠としてはほとんど役に立たない段階まで来ているし、これ以上長居しても意味なさそうだ。
「もう少し奥まで行ってみよう」
「わかった」
地図によるとこの先には、ばつ印が記されていない。
調査が必要になってくるのはこの先からだ。
*
「──報告は以上だ」
「そうか。協力感謝する。次回もよければ参加して欲しい」
結果的に、俺たちは何も見つけることが出来なかった。
怪しい人影も、戦いの痕跡も見つかることはなく、調査結果としてはゼロのまま時間切れになった。
先に迷宮を出ていた冒険者達も、調査は芳しくなかったらしい。それを受けて、2日後に4回目の調査が行われるとのことだった。
「そういえば、君たちには報告しておくことがあった」
「なんだ、デュラム」
「君たちが迷宮に入ってすぐ後、迷宮の入り口が一時的に封鎖になったらしい。原因はわかっていないけど、何かこの一件と関係あるかもしれない。ぜひ念頭に置いといてもらいたい」
迷宮の入り口が封鎖か。
迷宮荒らしの目的は、入り口を封鎖して冒険者が迷宮内に入るのを断つことではないと踏んでいたが、見当違いだったのだろうか。
「わかった。気をつけておこう」
これで、ますます犯人の目的がわからなくなった。シディーについての手掛かりも得られなかったし、調査の幸先が良いとは言えない。
謎は深まるばかりだが、デュラムに別れを告げ、真っ直ぐ宿に戻った。
「なんか、気になるよね」
「入り口が封鎖した話か?」
「そう。私たちの入ったすぐ後ってところが、どうしても気になって」
「実は俺も気になっていた。今まで迷宮の入り口が封鎖されたなんて話は聞いたことがないし、何よりタイミングが不自然だ。誰かの意思が働いているとしか思えない」
俺たちが入った後、すぐに入ってきた冒険者は居なかったはずだ。俺たちが立ち去った後に入ってきたか、もともと中にいたか。可能性としては後者の方がありそうだが、俺たちは迷宮で誰ともすれ違っていない。
人や魔物の気配も感じなかったし、監視されているのだとしたらよっぽど隠密スキルの高いやつだ。あるいはもう監視ではなく、シディーの能力で騙されていたか。
「どうする? 調査は明後日だけど、明日もう一度迷宮に潜ってみる?」
「いや、辞めておこう。調査隊の大義を得て潜る方が、何かと都合がいい」
「そうなの?」
「ああ、手分けして探した方が効率がいいし、俺はあのデュラムという男を信用しきれていないからな」
ギルドは公的な組織であり、その管轄下にあるギルド自警団も組織として格式高い。
しかし、デュラムの調査のやり方はどうにも利己的なのだ。情報料として金貨2枚を取り、その上調査に協力してもらっている。取引の履歴は記録に残るが、一言一句やり取りが記録されるわけではない。私腹を肥やすにはちょうどいい機会だろう。
「でも信用出来ないなら別日に潜った方がいいんじゃない?」
「逆の発想だよ。信用できないから、デュラムの元で潜るんだ。事件が起こるとしたら、調査の日だろうからな」
「なるほど」
「もちろんデュラムが潔白の可能性もあるから、空回りで終わるかもしれないけどな。ギルドの干渉を嫌って調査のない日に事件が起きるかもしれない」
「明後日の調査が不発だったら、今度は別の日に潜ってみる?」
「そうするか」
話は纏った。
調査自体は何の進展もなかったが、最後の最後に貴重な情報が得られた。第4回の調査でも、何かしらの事件が起こるだろうという予感がある。明日は1日羽を伸ばし、明後日にまた再開しよう。




