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隻腕の勇者と不老不死の魔女  作者: 夏浦志希
第二章 迷宮都市編

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不穏な迷宮

 イリヤと2人旅に戻ってから5日が経過した。

 旅路は……このくだりはもういいか。

 イリヤがくれた地図が役に立った。現在地を特定できたおかげで、平原を彷徨うハメになるのを避けることができた。無事、とは言えないかもしれないがなんとかオールテリアに到着することができた。

 彼女を曰く、この魔道具も師匠が作ったものらしい。

 ありがとう、まだ見ぬファイライナ。


「次の方! こちらにどうぞ」


 お馴染み検問の時間だ。

 翼竜討伐の報告書がこのオールテリアでも広まっているらしく、検問で速攻身バレして感謝と祝福を受けた。愛想笑いしかできなかったが、それだけで十分だろう。


「これが、迷宮都市……」


 俺は何度目かの訪問なので面白みはないが、イリヤは初見らしく迷宮都市の壮観な風景に見惚れていた。

 迷宮を中心に広がる冒険者の街、オールテリア。王都やリーベイとはまた違った趣がある。心は曇ったままだが、それでも唆るものはある。


「とりあえず、宿屋を探すか」

「賛成」


 陽は既に傾きかけている。

 シディーの意図が読めない以上、常に警戒し続けるしかなかった。警戒心を引き上げながらの旅は、たとえ3日でもなかなか堪えた。

 そのせいかなるべく安全な場所で、睡眠を取りたい欲求に駆られる。少しグレードの高そうな宿屋に吸い込まれるように入っていった。


「お部屋は一部屋で宜しかったでしょうか?」

「どうする? イリヤ」

「いいよ、レイトが決めて」


 リーベイではなし崩し的に一部屋になった。ここでは別々にとってもいいが、緊急時を想定するなら同じ空間にいた方がいいだろう。イリヤはちょっとやそっとのことじゃ起きなかったし。


「じゃあ、一部屋で」

「かしこまりました。料金は後払いとなります。ごゆっくりお過ごしくださいませ」


 泊まった日数分の料金を後から払うシステムらしい。長期滞在になりがちな冒険者が多い街ということで、そうなっているのだろう。

 案内された部屋に入るや否や、2人してベッドに倒れ込む。イリヤはすぐに寝息を立ててしまったが、俺は寝付けなかった。

 

 考えるのはもちろんシディーのことだ。

 騙されたことへのショックが大きかったというのもあるが、それよりも行動の意図が見えないのがどうにも引っかかる。

 狸人族が人間を化かすという話が本当だとしても、シディーはとても人を化かすようには見えなかった。その時点で騙されてる可能性はあるのだろうが、だとしたらわざわざ言う必要があるのだろうか。いや、信用してもらうために自分から話をした可能性もあるか。

 思考が堂々巡りになりそうだ。


「わからん……」


 可能性を考えることはいくらでもできる。

 こういう時は、あえて極端に考えてみる。例えば、考えうる限り最高の状態と最低の状態を考えるのだ。

 最高の状態、と言っても事態が好転するようなことが起きるとは考えにくい。そうだな、せいぜいシディーが愉快犯で、人を騙すのを生き甲斐にしているとかであれば、お互いこれ以上干渉することもなく終えることが出来る。不完全燃焼だが、何かを失ったというわけでもないし、諦めがつく。

 最低の状態は、シディーは本当に人を騙さない狸人族であり、誰かに脅されるなりしてその能力を使わざるを得ない状況にあった。そうなったら、何の手がかりもこの状況でシディーを探し出さなくちゃならない。最低を更新するとしたら、脅している人物がシャンドールであることか。


「何にせよ、情報が必要だな」


 最高の状態なら潔く手を引いていい。

 だが、そう都合良く終わるとは思えなかった。

 オールテリアの滞在が長引きそうな予感を胸に、今は深い眠りについた。



 *



「ひとまず、道具屋に魔力回復薬を買いに行こうと思う」

「わかった」


 翌朝、宿を出た俺たちはオールテリアの中心へと向かった。迷宮を中心に広がる都市というだけあって、冒険者ギルドを始めとした主要施設は中心部に寄せられている。

 当初の目的であった魔力回復薬の補充を一旦クリアしてから、今後のことを考えることにした。


「はいよ、魔力回復薬ね。一個あたり銀貨5枚だから、占めて金貨5枚だよ」


 流石オールテリア、道具屋の在庫は潤沢だった。

 100個購入して、対価となる金貨5枚を支払う。銀貨100枚が金貨1枚と同価値だからわかりやすい。

 料金を支払い、積まれた魔力回復薬を収納魔法で亜空間に押し込んでいく。


「丁度もらうよ。ところでアンタたち、見ない顔だね。これから迷宮に潜るのかい?」

「いや、今のところ潜る予定はない」

「そうかい。まあ、それが賢明だね」

 

 オールテリアは迷宮の資源で大成した街。ゆえに、迷宮の恩恵に与ろうとするものは多く、迷宮に潜った人が帰らぬものとなることもまた多い。


「なんでも、数日前から迷宮荒らしが頻発しているらしいよ」

「迷宮荒らし?」

「迷宮を破壊しようとしている奴らのことさ。以前から馬鹿する冒険者もいたことにはいたけど、ここ何日かで急に増えているんだと」


 迷宮を破壊することによって何が起こるかはわからない。少なくとも、何かメリットがあるようには思えないが。


「レイト、もしかしてだけど……」

「ああ、俺もおそらく同じことを考えている」


 迷宮荒らしの意図は不明だし、避けるべき事案なのは理解している。

 しかし、この一件。どうにもシディーが関連しているように思えた。シディーが、というよりはシディーの背景にいる誰かが手を引いていると踏んでいる。


「情報共有、感謝する」

「また来なよ」


 親切な店主に礼を告げ、道具屋を後にした。

 シディーを探し出すための手がかりとまでは言えないが、とっかかりになりそうな情報は得られた。


「どうする? この後」

「そうだな……情報を集めにギルドに行くか、あるいはもうオールテリアを出るか」


 魔力回復薬が手に入ったことによって、西方諸国への旅の中継地としての役目は終わった。

 心の靄は残るが、今すぐに旅立つこともできる。シャンドールのこともあって、悠長に旅をしている余裕はない。

 逆に、この一件にシャンドールが絡んでいるなら解決しなければならない問題になる。こじつけかもしれないが、数日前から事件が起こり始めたようなら、時間的な辻褄は合うのだ。


「私は、もう少し情報収集したいかも」

「俺も同じだ。ってことで、ギルドに向かおう」


 イリヤとしても、やはりシディーのことが気になっているようだ。俺以上に親密だったし、出来ることならあのままお別れというのは避けたいのだろう。


「そういえば、あの時。イリヤはシディーの死の淵を見たんだよな?」

「ユビキリした時のことね。でも、何で急に?」

「何か手がかりがあるかもしれないと思ってな」

「残念だけど、何も無かったよ。というか、何も見えなかった」

「何も見えなかった?」


 それは、あの時点で既に化かされていたということにならないだろうか。シディーの人を化かす能力がどういうものなのかわからないが、20日に及ぶ旅路の全てが幻を見ていたということもあり得る。


「たまにあるんだよ。能力が発動しない時」

「じゃあ、長耳族どうこうっていうのは?」

「それは、おまじないみたいなもの。深い意味はないよ」

「……そうか」


 そもそもシディーという存在が居ない可能性、というのは考えすぎか。どうにもわからないことが多すぎて、頭が混乱してきた。


「着いたぞ。ここがオールテリアの冒険者ギルドだ」


 道具屋からギルドまではさほど距離がなかった。シディーのことを回顧しているうちに、いつの間にか着いていた。

 

「ここが……王都とかリーベイよりも全然大きいね」

「そうだな。なんたって迷宮都市、冒険者の数は随一だ」


 他の都市にあるギルドと比べても大きさは段違いだが、オールテリアにある人工的な建物の中でも一番大きい。

 それだけ大きくてもなお、中は冒険者でごった返していた。ビーストマンに匹敵しそうなレベルのパーティもいれば、シディーのように新人らしき冒険者もいる。人間、亜人、流石に魔族は居なさそうだが、種族も様々だ。


「本日はどのようなご入用でしょうか?」

「情報収集だ。今迷宮で起こっている事件に詳しそうな人物をあてがってくれ」

「かしこまりました。準備が整い次第担当の者が向かいますので、奥の応接間でお待ちください」

「ありがとう」


 受付嬢に言われた通り、指定された応接間に行く。

 金さえ払えば、然るべき人物から正確な情報を得られる。ギルドの素晴らしい制度だ。

 誰がどんな情報を得たのか逐一記録に残るので、怪しいことには使えない。そういう時は、酒場に行って情報屋から情報を買う。冒険者なら誰もが知っている情報収集の方法だ。


「すまない、遅くなった」


 情報提供者が部屋に入ってきたのは、しばらく時間が経ってからのことだった。俺たち以外にも事件について情報を欲している冒険者は多いだろうし、仕方ない。


「問題ない。よろしく頼む」

「こちらこそ」

 

 感じの良さそうな青年だ。自警団の制服なのだろうか、白を基調とした鎧は、冒険者というより騎士のような高潔さがある。

 

「私はギルド自警団幹部にしてAランク冒険者のデュラムだ」

「俺はレイトだ」

「私はイリヤ」


 丁寧に肩書きまで名乗って貰ったのに名前だけ返す形になってしまった。自分の口からは勇者とは名乗りたくないし、Sランクとも言いづらかったので致し方ない。

 

「レイトにイリヤか。今回は、迷宮荒らしについての情報を知りたいということで合っているな?」

「ああ」

「情報料は本来、金貨2枚なんだが……」


 金貨2枚か、一般的に物資よりも情報の方が価値がつきやすいが、かなり値が張るな。

 確かに未知数の多い迷宮を攻略する上で、情報は武器になる。とは言っても攻略の本筋に関係ない話題で金貨2枚は間違いなく高い。それほどホットな話題であるとも言えるが。


「君たちには無料で情報を提供してもいい」


 無料より怖いものはないという箴言がある。

 感覚が麻痺しがちだが金貨2枚は大金だ。それを無料にするということは、確実に何かを要求される。

 

「……俺たちは何をすればいい?」

「話が早くて助かる。流石は竜殺し(ドラゴンスレイヤー)だ」


 ギルドを介した時点で、身分を明かしたようなものだしな。ただ改めて竜殺しと呼ばれるのはむず痒さがある。


「というわけで、早速本題に入らせてもらう。君たちには明日行われる第3回迷宮調査に協力してほしい」


 この誘いはまさに渡りに船だ。

 片足を突っ込んだ以上、何もせずにオールテリアを発

つつもりはなかった。地道に情報を集めるつもりだったが、いずれ実地調査に赴くことになっていただろう。情報をすぐに手に入れられて、実地調査にもいけるのだから乗らない手はない。


「俺は協力したいが、イリヤは?」

「もちろん、協力したい」

「決まりだな。デュラム、その話詳しく聞かせてくれ」


 魔力回復薬だけ買って終わるつもりだったが、結局迷宮には潜ることになりそうだ。

 

「協力、感謝する。ではまず、今起こっている事件について詳しく話そう」


 デュラムはギルド自警団によって遂行された迷宮調査の結果について教えてくれた。

 曰く、迷宮荒らしが確認されているのは地上に近い表層付近だという。冒険者からの報告を受け、調査隊を編成して迷宮の調査に乗り込んだのが4日前。迷宮内の壁や地面が壊されていたり、魔物の死骸が放置されてアンデッド化していたりと、異常事態が見受けられた。

 そして昨日の第2回調査時に調査隊のメンバーが現行犯で迷宮荒らしの犯人を拘束したらしい。迷宮第一層の何もない狭い空間で魔法を乱発していたところを取り押さえたが、犯人は魔物と戦っていたと一点張りだったとのこと。今日も朝から新たに迷宮の荒らされた跡が確認されたので、犯人は複数人だと考えられている。


「今わかっているのはこれで全部だ」


 この精度で金貨2枚取ろうとしていたのか。

 いや、文句は言うまい。少ないが、役立つ情報はあった。第2回調査時に取り押さえたという犯人(というか、この場合被害者か)は明らかに幻術に惑わされている。シディーがこの事件に噛んでいると見て、間違いなさそうだ。


「イリヤ、どう思う?」

「間違いない、でしょうね」


 何のためにシディーが加担しているのかはわからない。考えたくはないが、加担どころかこの事件の主犯という可能性もある。


「心当たりがあるのか?」

「少しな。デュラムの意見を聞きたいんだが、何故犯人は迷宮を荒らしているのだと思う?」

「そりゃ、迷宮崩壊(ダンジョン・コラプス)だろう」

 

 迷宮崩壊。

 迷宮内が著しく破壊されることによって、起こる現象だ。迷宮を修復しようとする力が働いて、階層に見合わない強力な魔物が現れたり、罠が頻出したり、迷宮の主が最下層から徘徊したりする。迷宮を生業とする冒険者にとっては魔力災害に匹敵するレベルで危険視されるものだ。


「何故迷宮崩壊を起こそうとしているんだろうか」

「そこまではわからない。ただ、奴らの思い通りにはさせてはならない」


 仮に迷宮崩壊が起これば、翼竜以上の被害が出るかもしれない。そうなれば、もうシディーがどうという話では済まなくなる。

 俺たちが今やるべきことは、シディーを探し出すことと、迷宮崩壊を阻止することだ。


「そういう訳で、明日の昼過ぎに迷宮入口前に集合してくれ。自警団に一声かけて貰えれば、融通が効くはずだ」

「わかった。俺たちもできる限りのことはやろう」


 協力を取り付けるとデュラムは忙しなく、応接間を出ていった。おそらく次の客がいるのだろう。


「俺たちも出ようか」

「うん」


 情報は得られた。

 やるべきことが明確になった今、これ以上ギルドにいる意味はない。午後の時間は明日に向けての準備に充てた。

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