旅路は順調
予約投稿がうまくできておらず更新が遅れました……すみませんでした。
また数日が経過した。旅路は順調だ。
シディーの魔法特訓もじわじわと効果が出始めている。イリヤが行ったマンツーマンの授業のおかげで、中位の風魔法、【風刃】を使えるようになった。
だが、相変わらず狙いは定まらない。
近くの的なら比較的当たるようにはなったが、遠くの的となるとわざと外しているんじゃないかというレベルで当たらない。
イリヤが指導する傍ら観察していたところ、魔法の発動に問題はなかったので、シディー自体に問題があるのではないかと考えていた。
「シディーはひょっとすると、目が悪いのかもしれない」
「ボク、昔っから目が良いって言われることが多かったんですけど……」
「それはおそらく人を見る目のことだろう。そうじゃなくて、視覚の問題だ」
この世界は回復魔法があるせいで、医療はまともに発達していない。しかし、慢性的な問題は回復魔法で解決しないことも多く、こと視力矯正に関しては浸透こそしていないものの、対処法は確立されていた。
「……その視覚の問題というのは解決するものなのでしょうか?」
「ああ。今すぐにとはいかないが、オールテリアには腕利きの装具師がいるからな」
「……装具師?」
シディーとイリヤの声が重なる。
2人ともピンと来ていないようだ。イリヤは未知数だからともかくとして、シディーも知っているもののはずだ。
「シディーの眼鏡を作ってもらおう」
視力矯正アイテムの定番。
この世界にも普及する、言わずと知れた代物だ。
「なるほど……眼鏡ですか……」
シディーから返ってきた反応は微妙なものだった。
一応知っていたようだが、気は進まないみたいだ。
「なんでそんなに嫌そうなんだ?」
「だって眼鏡ってお年寄りが付けるものじゃないですか……」
「そうかな? 私は聡明な人が付けてるイメージかも」
イリヤは多分、ファイライナもとい師匠のことを思い浮かべているのだろう。憶測に過ぎないが、他にあてがあるようにも思えなかった。
「ですが……いえ、そうですね。他ならぬレイトさんの提案ですし、オールテリアに着くまでに的中率が改善しなかったら眼鏡を試して見ましょう」
「あくまで可能性の話だ。今は忘れてくれていい」
生憎今は眼鏡を持ち合わせていないし、仮に持っていたとしてもシディーの目に合った眼鏡でないと意味がないだろう。
「じゃあ、お昼ご飯食べ終わったら、ちゃんと狙わなくても良いように広範囲の魔法を……ってあれ、魔物だ」
イリヤが茂みの辺りを指差す。揺れる茂みの中から、小さな角が見え隠れしていた。
「ホーンラピッドか……」
魔物のランクはD。
不気味なほどに魔物の襲撃がなかったので、低ランク帯の魔物がいることにホッとする。
「予定変更! シディーちゃんの【風刃】でホーンラピッドを狩ろう」
「ついに実践ですか……自信はありませんが、頑張ります!」
「まずは先制攻撃だ。外れても俺がヘイトを買うから安心しろ」
「わかりました」
あくまでシディーがホーンラピッドを狩る。俺はヘイトを買って時間を稼ぐだけだ。
「……【風刃】!」
魔力を溜め、狙いを済ました一撃は真っ直ぐ飛んでいき……茂みの直前で地面を抉り取った。
「キュッ!」
驚いたホーンラピッドが茂みから飛び出す。
どうやら、3匹も隠れていたらしい。食糧にはちょうどいいが、シディーの負担は大きくなるか。
シディーが魔法を撃ちやすいよう、反対側に回り込む。俺とシディーでホーンラピッドを挟むような形だ。
「シディー! いつでもいいぞ!」
「はい! ……【風刃】!」
シディーの放った風の刃が飛んでくる。
それは標的にしていたホーンラピッドのわずか上を通り過ぎ、俺の脇腹を掠めた。
「レイトさん!?」
シディーの悲鳴にも近い叫び声が響きわたる。
中位ともなると、流石に生身では無傷で受け切れなかった。ヒリヒリと焼けるような痛みが脇腹に走っている。
「構うな! 次の魔法を!」
ホーンラピッドの捨て身の突進をひらりと交わしながら、シディーが次の魔法を使えるようになるまで時間を稼ぐ。
「【風刃】!」
「……【風刃】!」
「…………【風刃】!」
3発目。4発目。5発目。
5発目にしてようやく、ラピッドホーンに的中し、その小さな体を引き裂いた。的中率はさておき、魔法の威力は申し分ない。2発目の右脇腹と、4発目の左上腕で身をもってわかっていた。
「すみません……これ以上は魔力が……」
中位魔法5発。うち的中1発。
初陣にしては及第点だろう。どうやらシディーは魔力酔いを起こしているようなので、残りは俺が始末する。
「【風刃】」
2匹のホーンラピッドを直線上に収め、地面を這うように魔法を射出する。ホーンラピッドは避ける間もなく、2匹とも首を刎ねられて絶命した。
翼竜戦の土壇場で慣れない風魔法を無理矢理使ったせいか、以前より威力が上がっている気がする。なんというか、限界が引き上がったような感じだ。
「さてと、シディーは大丈夫かな……」
手早くホーンラピッドの処理をし、2人の元に戻った。
青い顔をしたシディーと、それを支えるイリヤ。魔力回復薬の無い状態で、無理をさせ過ぎたかもしれない。回数というよりも、連発したことと、初戦の緊張と、あとは俺に当てたことの複合で負担が大きかったのだと思う。
「流石だね、レイト」
「ああ。とりあえず、どこか座ろうか」
程よい岩場を見つけ、腰を下ろす。
少し時間が経って、シディーの顔はいくらかましになっていた。イリヤは心配そうに見つめるものの、何か声をかけることはない。
「シディーの魔法、悪くなかったぞ」
「……はい、ありがとうございます」
明らかに落ち込んでいた。
予定ではシディーに回復魔法をかけて貰うつもりだったが、あの様子では難しそうと判断し今回は回復薬で回復しておいた。回復魔法の実践はお預けとして、メンタルケアはしておくべきか。あんまり自信はないが、やるしかない。
「いいか、シディー。魔法が味方に当たることは、起こりうることだ。特に、組み立てのパーティなんかではザラにある。もちろん、それが原因で追放されることもな」
「……ごめんなさい」
「別に謝ることじゃないさ。シディーがオールテリアでパーティを組む前に経験できて良かった」
「ですが、レイトさんが……」
「俺か? もう傷は治ったし、何も問題はない。本当はシディーが治すところだが、今日は魔法使いとしての立ち回りだったからな。全部をこなす事なんて出来なくて当たり前だ」
例外は度外視するとして、俺だって攻撃と回復は両立できていない。それを補うためのパーティであり、シディーが目指すところはある意味全て味方頼りの役職だ。
「それに、前衛はダメージ上等。回復頼みの動きをすることも少なくない。シディーはそうなった時に、回復出来ればそれで良いんだ」
「そう、ですよね……ボクが就くのは回復職ですから」
ちょっと元気が出てきた。
もうひと押し、何か言っておこう。
「さっきは追放なんて言葉を使ったが、俺とイリヤはシディーのことを見捨てたりはしない。独り立ちできるようになるまで、付き合うつもりだ」
「……ありがとうございます」
ようやく普段の柔らかい表情に戻った。
と同時に、シディーの腹の虫が鳴く。そういえば、まだ昼飯を食べていなかった。
「なんだか、安心したらお腹が空きました」
「よし、昼はシディーが獲ったホーンラピッドにしよう」
「祝勝会だね!」
一切助け舟を出さなかったイリヤも、腹が減っていたのか飯に乗り気だった。
シディーの初陣を祝うべく、昼にはホーンラピッドの丸焼き。それから夜には肉と香味野菜を煮込んでビーフシチューならぬリエーブルシチューを作り、振る舞った。
あれだけ落ち込んでいたシディーがみるみるうちに元気になったので、やはり美味い料理は何にも叶わぬと、そう思った。
*
またまた数日が経過した。旅路はおそらく順調だ。
初陣の件で魔法がトラウマになっていないか心配だったが、杞憂だったようだ。相変わらず精度は悪いが、中位の風魔法を一段と使いこなせるようになっていた。
アーマーディアーという角が鎧状に発達した鹿の魔物との戦闘を終え、シディーの回復魔法を試す時が来た。ここ数日、中位の回復魔法を使おうと試行錯誤しているが全く上手くいっていない。そろそろ、失敗の可能性を探る想像力も尽きてきた。
「……うーん、やはりダメみたいですね。すみませんが、イリヤさんお願いします」
「任せて! 【回復】」
「ありがとうイリヤ。しかし、どうも中位の回復魔法は身につかないな」
やはり中位の回復魔法は使えないようだった。
無詠唱がダメなのかと思い、詠唱ありきでも試してもらったが、やはり発動する寸前で消えてしまう。魔力量や強度的にも問題はないはずなので、原因はわからない。回復魔法に関しては視力も関係ないしな。
「いっそ、魔法使いを目指して見るのもアリかもしれないな」
「そうですね。もしこのまま回復魔法が習得できなければ、魔法使いとして生きていきます。眼鏡を掛ければ魔法が当たるようになるかもしれませんし」
魔法が当たるようになれば、威力は申し分ない。オールテリアで迷宮に潜っても、ある程度は通用するはずだ。それこそ、パーティを組むのにも苦労しないはず。
「もしかして、ボクが亜人だから上手くいかないんじゃないでしょうか……」
「可能性はゼロではないな。一般的ではないが、相性が悪い種族というのもあるらしい」
「……そうですか」
俺は種族間の相性に詳しい訳ではないし、そもそもそんなものがあるのか真偽は不明だ。
「気にしすぎることはない。単に俺が異世界人だから回復魔法が合わないのかもしれない」
「ですが、イリヤさんの回復魔法は効果がありますよね?」
「確かにそうだ」
「となれば、やはり種族の問題かもしれませんね。今は判断できそうにありませんけど」
「まあ、イリヤも人間だから、な?」
自分で言っておきながら、疑問形になってしまった。
数日前、シディーにイリヤの正体を問われた時のことを思い出したからだ。意図しない形で、避けていた話題になってしまった。
「そうだね。魔法は私は人間、亜人に限らず誰にでも通用するから、レイトが特殊な可能性はあるかもしれない」
イリヤは飄々と答える。
あまりにも自然に言うものだから、危うくスルーしそうになった。だが確かに、イリヤは人間であると認めた。
シディーの観察眼が狂った、ということだろうか。
「どうしたの? 2人とも。私何か変なこと言った?」
「いや、何も」
「そっか。まあ何にせよ、シディーちゃんが中位の回復魔法が使えないと安心して送り出せないからね」
原因が突き止められぬまま、時間だけが経っている。
体感だが、あと2、3日も歩けばオールテリアには到着するはずだ。オールテリアで少し滞在するとしても、あまり時間は残されていない。
ちなみに、アーマーディアーの肉は煮込みよりも焼きの方が好評だった。
*
鹿肉を食べた日から3日が経過した。旅路は順調ではない。
この3日間魔物に襲撃されることはなく、実践の機会もなかった。また魔物のみならず他の人と一回もすれ違っていない。
思い返してみれば、旅を始めてから一度も誰かとすれ違った覚えがない。翼竜被害のせいだと考えていたが、討伐から今日で数えて20日。いくら何でも、通行止めは解除されているはずだ。
「おかしいな……そろそろオールテリアに着くはずなんだが」
体感の距離では、そろそろ着いていなければおかしい距離を歩いている。シディーの体調を考慮しながらスローペースで歩いていたとはいえ、20日も歩いてつかないとは思えない。
「道を間違えた、というわけでは無さそうだね」
「何せこの街道は一本道だからな。間違えたとするなら、リーベイを出た時の分岐から間違えてることになる」
俺たちは間違いなく、オールテリアに向けての街道を進んできたはずだ。20日も前のことだから、あまりはっきりとは覚えていないが、おそらく大丈夫だ。一応、イリヤにも確認してみよう。
「なあ、イリヤ」
「なに? レイト」
「リーベイを出た時のこと覚えてるか?」
「あの時は確か……確か……ごめん、覚えてないかも」
嫌な予感がした。
道を間違えているだけならまだ取り返しがつく。だが、この嫌な予感はもっと別の、取り返しのつかないような見落としをしているような気がする。
「シディーは覚えてるよな?」
一緒にリーベイを発ったシディーならば、きっと覚えているはずだ。
「……シディー?」
俺の質問に答えが返ってくることはない。
いつの間にか、緑髪の狸人族の姿はなかった。
ついさっきまで一緒に歩いていたはずなのに、気がついた時には俺とイリヤだけが取り残されていた。
「俺たちは化かされた……のか?」
俺の呟きがイリヤ以外の誰かに届くことはなかった。




