シディーの特訓
結論から言おう。喜ぶべきことにシディーには回復魔法の適性があった。しかし、悲しむべきことに攻撃魔法の適性は全く無かった。
炎、水、氷、雷、土、風、光、闇。あらゆる属性の魔法を試してみたが、威力も低いうえになんと言っても当たらない。ならば広範囲に変えてようということで試しても、熟練度が低く攻撃の手段になりそうなのは風魔法くらいのものであった。杖が粗悪品であるとはいえ、本人の能力が低いと認めざるを得ない。
「無詠唱は夢のまた夢だな」
「はい……精進します」
詠唱の普及による弊害だろうか。そもそも魔力を操りきれていないような印象を受ける。
「落ち込むことはない。最初は誰でもそんなものさ」
「そうでしょうか……」
「魔法は日々の研鑽がものをいうからね。ある日突然強くなるってことは滅多にないよ」
魔法使いの難しい所だ。
無詠唱や使う魔法の選択や立ち位置など戦場で強くなる方法はいくらでもある。しかし、魔法の威力を上げるには毎日魔力が途切れる寸前まで使い込み、地道に上げていくしかない。
「そういう意味では、剣も同じだな。地道に鍛錬を重ねなければ強さは追求できない。どちらにせよ、焦らず自分の出来ることをやり続けるのが大事だ」
「わかりました」
「ついでにこれは戯言だから聞き流してくれて良いが、あえて言わせてもらう。強くなりたいなら、強くならなければならない理由を探せ」
俺は剣を振るわなければならなかった。
魔法を酷使しなければならなかった。
全ては、魔王を倒すという高い目標を達成するために。
そのために足掻いたからこそ、強くなれた。
「ボクには……まだわかりません。本当に強くなければならない理由を見つけられるでしょうか」
「今すぐに見つける必要はないさ。オールテリアに行ってから見つけるのでも、遅くはない」
何たって、オールテリアには迷宮がある。
発見から数十年が経過した今もなお踏破されていない不朽の迷宮にはいくらでもシディーが探し求めるべき理由が転がっているはずだ。
「理由を見つけた時のために、今のうちに強くなる方法は知っておかなきゃね!」
「イリヤの言う通りだ。シディーは強くなりたいんだろ?」
「はい! ボク強くなりたいです」
その心意気や良し。
この段階なら能力よりもやる気の方が大事だ。
「早速にはなるが、魔力を操る感覚を身につけておきたい」
「……魔力を操る感覚ですか?」
「そうだ。無詠唱で魔法を使うにはその感覚が必要になる」
「無詠唱! ボクが無詠唱で魔法なんて無理ですよ……」
「大丈夫だよ! 私たちが教えるから」
「ですが……」
無詠唱で回復魔法を使いこなせるようになれば、オールテリアで食いっぱぐれることはないように思う。今すぐにとはいかないだろうが、最終的には辿り着いて欲しいものだ。
「無理だと決めるのはやった後でも遅くない。オールテリアにたどり着くまでには時間があるんだし、やるだけやってみよう」
「はい……やってみます」
せめて中位の回復魔法だけでも使えればオールテリアでは即戦力になる。無詠唱の前に、ひとまず目指すべきところはそこだ。
「今日はもうかなりの魔力を使っただろう。陽が沈む前までに少し歩いてから休もう」
宣言通り暗くなるまで歩き、その後焚き火ををした。
ガルダ山脈に近い街道ということで、魔物襲撃の不安はあったが、初日は微塵も気配がなかった。ロンデルウルフのようにもっと東に逃げてしまったのかもしれない。
焚き火を3人で囲み、眠るまでたわいもない話をした。
討伐戦のことに始まり、オールテリアのこと、迷宮のこと。きっと着く頃には忘れているような話を。
こうしていると、3人旅というのも悪くないように感じる。オールテリアにたどり着くまでの短い期間なのが惜しいところだ。
しばらく喋った後、シディーとイリヤは眠り、俺は周囲の警戒にあたった。こうして、旅の再出発は幸先の良いスタートを切れた。
ちなみに、焼き翼竜の尻尾肉は煮込みよりも不評だった。
*
数日が経過した。旅路は順調だ。
魔物の襲撃もほとんどなく、事件や事故は起きていない。このまま、何事もなくオールテリアまで辿り着きたいところだ。
旅の調子は良いが、シディーの魔法は伸び悩んでいた。俺が魔法に関する知識をシディーに叩き込みつつ教えていたのだが、あまりに進展が見られないので今日からイリヤが担当することになった。今まであえて杖を使っていたが、いきなり杖無しでやるらしい。
「いい? ちゃんと見ててね」
「はい!」
「こうやって、スッと力を抜いて、グッと手のひらに魔力を集めて、溜まったと思ったら、撃つ! 【風刃】」
イリヤの手のひらから放たれた中位の風魔法は遠くにあった低木を真っ二つに切り裂いた。
「どう? わかった?」
「そうですね……グッと手のひらに魔力を集めるところをもう少し詳しく知りたいです」
イリヤは理論のりの字もない感覚派だった。
説明するよりも早いと言わんばかりに、デモンストレーションが中心の指導体制となっている。
「うーんとね、こう体をぎゅっと圧縮するみたいな感じで集めると上手くいくよ」
「わかりました。やってみます」
シディーは仁王立ちになり、構えた右手に魔力を込めていく。得意系統の風魔法を撃つつもりらしく、手の先には風塊が徐々に形成されていく。
「あっ……」
しかし、その風の塊が魔法として放たれることはなかった。まだ、魔力の制御は難しいみたいだ。
「また、失敗してしまいました……」
「気にしない、気にしない! 失敗した時のことじゃなくて、成功した時のことを考えないと」
「成功した時のこと……」
「そうそう。魔法はイメージが大事なんだから!」
「……っ! わかりました。もう一度やってみます!」
シディーはハッとして、再び魔法発動の姿勢に入る。
手のひらに集まっていく魔力、そして形成される風塊。じわじわとその勢いを増していき、完全に安定した。
「今!」
「……【微風】!」
シディーの放った風魔法は目の前にあった低木の脇を通り過ぎ、あらぬ方向へと飛んでいった。
「すごいよ、シディーちゃん!」
「やったな、シディー」
的には当たらなかったが、魔法の発動には成功した。
いきなり杖という補助輪を外しても、詠唱ありの魔法と遜色ない魔法を放つことができた。間違いなく、成功と言えるだろう。
「……やりました」
シディーは実感が湧かないのか、魔法が飛んでいった方向を呆然と見ていた。
俺の教え方では全く伸びなかったシディーが、イリヤに教わった途端にこれだ。俺が導けなかっただけで、素質はある子なのだ。
「イリヤさんのおかげで、何か掴めたような気がします」
もしかすると、シディーも感覚派だったのかもしれない。ならば、イリヤの指導で魔法が成功したのも納得がいく。
「その調子で、もう少しやってみようか」
「はい!」
シディーはもう一度、無詠唱で【微風】を発動させる。相変わらず狙ったところには飛ばないが、魔法として発動できたいた。
しかし、まだ感覚を掴みきれていないのか【火球】は上手くいかなかった。それから何発か試し撃ちしてみるも、【火球】だけでなく、風魔法以外の系統は悉く失敗に終わった。
「今日はここまでとしよう」
これ以上は負担になると判断し、今日の魔法講義は終了した。
様々な魔法を使えた方が便利ではあるが、人には系統の得手不得手もある。それに、シディーは回復職になりたいわけだから、風魔法が成功しただけで十分な収穫となった。
「やはり、イリヤに教わった方が良かったな」
道すがら、魔法講義の内容を振り返る。
イリヤの方が魔法の使い手として優れているし、感覚派同士馬が合うところもあるだろう。
「そんなことないって。レイトの教えた土台があったからこそ、出来たんだよ。ねぇ、シディーちゃん?」
「はい。間違いなく、勉強になりました」
わかりやすいお世辞だったが、拗ねることでもない。シディーが成長していくのは喜ばしいことだ。
「まあ、魔力を増強するための訓練はすぐに成果が出ないからな。慢心せず続けるように」
「はい!」
無詠唱が出来るようになったと言っても、魔法の練度は初日からあまり成長していない。下位の風魔法ですら扱いきれていない状態では無詠唱が使えたところで意味がないのだ。
一方下位の回復魔法は完璧に使いこなせていたが、中位は無理だった。回復職を目指すならばせめて中位が使えないと、一からパーティを組むのは難しいところだ。
「しかし、問題は回復魔法をどうするかだよな」
「なんで中位が使えないんだろうね?」
「さあな。攻撃魔法とはまた少し感覚が違うからだろうか」
「かもね」
回復魔法に関しては俺は中位までしか使えないし、あらゆる魔法を使いこなすイリヤですら上位までしか使えない系統なので、下位を完全に扱えている時点で相対的に素質があると言える。
素質があるはずなのに、中位が身につかない原因も探っていかなければならない。
「そういえば、シオネには回復魔法をどうやって教わったんだ?」
下位の回復魔法はビーストマンの回復職であるシオネに教わったと言っていた。何か、参考になるかもしれない。
「そうですね……基本的な使い方を教えてもらい、怪我人の手当てを傍で見させて頂いただけです。途中から切り傷や擦り傷など下位魔法で治せる負傷を請け負っていましたが」
イリヤに教わって無詠唱をモノにしたように、シオネの魔法を見たことによって、回復魔法の感覚を掴んだのだろう。そのあとすぐに実践経験を積めたのも完璧に使いこなせるようになった要因としてはありそうか。
「……もしかすると、シディーは実戦向きかもしれない」
「実戦向き、ですか?」
「そうだ。わかりやすく言うなら、戦いの中で強くなっていくということだ」
いくら練習を積み重ねても強くなれない人が、魔物と戦うことで強くなったという例は少なくない。
例えば、戦う力に恵まれなかった人が、魔物に襲われ窮地に陥ったことにより眠っていた力が覚醒するなんてことがある。
何なら、俺がその最たる例だ。無詠唱は魔王と戦ったことによって身につけた技術である。力の及ばない相手にも無鉄砲に突っ込んで、命からがら窮地を切り抜けてきた。
「シディーは人に教えて貰うよりも、自分で気づくことによって成長していくのだと思う」
「私の教えがうまく嵌ったのもそういうことかもね」
「もしかしたら、そうかもしれません」
イリヤを手本に、自らの手で魔法の道を切り拓く。
シディーが中位の回復魔法を使えるようになるまでの最短ルートはおそらくそれだ。方向性が定まったのは、実に大きい。
「シディーの魔法はまた明日以降試してみるとして、時間はまだ早いがこの辺で焚き火をしよう」
シディーは連日、魔力が途切れるまで魔法を使っている。そのせいで、明らかに1日に歩ける距離が短くなっておいる。魔力回復薬はないし、自然回復を待つしかない以上、休息の時間は長めに取らざるを得ない。
イリヤに薪の回収を頼み、俺とシディーは岩を椅子に待機していた。このわずかな時間、流れている空気はいつにも増して固い。
「レイトさん。少し、よろしいでしょうか?」
「なんだ?」
「……狸人族について、どう思いますか?」
シディーはぼうっと遠くを見つめている。
亜人の種族については、ナイーブな問題だ。人間と魔族の対立においては、明らかに人間側につく亜人ではあるが、一部では亜人差別というのは根強く残っている。ゼファイルや西方諸国ではほとんどないし、冒険者の多いオールテリアでもその限りではない。
だからこそ、答えあぐねていた。シディーが何故このタイミングでその質問をぶつけてきたからかわからなかったからだ。
「そうだな……まともに喋ったことがあるのはシディーだけだからなんとも言えないが、特別何か変わっているとは思わない」
「……そうですか」
何とか答えようとして、中身のない回答になってしまった。
しかし、シディーは小さく笑う。どうやら機嫌は損ねずに済んだらしい。
「実はですね狸人族は人間を化かすんですよ」
「……どこかで聞いたことがある」
少なくとも、この世界ではないが。
狸やら狐やらが他人を化かしたとしても違和感はない。指切りを持ち出されたのだから、むしろしっくりきている。
「ボクは滅多に人間を騙さないんですけれど、癖でどうしても人を見定めちゃうんです。この人なら簡単に騙せそうだな、とか」
「……なるほどな」
シディーが人間を騙すような姿は想像つかない。
そこから既に騙されているのかもしれないが、わざわざ本人の口から言ったということは本当に騙さないんだろう。騙すつもりがないのだとすると、本題は狸人族に関することじゃないということか。
「それが、どうかしたのか?」
シディーはすぐに答えない。
周りを二、三度見渡して、意を決したように口を開く。
「……イリヤさんは何者なのでしょうか?」
まさか魔女だと答えられるはずもなく、俺はシディーの質問に答えることはできなかった。
「最初はレイトさんの妹なのかなと思っていましたが、兄妹どころか血縁関係もないとボクは踏んでいます。それどころか、人間かどうかも……」
俺とてイリヤが何者なのかははっきりとわかっていない。魔族や亜人よりは、人間の方が近いと思っていた。シディーからすれば、それすらも怪しいという。
俺は肯定も否定もできなかった。
「イリヤは……」
「お待たせ! 近くに木がなくて遅くなっちゃった」
何か言葉を発しようとして、イリヤの声に遮られてしまった。タイミングが良いのやら、悪いのやら。
「イリヤさん、薪ありがとうございます」
「このくらいお安いご用だよ!」
イリヤは薪を重ね、炎魔法で着火する。即席の焚き火ができた。
俺が食糧を用意し、3人で夕食を取る。黒パンと干し肉、そして水。翼竜の肉を食べ尽くした今、簡素な食事を取る。
「さっき、私の話をしていたみたいだけど、何を話してたの?」
「イリヤさんの教え方が良かったという話をしていたんですよ。ボクが無詠唱で魔法を使えるようになったのは、イリヤさんのおかげだというのをレイトさんと共有していました」
すらすらと嘘をつくシディー。
なるほど、これが狸人族の。
「そういうことね!」
イリヤの正体について、本人の目の前で話せるわけもなく。それからまた、たわいもない話をして、今日はイリヤが見張りをするというので俺とシディーが眠りについた。
意識が落ちるまで、「イリヤさんは何者なんでしょうか」というシディーの疑問が脳裏を反芻していた。




