第二十話 見習い魔法使い
二章開幕となります!
毎日更新していく所存なので、迷宮都市編をどうぞお楽しみください!
「シディーちゃんは何を教わりたい?」
リーベイを発ち、オールテリアに向かう道中。
俺とイリヤの旅には同行者がいる。見習い魔法使いのシディーだ。
「ボクは回復魔法を教わりたいです」
「回復魔法?」
つい、聞き返してしまった。
シディーが回復魔法は使えないと自分で言っていたからだ。
「はい、翼竜討伐に参加してみて思ったんです。ボクは敵を攻撃するよりも、仲間を守りたいって」
シディーは翼竜討伐隊に参加はしたものの、前線に立つことはなかった。だからこそ、後衛の重要性を知り、本格的に目指したくなったということだろう。
「でも、シディーちゃんは回復魔法を使えないんじゃなかった?」
「あの時は、そうでした。それが、悔しかったのもあります」
あの時、というのはイリヤの看病をしていた時のことだろう。魔力酔いの一般的な治癒は魔力回復薬だが、イリヤのような急激な魔力消費による魔力酔いは回復魔法が適している。シディーはその際回復魔法を使えなかったようで回復薬で応急処置したようだった。
「なので、シオネさんに少し教わって下位の回復魔法は取得しました。状況が状況だったので中位以上は断られましたけどね」
「なるほどな」
シオネ、ビーストマンの回復職か。
確かに回復魔法を教わるなら適材だ。とはいえ、時間的に討伐戦直後だろうからみっちりと教えてもらうのは難しかったようだ。
「つまりシディーは、中位以上の回復魔法を取得するためにオールテリアに行こうとしていたわけか」
「そう、ですね。それもあります」
「他にも目的があると?」
「はい、本来の目的はパーティ探しです」
「……パーティか。回復職を目指すのなら、当然だな」
回復職はパーティを組むことで真価を発揮する。逆に、パーティを組まなければ一人での活動には限界がある。
それこそ、イリヤのようにあらゆる魔法を使えれば話は別だが、駆け出し魔法使いには早すぎる到達目標だ。そのイリヤをもってしても最上位の回復魔法は使えないのだから、回復職を目指すというのは適性と覚悟がものをいう。
「あくまで俺の意見だが、回復職を目指すのだとしても、攻撃魔法も同時に習うべきだ」
「それは私も同意。回復魔法を極めるのは自由だけど、自分の身を守る術は持っておくべきだよ」
「お二方がそう仰るなら、攻撃魔法も教えてくださると助かります」
というわけで、シディーに魔法全般を教えることになった。
猶予は20日ほどある。回復魔法は上位を取得すればオールテリアでも引くて数多の回復職になれるはずだ。それに加えて、どの系統でもいいので攻撃魔法を中位まで。
あくまで目標だから、高めに設定しておいた方がいい。
「一度昼休憩を挟んで、シディーの魔法を見てやるか」
「そうだね」
「是非、お願いします!」
街道から少し離れ、俺は昼飯の準備をする。
リーベイで食料を調達するわけにもいかなかったし、せっかくシディーもいることだし、翼竜の肉を食べることにしたのだ。
この翼竜の肉はギルドによって焼却処理がなされようとしていたところを、無理言って貰って来たものである。翼竜は体内に溶岩を溜め込むのでとても食べれるような肉では無いようだが、尻尾の肉を食べる種族はいるらしい。ということで、翼竜の尻尾肉を食べることにした。
一度くらい、食べてみたかった。竜の肉とやらを。
焼きは夜やるとして、昼は失敗しづらいように煮込んでみるか。
「うわっ、なんですか……それは!」
「何って翼竜の肉だけど」
一般的に食べる文化が無いとはいえ、そんなに驚くものだろうか。
翼竜とて、この形になってしまえば、ただの肉だ。鍋を取り出し、ボアと同じ要領で煮込んでいく。
「今度は鍋! 今、空に穴が空いたと思ったら、食糧と鍋が出て来ませんでしたか!?」
「ああ。なんだ収納魔法のことか。知らないのか?」
「……収納魔法?」
「亜空間と連結して物をしまったり取り出したり出来るんだよ」
イリヤもごく普通に収納魔法を使っていた。
それゆえに人前でも平然と使っていたが、今思えば収納魔法は基本的な魔法とは趣旨が異なる。俺とイリヤ以外に使っているのを見たことがないし、貴重な魔法なのかもしれない。
「どおりで、旅人にしては荷物が少ないなと思っていたんですよ」
「まあ、わざわざ重い物を持ち歩くのは大変だしな」
「こんな大荷物を抱えているボクが馬鹿みたいじゃないですか!」
シディーは破裂寸前まで膨れたバックパックを背負っていた。来ていたローブのポケットも同様に膨れている。
「……ボクにも使えますか? その魔法」
「教えてやりたいのは山々なんだが、生憎俺も教えられるほど理解できてなくてな。イリヤは教えられるか?」
「私も怪しいけど……」
収納魔法とは、この世界とは別の空間に物体を移動させる魔法である。また、便宜上亜空間と呼んでいるその別空間とこの世界を、繋げるための魔法を収納魔法と言う場合もある。
というのが、イリヤによる収納魔法の説明だった。俺の知識も概ねそんなところだ。
「特殊な魔法ではあるけど、シディーちゃんにも使えないことはないと思う」
「詠唱さえ教えていただければ、試してみます!」
「詠唱……レイト、知ってる?」
「何だっけか……収納魔法を使えるようになった時には既に無詠唱を確立していたからな。すまないが、覚えていない」
イリヤは俺以上に魔法を無詠唱で使うので、当然詠唱は覚えていなかった。二人とも知らないのでは教えることはできない。
「それなら、しょうがないです。ちなみに、お二方はどうやって習得されたんですか?」
「私は人伝に。レイトはどうやって収納魔法習得したの?」
「俺は確か……そうだ。王都の北の森にあった遺跡に収納魔法に関する文献があったんだ」
迷宮のような仰々しい物ではなく、こぢんまりとした建物だった。収納魔法に限らず、あらゆる魔法に関しての文献が残された書斎のようなものだった記憶がある。曖昧だが研究者の名前もあったような気がするし、本当に書斎だったかもしれない。
「ねえ、それ。もしかして、ファイライナって名前がなかった?」
「ファイライナ……ああ! そうだ。その名前が文献に記されていた」
文献には確かに魔法名の横にファイライナと名前があった。すっかり忘れていたが、名前を聞いて思い出した。
「それがどうかしたのか?」
「師匠! ファイライナは私の師匠なんだ!」
イリヤの師匠、あまり想像がつかないな。
殆どの魔法を使いこなす魔女の師匠であり、収納魔法を始めとする魔法の研究者。研究者ではなく想像者かもしれないが。ともかく、イリヤ以上に魔法に精通するエキスパートということになる。
「北の森といえばイリヤも住んでいたが……そうか、イリヤの師匠だったか」
「まさかレイトも師匠に教わってたとは……世間は狭いね」
「教わったというか勝手に技術を盗んだだけなんだがな」
人が住んでいるような雰囲気ではなかったが、誰かの住居である可能性も考慮して、文献はその場に置いたままにしてきた。
「ボクも叶うなら、ファイライナさんに会ってみたいですね。イリヤさんとレイトさんの魔法を支える人物なんて凄いに決まってますから」
「そうそう、師匠は凄いんだから。あ、それならシディーちゃんも旅に着いてくる?」
「どういうことですか?」
「私たち、これから師匠に会うために西方諸国へ向かってるんだ」
そうそう、俺たちはイリヤの師匠に会いに行くために西方諸国へ向かっている。
「……待ってくれ!」
「どうしたの、レイト。そんなに慌てて」
「イリヤの師匠に会うなんて初めて聞いたぞ! ファイライナという名前をイリヤの口から聞いたのは今日が初めてだ」
「あれ、言わなかったっけ?」
「……言ってない」
いや確かに、知り合いに会うためとは言っていたが。イリヤに師匠がいて、その師匠に会いに行くために旅をしていることは言ってなかった。
まあ、俺が大きな目的ばかりに囚われていて、聞くことすらもしていなかったせいでもある。
「早い段階で知れてよかったよ。ファイライナという人物にも興味が湧いてきた」
「楽しみにしてて! きっと驚くよ」
「ああ」
今になって思い出す、初対面の時の憂い顔。
イリヤはかつてあの小屋で師匠と暮らしていたんだろう。そして、ファイライナだけが西方諸国に向かった。
理由はさっぱりわからないが、なんとなくそうだと思った。
「しかし西方諸国ですか……もしかして徒歩で行かれるおつもりですか?」
「いや、箒で」
「なるほど……だから咄嗟にあんな無謀な作戦を思いついたんですね」
「無謀って。まあ、結果的には上手く行ったが確かに賭けではあったな」
勝負勘とでも言うべきか、思いついた時は絶対にいけると言う確信があった。
「少し脱線しました。イリヤさんのお誘いはありがたいですが、やっぱりオールテリアまででお別れですかね」
「そっか。シディーちゃんの意見を尊重するよ」
「ありがとうございます。ボクがもっともっと強くなったら、その時は是非旅にお供しますよ」
「約束だからね!」
「はい、約束です」
そう言って、シディーは小指を差し出す。
対するイリヤはポカンとしていた。
俺も多分ポカンとしていると思う。イリヤとは違う意味で。
「何、それは?」
「ボクの村に伝わる、おまじないみたいな物です。こうやって小指同士を掛け合わせると願いが叶うんですよ」
シディーは両手を使って実演してみせる。
その姿はどっからどう見ても、幼少期にやるアレだ。
「まさかとは思うが、指切り……じゃないよな?」
「レイトさん、よくご存知ですね? ボクの村に伝わる約束の誓い、その名もユビキリです」
この世界には元の世界の文化がたまに混入している。先代の勇者が残した伝承ということになるのだろうか、親しみのある文化が至る所に散りばめられていた。指切りもといユビキリもそのうちの1つだろう。
「その小指に、私の小指をかければいいの……?」
「はい」
シディーからすればおまじないの一貫なのかも知れない。しかし、イリヤからすればその行為はおまじない以上の意味を持っていた。
ゆえに、躊躇っている。
その小指に触れてしまえば、シディーの死の淵を見ることになるから。イリヤとて、見たくないものもあるだろう。
「イリヤさん、大丈夫ですか? 冷や汗がすごいですけど……」
「無理しなくてもいいんだぞ、イリヤ」
「……ううん、大丈夫。ちょっと、深呼吸させて」
イリヤは大きく息を吸い込んで、吐いた。
もう一回繰り返して、心を落ち着ける。
「じゃあ、シディーちゃん。これで、約束ね?」
「……はいっ!」
結局、イリヤはシディーと小指を交錯させた。
手と手が触れると発動する、イリヤの死の淵を見る能力が発動する。
「これで約束はしたけど……この先、長耳族にはちょっと注意した方がいいかもね」
「長耳族……ですか?」
「そう」
突然の助言にシディーは当惑した様子だった。
全部言うつもりは無いみたいだが、イリヤなりの助言なのだろうか。俺以上にシディーとは仲がいいみたいだし、心配だ。
「大丈夫か、イリヤ」
「うん。全然、大丈夫だった」
しかし、イリヤの表情を見ても強張っていない。それどころか、少し緩んでいるように見えた。
長耳族に気をつけろと言うのは気になるが、きっとシディーは幸せな最期を遂げるのだろう。
勝手ながら、俺もほっとした。知り合った奴くらい、幸せに死んでいって欲しいものだ。
「なんかお二方とも様子が変ですけど……もしかしてユビキリが気に障りましたか?」
「ううん、そんなことないけど……」
イリヤから助け舟を出せとの視線が飛んでくる。こういう時の誤魔化し方くらい、考えて置いて欲しいものだ。
「ちょっとイリヤは特異体質でな。手を触れることで占いをすることができるんだ」
「占い、ですか?」
「ああ。何というか、天啓みたいなものが降ってくるんだよ。それで対象者に助言を授けるんだ」
「つまり長耳族に注意しろっていうのも、その占いによるものなんですね?」
「そうそう、そういうこと。説明ありがとう、レイト」
「お安いご用だ」
とりあえず、これでシディーは誤魔化せただろうか。
死の淵の占い師のインパクトがまだ残っていて助かった。これから人前では、この路線で行こう。
「そういえば……」
シディーが何かを言おうとして、それを遮るように腹の虫が鳴いた。まるで、もう限界だと訴えるように。
「随分と話し込んでしまったが、そろそろ飯にしよう」
「……はい」
ちょっと煮込みすぎてしまっただろうか、翼竜の肉を煮込んでいた鍋をチェックする。
時間はかなり経っていたが、筋肉質だった翼竜の肉を煮込むにはちょうどいい時間だったようだ。少し独特な匂いが鼻の奥を抜ける。
「意外と美味しそう……ですね?」
「大丈夫だよ。レイトの料理は信用できるから」
「食べてみようぜ」
夢にまで見た翼竜の肉だ。
三者三様に、その尻尾肉に齧り付く。
「悪くはないな」
「悪くはないね」
「悪くはないです」
食べられないような味はしない。
ただ単純な美味しさでいえば、ボア肉の方が味があって美味い。料理しているおかげか、干し肉よりはまだ良いような気もするが、甲乙つけられるほどの差異はない。
「まあ、こんなものか」
期待が大きすぎたのかもしれない。
翼竜の尻尾とて、ただの肉だ。
3人で可も不可もない翼竜の尻尾肉を平らげ、一段落したところで、シディーの魔法講義へと移ることにした。




