第十九話 リーベイの悲劇に終幕を
宴へと参加する前に、ギルドの中で討伐報告書と被害報告書に目を通すことにした。シャンドールの件もあり、自分の目で情報を精査しておきたかったからだ。
「これ、私たちにそっくりだね」
「確かに良く似ているな」
討伐報告書には俺たちの姿が掲載されることになった。
精緻な絵には『隻腕の勇者と箒乗りの魔法使い』という見出しまでつけられている。
鏡を写したかのようにそっくりだったので、ギルドに頼んで少し容姿を弄ってもらった。渋られはしたが、街中で胴上げされるのはもう沢山だと伝えたら通った。絵はモノクロだし、特徴的な髪色もそう目立たない。
「被害報告書は、まだ制作中です。正確な情報が揃い次第なので、まだ数日はかかります。代わりに、最新情報がこちらになります」
討伐報告書を見終えた俺たちは、次に被害報告書の簡易版を見る事になった。
現時点で確認されている死者は54人、負傷者は500人以上にも及ぶようだ。深夜の急襲ということで、被害がかなり拡大したと書かれている。街の三分の一が焼け野原と化したにしては少ない気もするが、それでもこの数はかなり多い。
たとえ怪我がなくたって家を失った人もいる。数で規模を判断することはできるが、それ以上に損害は大きい。
情報を頭に入れてから、職員に紙を返却する。
「忙しいところすまなかった」
「いえ、お構いなく。これでもレイトさんとイリヤさんのおかげで少なく済んでいる方ですよ」
「……そうか」
口ではそう言うが、ギルド職員は慌ただしそうにしているし、俺たちはギルドを後にすることにした。ほどよく時間も経って、そろそろ宴が始まる頃ではないだろうか。
「おい」
ギルドを出たところで、呼び止められる。
律儀な狼人族は、わざわざ待ち伏せていたらしい。用件は、容易に想像がついた。
「……悪い、イリヤはちょっと外してくれ」
「うん」
この場に居てもらってもいいが、ロガルとしても俺以外の人がいるとやりづらいだろう。
「なんだ、ロガル」
「約束通り謝りに来た。謝罪を受け入れてくれないか?」
「別に今更だし、最初から怒ってないけどな」
「でもよ、謝らねぇと気がすまねぇんだ」
「だったら、最初から感情的にならないことだ。あえて言わせてもらうが、後からいい事をしたって悪い事をした過去は消えない」
ちょっと上から目線すぎただろうか。
謝罪を受け入れる側だし、少しくらいはいいか。
「それがわかったのなら、俺は謝罪を受け入れよう」
「ああ、わかったぜ」
切羽詰まっていた状況で混乱していたのかもしれない。だが、ロガルがやったことに変わりはない。その非を認められるのは人として最低限の素養だ。
「非礼を働いたこと、すまなかった」
ロガルは頭を下げる。
プライドの高い狼人族にとって、その行為は屈辱的なはず。
「もう終わったことだ。顔を上げろ、ロガル。じきに宴も始まる」
「ありがとう、レイト」
最後にロガルとは握手を交わし別れた。
お互いに蟠りを抱えたままでは、お祭り騒ぎできないから、いいタイミングだった。
「レイトって結構大人だよね」
少し離れたところで待っていたイリヤは開口一番にそんな事を言う。確かにもう一端の大人だけど、改めて言われると、そんなにしっくりは来ない。
というか、俺の十倍以上生きるイリヤが言ってるからしっくり来ないのかもしれない。あえて言うことはないが。
「そうかな」
「そうだよ。ロガルのことあんまり怒ってないみたいだし」
「それは、わざと俺が挑発するような立ち回りをしたのもあるしな」
相手がロガルだったからというのもある。
魔族相手だったら、まず間違いなく手が出ていた。
考えてみれば魔族に対しての感情の振れ幅が大きすぎるあまり、人に対しては少し冷めているところがあるのかもしれない。ひょっとすると、イリヤにはそれが大人っぽく映ったんだろうか。
「それで言うと、イリヤは少し子供っぽいよな」
「どういう意味?」
今している頬を膨らませて不機嫌な表情とか。
言葉にしたら怒りを買いそうなので言わないが。
「悪い意味じゃない。素直なところとかさ、感情表現が豊かなところとか。大人になるにつれ忘れてしまうことが、イリヤにはまだ残っている。それはすごい魅力的だと思うんだ」
「ふふ……そっか。じゃあ、良いけど」
あからさまに機嫌が良くなったので、柔らかい表情が崩れないうちに話題を変える事にした。
「向こうで酒を配っているみたいだ。今日は思いっきり飲もう」
「うん!」
何たって、今宵は宴だ。
宴は翼竜討伐を祝うために、あるいは翼竜によって亡くなった人を哀悼するために。喜びを共に爆発させ、悲しみを分かち合うために。
人々は飯を食い、酒を飲み、歌い踊る。
我を忘れて、時を忘れて、非日常に溺れていく。
日常に戻るための、最後の非日常に。
長い長い、夜が始まった。
*
昼頃になって、ようやく目を覚ます。
酒場の机に突っ伏して、寝落ちしていたらしい。この感じ、久しぶりだ。
「……頭いてぇ」
久々に大量の酒を浴びた。
吐き気と頭痛が同時に押し寄せてくる。この二日酔いも久しぶりだ。
「おはよう、レイト」
「ああ……おはよう」
イリヤは俺よりも呑んでいたのに、けろっとしている。前もそうだったから酒には相当強いらしい。騒ぎすぎたせいか、声は枯れていた。
「大丈夫? 回復魔法掛けようか?」
「いや、いい。残しておきたい」
この苦しさも含めての宴だ。
楽しい記憶も、辛い記憶も全部ひっくるめて思い出となる。
「にしても、酷い有様だな」
まさに死屍累々。
討伐隊のメンバーがいて、全く顔を知らない人もいる。しかし、その誰も彼もが酔い潰れていた。
「あれだけ呑んで騒いだらこうなるよ」
どれだけ騒いだのかは記憶がなかった。
そもそもなぜ酒場にいるのかあまり覚えていないが、わざわざ聞くことでもない。というか、あまり聞きたくない。
カウンターにたんまりと酒代を置いて、イリヤと共に酒場を後にした。
「これからどうしよっか」
まだ少し非日常の残るリーベイの街を歩く。
宴が終わった今、日常に戻らなければならない。俺たちは今、旅の途中だ。
「予定通り、ガルダ山脈は迂回して西方諸国を目指すしかないだろうな」
「もう翼竜は懲り懲りだもんね」
「まったくだ」
あれだけ強い翼竜が群れで生息しているガルダ山脈は通りたくない。しかし、リーベイまで降りてきたということは、麓をなぞっていくのでも危険であることに変わりはない。不安はどうしても残る。
「あとは、そうだな。シャンドールの件がどうしても気になる」
「私も。あれの事知っているなんて、やっぱり見逃せない」
あれ、とはもちろん賢者の石のことだ。
イリヤと会うまで、その存在を知ることはなかった代物。どこから情報を入手したのか、何のために探しているのか、気になるところだ。
「見た目は魔族に近いようなところもあったんだがな。魔族ではないようだし」
「そうだね。言葉では言い表せないけど、魔族よりは亜人って感じだった」
「イリヤもわかるのか?」
「なんとなくだけどね」
俺は魔王を殺すために、数多の魔族を葬ってきた。
魔族というのは狡猾で、時に人間に擬態していることがある。俺はそれを見抜けるようになるまで、数年かかった。しかしシャンドールに関してはそのセンサーが引っ掛からなかったのだ。
「特にシャンドールのことは警戒しつつ、旅を継続するしかないな」
「そうだね」
シャンドールに逃げられた今、接触する手段はない。魔石の窃盗が近くであった時に探すくらいか。
「ただ、魔力回復薬がない以上箒での移動は出来ないのが懸念点だな」
「じゃあ、また馬車での移動かな?」
「そうだなぁ……」
馬車移動は出来れば避けたかった。
乗り物酔いするし、ロンデルウルフに襲われるし。
「少し遠回りにはなるが、ここから南東方向に迷宮都市がある。そこに寄れば、おそらく十分な魔力回復薬が手に入る」
「リーベイからはどのくらい?」
「歩いて20日くらいか、箒に乗りながらでいけばもう少し少ない日数で行けると思う」
「意外と遠いんだね」
直線距離でいえば、王都とリーベイ間よりも長い。
迷宮都市に行くまでは少し苦労するが、その先のことを考えると寄って損はないように思う。
「ガルダ山脈を迂回するならどのみち南下しなければならない。つまり寄るメリットの方が大きい」
「じゃあ、行こっか。迷宮都市」
「そうしよう」
次の目的地は決まった。
世界有数の迷宮を中心に街が広がることから迷宮都市とも呼ばれるオールテリア。
夢と希望を持った冒険者の集まる大都市ならば、魔力回復薬の在庫はいくらでもあるだろう。懸念すべきは、翼竜による被害。オールテリアが壊滅しているとは想像し難いが、交易が途絶えているとそれだけ道具の流通も減る。
「あ! イリヤさんに、レイトさん。お久しぶりです」
宿屋に向かっている道中、シディーと遭遇した。
寝起きなのか、寝癖で頭の至る所がピンピン跳ねていた。陽の光が当たっているせいか、緑色のグラデーションになっている。
「シディーか。久しぶりって、昨日会っただろ?
「そうでした。あまりにもいろんなことがあったので、頭の整理が追いついてなくてですね……」
「レイトは野暮なことを言うよね。シディーちゃん、昨日ぶり」
「はい、昨日ぶりです。イリヤさん」
一昨日の深夜に翼竜の襲来があり、討伐して朝を迎え、その晩は宴で一晩が明けた。確かに、2日間のボリュームにしては多いかもしれない。
というか、いつの間にかイリヤとシディーの親密度が上がっている。魔力酔いの時にでも、何か話していたのだろうか。
「それより、体調は問題ないか?」
「さっきまでは頭痛くて気持ち悪かったんですけど、今は大丈夫です。討伐戦もほとんど怪我を負いませんでしたし……」
「なら良い」
シディーは見るからに駆け出しという感じだったし、意図的に戦線からは離れるような役を割り振った。雑用とも言っていい仕事だったが、卒なくこなしてくれたのでとても助かった。
まだ若そうなのに、積極的に討伐隊に参加するあたり将来有望な冒険者だ。
「ところで、お二人はどちらへ?」
「今は宿に向かっているところだ。明日の朝リーベイを発つんでな」
「そうなんですか……」
見るからに落ち込むシディー。何か、問題でもあっただろうか。
「どうかしたの?」
「いえ……ただの戯言なんですけど、時間があったら魔法を教えてもらいたいなーなんて思ったりしていたので……」
なるほど、そうきたか。
魔法は一朝一夕で身につくものではない。知識を与えるだけならすぐにできないこともないが、あまり効果は望めない。
悠々自適な観光旅行ならまだしも、この旅の趣旨を考慮するとリーベイにはあまり長い時間滞在していられない。
「是非とも教えたいところなんだけど……」
イリヤが俺にチラチラ視線を向けてくる。
まるで、俺が渋ってるみたいな雰囲気になっていた。
「急がれているようなので、お気になさらず! ボクも明日にはリーベイを発つ予定でしたから」
シディーが気を利かせてくれた。
魔法を教えてくれるなら予定を変更してでもリーベイに残るつもりだったということだろうか。話を聞くほど、せっかくなら教えてやりたいという気持ちが湧いてくる。
「ちなみに、どこに行くんだ?」
「迷宮都市、オールテリアです」
南へ向かうなら途中まで一緒に向かっても良いと思っていたが、まさか目的地が同じとは。討伐隊といい、このタイミングでの鉢合わせといい、何か縁がありそうだ。
「奇遇だね! 私たちも迷宮都市に行くんだ」
「良かったらシディーも一緒に来ないか? なあ、イリヤ?」
「そうだよ! そしたら魔法を教えながらオールテリアに行けるよ?」
イリヤは断然乗り気だった。
彼女なりに恩返しがしたいのだろう。
「じゃ、じゃあお言葉に甘えてご一緒させてもらいます」
「よろしくね!」
思わぬ形で、同行者が出来た。
オールテリアまでという短い間だが、魔法を教えるには十分な時間がある。
「明日の朝南門で集合しよう」
「わかりました」
約束を取り付け、シディーとは別れた。
宿までの道を再び二人で歩く。
(そういえば、ノアは元気にしているだろうか……)
少し前、魔法を教えた少女のことを思い出す。
次に会ったら、一緒に迷宮に潜るという約束もした。もしかしたら、迷宮都市で再会するかもしれない。
素質のある子だったから、もしかすると既に俺より強くなっているかもしれないな。
「どうしたの、レイト。考えごと?」
「いや、なんでもない。ちょっと、思い出に浸っていただけだ」
思い出というには日が浅い。
ただシディーじゃないけれど、濃い日々を過ごしているせいか、王都にいた時のことがすごく昔のように感じられた。
「まあ、いろいろあったからね」
「そうだな」
イリヤと会ってから、いろいろなことがあった。
全部思い出すのが難しいくらいに、初めての出来事の連続だった。
だが、旅はまだ始まったばかり。
西方諸国に行くには今よりもずっと時間がかかる。これからもっと、新しいことを経験していくのだ。
魔王が二度と復活しないように。
そして、俺が魔王化する未来を回避するために。
まだまだ、旅は続いていく。
これにて第一章旅立ち編完結となります。
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二章開始まで1週間ほどお休みをいただきます。再開までもうしばらくお待ちください!




