第十八話 立つ鳥は跡を濁す
次に目を覚ました時、空には虹が出ていた。
更地になったせいか、空がやけに広い。
「おはよう」
視界が少しやつれたイリヤの顔で埋め尽くされる。
今になって気づいたが、後頭部に柔らかい感触があった。膝枕されているらしい。
「おはよう、イリヤ」
体を起こそうとして、全身にひりつくような痛みを覚えた。翼竜と対峙していた時は何も感じなかったが、やはり火傷は負ってしまったようだ。
「ダメだよ、寝てなきゃ。怪我してるんだから」
言われるがままにもう一度体重をかける。
せめて回復薬でも使おうと思ったが、右腕が動かない。脱臼か、骨折かあるいはその両方か。かなり無理を押し通したから無理もない。
「もう少し私の体調が良くなったら回復魔法使うからそれまではこうしてて」
「そういうわけにもいかないだろ?」
確かにトドメを刺したのは俺だが、討伐戦を通してイリヤは魔法を使いすぎていた。そんな功労者にまだ仕事をさせるわけにはいかない。
「いいの。私がしたくてしてることだから」
「でも……」
「いいから」
結局イリヤに押し切られてしまった。こういうときの押しにはどうにも弱い。
「強かったね、翼竜」
「ああ、強かったな……」
生き物としての違いをまざまざと見せつけられた気分だ。人間と竜と、同じ生き物の中でもこうも差が出るのか。
「イリヤがいなかったら、今頃討伐隊は全滅だったな」
多分、ブレス一撃でお陀仏だった。
溶岩を吐いてくる化け物に対応できていたのはイリヤだけだった。
「それはレイトがいなくてもそうだよ。レイトだけじゃなく誰が欠けても厳しい戦いだった」
ゴランド、ロガル、ソザ、コクス、シオネ、シャンドール、シディー、他にも囮になった討伐隊の誰かが欠けていたら負けていた勝負だ。
「そうだな」
あの日、ロンデルウルフに襲われた時。イリヤとパーティを組んでいなければ、俺は討伐隊に参加しようとは思わなかったはずだ。独りで戦って取り返しのつかない事態に陥っていたかもしれない。
いや、そもそも逃げようとしていたんだっけか。もし逃げていたら、今頃リーベイはなかったかもしれない。そう思うと、達成感はあった。
「俺が、みんなを、この街を救ったんだな」
「そうだよ。レイトが救ったんだ」
皮肉な話だが、魔王を倒した時よりも実感があった。俺がこの手で成し遂げのだ。
「何はともあれ、一件落着だな」
「そうだね」
これにて、翼竜討伐の緊急依頼は果たされた。
しばらくの間勝利に酔いしれながら、穏やかな風に吹かれていた。
*
怪我の療養と、不足していた睡眠を取るべく一度宿に戻った。そして夕方、体調の回復した俺たちはギルドへと向かっていた。
宿に戻る途中で遭遇したゴランドに、落ち着いたら一度ギルドに顔を出すように言われていたからだ。なんでも、翼竜騒動の後始末のためらしい。
「あの、もしかして……レイトさんとイリヤさんですか?」
道すがら知らない人に声をかけられた。
イリヤと顔を見合わせるが、彼女も面識はないようだった。見たところ冒険者のようだが、こんな人は討伐隊にはいなかったような気がする。
「そうだけど……」
「やっぱり! あなた方が翼竜を倒されたんですよね!」
食い気味に、距離を詰められる。
あまり経験がないのでわからないが、こういうのは公表されるものなのだろうか。情報屋って感じでもないし、悪巧みをしているような感じもしない。
「あれが噂の勇者と魔法使い」
「ギルドの討伐報告だろ?」
「俺も見たぜ! 似顔絵そっくりだ」
周囲の人たちがわらわらと集まってくる。
逃げようとするも、数の利で囲まれてしまった。あれよあれよという間に担がれ、胴上げされる。
生まれてこの方、胴上げされたことがなかった。魔王を討伐した時でさえも、こんなにも直接的に祝福されていない。
あの時はイリヤが投げられているのを他人事のように見ていたが、実際投げられる立場に立ってみるとわかる。胴上げは、なかなかどうして悪くないものだ。
たまたま通りかかったギルド職員が事態を収束させるまで、しばらくの間続いた。
その後酔って気持ち悪くなり、イリヤに回復魔法をかけて貰ったのは内緒だ。
「遅かったな」
ギルドの内部には討伐隊の面々が揃っていた。
待ちくたびれたとでも言いたそうなロガルが、真っ先に出迎えてくれた。外傷はさほど無さそうだが、綺麗だった銀色の毛並みが焼け焦げて禿げてしまったようだ。
「悪い、ちょっと捕まっててな」
「そりゃそうか。何たってリーベイを救った英雄な訳だし」
ソザと魔力回復薬を使ったのか、顔色が戻っていた。
英雄という響きはなんだかむず痒かった。
勇者とはまた違う、誇らしさがある。
「レイト殿、それにイリヤ殿。此度の活躍、大義であった!」
ゴランドは甲冑が破損してしまったからか、ノースリーブ一枚で衰えの知らない筋肉を剥き出しにしている。
俺たちが来たことによって、翼竜討伐の後始末が始まった。とは言っても、討伐報告書の作成や領主への被害報告や燃えた建物の再建は全てギルドが担うらしい。俺たちがやることは、報酬を受け取ることくらいだった。
「ギルドからの報酬だ。労力に似合わぬ額であるが、出せる限界まで増しておいた」
金貨のパンパンに入った硬貨袋をそれぞれ一つずつ受け取る。最初に提示していた報酬の3倍以上はある額だ。
「ありがたくいただくよ」
「ありがとう、ゴランド」
ギルド内に、拍手が沸き起こった。
次は、ビーストマンが受け取る順番らしく、俺たちと入れ替わる。隊員達は順々に、硬貨袋を受け取っていった。
「……報酬は受け取るんだね?」
イリヤはレジールが返金を申し出た時のことを思い出したのだろう。金は有り余るほどあるので、受け取らなくても困りはしない。
「俺が受け取らなかったら他の人に示しが付かないからな」
困りはしないが、報酬は報酬だ。
ギルド側の顔を立てるために、他の人が気兼ねなく受け取るために、ここは受け取っておくのが無難だろう。
「いろいろ考えてるんだね」
「まあな」
受け取ってから寄付するなり、使い道を限定すればいいだけの話だ。
「まだ受け取ってない者はおらぬか!」
どうやら報酬の受け渡しは一巡したらしい。しかし、ギルドの用意した硬貨袋は何個か余っている。
余分に用意していたのか、誰かが来なかったのか。多分、後者だろう。最初に集まった時よりは少し人が少ない気がする。
「そういえば、シャンドールは?」
ギルド内に特徴的な見た目の亜人(?)の姿がどこにもなかった。間違いなく功労者の一人なのに、報酬を受け取るつもりがないのだろうか。
俺が周囲を見渡すと全員が目を逸らし、黙ってしまった。空気を読むまでもなく、重い空気がギルド内には漂っていた。
「……死んだのか?」
確かに戦場では囮役を引き受け、瀕死になっていた。だが、シオネの回復を受けたはず。現に、ゴランドやソザはほぼ完治しているし、シャンドールも……。
「死んじゃいねぇ、あの野郎」
ロガルは唾でも吐き捨てるように答える。生きてはいるようだが、どうにも様子がおかしい。
「何があったんだ、ロガル」
「逃げたんだよ。翼竜の魔石を盗んでな」
「魔石を……?」
ロガル曰く、シャンドールが翼竜の魔石を盗んで逃げたのだという。
俺が気絶している間、そしてシオネが負傷者に回復を施してるうちに、一人翼竜の死体に忍び寄り魔石を盗んで行ったらしい。当然、翼竜の側にいたロガルに見つかったが、難なく逃げ切られてしまったようだ。
「何か言っていたか……?」
「オレ様には何も。ただ、レイト。お前には伝言がある」
「伝言か……一応、聞いておこう」
「『いつの日か、またお会いするでしょう。その時は、敵同士かもしれませんけどね』だとよ。気持ち悪ぃ笑みを浮かべながら言ってたぜ」
にわかには信じがたい話だ。そんな素振りは全くなかった。魔石のことといい、実質的な敵宣言といい。すぐには飲み込めない話だ。
「あの野郎、いけすかねぇやつだとは思ってたんだ。警戒はしていたが、オレ様には止められなかった……」
ロガルが怒りを露わにする。
状況的にも強さを鑑みても彼でさえ逃げられてしまったのなら、誰も文句は言えなかった。それに誰一人としてシャンドールの行動を予測できなかったのだから、攻めれるはずもない。
「だが、何故魔石を……」
「金だろ。翼竜レベルの魔物なら高くつくからな」
確かに、魔石は金になる。
翼竜の魔石に比べれば、ギルドからの報酬など吹けば飛ぶようなものだ。
だが、金のために翼竜の魔石を取ったわけではないような気がする。これはただの勘だ。根拠は何もない。
「いや……何か重要なことを見逃している気がする」
「何かってなんだよ」
「今、それを考えている」
シャンドールの行動を一から振り返っていく。
まず初めに、俺に質問をしてきた。
一つは、勇者かどうか。もう一つは、戦力を誤魔化していないか。
討伐隊という臨時パーティにおいて、自分の力を誤魔化すのは全体として不利益になると考えた俺は、身分も戦力も明かした。戦力は魔法に関してのみだが、シャンドールはあっさりと引き下がった。
引き下がった理由は、嘘を見抜く力があるからだと言った。今になって思うが、胡散臭い能力だ。話術やブラフとして用いた可能性はある。
ただ、亜人には人間にはない能力がある。シャンドールの種族はわからないが、俗にいう第六感のような能力があっても何らおかしくはない。
「ロガル……いや、ここにいる全員に聞く。シャンドールが何の種族かわかる者はいるか?」
誰も目を合わせてはくれなかった。
銀色の髪、紅い瞳、青白い肌を持つ種族。俺とて、聞いたことはない。人間でないことは確かだし、ひょっとすると……。
「あの……!」
「どうした、シディー」
思考を遮るように、シディーが挙手する。
「シャンドール……さんの種族は分かりませんが、翼竜が咆哮するたびに、露骨に嫌がって耳を塞いでいました」
「それは、大きな音を嫌っていたということか?」
「……そうだと思います」
「ありがとう、シディー。皆も何か些細な情報でもいい。あれば提供してくれ」
呼びかけに答えるものは、やはりいない。
あの状況で他の人に注意を向ける方が難しいし、仕方のないことだ。種族の特定は諦めるとして、大音量が苦手ということは覚えておこう。
それで、シャンドールの行動の続きだ。
確か、あっさりと引き下がった後に見張りが乱入してきて。それで、なんとか作戦を立てて翼竜討伐に向かったんだっけか。
いや、違うな。その前に何か大事なことを聞かれたはずだ。大事なことのはずなのに、思い出せない。
「ねぇ、レイト」
イリヤが耳元で囁いてくる。
誰にも聞かれないように小さな声で。
「あいつ、賢者の石のこと知ってた」
そうだ。
シャンドールは賢者の石を知っているかと尋ねてきたんだ。危うく、重要な情報を見逃すところだった。
「ありがとう、イリヤ。すっかり忘れていた」
賢者の石の存在を知っていたというのは、シャンドールの不可解な行動の理由の一端を担っていそうだ。もしかすると、賢者の石が魔王の魔石であることを知っていての行動かもしれない。魔石繋がりという安直な考えだが、可能性はゼロではない。
しかし、賢者の石がどういうものか知っているのなら、わざわざ聞くだろうか。用途がわからないまま、あるいは勘違いしたまま探しているというパターンも考えられる。何にせよ、これ以上は憶測の域を出ない。
作戦会議後から、討伐までは特に怪しい行動もなかった。魔石を盗むために従順に指示に従い、良くも悪くも目立たないように立ち回っていたのだと思われる。
「……いろいろ考えてはみたが、やはりロガルの言うように金目当てかも知れないな」
「だろ? じゃなきゃ魔石なんか盗まねぇって」
ロガルには申し訳ないが、賢者の石については伏せることにする。とてもじゃないが、魔王復活の鍵だとは言えない。討伐隊をこれ以上巻き込む訳にはいかないからだ。
それに、シャンドールは逃げたフリをして、盗み聞きしている可能性もあるしな。イリヤもわかっているのか、それ以上何かをいうことはない。
「しかし、シャンドールが裏切ったか……」
臨時パーティを少し信用しすぎたかもしれない。
俺が勇者であること、使える魔法、そして聖剣エクスカリバーも見られた。ついでに、イリヤの魔法もだ。もし今後、俺達の前に立ちはだかるのだとしたら、戦力を把握されたのは喜ばしくない。
「祝勝ムードのところ悪かった。この話は終わりにしよう」
せっかく討伐隊は死人ゼロというこの上ない結果で終えることができたのに、嫌な後味の残るものとなってしまった。
「注目せよ! この後、宴が開かれる予定だ。皆胸を張って参加するが良い!」
重い空気を一周するように、ゴランドの声が響く。
今宵は宴は催されるらしい。
戦いの後には必ず宴が催される。
どこに行っても、それは変わらない。ここリーベイでも、その例に漏れることはない。




