第十七話 空中から地上へ
監視塔には、ロガルがいる。
背中にあるという翼竜の弱点を突くために、そこにいる。俺はソザの元を離れ、監視塔のすぐ下まで来た。
「シャンドール!」
街を囲む外壁の上、最後の囮役を買って出たシャンドールが俺の声を受け、閃光弾を使う。
本来は、近接戦闘で敵の目潰しに使うもの。しかし今は、翼竜を監視塔へと誘う誘導灯だ。獲物に逃げられて苛立っていた翼竜が、監視塔ごと喰い千切る勢いで突っ込んでくる。
迫り来るその姿は思っている以上にでかい。溶岩を身に纏ったジャンボジェット機が特攻してくるような、そんな迫力だ。
「退け!」
餌食になる寸前に、シャンドールが翼竜の突撃を回避する。勢いそのまま、翼竜は監視塔に突っ込んだ。
展望台には、届かない角度。牙を剥き出したまま、塔に直撃した翼竜の勢いは完全に止まった。
ここまで、作戦通りだ。この調子なら、いける。
「ロガル!」
翼竜の背中に影が飛び乗る。
あとは、ロガルが翼の付け根に剣を突き刺せば、翼竜を討伐できる。そればかりは、黙って見守るしかない。ロガルを信じるしかない。
「……やったか?」
傍で一部始終を見ていたゴロツキが言う。
直後、動きを止めていた翼竜が監視塔を丸呑みにしながら、空中へと浮上した。黒焦げになった人型の塊を振り落として。
「グラォォォォォォォォン!」
鼓膜を破るような咆哮。
翼竜の怒りは頂点へと達していた。
レンガ作りの監視塔を喰らったその口に、エネルギーが溜まっていく。
「逃げろ!」
ブレスが来る。
竜の討伐において、最も危険視される範囲攻撃が今、放たれようとしている。
討伐隊の面々はただ茫然と翼竜がブレスを放たれるのを待つしかできなかった。死を直感し、絶望し、なす術なく殺されていくんだと思っているのかもしれない。
だが、諦めるにはまだ早い。
「イリヤ!」
「任せて! 【深淵に潜む海の王】!」
翼竜のブレスは、ただの炎ではない。噴き出た溶岩のような、辺り一体を焼き焦がし更地に変える災害そのもの。
それに、イリヤの極位魔法が衝突する。
力は互角、ゆえに起きるのは爆発。
轟音の鳴り響く中、飛び散る粉塵が翼竜の姿をくらます。
「どうする、レイト殿!」
翼竜は無傷。
ロガルの安否は不明。
討伐隊は大半が戦意喪失。
順調だった作戦が、最後の最後で崩壊した。与える心理的なダメージは大きい。
「兄ちゃん! 次の策は?」
今、考えている。
討伐すると決めたのは俺だ。作戦を考えたのも俺だ。
作戦失敗で終わらせては、いけない。次の手を取らなければ。
「レイト……」
イリヤの魔法は通用する。
ブレスは極位魔法で防げた。攻撃が通る可能性は高い。会議の段階では度外視したが、地上からの魔法で屠った前例もある。作戦が失敗に終わった今、イリヤの力を頼るしかない。
「イリヤ、まだいけるか?」
「魔法ならまだ撃てるけど……飛んでるところを狙うのは難しいかも」
「俺が囮になる」
俺が囮になれば、なんとか魔法を当てられるかもしれない。
今は、それしか策がない。
「ゴランド、ソザ。俺が翼竜を引きつける。その間に、討伐隊を再編成しろ」
イリヤの魔法でもなお討伐できないのなら、俺が剣を握る。
そして、ロガルが果たせなかった役目を俺が果たす。そのために、誘導が必要だ。南側にある監視棟まで、どうにか翼竜を誘ってもらう。
「大丈夫なの? レイト」
「俺のことなら心配いらない。多少リスクはあるが、もうそんなこと言ってる場合じゃない」
そうこうしている間に、煙幕が引いた。
悍ましい翼竜の姿が、再び露わになる。
「皆、頼んだぞ!」
単騎で、翼竜の元へ向かう。
更地と化しているだけに、隠れる場所はない。俺が向かっていく姿を、翼竜が捉えた。
「来いッ……!」
翼竜の口から溶岩砲が放たれる。ブレス程ではないが、一人の人間を倒すのには有り余る火力だ。
火力は高いが、射出速度はそこまで早くない。この程度なら避けられる。翼竜の砲撃が途切れたタイミングを見計らい、魔法を放った。
「【雷迅鳥】!」
具現化した雷の鳥が翼竜を襲う。
ソザが降らした雨のおかげで、雷魔法の通りがいい。大ダメージを与えるには至らないが、翼竜は滞空しきれず、地に堕ちた。
「ぐっ……!」
俺は撃つ同時にステップバックするも、感電は免れない。だが、翼竜からは十分な距離を取れている。
「【白銀世界】」
すかさず、イリヤの魔法が翼竜を捉えた。
クリーンヒットだ。極位の氷魔法が間違いなく直撃した。絶命には至らずとも、相当なダメージを与えられたはずだ。
「グラォォォォオ!」
そんな淡い期待は翼竜の咆哮によってかき消された。
翼竜は再び上空に浮上している。
しかし、その体勢に若干のふらつきがあった。よく見ると、左翼の手が欠損していた。イリヤの攻撃は溶岩の鱗を破ることはできなかったが、弱点にはかろうじて通用している。
「こっちだ! 翼竜!」
討伐隊に寄せ付けないよう、足で撹乱する。ターゲットは取れているみたいだ。走りながら、次の手を考える。
翼竜の弱点はたしか、腹と、手足と、眼球だったか。
翼が盾代わりになったことで、腹や足には通らなかった。ものは試しで、一度この近距離で撃ってみるか。
「【氷槍】!」
腹を狙った魔法攻撃。
中位の魔法だが、近距離かつ弱点をつけば、攻撃は通るかもしれない。
「グラォォォォォォォォン!」
期待は悉く裏切られることになった。
翼竜のブレスによって、いとも簡単に魔法が打ち消される。
俺が無理なら、やはりイリヤがやるしかない。左手は破壊することができたし、少し工夫すればイリヤの魔法はもっと通るはずだ。兎にも角にも、一度引いて状況を共有しなければいけない。
「兄ちゃん! イリヤが……」
一度体勢を立て直すために、残る討伐隊の元へ引き下がったタイミングで、イリヤの補佐に付いていたソザが駆け寄ってきた。嫌な汗が頬を伝う。
「……イリヤの身に何かあったのか?」
「とにかく、このまま直進して! 翼竜はウチらが食い止める」
「頼んだ」
促されるがままに、イリヤの元へと足を運ぶ。
なまじイリヤの魔法が通用してしまったせいで、彼女抜きで俺が討伐する作戦には変更できなかった。何より、イリヤの安否が気になってしまった。
ギリギリで丸焦げになるのを免れた家屋の中、イリヤはベッドで横になっていた。看病してくれていたのか、側にはシディーが座っている。
回復薬を幾らか飲んだようで、その空き瓶がベッドの横に転がっていた。
「大丈夫か! イリヤ!」
「レイト……?」
「そうだ。なんとか、意識はあるみたいだな」
「うん。ちょっと、魔力酔い……しちゃったみたい」
俺も心配させまいと笑ってはいるが、顔は青ざめていて、息遣いが荒い。まさに魔力酔いの症状が出ていた。
経験則上、魔力が足りなくなるか、あるいは魔力を急激に消費すると魔力酔いが起こる。イリヤはおそらく、後者だ。防御と攻撃、極位魔法を連発したせいだろう。
「安心しろ。イリヤの魔法で翼竜に傷を負わせることができていた。後は俺に任せてゆっくり休んでおいてくれ」
「待って……私も行く」
「魔力酔いなんだろ?」
「大丈夫! シディーに魔力回復薬も貰ったし、すぐ治るよ」
シディーに視線を向ける。
魔力回復薬は魔力切れであれば効き目はあるが、急激な魔力消費には効果が薄い。飲めばいくらかは楽になっただろうが、完全に治るわけではない。
「良かったのか?」
「たまたま道具屋で買えたものがあったので。使うべき人に使って貰ったまでです」
「ありがとう。魔力回復薬は俺も持っていなかった」
俺ならまだしもイリヤが魔力回復薬を使う状況が来ようとは想定していなかった。1日中魔法を使い続けていても魔力酔いの来ないイリヤが、魔力回復薬など持っている訳がない。
「いえ、構いません。ですが、魔法使い二人のパーティで魔力回復薬がないのは大丈夫なんですか?」
「補充するつもりだったんだが、道具屋に在庫が無くてな」
「そうでしたか」
まさか翼竜の急襲に遭うとは思わず、妥協してしまった。普段なら殆ど使わず、亜空間で眠っている物のはずで、実際王都を発った時には数に余裕があった。本来であれば別に、わざわざリーベイで補充するようなものでもないのだ。
それもこれも、箒に乗るためである。そのためだけに非常事態に困っているのは、なんとも情けない話であった。
「……待てよ?」
「どうしたの?」「どうしたんですか?」
イリヤとシディーの声が重なる。
俺は監視塔でもなければ、翼竜の背中に乗ることは不可能だと考えていた。ロガルがトドメを刺すものだと固定して作戦を考えていたのもあるが、完全に頭から抜け落ちていた。
「イリヤ、無理を承知で聞く。まだ魔法は使えるか?」
「うん。最高位でも、あと一発なら……」
「いや。中位でいい」
「どういうこと?」
イリヤも中位魔法ごときじゃ翼竜に通用しないことなどわかっている。
しかし、イリヤが使う魔法は翼竜に向けてじゃない。それを操るためには、中位でいい。
「箒だ。箒に乗って翼竜に接近する」
「なるほど……!」
箒を操縦するためには、俺だけの力では無理だ。イリヤと二人で乗る必要がある。
「箒って、あの箒ですか?」
「そうだ」
シディーはいまだに首を傾げている。無理もない、箒で飛ぼうなんて思ったことはないだろう。
「俺は先に、ゴランド達に作戦を伝えてくる。イリヤは準備が出来次第、後を追ってくれ。シディーも戦場に出て、怪我人の保護を!」
返事を待たず、家屋を飛び出した。
箒に乗って、翼竜の背中を取れれば勝機はある。そのためには、やはり囮が必要だ。
(まだ、勝ち目はある……!)
戦場に戻ると、降りしきっていた雨が止んでいた。案の定、状況は悪化の一途を辿っていた。
翼竜がトドメを刺すことなくわずかに移動したおかげか、なんとか全滅を免れていたのが不幸中の幸いだ。
残っている討伐隊には翼竜のブレス攻撃に対しての防御策がなかった。ソザ一人の魔法で対処していたのか、彼女の顔面は蒼白になっていた。魔力が尽きたことによる、魔力酔いだ。
「状況は!」
惨憺たる状況であることは、一目瞭然だった。
常に最前線を張っていたコクス、器用に動き回っていたシャンドール、最後尾で指揮を執っていたゴランドまでもがかなり憔悴しきっている。ゆえに、誰も答えることは出来ない。回復薬を使ったが、負った傷はかなり深いようで、完全回復には至らない。
「最後の頼みだ。誰でもいい、囮になってくれないか!」
声を上げる者はいない。
あと一手あれば、翼竜討伐を成し遂げられるかもしれないというのに。その一手を欲するには、あまりに遅すぎた。
「……我、が」
鎧が融け、ボロボロになったゴランドがなんとか声を絞り出す。グランドマスターの意地か、指揮官としての意地か。とても動ける状態でないのは確かだった。
「やめとけよ、おっさん」
諦めようとしたその時、背後から声がした。
ゴランドをおっさんと呼ぶのは、俺の知る限り、あの狼人族しかいない。
「ロガル!」
「囮はオレ様が引き受ける。怪我した奴らはシオネに治してもらえ」
黒焦げになって、もはや誰か見分けがつかないが、間違いなくロガルがそこにいた。
隣にはソザのよりも一回り小さいがよく似た蛇人族の姿。シオネはビーストマンの回復職だ。
「大丈夫なのか、ロガル」
「大丈夫じゃねぇ。誰かのせいでな」
「軽口を叩けるのなら大丈夫そうだ」
「ふん。一応、忠告しといてやる。翼竜の背中には乗れねぇ。レイトがどうやって倒すつもりなのかは知らねぇが、翼竜に触れた瞬間こうなる」
ロガルは黒焦げになった姿を見せびらかす。
箒で近づき翼竜の背中に乗るつもりだったが、箒から飛び降りた勢いのまま翼竜の弱点に剣を突き刺すべきか。
「あとは、弱点つっても筋肉の壁が分厚い。オレ様の爪が折られちまった。生半可な力じゃ倒せねぇぞ」
「ああ、わかっている」
俺は亜空間から、一振りのロングソードを取り出す。
勇者にしか扱うことの出来ない、聖なる剣。
数多の魔物を斬り、魔族を殺し、魔王を屠ったその剣を、空いていたホルダーに通した。
「聖剣エクスカリバーだ。これで貫けぬものはない」
ロガルは呆気に取られていた。
エクスカリバーの逸話は有名だが、実物を見る機会など、それこそ勇者でなければ殆どない。
「お待たせ!」
シディーにおぶられて、箒を手にしたイリヤがやってくる。
「レイトよ、聖剣で翼竜討伐するのはわかった。だが、その箒でどうするつもりだ?」
「飛ぶんだよ、空を」
「意味わかんねぇ」
「わからなくていいさ。俺が翼竜を倒すということさえわかっていればな」
ロガルと俺とイリヤ。役者は揃った。
上手くいけば、翼竜を討伐できる。上手くいかなければ、もう打つ手はない。
一縷の望みは俺に委ねられた。今こそ、翼竜を討伐する時。
「ロガル、囮は頼んだぞ」
「ああ。任せな」
ロガルは自慢の俊足で翼竜の元へ向かった。
単騎の囮で耐えられる時間は限られている。俺達も早々に発たなければならない。
翼竜を貫くために
「俺たちも行こう、イリヤ」
「うん」
イリヤが前、俺が後ろという配置で箒に跨る。
箒の向く先は、当然翼竜のいる方向だ。
まだ魔力に余裕がある俺が、箒を上昇させる。イリヤは前方向の操作のみ。
「ちゃんと掴まっててね」
「そっちこそ」
俺はイリヤの前で掴んでいた箒を力強く握る。
イリヤの両手が、俺の右手を包み込んだ。
「イリヤ?」
「ごめん、なんでもない」
イリヤなりの覚悟というやつだろうか。
すぐに俺の手から離して、別の場所を握った。
「行くぞ!」
「うん!」
箒を風魔法で上昇させていく。
振り落とされないよう適切な角度を保ちながら、慎重かつスピーディーに。
高度を上げていく。
家屋よりも、監視塔よりも、翼竜よりも、高く。
リーベイの街並みが一望できる高さまで。
「……この辺かな?」
平面座標の調節をイリヤが行う。
焼け野原の真ん中にいる翼竜目掛けて落ちれるように。
「そうだな。この辺でいい」
「……じゃあ、気をつけてね」
「ああ。イリヤもな」
ロガルの囮もそう長くは持たない。
一息ついて、箒を掴んでいた手を離した。
命綱もない、パラシュートもない、ただの自由落下。思っていたよりも体感時間は長かった。
途中まで追走していたイリヤ。
三分の一が焼け野原になった街並み。
聳え立つガルダの山々。
北の監視塔跡。
白み始めた空。
そして、翼竜。
対峙するロガルの姿が見えたあたりで、聖剣を引き抜く。大の字の落下から、体を翼竜に向けた剣と水平に保つ。一文字で翼竜に向かっていく。
ロガルが上手く立ち回ってくれているおかげで、完璧に背中を捉えることが出来ている。左右に広がる大翼の、その付け根にはロガルの爪と思しきものが3本刺さっていた。
(あそこか……!)
翼竜に到達するまで、秒読みのところまできた。
後はもう、剣と己を信じるしかない。
上空から迫り来る気配に、翼竜が反応する。
だが、もう遅い。
「これで終わりだぁぁぁ!」
自由落下による加速の勢いそのままに、俺は翼竜の背中へとエクスカリバーを突き刺した。
凄まじい衝撃とともに、一瞬勢いが止まる。勢いを止めたのは翼竜の凄まじい筋肉だ。しかし、その硬い筋肉もすぐに弛緩した。
聖剣エクスカリバーが翼竜の心臓を捉えたのだ。
「貫けぇぇぇぇぇぇぇぇえ!」
風魔法を発動させ、貫く勢いを再加速させる。
もう、勢いを止めるものは何もなかった。
「グラォォォォォォォォン!」
翼竜の断末魔が響く。
同時に、エクスカリバーが翼竜の胴体に風穴を開けた。
これで、俺の、俺達の勝ちだ。




