第十六話 討伐作戦
「ひとつ、よろしいですかね?」
沈黙を破ったのは、長身痩躯の男だった。
銀色の髪、紅い瞳、青白い肌。
見たことのない種族だ。こんな亜人種、いただろうか。
「お前は?」
「失礼、申し遅れました。私はシャンドール。しがない浮浪者ですよ」
「シャンドール、何か案があるのか?」
「いえ、提案とはまた異なるでしょうか。そこにいるレイトという冒険者に物申したく」
シャンドールと名乗った男からご指名を貰った。
まあ、何を言われるのか概ね予想はつく。
「なんだ?」
「不躾な質問をお許しください。……貴方、勇者ではありませんか?」
討伐隊の面々がざわつき始める。
勇者としての知名度は確かに低いかもしれないが、これだけ人が居ればバレることは織り込み済みだ。
「何が言いたい」
「二点、お聞かせ願えれば。何故、勇者だと名乗らなかったのか。そして、何故力を誤魔化したのか」
どう答えたものか。
前者の質問はまだいいとして、後者は悪手だ。俺としては正確に力量を伝えたが、それを誤魔化したと決めつけられては、撤回してもしなくても討伐隊の俺に対する疑念が残る。
まあ戦力を見誤って全滅するくらいなら、俺が懐疑の目を向けられた方がいいか。ここは、正直に答えるべきだろう。
「まず、何故勇者だと名乗らなかったのかについてだが、俺は勇者として動いていないからだ。今はただのSランク冒険者のレイトとして動いている。それだけだ」
「なるほど、勇者としての役目はもう終えたと。そうおっしゃるわけですね?」
「まあ、簡潔にいえばそうだ」
勇者の使命は魔王を倒すこと。
この旅の目的の一つ。魔王を復活させないようにすることは勇者としてもやるべきことなのかもしれないが、今は話がややこしくなるので持ち出さない。というか、俺とイリヤ以外が知るべきことではない。
「では何故、わざわざ力を隠されるのでしょう?」
「それは、シャンドールの思い違いだ。俺が扱える魔法は炎が最上位、雷が高位、他はよくて中位までだ」
「ご冗談を。仮にも魔王を倒されたのでしょう? でしたら、そんな凡庸な魔術師であるはずがない!」
「俺は確かに魔法を扱うが、それ以前に剣士だ。ゆえに使える魔法も付与系が多い。言わずもがな付与系はランクも低くなりがちだ」
これで納得できる理由にはなっているはずだ。
まだ難癖を付けられるようなら、諦めるしかない。
「……嘘は、言っていないようですね。憶測で語ったこと、深くお詫び申し上げます」
この手の人には何を言っても無駄だろうと思っていたが、シャンドールは思いの外あっさりと引き下がった。
「やけに素直に引き下がるじゃないか」
「ええ。私には人が嘘をついているかどうか見抜く力がありますので。先ほどあなたが仰っていたことは、嘘ではありませんでした」
嘘をついているかどうか見抜く力。
単純だが、厄介な能力だ。シャンドールを前に隠し事は通用しない。この一過的かつ表面的で大規模な集団の中で、保身のための嘘は付けない。絶妙なバランスで成り立っている討伐隊という名のジェンガは、シャンドールの気分次第で崩壊しかねない。
ただでさえひりついていた空気が、いっそう強張る。
「皆様、ご安心ください。何も、貴方方の素性を丸裸にしようとは思っておりません」
「嘘じゃないとわかったし、俺の話は終わっていいか? 本格的に翼竜討伐のプランを練らなければ、手遅れになりかねない」
「……最後にひとつ、よろしいですか?」
「ああ。答えられることならな」
シャンドールに嘘は付けない。
それをわかったうえで、答えなければならない。
「賢者の石、という言葉に聞き覚えはありませんか?」
心臓がどくりと跳ねた。
体内で脈打つ音が聞こえる。
どうして、シャンドールがその物体の名前を知っているんだ。
いや、今はそれより、この質問にどう答えるべきかだ。
ノーと言えば、わざわざ賢者の石の存在を隠したように聞こえるだろう。シャンドールの目的にもよるが、それは避けるべきだ。だったら、イエスと言うしかない。
「あ、ああ。知っているぞ、賢者の石」
「ほう。それがどういうものかご存知で?」
魔王の魔石。魔王を復活させる物。
なんて答えられるはずがなかった。シャンドールだけじゃない、他の冒険者の目もある。仮にそれを言ってしまえば、俺だけではなくパーティメンバーのイリヤも標的になりかねない。
(……待てよ?)
イリヤといえば、以前彼女と出会った時にも同じようなことを聞かれた。その時はあえて知らないと答えたが、そうか、今回はその逆をいけばいい。
「ああ。賢者の石はあらゆる金属を金に変えたり、飲めば不老不死になれるという伝説の物質だろう?」
嘘は言っていない。
俺の中の賢者の石に関する知識はそういうものだった。シャンドールは、この世界における賢者の石とは言ってない。
「嘘は……言ってないようですね。なるほど、賢者の石とはそのような物質なのですか。にわかには信じ難い」
当てが外れたとでも言いたげな顔でシャンドールは首を傾げる。
間一髪、どうにかやり過ごせたようだ。
「もう、いいだろう? ひとつと言いながらふたつも質問したんだ。あまり悠長にもしていられない」
「はい、これ以上は何も聞きません。不肖シャンドール、出過ぎた真似をいたしました」
焦る場面はあったが、なんとか躱しきることができた。
しかし、討伐に関することは何も進んでいない。
また、沈黙が訪れようとした、その時。
「おい! 翼竜が西門を突破したらしい!」
ギルドの外を監視していた討伐隊の一員が、ドアを蹴破る勢いで入ってきては、大声を上げた。
「話し合いは終わったんだろ? さっさと討伐しねぇと街がまる焦げになっちまう!」
悲鳴にも等しい叫びは、静寂だったギルドによく響いた。彼の声が途切れるとギルドはまた静寂に包まれる。
「……無論、承知である!」
かろうじて返答したのは、ゴランドだった。
リーダーとしての自覚が、そうさせたのかもしれない。中身は伴わなかったが、それでも先陣を切って声を上げたことは大きかった。
「……ウチとしては、やっぱり魔法使いが最初に叩くしかないと思うよ」
ゴランドの返事に続いて、ソザが作戦会議に繋げる。
「だが、魔法使いは戦力が足りねぇんだろ?」
パーティメンバーの提案に、リーダーが。
「足りないでしょう。しかし、今は戦力が足りなくとも、戦わねばならない。それとも、戦うのが怖いですか?」
ロガルを挑発するように、シャンドールが。
「怖くねぇよ!」
「嘘ですね?」
ロガルは何も言わない。沈黙は紛れもなく肯定だった。
ロガルが何も言わなかったことで、なんとか続いていた会話が途切れてしまった。
末恐ろしや、シャンドールの能力。じゃなくて。
「……俺に考えがある。皆、聞いてくれるか?」
思いついたのは、リスクがあまりにも大きい戦法だ。
魔法使い、戦力外の冒険者、そしてロガルに役割がある。最も重要で、かつ最もリスキーなのがロガルの役割だ。しかし、打つ手がない今、取れる手段は限られている。誰かが反対することはなかった。
「大事なことだからしっかりと聞いてくれ。時間がないから一度しか説明できない。もし戦闘中にわからないことがあったらゴランドの指示を受けろ」
そう前置きをして、説明を始める。
戦法としてはそう奇抜な物ではない。基本的にはセオリーに準じたものだ。しかし、正攻法と異なるのは地に落とすのではなく、ロガルが翼竜の背に直接乗ることだ。
狼人族の跳躍力を含めた身体能力を活かせば、背中に乗れる算段はある。全てはそのための、魔法使い、そして戦力外の冒険者だ。
「何か質問は……ないな。よし、魔法使い達はソザの指示に、その他討伐隊員はゴランドの指示に、そしてロガルは今話した通りだ。皆、頼んだぞ」
各々がギルドから出ていく。
寄せ集めの討伐隊ではあったが、指示は通った。危険は伴うが、討伐する算段もたった。ギリギリだが、なんとかなりそうだ。
八割方ギルドから出て行ったのを見て、俺もギルドの外に出た。
「おい」
予定通り西門へ向かおうとしたところで、呼び止められた。
「どうした、ロガル。怖気付いたか?」
「違ぇよ。いや、違わねぇけどさ。確かに、翼竜は超絶怖いぜ? でも、オレ様はやる時はやるのさ」
「でなきゃ困る。討伐はロガルにかかっているからな」
「ああ、討伐のことは任せな。そんでよ、レイト。オレ様は今のうちに謝っておかなきゃならねぇだろ?」
片腕だと貶したことだろうか、Sランクを嘘だと決めつけたことだろうか、爪を喉元に突き立てたことだろうか。
何にせよ、今このタイミングで掘り返すこともないと思うんだが。戦いの前で己の過ちを精算してくるのは死にに行くやつのやることだ。
「いいさ、別に。ロガルに危険な役を押し付けたのは俺の裁量だ」
「そいつは……文句は言えねぇ」
「冗談だ。ロガルにしか出来ない役割だから任せた。それ以上でもそれ以下でもない。もし、どうしても謝りたいなら討伐が終わった後だ。少なくともそれまでは、俺はロガルからの謝罪を受け取るつもりはない」
「……おうよ」
なんというか、真面目な奴だな。
ソザの言う通り言動に難はあるが、そう悪い奴でもないみたいだ。
「そういうことだから、よろしく頼んだ」
「任せな」
言うが早いか、ロガルはひと足先に西部へと向かった。
俺も後を追ったが、狼人族の走る速度には追いつけなかった。
*
リーベイの西部は既に焼け野原と化していた。
西門突破からそう時間は経っていないはずなのに、もう手遅れという他ない惨状だ。
「あれが、翼竜さ」
魔法使いを率いるソザが、焼け野原の中心、その上部を指差す。そこにあるのは、燃え盛る竜の姿だった。
「あれが……」
翼竜と聞いて、勝手にプテラノドンのようなフォルムを想像していた。飛ぶために最適化された、繊細なフォルムを。
でも、アレは違う。
ずんぐりとした長太い胴に、その図体を持ち上げるための大翼。紅蓮の瞳に、鰐のような顎と獰猛な牙。何より特徴的なのが、全身を覆う溶岩の鱗だ。
「見ればわかると思うけど炎魔法は効かないよ。ウチが広範囲に雨を降らせるから、予定通り氷魔法で援助を!」
ソザが水魔法の詠唱を開始する。
雨が降るだけで鎮火とブレスの軽減ができる。でも、肝心の本体はおそらく、効果がない。
ロガルが翼竜の背中に乗るという戦法は、こんな溶岩を見に纏った化け物相手を想定していなかった状態で立てたもの。翼竜を目の当たりにした今、それは間違いだったと思い知った。
「大丈夫? レイト」
ソザが魔法を展開するのを待つイリヤが話しかけてくる。どうやら顔に出ていたらしい。
「ああ。俺は大丈夫だ。だが、ロガルが……」
「彼なら、きっと大丈夫だよ」
「相手はあの、翼竜だぞ」
火の粉を散らしながら滞空する翼竜を指差す。
あれに触れようものなら、火傷じゃ済まない。
「でも、彼は翼竜を知ってた。そのうえで、今回の役目を引き受けたんでしょ?」
「そう、かもだけど……」
それじゃあ本当に、死ににいくようなものだ。
俺が作戦の段階でちゃんと翼竜の特徴を聞いておけば、もっと別の作戦が考えられたんじゃないか。いや、考えるのは今からでも遅くはない。何か、今よりも安全な策はないだろうか。
「レイト! イリヤ!」
考える余地のないまま、ソザが雨雲の展開を終える。
降り頻る雨は、燃え盛る家屋を鎮火し、俺たちの身体を濡らした。
「凍てつく氷の精霊よ、今此処に集いて逃れ得ぬ白き檻ととならん! 【氷牢】!」
「【氷瀑】!」
翼竜への先制攻撃。
俺が動きを封じ、イリヤが攻撃を放つ。
上位魔法で通用するなら、このまま押し切る。そうすれば、ロガルの出番はない。
「魔法はダメ! 作戦通り行くよ!」
連携から放たれた攻撃は直撃するも、ダメージを与えるには至らない。溶岩の鎧相手では、氷など無に等しかった。
わかっていたが、そう甘くはない。
俺とイリヤはすぐさま後退し、ゴランド率いる囮隊と入れ替わる。
「来たぞぉー!」
氷魔法の飛んできた方向から俺たちの位置を割り出した翼竜が、その図体からは考えられない速度で追ってくる。
ビーストマンの盾役、亀人族のコクスが中心となって、翼竜の方向を限定していく。魔法使いが魔法で誘導し、囮隊がヘイトを買う。そして、囮隊が攻撃をなんとか躱しているうちに、別の魔法使いが魔法で翼竜を誘う。街の北へ、そしてまた北へと誘導していく。
「諸君! その調子だ!」
ヒットアンドアウェイならぬ、ノーヒットアンドアウェイ。攻撃は全く当たっていないが、それでいい。
たまに足がすくんで動けなくなった囮役がいたり、逆に逃げ出したものもいたが、なんとかカバーして事なきを得ている。まだ、死者は出ていない。
「あと少しだよ!」
視界にはその目的地がとっくに映っていた。
細長い棒状の建物、ロガルの待ち構える監視塔が。
あとは作戦通り、ロガルが展望デッキから翼竜の背中に飛び移り、翼の付け根の間から剣を突き刺せばいい。
今のところ順調だ。怖いくらい、順調だ。




