第十五話 討伐隊
二人で倒すと言っても、それは協力して倒そうという意味であって、二人きりで倒そうというわけではない。
戦力は多いに越したことはないので、先ほど宣伝していた討伐隊に参加するべく、ギルドに辿り着いた。
やけに静かだなと思いながら、イリヤと二人で中に入る。王都のギルドにも引けを取らない大きさのギルドにいたのは、たったの30人ほどだった。
「討伐隊への参加希望者か?」
「ああ。二人とも、参加希望だ」
静まり返る中出迎えてくれたのは、鋼の甲冑を着込んだ屈強な初老の戦士。多分、勧誘していたのはこの男だろう。
「ギルドマスターのゴランドだ。君らは?」
「俺はレイト。Sランクの冒険者だ」
「私はイリヤ。レイトのパーティメンバーだよ」
「その黒髪黒目、どこかで……いや失敬。レイト殿にイリヤ殿。よくぞ討伐隊に名乗りをあげてくれた! このゴランド、歓迎しよう!」
他の隊員は何も言わないが、とても歓迎ムードとは呼べない雰囲気だった。温度差で風邪を引きそうだ。
「す、すみません……まだ討伐隊は募集してますか……?」
「もちろんだ!」
俺達のすぐ後、一人の魔法使いが討伐隊に参加した。
まだ若そうな緑髪をした狸人族の少女はシディーと名乗っていた。緑と狸か。心なしか親和性がある。
「諸君! よくぞ集まってくれた!」
これ以上は待っていられないと判断したのか、ゴランドは号令をかけ始めた。翼竜討伐に向かうにしては、あまりに少ない。しかも参加者の装備やら立ち居振る舞いを見るに、報酬目当ての者が殆どだろう。まともに戦えそうなのは、俺達を除いて5人だ。
「戦いは厳しいものとなるが、討伐した暁には我々は英雄となる!」
ギルドマスターと名乗ったゴランド。
あと、おそらくパーティと思しき四人組。ロールはセオリー通り、前衛後衛共に二人ずつがそれぞれ攻撃と防御に振ってある。亀人族、狼人族、それから蛇人族が二人。亜人で固めたバランスの良さそうなパーティだ。
戦力としてはあまりに乏しい。イリヤは目の前で人が死ぬのを見たくないと言っていた。このメンバーで翼竜に突っ込めば、まず間違いなく20人以上が死ぬ。
「さあ、剣を取れ! 勇敢な者たちよ! 我々が翼竜を討伐するのだ!」
静かだったギルドがゴランドの言葉で一気にボルテージを上げる。ギルドマスターというだけあって、モチベーターとして優秀だった。
「ちょっといいか」
士気が上がっているところに、狼人族の冒険者が声を上げる。俺が戦えそうだと評した四人のパーティ、そのおそらく前衛の攻撃役をになっているだろう人物だ。
アーマーは最低限、しかし鈍色の毛皮の上からでもわかる隆々とした筋肉。狼人族は魔法を得意としないが、近接戦闘では人間よりもはるかに高い能力を有する。
「オレ様たちは、ビーストマンっつうAランクパーティを組んでる。リーダーのロガルだ」
Aランクパーティか。
見た目からしてかなり戦えそうだとは思ったが、Aランクとなると相当手練れのパーティだ。心強い。
「この翼竜討伐戦、オレ様達に従ってもらう」
「む、ロガル殿。それは認められん!」
「なんだ、おっさん。オレ様達はAランクパーティ。もちろんオレ様もAランク冒険者だ。ここにいる雑魚どもは従って当然だろ?」
「我の指揮に従えと言っている!」
ロガルの提案に間髪入れずゴランドが制する。
さしづめ自分の思い通りにやりたいロガルと、あくまでギルド敢行の討伐戦である以上指揮権は取らなければならないというゴランドの対立か。
「要求が飲めねぇなら、オレ様達は参戦しない」
「構わん! 緊急依頼といえど、規律を守れん奴は参加する資格などない!」
ゴランドは引き下がらない。
参ったな、ビーストマンに抜けられると戦力はガタ落ちだ。かと言ってロガルに肩入れしては討伐隊に参加した意味がなくなる。どちらかしか取れないのならば、ロガルに肩入れした方がまだ良いようにも思えるが。
「だいたいな、おっさん。お前は既に引退した身だろ? そんなお前に代わって、オレ様達現役最強のパーティが指揮をとってやるって言ってるんだ」
「確かに冒険者は引退した身なれど! 我は現にギルドマスターだ!」
「戦場でろくに戦えない老いぼれが、指揮なんか執れるわけねぇだろ」
「ぬう……しかし、規則は絶対!」
ゴランドが押されつつある。
別に本人が動けなくとも指揮は執れると思うが、そこを突っついてしまえばロガルがヘソを曲げかねない。
「ロガル、ゴランド」
どちらかがうまく丸め込めればそれで良かったが、これ以上言い合いになるようなら時間の無駄だ。
「誰だ、てめぇ」
ロガルが牙を剥いた。
口論でヒートアップした勢いが、そのままこちらにまで流れてきた。
「Sランク冒険者のレイトだ」
「はん! てめぇがSランクだ? 冗談は片腕だけにしとけって」
わかりやすい挑発だ。
俺はなんとも思わないが、後ろにいるイリヤがものすごい怒気を放っている。怒ってくれるのはありがたいことだ。
「まあ、そうカッカするなって。つかぬことを聞くが、翼竜討伐には自信があんだろ?」
「当たり前だ。オレ様達は翼竜の倒し方を知ってるからな」
相当自信がありそうな様子だったが、なるほどそう来たか。ますます、ロガル達に肩入れしたくなるところだ。
「流石はAランクだな。翼竜の倒し方を知ってるなら、ぜひ共有して欲しいものだ」
「情報だけ得ようったってそう上手くは行かないぜ? 自称Sランクさんよ」
そりゃそうだ。
簡単に教えてもらえる情報でないことくらいすぐにわかる。
「ならば、俺はロガルの指揮下に入ろう。異論はないな、ゴランド?」
「む、我とて翼竜の倒し方は心得ておる!」
流石はギルドマスターとでも言うべきか。あるいは、俺が物を知らないだけか。
「ギルドには翼竜の討伐報告が三件ある。非公開情報ゆえ、表に出回ることはないが、今回は致し方あるまい」
三例もあるなら、情報の確度で言えばゴランドの方が高い。ギルドの信用とロガルの信用を天秤にかけても、前者に軍配が上がる。
「ゴランドの指揮下に入れば教えてくれると?」
「左様だ!」
「ふむ。だったらロガルの指揮下へ入るのはやめにして、ゴランドの指揮下に入るとしよう」
俺が欲しいのはあくまで情報だ。
どちらの指揮下に入ろうがどうでもいい。
「さっきからてめぇは何様のつもりだ。オレ様を馬鹿にしてるのか?」
「馬鹿になどしていない。この一刻を争う状況で言い合いをする指揮者など要らないと思っただけだ」
「なんだと?」
「俺は翼竜を討伐しに来た。どちらが指揮者かくだらない言い争いをするのを見に来たわけじゃない。さあ、ゴランド早く情報を渡してくれ」
ロガルを視界から外した瞬間、鋭い爪が喉元に突き立てられる。流石は狼人族、近接戦闘に必要な速度と精度だ。
「何のつもりだ、ロガル」
「このままてめぇの喉を掻っ切ってもいいんだぜ?」
「それは困る。討伐隊で仲間割れなど愚の極みだ」
単なる脅しになど引っかからない。
本気で殺すつもりなら返答を聞く前に殺しているはずだ。
「ロガル! それ以上はやめな」
引くに引けなくなったロガルを制したのは、ビーストマンのパーティメンバーだった。蛇人族の妖艶な女は、切長の眼でロガルを威圧する。
「……ソザ」
叱咤され、ロガルは素直に手を引いた。
王様気質だと思っていたが、身内には弱いのかもしれない。
「悪いね、兄ちゃん。ロガルも翼竜討伐のために最善の行動を取ったのさ。バカで傲慢だから失敗したけどさ、悪く思わないでくれよ」
「ああ。助かった」
「なに、リーダーの尻拭いはパーティメンバーの務めだ」
ソザと呼ばれた女はロガルの首根っこを掴み、引き下がった。
「場をかき乱してすまなかった。ゴランド、続けてくれ」
完璧にいなせた訳ではないが、なんとか正面衝突は免れた。溝はまだ残っているが、分断はしていない。
俺がゴランドに付く宣言をしたので、流れでゴランドが指揮を取ることとなった。ロガルも不満そうだが、もう争う気はないみたいだ。
「これより翼竜討伐戦の作戦会議を執り行う! 中央の卓に集まり、会議に参加せよ!」
散り散りになっていた参加者達が続々と中央に寄ってくる。すかさずイリヤが小声で話しかけてきた。
「流石はレイトだね。こうなることを見越してたんでしょ?」
「思い通りにいったわけじゃない。ゴランドが情報を持っていなければロガルに付いていた」
「そうなの?」
「ああ。俺は翼竜に勝つための行動をしただけだ」
結果的には丸く収まって良かったが、ロガルがもっと横暴なら首を刎ねられて死んでいた。仮に俺が死んでいたら、討伐隊どころの話ではない。そう考えると、紙一重のやり取りだった。
「良いか、諸君! まずは翼竜の討伐報告から確認する」
宣言通り、討伐例を開示してくれるようだ。
分厚い討伐報告書から該当するページを探し出し、卓に並べた。全員が確認できるよう、見習い魔法使いシディーが読み上げる。
「お話の通り、翼竜の討伐報告は三例あります。一つは、討伐者不明。残り二つは今回同様、緊急依頼にやって討伐隊が編成され、討伐されました」
討伐者不明の報告書は地上から最上位魔法で4頭の群れを殺したというもので全く参考にならなかった。よって、割愛。
「討伐隊による事例ですが、どちらも百人規模の隊が編成されています。しかし、内容は全く異なりますね。片方は魔法使いを中心に組まれたようです。魔法の連打で翼竜の翼を削ぎ落とし、地上に墜落したところをAランク冒険者が剣でとどめを刺したと記述があります」
対飛行生物で取れる戦法のセオリーだ。
鳥人族がいるならまだしも、基本はそうやって戦うしかない。
しかし、戦力は明らかに足りない。
魔法使いとして数えられるのは、推定戦力順にイリヤ、ソザ、俺、あと2.3人いるくらい。先日冒険者登録したばかりだと言うシディーは構想外として、翼竜に通用するのはおそらく俺までだ。
「もう一例は、弓隊による撃墜ですね。報告書によると、エルフの軍隊が駐留していたようです。弓矢では翼竜の鱗を貫けず苦戦したようですが、三日三晩に渡る持久戦の末、翼竜が地に落ちたので討伐できたとのこと。腹、手足、そして眼球には矢が有効。ただし、狙って撃つのは厳しいようです」
腹、手足、眼球が狙い目という情報は手に入ったが、弓矢軍隊は参考にならない。
やはり戦力が乏しすぎる。とはいえ、追加戦力は見込めない。やるとしたら、少ない魔法使いでどうにか撃墜する戦法か。
「以上が、討伐報告になります」
「感謝する、シディー殿」
まばらに拍手が起こる。
役に立ちそうで、あまり役に立たなそうな報告書だった。
「いいか、ゴランド」
「はい、ソザ殿」
シディーの読み上げを黙って聞いていたソザが、終わるや否や手を上げる。俺がイリヤと話していた時、ソザはロガルと何やら言葉を交わしていた。このタイミングで挙手したということは、翼竜についての情報を教えてくれるのだろう。ソザは頼れる姉御だ。
「見て貰えばわかると思うが、ウチはガルダ山脈の出身だ。近年翼竜の個体数増加によって生態系がかなり乱れている。はぐれ翼竜がここ、リーベイに来てしまったのもおそらくそのせいだと考えられる」
蛇人族はガルダ山脈出身らしい。
それにしても翼竜の増加か。ガードルドに始まり、何度か聞いた情報だ。
「ガルダ山脈で生まれ育ったものとして、翼竜の弱点を伝える義務があると思う。という訳で、結論から言おう。翼竜の背には一箇所鱗の無い部分がある」
ソザ曰く、翼竜の背には左右に広がる羽の付け根の間が鱗に覆われていないらしい。拳一個サイズの僅かな隙間だが、そこから垂直に剣を突き刺せば、心臓に到達し討伐できるとのことだった。
「でもよ、そんなちっせぇところに剣なんか刺せるのか?」
ゴロツキの一人がソザに質問をぶつける。
その疑問はもっともだ。空を飛んでる竜に剣は届かない。ましてや、背中なんて地上からでは貫けない。
「当然、飛翔時には無理だ。地上に降りてきたところを刺す」
ソザとしても、あるいはビーストマンとしても、戦法はセオリー通りいくつもりだったようだ。討伐報告書の情報も概ね似たものだし、あえて難しい選択をする必要もない。
「そのための、撃墜隊が必要となる。という訳で、中位以上の魔法を使える者は名乗り出て欲しい」
集まったのは、目論見通り六人。
徒党を組むには人が全く足りていない。
「少なすぎないか?」
「そうだな。いくらレイトがSランクとはいえ、これではなんなく躱されてしまう」
「Sランクを名乗っておいて恥ずかしい限りだが、俺も魔法は専門ではない。魔法使いとしてはBランクくらいだと考えておいてくれ」
俺も魔法は使える方だが、専門という訳ではない。近接戦闘に割り振っているし、撃墜には不向きだ。
「……そうか。となると、本格的に戦力が足りないな」
ソザの呟きでギルド内は意気消沈してしまった。
討伐報告書にあった人数との乖離が大きく、それに加えて今回は賞金目当ての戦力外な参加者も多い。
正直、八方塞がりだった。
ギルドでは改善案が上がることもなく、ただ沈黙の時間が流れていった。




