第十三話 偉大な乗り物
リーベイまでの道のりは長い。
一昨日、ロンデルウルフ小事件が起きたことによって馬車が使えなくなった俺たちは平原をひたすら歩いていた。
「大丈夫か? イリヤ」
「うん、まだ大丈夫」
イリヤは額に大粒の汗を浮かべながら、なんとか俺の歩くスピードに喰らい付いている。収納魔法のおかげで大きな荷物がないのが救いだ。
しかし、季節は夏。
この世界にはあまり浸透していないが、熱中症になりかねない気候だ。イリヤの正装もとい三角帽とローブも、日差しは遮ることができるが、気温に適しているとは言い難い。
「少し早いが、昼休憩にしよう」
「そうしてくれると、ありがたいかも」
干し肉と黒パンと水。
定番の保存食を食べながら、休息を取る。
イリヤはもとより体力はあまりない方らしい。決して弱音は吐かないが、このまま歩き続けるのは難しいかもしれない。
「レイト、一つ提案がある」
食事を終え、身支度をし、まさに出発しようとしていたところで、イリヤは待ったをかける。
やっぱり馬車を待たない? という提案ならば俺はイリヤの意見を尊重するつもりだ。村に戻るなら早いに越したことはないし、無理に歩き続けて倒れられる方が困る。
「なんだ?」
「これ、乗ってみない?」
しかし、イリヤがした提案は俺の想像の斜め上を行くものだった。亜空間から取り出すは、柄が棒のように細長く先端が蕾のように膨らんだシルエット。
いや、確かに。魔女といえば、そのイメージがあるが。
「箒だな」
「箒よ!」
「本気か?」
「本気よ!」
この世界でも、魔女は箒に乗るものらしかった。
そういえば、テラネルの花畑で初めて会った時、本当なら上空を飛んでいきたいと言っていたような気がする。あの場所だから嫌っただけで、やはり箒に乗って移動するものなんだろうか。
「箒で飛ぶ原理はね、実はただの風魔法なんだ。箒を下から浮かす力、前に進む力、左右に動かす力。それぞれを風魔法で操るだけ」
操るだけ、とは言うが要するに風魔法の三重発動だ。
並行して唱えるだけでも難しいのに、三重はほぼ不可能だ。
「まあ、私も上手くは乗れないんだけど」
「乗れないのか」
「だって、難しいでしょ。三重発動なんて」
難しいというだけで、可能ではあるらしい。
「でも、乗るんだろ? それ」
「うん。レイトが浮かせて、私が速度と方向を調節すれば乗れるはず。どう、完璧なプランじゃない?」
話を聞く限りでは、そんなに難しくないようにも思える。平原を突っ切る以上、ハンドルは最悪無くても大丈夫だ。俺とイリヤがそれぞれ持続的に風魔法を操るだけで乗れるということになる。
「よし、試してみるか」
「そうこなくっちゃ!」
実用的かどうかはさておき、俺にとって箒ライドは魅力的な提案だった。
ただ歩いているだけでは時間も掛かるし、つまらない。箒に乗れれば、いい刺激にもなろう。
「私が前ね」
ハンドルとアクセルを担うイリヤが前。
エンジンを担う俺が後ろ。
「いくぞ」
人2人分を浮かせる程度の風魔法を発動する。
イメージは【微風】を下から上に向けて起こすような感じ。
「もうちょっと魔法の出力上げて良いかも」
言われるがまま、もう少し魔力を込める。
慎重に、バランスを保ちつつ。
「よし、そのくらいで大丈夫。準備はいい?」
「ああ」
「いっくよー!」
箒を握る手に力が入る。
イリヤの掛け声と共に、箒は凄まじいスピードで射出された。まさに、矢の如く。
「イリヤァァァァ!」
箒は空を飛ぶ。
俺の悲鳴を置き去りにして。
「あはは! 楽しいね、レイト!」
少しスピードを緩めたイリヤが無邪気に笑う。
感覚的には、あれだ。ジェットコースターだ。
安全装置一切なし、お手製ジェットコースター。
気は抜けないが、箒ライドは安定していた。風を切るように平原を飛んでいた。
「俺、死んでないか?」
「大丈夫だよ、この位じゃ死なないって。あ、でも酔ったらすぐ言ってね?」
「ああ。だが、この乗り物はそんなに酔わなそうだ」
揺れがほぼ無いからか、常に風に当たっているからか、酔いそうな感覚はない。箒は偉大な乗り物だったのだ。
「じゃあ、この調子でリーベイまでひとっ飛び!」
安寧も束の間。
イリヤは速度をぐんぐんと上げていく。
あれだ、箒は偉大な乗り物だが、この運転手にはハンドルを握らせてはいけない。
「イリヤァァァァ!」
後に役割分担を変えたのは言うまでもない。
*
数日が経過した。
箒ライドにも慣れてきて、俺たちの間には穏やかな空気が流れていた。ロンデルウルフの一件からは、脅威となる魔物と遭遇することはなかった。せいぜい、ホーンラピッドやはぐれウルフが居たくらいだ。イリヤが戦闘参加したことによって、あっさりと狩ることができた。
「リーベイまであと少しで着きそうだ」
「そう。意外と早かったね」
以前イリヤに貰った古びた地図は、こんな時にも役立つ。現在地がリアルタイムで更新される地図の有用性たるや。
箒の操縦における役割を変えた直後拗ねに拗ねていたが、今は大人しく俺の後ろで箒に掴まっている。
「なあ、イリヤ」
「なに? レイト」
「俺の思い違いだったら申し訳ないんだが、ちょっと変わったか?」
「変わったって、私が?」
「そうだ」
ここ数日箒の上で話していて、なんとなく違和感を感じていた。
箒に乗り始める前、宴の時……いや、俺が過去について喋った時からだろうか。幼くなったというか、無邪気になったというか、前までのちょっと棘のある感じが無くなっているような気がするのだ。
どことなくセレンに似ているような気がして、一度そう思ってしまうと気になり始めてしまった。
「自分ではあまりわからないけど、確かにちょっと変わったかもね」
「だろう?」
「レイトは前の方が好きだった?」
「いや、今の方がとっつきやすくて良い」
「そっか。なら良かった」
もしかすると、イリヤはこちらの方が素に近いのかもしれない。とすると、この変化は俺をある程度信頼してくれた、ということなのだろうか。
そうだったら喜ばしいことだ。せっかくパーティを組んだのだから、お互いに信頼し合いたい。
「あ、見えたよ!」
俺の肩口から前を覗くイリヤが声を上げる。
前方に広がるは、高い城壁。
ゼファイル王国西部の窓口、リーベイだ。
「ここからは、歩きで行こう」
「そうだね」
俺がブレーキを踏むように減速し、イリヤが箒のエンジンを切る。
なんだかんだで、予定よりも早く到達できた。それもこれも、この箒のおかげだ。ありがとう、偉大な乗り物。
「全く人が居ないな」
「やっぱり翼竜の影響かな」
ロンデルウルフのことといい、翼竜の影響は凄まじい。
リーベイの検問には、誰一人として並んでいなかった。
「お、冒険者かい?」
衛兵が珍しい物でも見るかのように喋りかけてくる。実際、衛兵からしたらこんな時にわざわざ来る人間は珍しいのだろう。
「そうだ」
イリヤは王都で作りたての冒険者カードを差し出す。合わせて俺も、冒険者カードを提示した。
「Fランクとこっちは、Sランク……?」
「問題はないだろう?」
「ああ、全く問題はない。だが、何たってこんな歪な……いや、失敬。余計な詮索はすべきでないな」
「通っていいか?」
「勿論。巷は翼竜のせいで物騒だが、街の中は安全だ。ゆっくりしていくと良い」
冒険者カードはランクが出るのがどうにも厄介だ。
技術的に偽装できないこともないが、冒険者カードの偽装は犯罪。リスクを冒してまでやることではない。
「王都とはちょっと雰囲気が違うね」
「そうだな」
「ほら、あの建物とか!」
イリヤが指差した先には細長い棒状の建物があった。
周辺の建物よりも一際縦に長く、屋上は周囲を展望できる造りになっている。
「あれは監視塔だ。何せ、街の西側は魔物が強力だからな。急襲に備えて監視している」
西側の城壁に接続するような形で北に一棟、南に一棟。それぞれ、監視塔が建っている。
「ふーん。レイトは物知りだね」
「たまたま、ここに来たことがあっただけだ」
「そっか。私は初めて来たから新鮮!」
イリヤは田舎者感丸出しで辺りをキョロキョロと見回している。リーベイには何度か訪れたことがあったが、王都との違いなんて気にしたことはなかった。気にする余裕がなかった、というのが正しいかもしれない。
「この辺は王都よりも亜人が多いからな。それだけ特徴的な建物がある」
「なるほどね」
均一に作られた王都とは違い、リーベイは建物のサイズがまばらだった。注視して見れば、結構違って見える。
「ところでさ、さっきの人が言ってたSランクって何?」
「ランクの最高位のさらに上、特別枠みたいなものだ」
「やっぱレイトは凄いんだね」
「過去の栄光だよ」
冒険者資格を剥奪でもされない限り、Sランクから落ちることはない。
「それはさておき。まずは道具屋に行こうか」
「道具屋? まだ回復薬はいっぱいあるでしょ?」
「ああ。回復薬は回復薬でも魔力回復薬を買っておきたい」
「確かに。アレ、結構魔力使うからね」
アレ、というのは勿論箒の操縦だ。
下位の魔法とはいえ、長時間使いっぱなしというのはなかなか魔力を使う。自然回復が追いついていなかったので、ここ数日で持っていた魔力回復薬は使い切ってしまった。これから先も箒を使うなら魔力回復薬はなるべく多めに買っておきたいところだ。
「じゃあ、道具屋に行こっか」
「ああ」
随分前の記憶を頼りに、道具屋を目指す。
記憶にある街並みとは少し変わっているような気もしたが、冒険者御用達のギルド、武器屋、道具屋は記憶の中のリーベイと変わっていなかった。
荘厳な冒険者ギルドの斜向かい。そこに、道具屋は健在した。
「魔力回復薬? 残念だが、ついさっき完売しちまったよ」
「……そうか」
「ただでさえ魔物の活性化で品薄なのに、王都から在庫が届かなくてね」
道中遭遇したロンデルウルフの群れを思い出す。惜しむらくは道具を運送する馬車も被害に遭ったんだろう。
翼竜の影響を舐めていたかもしれない。
リーベイでこの有様なら、この先物資の補給はできないと思っておいた方がいい。
「普通の回復薬ならまだあと少しあるけど、買っていくかい?」
「いや、大丈夫だ。邪魔したな」
何も買わず、道具屋を後にした。
魔力回復薬が買えないとなると、箒の継続搭乗は厳しいものになりそうだ。迂回ルートでも半年ほどで西方諸国にたどり着けそうな画期的な乗り物だったが、儚い夢だった。
「残念だったね」
「仕方ないさ。魔力回復薬は需要が高いものだしな」
魔法使いの生命線とも言える魔力回復薬は、その少ない供給量から高価になりがちだが、売り切れていることも珍しくはない。魔物の活性化している状況ならば、売り切れているのも当然といえる。
「他の店をあたる?」
「どこも同じような状況だろう。潔く諦めて、今日はもうゆっくり休もう」
魔力回復薬が買えるのであれば、さっさとリーベイを経って旅を継続していたが、箒が使えないとなると、しばらくまた徒歩の旅になる。
ならば、今のうちに体を休めておくべきだ。
焦る必要はない、元の予定に戻っただけのこと。
「そうだね。レイトに迷惑はかけられないし」
今まで以上に魔物のランクは上がるし、道のりは長くなる。イリヤは皆まで言わずとも、状況を理解しているようだった。
まだ日が高く登っているが、午後は休息に当てた。
周辺の村々からの避難民が多いらしく、安宿はほぼ埋まっていたので、かろうじて一部屋だけ空いていた少し高い宿に一泊することになった。
「良かったのか? 一緒の部屋で」
「うん。私は全然構わないけど?」
「なら良い」
値段が高いだけあって、一部屋とはいえ二人泊まるには十分な広さがあった。ベッドも二つあったし、シャワートイレ付きという豪華さ。同部屋もイリヤはあまり気にしていないようだった。
まあ、膝枕してもらっておいて今更か。これは、気にした方が負けというやつだ。
「久々のベッドだ〜」
水浴びを終え、別のローブに着替えたイリヤがベットにダイブする。三角帽はしておらず、艶のある黒髪が露出していた。
「俺も水浴びしてくる」
旅の間も毎日欠かさず水浴びはしていたが、やはり旅の中の水浴びとシャワーでは訳が違う。風呂がないことに少し落胆しつつ、隅々まで体を洗った。
シャワーを浴び終えて、爽快な気分で部屋に戻る。
「イリヤ、夕食は……」
と、言ってから気づく。
イリヤはすやすやと寝息を立てていた。慣れない旅で疲労が溜まっていたのだろう。
「目を覚ましてからにするか」
あどけない顔を晒しながら寝る彼女を誰が起こすことができるというのだろう。
俺はなるべく音を立てないよう、荷物の整理を始めた。




