第十二話 後の祭り
10年以上も前の記憶だからか、思い出したくない記憶だからか、断片的なものしか残っていなかった。あの後どうなったのかは、俺にもわからない。
命からがらゼファイルまで亡命し、行き倒れていたところを女将に救ってもらったのは記憶にあるが、それ以前は何も覚えていなかった。
まあ兎にも角にも、俺の力不足でパーティを壊滅させたという過去はイリヤに伝わった筈だ。
「……結局セレンはどうなったの?」
恐る恐るという風に、イリヤは聞いてくる。
語る上でセレンは死んでいないように語ったのだから当然の疑問だ。しかし、俺も研鑽を積む傍らで探し回ったが、未だ手がかりの一つすら見つかっていない。
「……見つからなかった。確かにあの時セレンの声を聞いたが、もしかしたら幻聴だったのかもしれない」
それほどまでに極限の状態だった。
それに、想像したくはないが、バーデルデとキーラが惨殺されたあの状況で生き残っている確率なんて無いに等しかった。
「魔王によって滅ぼされたロロキア王国の残兵は、死亡と表明していたしな」
国際的な立場としての死亡報告だから、信憑性は低い。
もっとも、ロロキアのあった東部は肥沃な土地では無いし、領地は跡形もなく消し飛んだので国際戦争が起きるほど旧ロロキア王国に価値はない。とはいえ、そこそこ大きかった王国の王族だという理由で命を狙われる危険がゼロとは言えない。ならば、死んだということにした方が王国復活を目指すうえで枷にならないという判断だろう。そもそも、ロロキア復活を掲げる人物かいるかは定かではないが。
「でも、まだ生きている可能性もあるんでしょ?」
「死体が確認できていない以上、可能性はゼロではない」
ただ、望みとしてはかなり薄い。
仮にどこかに亡命していたのだとしたら、ロロキア王国の第二王女セレニティアとしてまだ生きているのだとしたら、どこかに潜伏している可能性はある。でもそれは、非現実的な希望的観測だ。
「まあ、あれから11年経ってなんの音沙汰もないから生きていると考える方が難しいけどな」
「そう……」
それっきり、イリヤは黙りこくってしまった。
雨が静寂を埋めるみたいに、降りしきっている。
「まあ、セレンの生死はともかく。俺は人を守れるだけの力がない。歴代最強なんて謳われもしたが、自分の身を守るだけで精一杯なんだ。弱い、人間なんだ」
これ以上、目の前で人に死んで欲しくないから。
そんな身勝手な理由でソロをやってきた。
俺の目の届かないところで犠牲者が出ようが、ずっと目を瞑ってきた。そうやって保身で生きてきたんだ。
「今回の件でイリヤもわかっただろう? 俺は、勇者なんて名乗る資格なんてないんだ……」
イリヤはまだ、何も言わない。
俺の話を聞いて、幻滅したのだろうか。するだろうな。
過去に囚われている女々しいやつだということが露呈してしまった。そのくせ、B級程度の魔物から守ることもできない実力の無さ。救いようがない。
「なんか、安心した」
矮小な俺を包み込むような笑顔でイリヤは言う。
言っている意味は、よくわからなかった。
「……安心?」
「そう、安心。レイトがただの優しい人だってことがよくわかったから」
「でも、俺は……」
「レイトは優しくて、強い人だよ!」
珍しく、イリヤの語気が強くなる。
勢いに気圧されて、何も言えなかった。
「詳しいことはわからないけど。仲間を失おうが、片腕を失おうが、ひたむきに努力して、強くなって、時間はかかったけど魔王を倒した。あの時から……ううん、この世界に召喚された時から、ずっと誰かのために頑張ってきたんでしょ?」
頑張ったなんて、誰かに言われたことなんてなかった。
勇者なんだから、魔王を倒して当たり前。
そんな風潮が、この世界には確かにあった。
いろんなものが込み上げてきて、言葉を紡げない。
「だから、そんな顔しないで?」
俺は今、どんな顔をしているんだろう。
嬉しそうだろうか、悲しそうだろうか。
わからないけれど、雫が頬を伝う感触があった。
屋根の下で、雨には当たらないはずなのに。
「俺は……」
頑張って来れたんだろうか。
勇者パーティは壊滅して、ロロキアは滅んで。
冒険者になって、周りに迷惑かけて、強さだけを追い求めて。魔物を倒して、魔族を屠って、ついには魔王を殺した。
それが、勇者の使命だったから。
死んでいったバーデルデとキーラに報いる唯一の方法だったから。
やらなきゃいけないことだった。
それを、頑張ったって言っていいんだろうか?
「……頑張ったんだよな?」
「うん、レイトは頑張ったよ。だから、今くらい甘えていいんだよ?」
イリヤはポンポンと太腿を叩いた。
誘われるがままに、その柔らかい太腿へと頭を乗っける。
そして、存分に泣いた。
イリヤに頭を撫でられながら、涙が枯れるまで泣いた。
*
ひとしきり泣いたからか、いつの間にか眠っていたようだった。目を覚ました頃には、すっかり雨が上がっていた。名残惜しく感じつつも、体を起こす。
「よく眠れた?」
「ああ。おかげさまで」
前の時みたいにイリヤの死の淵を見ることはなかった。理由はよくわからないが、見なくて済んで良かった。今あの光景を見たら、情緒がイカれてしまいそうだ。ああ、思い出したくもない。
「そういえば、レジールは?」
嫌な記憶を振り払おうと、話題を変える。
あたりはまだ明るいが、時間はそこそこ経っているようだし、そろそろ目を覚ましていそうなものだ。
「レイトがちょうど寝たくらいで目を覚ましたよ。状況説明したら、この辺にある村に行くって。私たちはここで待ってて欲しいって言われた」
「なるほど」
馬が居なくなり、馬車が壊れてはこれ以上輸送できない。臨時でその村から借りてくるのだろうか。
どれほど近くに村があるのかわからないが、俺たちを置いていくということはそんなに遠くないのだろう。それか、状況的にそっとしておいてくれたのかもしれないが。
何にせよ、二人きりなら話すべきことも話せるし、ちょうどいいか。
「なあ、イリヤ」
「なに? レイト」
雨も上がって、空が晴れた。
ならば、先のことを話すことができる。
「やはり、俺に護衛は務まらない」
「それは……」
B級の魔物に遅れをとる奴が護衛は無理だ。この先翼竜の巣食うガルダ山脈に向かうわけで、万が一翼竜に遭遇でもしたら、と考えるととてもじゃないが力不足だ。
「じゃあ、もう旅には着いてきてくれないの?」
イリヤは不安そうに俺の顔を伺う。
「そうは言ってない。さっきも言ったが、俺は最後まで見届けるつもりだ」
乗り掛かった船だからというのもある。
だが、それ以上に魔王が永劫に復活しない未来にしたい。二度と、ロロキアで起こった悲劇を繰り返さないために。
「だから、俺とパーティを組んでくれないか?」
これからは独りで戦うんじゃない。イリヤと共に戦うのだ。
情けなかろう、カッコ悪かろう。
だが、今の俺には間違いなくイリヤの力が必要だ。だとしたら、恥も外聞も捨てて、目的のために最善の択を。
「……なんだ、紛らわしい言い方しないでよ。もう」
「すまん」
「そういうことなら答えは決まってる」
イリヤは右手を差し出す。
親交の証。そしてそれはイリヤにとって特別な意味を持つ。
「喜んで」
俺はその手を硬く握り返した。
イリヤの言うように、未来は変わらないものなのかもしれない。それでも、変わらないのだとしても、これから俺たちは足掻くんだ。足掻いて、足掻いて、未来が変わるまで、足掻き続ける。そのための、握手だ。
これは俺たちが、俺たちの未来を変えるための旅だ。
*
陽が傾いて、平原が橙に染まった頃。
レジールは一人の村民を引き連れて戻ってきた。同じ猫人族の青年、同業者だろうか。
「誠に申し訳ございません。馬車を用意出来ませんでした」
二人して頭を下げるので、慌てて訳を聞いたところ、どうやら馬車はあるものの肝心の馬が居ないらしい。
「まあ、偶にはそういうこともあるだろう」
「いえ……まあ、居ないのはそうなんですが……」
歯切れの悪いレジール。
訳ありのようだ。
「何かあったのか?」
「……実は先日、私の駐留する村がロンデルウルフに襲われまして。管理していた馬が全滅しました」
レジールの代わりに、もう一人の猫人族が答える。
「ロンデルウルフか……群れだったか?」
「はい。30頭ほどはいました」
「なに? それは確かか?」
「確かです」
30頭規模のロンデルウルフの群れなど聞いたことがない。運悪く、2つの群れが合体したと考えるのが自然か。
しかも、ロンデルウルフの行動範囲はもっと西か、あるいはもっと北。異変が起こっているとするなら、問題はおそらく西だろうな。ガードルドの言っていた、翼竜の増加が魔物の生態系に大きな変化をもたらしている可能性が高い。
「ガルダ山脈の翼竜が数を増やしているという情報を耳に挟んだ。もしかすると、その影響かもしれない」
「そうですか。おかしいとは思ったんです……」
「しかし、その規模の群れなると被害は深刻だろう?」
「いえ。幸運なことに、居合わせた旅の方が追い払ってくださったので、死傷者は少なく済みました」
B級パーティでも居合わせたのだろうか。
いくら多頭数の群れとはいえロンデルウルフの習慣を知っていれば、追い払うことは出来そうだ。死傷者が出てしまったのは、致しかたない。
「そういう訳でして。ただいま、馬車がご用意できません。襲撃のあった日に王都まで伝令を派遣したので、そうですね。ひと月お時間をいただければ、それまでにはなんとか……」
ひと月か。
あと数日で着く予定だったところから考えると大幅なロスである。しかも、このひと月というのが妙なところで、おそらく歩いてリーベイに向かえばちょうどひと月くらいで辿り着けるはずだ。
「どうする? イリヤ」
徒歩の案も含め、イリヤに判断を委ねる。
「待つくらいなら歩いた方がいいかな。レイトは馬車辛そうだし」
イリヤの好意に甘えていたが、膝枕も回復も長時間に渡れば、それだけ消耗することになる。イリヤのためにも、そして時短のためにも、馬車の到着を待たずして出発するべきか。
「イリヤにばかり負担をかけられないし、歩いて行くことにしよう。そんな訳で、ええと」
「ロジールです」
「ロジール。提案はありがたいが、俺たちはこの足で行くよ」
レジールにロジール。
同族であることは一目瞭然だが、ひょっとすると兄弟なのだろうか。
「では、これはお返ししときますね」
横で話を聞いていたレジールが硬貨袋を差し出してくる。乗る時に払った、座席量八人分の料金が詰まった袋だった。
「いいさ。取っておけよ」
「でも、命の恩人からお金をとるわけには……」
「損害も出たことだし、金は必要だろう」
「それは、その通りですが……」
まあ、命の恩人はイリヤな訳なんだが。
当の本人をちらりと見ると、「レイトのお金なんだから好きにしたら」と顔に書いてあったので、そうさせてもらうことにした。
「俺に恩を感じているのなら、王都に帰った時にリズエットの酒場で金を落としてくれればいい」
「リズエットの酒場、ですか?」
「ああ。ただし、俺の名前は出さないこと」
「……わかり、ました」
レジールは困惑した様子だったが、とりあえず了承してくれた。
とりあえず、こんなところでいいだろう。良い感じに話が纏まった。今はもう陽が傾きかけているし明日の朝、イリヤと共に出発しよう。
「今日はもう遅いですし、村で泊まって行きませんか?」
「そうだな。村は大変だろうが、一晩だけ世話になろう」
ロジールのナイスタイミングな提案に乗っかり、近隣の村に寄ることにした。
村は魔物の襲撃にあった生々しい被害が残っていて、住民は疲弊していた。死人が出て、農作物が荒らされ、平静でいる方が難しい。
とはいえ、俺に出来ることもないしそっとして置こうと思っていた矢先。
「恨みは食べて晴らせ!」
イリヤが号令と共に氷漬けになったロンデルウルフを取り出し、村人達は狂喜乱舞した。夜も耽り始めていたが、その場の勢いで宴が始まった。
(意外だな……)
イリヤはもっとしんみりとするタイプだと思っていた。長く生きているだけあって、こういう時の対応は慣れているのかもしれない。
村を襲った魔物を食べる。それ以上の復讐などないと言わんばかりに村人達は沸きに沸いた。イリヤは胴上げされて、しばらく輪の中心にいた。酒を浴び、狼肉を喰らい、時間も忘れて騒いでいた。そうして、俺とレジールの正気を保っている組が傍で見守る中、宴は一晩中続いた。
翌日、盛大に寝坊したイリヤを咎めることなど出来るはずもなく。頑なに回復魔法をかけないイリヤを介抱しながら、リーベイに向かうべく村を発った。村人の手厚い見送りを、その小さい背に受けながら。
余談だが、レジールとロジールは五人兄弟の次男と五男だった。他の兄弟の名前については、割愛しよう。




