第十一話 記憶の断片
『あたしはセレニティア・ロロキア。キミは特別にセレンって呼んでいいよ!』
絢爛豪華な客間で僕を取り囲む三人衆。
俺の向かいに座っていたのは、豪奢な身なりをした金髪碧眼の少女。
『なりません、お嬢様。いくら勇者と言えど第二王女であるお嬢様を愛称で呼ばれるなど……』
『良いじゃねぇか、キーラ。これからオレたちはパーティとしてやってくんだ。ちょっと砕けたくらいがちょうどいいぜ』
『しかし……』
向かって右側に、少女の付き人と思しき給仕服姿の女。
向かって左側に、寸胴のようなガタイの戦士。
『もう、キーラったら。バーデルデさんの言う通りですっ!』
『お嬢様がそう仰るなら……して、私はお嬢様の侍女。キーラだ』
『オレは、炭鉱族の戦士。バーデルデ』
『キミの名前は?』
三人の視線が一気に俺の方を向く。
何も言えないでいると、給仕服の女が訝しげな表情をした。
『おい、聞いているのか?』
苛立った給仕服の女が声を荒げる。
『待って、キーラ。もしかしたら、共通語がわかってないんじゃない?』
『どうなんだ、バーデルデ』
『さぁな。異世界からの召喚だから、可能性としてはあり得るんじゃねぇか?』
俺の方を見ながらひそひそと話し合う三人。
最初から何を言っているのか、さっぱりわからなかった。
『本当に大丈夫なのだろうな……』
『大丈夫よ、キーラ! 彼は魔王を倒す勇者なんだから!』
かくして、俺たちの初対面は微妙な空気で終わった。
*
「レイト! そっちに一体抜けた!」
「了解!」
バーデルデが討ち漏らしたホーンラピッドが捨て身で突っ込んできた。右手にショートソードを構える。
「煌めく炎の精霊よ、今此処に集いて其の身を焦がさん! 【炎纏】」
ショートソードに左手を伝って炎魔法を付与。
ホーンラピッドの突進をひらりと躱し、横っ腹に炎を纏った剣を突き刺した。
「迸る雷の精霊よ——」
後衛に控えていたキーラが広範囲魔法の詠唱を開始した。照射のタイミングは俺が、仕切る。
「バーデルデ!」
合図に合わせ、バーデルデはギリギリまでホーンラピッドを引き付け、横に飛び退いた。
「──今此処に其の身を引き裂く矢となりて顕れん! 【迅雷矢】」
雷の如く飛んでいく矢がホーンラピッドのいる場所へと降り注いだ。バーデルデが引き付けていた三体のホーンラピッドはあえなく絶命した。流石の精度だ。
「レイト! 大丈夫? 怪我してない?」
キーラの影に隠れていたセレンが飛び出してきた。
「俺は大丈夫だ。それよりバーデルデを回復してやってくれ」
「わかった!」
セレンはバーデルデの方へと小走りで向かった。
盾のバーデルデ、矛のキーラ、遊撃の俺に、回復のセレン。バーデルデとキーラが頭一つ抜けて強いおかげもあるが、まとまりのあるパーティに仕上がってきた。
「炎魔法、モノになっているな」
遅れて寄ってきたキーラがねぎらいの声をかけてくれた。
「キーラが教えてくれたおかげだ」
「ふん、其方の吸収力が高いだけだ」
俺がこの世界に勇者として召喚されてから既に半年の月日が経過していた。
その間、キーラに魔法を教わり、バーデルデに体術と剣術を教わり、セレンに言葉と常識を教わった。半年で中位の魔法を習得し、剣術は一人前だと認められた。話すのも、ほとんど支障がない。逃げ場のない状況と、親身になってくれる教師のおかげで半年という短い間でなんとか形になっている状況だ。
「今日はこの辺で終わりだな」
回復を終えたセレンとバーデルデも集まってくる。
そこそこ魔物を狩ったからか、皆の顔に少し疲労の色が見え始めていた。
「もう少し狩らないか? 他の魔法を試したい」
「いいや、ダメだ」
「理由を教えてくれ、バーデルデ」
「魔王の復活まであと一年以上ある。だからな、レイト。そう焦る必要はないぜ」
歴戦の戦士であるバーデルデが言うなら、素直に従うべきか。
「……わかった」
その日の狩りは、そこで終了した。
*
「魔王ってなんで復活するんだろうな?」
セレンと語学のレッスンを終え、雑談のひと時。
俺は前々から疑問に思っていたことを、セレンにぶつけてみた。
「一定の魔力を蓄積すると復活する、みたいな話は聞いたことがあるけど、本当かどうかは……」
というのが、セレンの答えだった。
以前、人間と魔族は長年に渡って争っているのだと聞いた。数十年から数百年に一度、魔王が復活するので、それに合わせて人間は勇者を召喚する。そうやって、人間と魔族はずるずると長い間争いをしているらしい。
「今回の勇者が俺になったのは、ひとまず良いとして。魔王の復活を阻止できるならしたいところだ」
「レイトならできるよ!」
「俺だけじゃなく、セレンにも関わる話だけどな」
「あははー、そっか。あたしも勇者パーティの一員だからね!」
「そうだ。俺たちは四人でパーティなんだ」
最近は、以前よりもバーデルデやキーラとの力の差が縮まってきたし、連携も上手くいくようになってきた。
魔王が復活するまで時間はまだあるが、パーティの完成形に近づきつつある。
「それじゃあ、俺はキーラのところに行ってくる」
「あれ? この後はバーデルデさんと訓練じゃなかった?」
「その予定だったんだが、早く上位魔法を教わりたくて変更してもらった」
バーデルデ曰く、剣術はもう一人前の域なので研鑽を怠らなければ訓練はしなくとも良いということだった。
俺としては近距離、遠距離どちらにも対応できる魔法を極めておきたかったので、今日はキーラに教わることにしたのだ。
掻い摘んでセレンに説明すると、彼女は驚いたと言わんばかりの顔をする。
「あのバーデルデさんが……やっぱりレイトはすごいね!」
「ありがとう」
バーデルデはあくまでパーティメンバーとして話してくるのでピンと来ていなかったが、ロロキアの英雄と呼ばれるほどすごい人物らしい。セレンがさん付けするし、敬語で話すしで違和感はあったが、国の窮地を救った英雄ならば納得だった。
「じゃあ、行ってくるよ」
「うん、またあとで!」
俺はセレンの自室を後にして、キーラの元へと向かった。
*
事件は突如として起きた。
俺がこの世界に召喚されてから、およそ一年の月日が経過した頃。俺たちは魔物の動きが活性化しているとの報告を受け、ララキア王国の外へと出ていた。
「おっかしいな。魔物どころか何もいねぇじゃねえか」
普段から狩場としていた平原には、魔物のみならず生き物の姿がまるでなかった。
「偶然って訳でもなさそうだな……」
「しかし、情報は近衛兵によるもの。わざわざそんな嘘を吹聴するとは考えられん」
「一度、街に帰った方が……」
セレンが不安そうに街のある方角を見た、その時。
目に飛び込んできたのは、街を覆い尽くす一筋の光柱だった。それはまるで、視界の中でそこだけが白飛びしたかのような。
「なに、あれ……」
セレンが呆然と柱の方を見つめている。
セレンだけじゃない、バーデルデも、キーラもだ。
「……魔王だ」
そう呟いたのは、バーデルデだった。
「何、魔王だと? 復活するのは半年以上先という話ではなかったか?」
「ああ。オレもそう聞いてた」
この世界には予言者がいて、魔王の復活する時期を特定
することができるとセレンに教わった。
「予言者が読みを外したということか?」
「わからん。魔王が復活したってのもオレの勘だ。ただの、魔力災害って可能性もある」
「だが、これ程までの魔力の揺らぎは今まで感じたことがない。おそらく、バーデルデの勘は間違ってないだろう」
キーラほど魔力の感知に長けていない俺でも、大気を伝うビリビリとした感覚はあった。
「どうする? レイト」
「仮に魔王が復活したのだとしたら、今すぐに街に戻るべきだ。そうでなくとも、様子は見に行きたい」
勇者として、ひとりの住人として、この状況は見過ごせない。危険だというのはもちろん承知だ。
「レイトが行くなら、オレたちは着いていくぜ?」
「同意だ。ただし、お嬢様の……それと其方の命が最優先というのは肝に命じておけ」
「わかった」
非常事態の時のバーデルデとキーラほど頼もしいものはない。
「セレンは大丈夫か?」
「も、もちろん! あたしだってパーティの一員なんだから!」
セレンは回復職としては優秀だが、戦闘能力がさほど高くない。だが、この1年間でセレンが大きな怪我を負ったことはなかった。その事実は、俺とこのパーティに大いなる自信をもたらしていた。
「大丈夫だ。何かあったら、俺が守る」
「レイト……」
命の危険を感じたら、逃げれば良いだけの話だ。
それに、たとえ魔王が復活していたとしても、このパーティなら戦える気がする。
「行こう」
そうして俺たちは急いで街へと戻ることにした。
その判断が間違っていたと気づくのは、すぐ先のことであった。
*
次に意識が覚醒した時、事態は取り返しのつかない状況へと陥っていた。
「バーデルデ……?」
屈強な炭鉱族の戦士は、血の海の中心で突っ伏している。かろうじて原型をとどめているが、あらゆる箇所が破損していた。
「キーラ……?」
後衛だったはずの魔法使いは、俺の目の前で倒れている。
胴にはぽっかりと穴が空いていて、あたりには内臓がぶちまけられていた。
「セレン……?」
頑張り屋の回復職の姿はない。
この場に居ないのなら、安全なところに避難したのかもしれない。そう思い込むことが唯一正気を保っていられる理由となった。
セレンの姿を捉えられない代わりに、バーデルデのいる血溜まりのその先におよそ人間とは程遠い姿を見つけた。
禍々しい魔力をその身に纏った、漆黒の巨躯。
湾曲した二本の角、鋭い紅の瞳。
(逃げなきゃ……!)
目の前にいるのが魔王だとわかる前に、本能が逃げろと叫んでいた。バーデルデとキーラが殺された今、俺ひとりで立ち向ったところで敵うわけがない。
(逃げるんだ……!!)
逃げなきゃいけないのに、足がすくんで動かない。
逃げあぐねているうちに、魔王が俺を捉えた。
蛇のような紅い眼がじっと、こちらを見て何かを呟く。
「……コロス……コロス……コロス」
「……ッ!」
ぶつぶつと呟いていたのは、間違いなく理解できる言葉だった。セレンに習った、この世界の言葉だ。
「【獄炎界】」
死ぬ。
これは、やばい。
「あがッ……!」
瓦礫に全身が打ち付けられ、肺の中の空気が引き摺り出される。
魔法の衝撃波で体がふきとんだ。咄嗟に横っ飛びをしていなければ、間違いなく直撃して死んでいた。
詠唱も予備動作もない、ノーモーションの魔法。威力は上位魔法の比じゃなかった。こんなもの、勝てるわけがない。
「……コロス……コロス」
魔王がこちらへにじり寄ってくる。
俺が抜刀した剣を軽々と握り潰し、魔王の剛腕が俺の首を締め上げた。首を締め上げたまま、軽々と俺の体を宙に浮かせる。
息ができない。
詠唱ができない。
抵抗する術は、もはやなかった。
(ここまでか……)
俺が行こうだなんて言わなければ。
街から離れていれば。
バーデルデは、キーラは、死なずに済んだ。
(全部俺のせいだ……)
意識が遠のいていく。
勇者として何も果たせぬまま、ここで終わるんだ。
この世界に召喚されてから、たった一年。魔王と戦うなんて、早すぎた。運が悪かったんだ。
(でも、もう……終わる)
短い第二の人生だった。
バーデルデとキーラと、それからセレン。良いパーティにも恵まれた。
でも、全部……終わりだ。
「……レイト」
突如として、俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
落ちかけていた意識が復活する。
(セレン……!)
間違いない、セレンの声だ。良かった、生きていたんだ。
周りは見えない。
とにかく、魔王の手から離れなければ。
(だが、どうする……!)
剣は無い。
詠唱は使えない。つまり、魔法は使えない。
……いや、使えはするのか。
魔王はさっき詠唱をせずに魔法を使った。
(一か八か……)
左手を構える。
詠唱の時の魔力の流れを思い出す。
全身から、一点へ。
生半可な火力じゃ、魔王にダメージを負わせることはできない。
(ならば、最高火力で……!)
俺が扱える最大級の魔法。
つい先日キーラに教わった、上位の炎魔法だ。
詠唱の時の感覚を詠唱無しで再現する。手の先に魔力がじわじわと集まっていく。途切れ途切れに、しかし確実に。
集まっていく感覚はあるが、上位魔法を撃つには全然足りない。次第に魔力の流れが滞り始めた。
(まだだ……!)
力任せに魔力を押し流す。強引に、怒りに身を任せて。
バーデルデとキーラの仇を討つために。
この際、左手がどうなってもいい。だから、一矢報いるのだ。
(いけるッ……!)
体が悲鳴を上げている。
構うものか。
何もせず死ぬくらいなら、足掻いてから死ぬ。
だから、限界まで魔力を!
(【爆炎】ッ!)
これで、魔王も無傷ではいられまい。
俺は逃げられそうにもないが、セレンが逃げ切れるのなら、撃った甲斐がある。
落ちていく意識の中、最後にセレンの姿が見えた。
そんな気がした。




