チュートリアルって大事よね 1
「へえ、ここがチュートリアルダンジョン」
なんとか買い取りの納品が終わり、発行されたばかりの探索者証を持って私は那智さんと一緒にチュートリアルダンジョンにやって来た。
那智さんは、ダンジョン協会支部の新人教育をしているそうで、今日はこれから私の新人研修をしてくれるのだ。
買い取りの査定結果は明日教えてもらえることになった、あまりに量が膨大だったからすぐに出なくても申し訳ないと馬場班長さんに謝られてしまったけれど、謝るのは私の方な気がする。
私が那智さんと倉庫から事務所に戻ったら、買い取り対象品の数量は暫定で受付にも知らせが来ていて受付担当の花田さんの顔が引きつっていた。
私最初からコンテナ百個は必要だって言ってたのに、全然信じてもらえてなかったらしい。
これでは二個だけ買い取りと言った私の言葉を那智さんが受け入れていたら、私のこと陰でビッグマウス呼ばわりされていたかもしれない。
これから長いお付き合いになるんだから、最初の印象って大事よね。
大量に最初に納品している印象がついたら、後々どれだけ売っても皆の感覚も麻痺するでしょう。
「うん、ここがダンジョンだ。それにしても本当にその恰好でダンジョン探索するのか?」
今は私と那智さんしかいないからなのか、馬場班長さんがいた時よりは那智さんの口調が砕けている。
私はあまり切り替えが上手くないので、那智さん凄いなと感心してしまうけれど、どうも那智さんって支部内で怖い人認定されてるっぽいんだよね。
「これが私の防具なんだから、仕方ないじゃない」
「いや、確かに鑑定でそう出てたし、なんなら凄い防具になってるみたいだけど」
さっき事務所に戻ってから、鑑定を受け称号とかレベルを確認された。
レベルがすでに結構上がってるせいで、ちょっととした騒ぎになったけれど、そこで特定の防具と武器が私のレベルにより性能が上がる。というのが初ボス討伐祝いとして鑑定に出ていたらしくどんな武器だ防具だとなり、そうなると見せないわけにいかず、更衣室を借りて着替えたせいで皆が仕事にならなくなった。
仕事にならなくなった理由は何かって? 笑いをこらえるために、ですがなにか?
鑑定してくれた人は詳細は伏せてくれたけれど、私全部着ないと駄目かなって律儀に顔の日焼けカバーとか麦わら帽子もかぶったからね。
多分、鑑定してくれた人が「草刈り鎌? 麦わら帽子? あれ、何か変なの見えた?」とブツブツ言っていたから、私の自己鑑定と同じくその辺見えてるんだと思う。
ちなみに自己鑑定で見えるのはこれだから、そりゃ変なの見えたって思うよね。
使用武器:魔道草刈り機
保持武器:草刈り鎌、片手斧
使用防具:厚手のシャツ、デニム、長靴、軍手、腕カバー、厚手の靴下、下着、日焼けカバー、麦わら帽子
それで防具になってるの全部身に着けて、武器も装備というか草刈り機を持って更衣室から出たらそりゃ皆そういう反応になるのも分かる。
まあ、私もかなり衝撃受けたから、第三者ならそうなるって知ってるけど、実際に笑われると悲しみがね、ほら私花も恥じらう二十五歳だし。
探索者証用に証明写真撮るだろうと、気合い入れてお化粧してきたのに、写真撮らなかったし。
血だけでいいなんてさ、それで写真が写せる謎仕様なんて知らなかったのよ。
ちなみに探索者としては登録したばかりだから十級なんだけど、これは依頼達成貢献度や狩った魔物の討伐記録で上がっていくらしい。
実は昨日まで狩った分の魔物は記録に入らないらしい、なぜならこの探索者証を持っている時でないと魔物の討伐が記録されないのだとか。
この謎仕様はなんなのか分からないけれど、探索者証はドッグタグの形で鎖に通して服の中に通常は入れてダンジョンを探索しないと魔物討伐の記録はされないので鞄の中とかアイテムボックスの中にいれていてはいけないそうだ。
ドッグタグに名前が刻印されているだけだけど、ダンジョン協会の機械に翳すと私の顔写真と共に探索者の階級が出るらしい。
ちなみに見た目は名前だけだけど、これ魔法の道具らしくて私の探索者情報の他銀行口座に紐づけてあるので、支払い入金もこれで出来る。
つまり私が売ったジャガイモと小麦粉の税金を引かれた分が明日には、探索者証に紐づけた銀行口座に振り込まれるんだそうだ。
あれだけの数を売ったら、那智さんが言った通り年収なんてすぐに超えちゃうかもしれない。
散財癖が付かないように、会社の給料から財形貯蓄の額増やそう。
探索者はやるけど、余程のことがなければ会社休むことまでして探索者業するつもりないし、お盆休み終わったらダンジョンに入る時間も短くなるだろうし、毎回大量の買い取りなんてならないだろうし。
うん、貯金大事。
今はトラクターとかコンバインとか共同利用するようになって、個人個人で農業機械を買うことはしなくなったけれど農業を続けるには資金が必要なのよね。
体力もだけど、資金がないと続けていけない。それが今の農業。
持っている田んぼ全部でお米作ってるわけでもないし、大雨でちゃんと収穫できないなんてこともあるからね。
まあ、私のアイテムボックスは時間停止で収納量無制限だから、沢山出来た作物を旬の時期に収穫してアイテムボックスに溜めておいて時期をずらして市場に下ろすとかも出来るかもだ。
それなら出来すぎた奴を売り切れず廃棄してしまうってことが無くなるし、いいことしかないかも。
「山崎さん、中に入らないのか?」
「あ、入ります入ります。うちのダンジョンさんと見た目が違うからね、つい見ちゃったわ」
「ああ、ダンジョン協会で管理が始まると、ゲートを作るんだ。山崎さんのところは家の敷地内にできたんだったよな、それならここと見た目は違うだろうな」
うちは納屋の壁に木製のドアが出来ただけだけど、チュートリアルダンジョンは神社の境内の中にある大きな石碑をコの字型に鉄格子で囲み、コの空いている部分に遊園地の入場ゲートみたいなものがある。
「違うというか、これどこから入るの?」
「まず、探索者証をここに当てる。このゲートと鉄格子全部が魔法の道具だから、上が開いてるように見えてもあそこからは入れないし、ゲートも乗り越えられない。探索者証を当てた時間がダンジョン協会に記録される入場開始時間になる」
「へええ、凄い」
ということは、一年後うちのダンジョンさんのドアの前にもこのゲートが置かれるのかな。
うちの納屋って結構古いんだけど、リフォームとかできるものなのだろうか。不特定多数の人が出入りするようになるなら防犯を考えてちょっとその辺り考えないといけないと思うんだけど、その辺りはまあ一年後に考えればいいのかな。
「これを当てる……え、鎖伸びたんですけど」
首にかけたままだと届かないだろうと、しゃがんで探索者証を機械に当てようとしたらぐーんと鎖が伸びたから驚いて手が止まる。
これ、どの位伸びるの? 鎖に見えるけど違うのかしら。
「これも魔法の道具、つまり魔道具ってやつだからな。再発行は結構高いから気をつけろよ」
「確かに高そう。ちなみに濡れても平気?」
「それは大丈夫、濡らそうが洗濯しようが間違えて火にくべようが壊れないし、傷もつかない」
なんて凄いものを、でもダンジョンの中で常時身に着けるものだから丈夫じゃないと駄目なのかもしれないな。
「鎖が伸びるのびっくりだけど、服の中に入れておかないと何かに引っかかったら怖いね」
「そうそう、結構そこ重要だから、それから探索者証を当てた後ゲート開いて一分で閉じるから。ここが開いたら素早く中に入って。ここのダンジョンの場合はその石碑に手を当てると中に入れる」
石碑に手を当てると中に入れる? そんな入り方するのびっくりなんですけど。
「ゲートを通って石碑に手を当てないとどうなるの?」
「ここでずっと立ってるだけだな。ゲートは閉まるからダンジョンに入らず出るなら、ここにまた探索者証を当てる。それで退場記録が登録される」
そういう管理がされているのか、よし理解した。
「じゃあ、まず俺がゲートに入る。ゲートが開いていても探索者証を当てていない人間は通れない。でもそのまま続けて探索者証を当てればゲートが開いている時間が二分間になる」
「凄いシステムなのね」
那智さんが探索者証を機械に当てた後、続けて探索者証を当ててゲートを通る。
「ここのダンジョンの場合、は石碑に手で触れないと中に入れない。まず俺が通るから、同じように手を当ててそのまま中に入って来て欲しい」
「分かったわ」
うちのダンジョンさんはドアだから何も考えず入っちゃったけど、というかダンジョンだとも思わなかったけど、石碑の中に入るなんて自分の人生に起きると想像もしなかったな。
「じゃあ行くぞ」
「はい」
那智さんが躊躇うことなく石碑に手を置いて、そのまま中に入っていく。
うわあ、見た目石碑に体が埋まっていく人なんだけど、これ本当に出られるのか心配になる。
でも、石碑の中に入れるってことがダンジョンがここにあるってことなんだから、大丈夫だよね。
「手を置く。おお、手が入っていく」
そのまま普通に歩いている感覚、目の前にあるのは紛れもなく石碑なのに何も私を遮るものはない、でもなんか空気が変わる感覚に心拍数が上がりながら歩いてく。
「ちゃんと入ってきたな」
「うん、入れたね。不思議、ここがダンジョンの中かあ」
うちのダンジョンと全然違い過ぎて、ついきょろきょろと周囲を見渡してしまう。
「山崎さん、ダンジョン初入場、ボス初討伐の称号持っているのにそんな驚くものかな」
「だって、うちのダンジョンさんの一層目草原だもの。あ、昨日は麦畑だったけど」
今日はどうなのか分からないけれど、昨日も一昨日もダンジョンだとは思わない景色だ。
チュートリアルダンジョンの場合は違う、ファンタジーゲームの神殿の入り口っぽい雰囲気がある。
床は大きくて平たい石が敷き詰められて、石と石の間の溝には雑草が生えている。ところどころひびが入っていたり欠けていたりするのは元からなんだろうか、それとも経年劣化なのだろうか。
所々は石の柱が立っていて、そういうところもファンタジーゲームに出てくる神殿っぽい。ちなみにかなり広いのか壁は見えないし天井は薄暗くて見えない。
「灯りはないのに、真っ暗じゃないんだね」
アイテムボックスから電動草刈り機を出しながら、魔物ってどこから出てくるのときょろきょろする。
「そうだな、このダンジョンの場合はずっとこんな感じだな。ところどころ壁に蝋燭っぽい灯りはある」
「なるほど」
「ちなみに、ここからあの柱までは魔物は出ない。一層目で疲れて休みたい、でも外に出ない時はここで休むといい。まあ研修終わったら来ないかもしれないけどな」
私の活動場所は、うちのダンジョンさんだからね。
那智さんに曖昧に笑いながら、私はダンジョンの中を進み始めたのだった。




