不本意だけど怒られてる? 2
「食品衛生責任者の資格って取るの難しいのかな」
考えることが多くなると糖分が欲しくなるから、勢い余って作った焼き菓子セットをアイテムボックスから取り出してテーブルの上に広げる。
「那智さんも遠慮しないで食べて」
「……まだ腹いっぱいなんだ。美味そうなものを出さないでくれ」
「まあ、お腹いっぱいなら持って帰る? 那智さんって一人暮らし? お母さんと一緒?」
確か那智さんは一人っ子だったような記憶があるけど、その辺り詳しくない。
「ああ、母は再婚してそっちの家族と暮らしていて、俺はダンジョン支部の寮に入ってる」
「へえ、寮なんてあるんだ。支部の人って皆覚醒してるのかな」
「覚醒してるのは、俺と馬場班長だけだな。本当はダンジョン協会の支部は覚醒者が十人程度はいないといけないんだが、チュートリアルダンジョンは脅威度が低いから二人でなんとか回している」
「回してる?」
協会の仕事に覚醒者じゃないと駄目っていうのがあるのかな、その辺り私が聞いてもいい話なのかな。
「世界中で探索者が足りてなくて、でも探索者は自由に自分が入るダンジョンを選べるから人気のあるダンジョンに探索者が集まってしまう傾向がある。でも人気が無いからと言ってダンジョンを放置できないから、ダンジョン協会で働いている覚醒者は、自分が勤めている支部が管理しているダンジョンに定期的に入らないといけない。だから俺と馬場班長が交代でチュートリアルダンジョンに入っている」
「本当に全世界で探索者って足りてないんだね」
そりゃ、なーちゃんもダンジョンブレイクさせた方が早いって思うわけだ。
「ダンジョン協会にいる人って、覚醒できるならしたいって人が殆ど?」
「そうだな」
「協会支部に食堂ってある?」
「……何を考えてる?」
「うーん、ここに書いておいたけど、まずダンジョン協会がしないといけないのは、ゲートの魔法の道具を改良して、魔素がちょっとずつ外に出る仕組みを作っていく。これが重要だと思うの。ダンジョンから魔素を放出するのも地球のエネルギーを使うってことになるみたいだから、それが外に出ないままダンジョンに留まっちゃうのは問題でしょ」
魔素を体内に取り入れないといけないとしても、魔物の肉とかダンジョンの食材だけでそれをするのって難しいと思う。そもそもダンジョンの食材って市場には出回ってないし高価だ。
だったら空気中の魔素を吸い込むのが一番良いよねってなると思う。なにせ呼吸するのはお金がかからない。
どんな人にも魔素を体内に取り入れられる方法だけど、それには空気中に魔素が含まれていないといけないんだよね。
「空気中に魔素が殆どない現状で、呼吸して魔素を体内に取り込もうって無理な話なわけでさ。それなら次は食事になるでしょう?」
「そうだな」
「だからまず試験的にチュートリアルダンジョン支部の食堂で、毎日私から買い取ったパンとかハムとかを食べて魔素を体内に取り込んだからどうかなって思ったのよ」
問題はパンもハムもダンジョン食材だから高価だってところだけど、そこは覚醒者を増やすための試験だからダンジョン協会で予算を確保してもらうしかない。
がめついわけじゃないけど、慈善事業じゃないから無償提供なんて出来ないし、安く卸すのもなんか違うと思うし。
「後は探索者の学校かな、給食ってあるのかしら」
「あそこは寮だから、三食とも学生全員が同じものを食べている。探索者が育たないと困るから予算もかなり確保されているとは聞いている」
「なるほど、それならまだお米は出てないけど、それが出たらそこの学校に買い取ってもらえるようにダンジョン協会に動いてもらえないかな」
ダンジョン産のお米なんて、例えどれだけ美味しかろうと私は家で食べるつもりはない。
だって、私は家で作ったお米を愛しているし、誇りに思っている。だからお米は全部売るの一択だ。
「普通の炊飯器で炊いたら魔素含有率がかなり下がるんだろ?」
「そうなんだけど、魔素が抜けるのがすべて悪いとは言えないと思うんだよね。食材から抜けた魔素って水とか空気中に含まれるから、結果的に調理している人が魔素を吸い込むことになると思うんだ」
「なるほど、調理……ということは、魔物素材を扱っているだけでも魔素を吸い込むのか?」
急に那須さんは何かひらめいた様子で、テーブルの上のお菓子を一つ摘んで匂いを嗅ぐと食べずにコーヒーのソーサーの上に置いてしまう。
「それはあると思うよ。ダンジョン内の植物を置くだけでも魔素は吸い込めるらしいからね」
「実はその仮説は前からあったんだ。馬場班長は協会に入った時は未覚醒者だったんだが、ダンジョン産のものを置く倉庫に担当になって数年経ってから覚醒したんだ」
「へえ、そういう感じで覚醒したんだ」
馬場班長が覚醒してからどのくらいあの倉庫の担当しているか分からないけれど、倉庫担当しているだけで魔素を覚醒に必要なだけ取り込めたってことなのか。
なーちゃんは『ダンジョンに入る。魔石を身に着ける。魔素を含んだ食事を日々摂取する。覚醒者を親に持つ。未覚醒者の近くに常に覚醒者が居る。の順で効率良く魔素の吸い込みが出来る』って言ってたけど、ダンジョン素材を扱う仕事をしているのって覚醒者が近くにいるのと同じ感じになるのかもしれないなあ。
那須さんの場合は覚醒者が親だし、魔物肉もよく食べていたっていうから覚醒が早かったのかもしれないな。
「チュートリアルダンジョンのものしか置いていない倉庫の担当でも覚醒したということは、ここのダンジョンのものなら……」
「あ、誤解あるかもだから言っておくけど、なーちゃんダンジョンは一層目が特殊なだけで、二層目からは他のダンジョンとそんなに変わらないらしいよ」
ぶつぶつ言っている那須さんが誤解しないように説明すると、驚いているからやっぱり誤解していたんだと思う。
私が今日持ち込んだ小麦粉とジャガイモが上のクラスの魔物らしいから、二層目以降もそういう魔物が出るんだろうと思ってたんだろうな。
「そうなのか?」
「らしいよ、私まだ二層目行っていないからどんな魔物が出るか分からないけど」
一層目の魔物を狩るだけで結構疲れちゃうんだもん。
そもそも私覚醒してまだ三日目だからね、そんなにダンジョンに入り浸れないよ。
「そうか、まだ覚醒したばかりだからそんなに攻略進んでないよな」
「そう、レベルは三十だけどね。まだまだ初心者よ」
威張って言うことじゃないけど、私は初心者も初心者だ。
「ああ、そう三十……はぁ? 三十っ!」
「うん、ボスを狩ったからもう少し上がったかな。でも狩りの腕があっての話じゃないのよ。私初入場称号があるから、なーちゃんダンジョンに限りランダムで二から百倍の経験値増大するの」
これはどのダンジョンも共通で初入場称号持ちへの優遇だって話だ。
「ああ、そういえば俺の母親もそんな話してたな。チュートリアルダンジョンの魔物は弱いからあまり旨味が無かったって言ってたが、ここのダンジョンは出る魔物が違うからな」
「そうそう。初入場称号って結構優遇されるのよ。私なーちゃんダンジョンに限りどんな魔法も使い放題だし。他のダンジョンではスクロールで覚えた魔法だけだけどね」
今私が覚えている魔法は、生活魔法(水、火、洗浄)と水初期魔法と風初期魔法とファイヤーボールだから、他のダンジョンで魔法を使えるのはこれだけだ。
「とんでもない優遇だな」
「でしょう? 一番の優遇は私が入場者制限を掛けられるってことかもだけどね。あと私に悪意を持っている人はダンジョンでどれだけ魔物を狩ってもドロップ品が得られないらしいよ」
悪意を持ってるってどの程度を言うのか分からないけど、世の中の人全部に好かれるわけじゃないからね。いっそ私や家族に悪意がある人はダンジョンに入れないようにした方がいいのかもね。
「なんだか、話を聞いてると具合が悪くなってくるな」
わざとらしく大きな大きなため息を吐いた後で、那須さんは頭を抱えてしまう。
「え、そんな酷い話してないでしょう? ダンジョンの数だけ初入場の称号持っている人はいるんだから色々そういう話って協会の人なら聞いてるでしょ」
「聞いてはいるが、ここまで酷いのは聞いたことがない。それに探索者っていうものは情報を秘蔵しがちな奴らなんだよ。あんたみたいに明け透けになんでも話す人は稀だ」
ここまで酷いって、その言いかたが酷いんですが。
私がムッとしていると、那智さんは頭を抱えていた手を外してソーサーの上に置きっぱなしだったクッキーを齧る。
「美味いな」
「でしょう。私の腕じゃなく、魔道オーブンの能力が凄いんだけど」
私はこんなのが食べたいと念じながら小麦粉をセットして、スイッチを押すだけだ。
手間なんて殆どなく、美味しいものが出来ちゃうんだから凄いよね。
「山崎さんが何か料理を作って協会がそれを買い取りして、協会の食堂や探索者の学校で未覚醒者に食べさせるのが一番効率がいいけど、それをしなくてもダンジョン産の食材を料理するだけでも魔素は吸い込めるし、魔素含有率は下がってもダンジョン産の食材を使った料理を食べるだけで魔素は吸い込めると」
私の話から、急に魔素の話に戻った。
まあ、那須さん仕事で来てるんだし、雑談は不要だよね。
「そうそう、その考えで覚醒したい人は積極的にダンジョン産の食材を食べるといいと思うのよ」
「かなりランダムに近いとはいえ、ここのダンジョンで食材が大量に採取できるわけだし、試験的にうちの支部の食堂と探索者学校で食べさせるというのはありなのかもしれないな」
「そうそう。食べ物の記念日縛りはあるけど、逆を考えれば飽きなくていいと思う。とりあえず今日は豚肉だからメニュー困らないし。果物の日なら加工もいらないわけだし」
大量食材を採取できるって、魔素を体内に取り込まないといけない人にとってありがたい話だと思う。でもダンジョンブレイクするかもってなっているこのタイミングでなーちゃんダンジョンが出来たのってもしかしたら早く魔素を沢山採り込んで覚醒者増えろっていう、ダンジョンからのメッセージなのかもしれないよね。
「山崎さんの発想は面白いな」
ダンジョンからのメッセージかも。の話を那須さんにすれば、うーんと考え込んだ後で面白いと言われてしまった。でも、面白いかな?
「だが一つ疑問があるんだが、魔素が料理の過程で減るとはいえ頻繁に食べている人がいないわけじゃないのに、その人達が覚醒したという話を聞くことが少ないのはどういうわけなんだろう」
「少ない? 全然いないとかじゃなく?」
「定期的にダンジョン産の食材を食べられる人は限られているが、それなりにいるが多くは無いと思うんだよ。もし彼らが全員覚醒していたなら、ダンジョン産の食材を定期的に食べると覚醒するって噂が出てもいいはずだろ」
それはそうだよね。でも、ダンジョン産の食材って凄く高いものばかりだからなあ。
確定じゃないけど、そういうことなのかもしれないよね。
「あのね……お金を持っている人の殆どがそうだとは思わないし、もしかしたら覚醒に必要な魔素が多い人って可能性もあると思うんだけどね」
「なんかあるのか?」
「うん、覚醒の条件と一緒に覚醒対象外の人の条件も教えてもらえたんだけどね。ちょっとそれは資料に残せないかなあって思ったからそこに載せてないんだ」
なにせ私のせいで対象外の範囲が広がったからなあ。
まあ、そこは言わなきゃいいか。
「あのね、悪感情が強い人とか、犯罪思考とかの人は覚醒しないんだって。ダンジョン内で犯罪をされると魔素に影響するとかなんとかで」
「なんだって?」
「覚醒したスキルをダンジョンの外で悪いことに使っても、ダンジョンに影響するから覚醒しないらしんだけど、その悪感情とか犯罪思考っていうのの範囲が結構広いみたいで。浮気とか二股とか三股とか、そういう人も対象みたいなんだよね。それから覚醒後に犯罪を犯すとスキルが亡くなったり、身体能力が覚醒前までのものに下がるとかなんとかで、スキルを使って犯罪を犯すと最悪寝たきりになるかもしれないって話もあった……え、どうしたの那須さん」
那須さんは、あーとかうーとか、頭を掻きむしっている。
「それは確定の話なんだな? 山崎さん、誰かに話した?」
「いえ、話してません」
「じゃあ、墓場まで持って行け。誰にも話すな、いいか」
那須さんはいきなり強い口調で、私にそんなことを言い始めたのだ。




