ホウ・レン・ソウをしただけなのよ 3
「あらあらあら、わざわざご足労いただいて申し訳なかったですねぇ。葵、まずはご飯食べていただいてからお話したら?」
那智さんが来たのは、両親が帰ってからだいぶ経ってからだった。
帰宅した両親にこれからダンジョン協会の人が来ると説明した後、二人はいつもの様に畑で明出荷する野菜を収穫に行き、私は出荷用の段ボールを作業場でちゃちゃっと準備して、お風呂を沸かしてから夕飯の準備を始めた。
夕飯の準備と言っても今日はもう殆ど出来ているから簡単に終わる。
お米はすでに研いで炊飯器のスイッチもいれてあるから炊きあがりを待つだけ、あとは厚めに切ったハムを焼いて皿に盛り、ポテトサラダや肉じゃがなどは大皿に盛り付け、スープもカップに注いでから全部アイテムボックスに収納して完了だ。
これで熱々冷え冷えをキープ出来るから、アイテムボックスは滅茶苦茶ご飯の支度に役立っていると思う。
そんなわけで暗くなるまで畑仕事をしていた両親が仕事を終えて家に戻ってきて、ささっとシャワーを浴び終えたところで那智さんがやって来たから両親に紹介したら、案の定お母さんの「ご飯食べていきなさい」が出た。
夕飯時に来たお客はもれなくお母さんのこの対応を受けるから、お米を沢山炊いておいて正解だ。
「は? あ、夕食時に来てしまい……」
「あらあら、いいのよそんなの。葵が色々作ったみたいだから食べて食べて」
那智さんは仕事で来ているだけだから、予想外の展開なんだろう。
理解できないと言わんばかりの顔を一瞬した後で慌てて頭を下げ始めるけれど、両親はお客さん大好きな人だから夕飯を一緒に食べる人が増えて嬉しい意外の感情は多分無いと思う。
私の両親は生まれも育ちもこの町なせいなのか分からないけど、田舎の人特有の押しの強さというか、距離間を笑顔で詰める感じがあるので、むしろ気の毒なのは那智さんの方だ。
彼が良く知らない家のご飯が食べられる人とかじゃないならいいけど大丈夫だろうかと心配しつつ、これからなーちゃんダンジョン関係で私の家族と接する機会は多いだろうから早めにこのテンションに慣れてもらえると助かる。
「ご迷惑でなければ、ご相伴にあずかります」
お母さんにニコニコ笑顔でダイニングテーブルの一角に案内されて、那智さんは困惑しながら席に着く。
「仕事の話じゃビールは駄目かなあ」
残念そうなお父さんに「車ですから」と那智さんはやんわり拒否するけれど、そんな言い方だと代行使えば良いって飲まされちゃうよ。と内心思いつつ様子を見ながらご飯を分けていく。
ダンジョン産じゃないけど、家のお米は美味しいんだぞとばかりにご飯を沢山お茶碗に盛って那智さんの前に置く。食べると決めたならしっかりと食べて欲しいものだ。
「なんかお芋ばっかりになっちゃったけど、お勧めはハムステーキです! おかわり欲しかったら遠慮しないで言って、いくらでも焼くから」
「ほらほら食べましょう、いただきます!」
無茶苦茶美味しいんだから驚いて、とばかりに那智さんにハムステーキを勧めている間に、お母さんが手早くサラダと肉じゃがを小鉢に取り分けてそれぞれの前に置く。
その他にもいつの間にか、常備菜が小皿に盛られて並んでいる。
お母さんお得意のきゅうりの佃煮と、茄子の煮浸しにパプリカのピクルスだ。
この三つだけで、ビールがグイグイ飲めちゃう危険なセットだ。
「これは、美味いな」
ヴィシソワーズを一口飲んで、那智さんが声を上げる。
ちなみに家のダイニングテーブルは広げると最大十人座れるけれど、今は小さく四人サイズにしてあって、私の正面に両親が座り、私の隣に那智さんが座っている。
「本当美味しいわぁ。葵がダンジョンで刈ってきたジャガイモが美味しいのよね」
「あのね、肉ジャガはさらにだよ。肉が最高だから早く食べてみて」
家の肉ジャガは、いつもは薄切り肉なんだけど今日は分厚く切ったものを使ってみた。
ジャガイモはほくほくだし、お肉は脂身が甘くて美味しい。お肉の旨味を吸った人参と玉ねぎも美味しい。もう美味しい以外の言葉が出ない。糸こんにゃくが無くて入れられなかったのが残念、きっと翌日はもっと味が染みてて美味しくなっただろう。
「葵、このハムステーキは父さん今まで食べたハムの中で最高の美味しさなんだが」
「でっしょー。これねえ、さっきダンジョンで狩ったダンジョン狂い大豚「ぶっ」っていう魔物のロースなんだよ。美味しいよねえ。え、那智さん大丈夫お水飲む?」
「だ、大丈夫だ。今とんでもない名前が出て来たから驚いてしまった」
丁度那智さんがハムステーキを口に入れたところで私が驚かせてしまったらしい、むせて苦しそうにしている那智さんを心配しているとお母さんがすかさずグラスにお水を注ぎテーブルに置く。
「すみません、恐れ入ります」
「いえいえいいんですよ。ところで那智さんは葵の中学一緒だった勇気君かしら?」
「お母さん、良く分かったね。私言われるまで気が付かなかったのに」
見た目が全然違うのにどうして分かる? と驚いていると、ふふふとお母さんは笑っている。
「だって面影あるもの」
お母さんは自信ありげにそう言うけれど、どの辺りに面影がと私は首を傾げる。
ちびゆーきはちいちゃかったんだよ、私よりも小さく細かったから今の大きな那智さんにその頃の面影がある? とつい那智さんの横顔を見つめてしまう。
那智さんよくもこれだけ大きくなったものだ。
うちの家族皆身長が低いから那智さんが余計に大きく見えるというのもあるけど、絶対鴨居に頭ぶつかる高さだよね。
「そうかなあ」
「お、お父さんだって分かってたよ」
絶対嘘だろという顔でお父さんが言うけれど、そもそも中学の頃那須さんとお父さんが面識あったのか分からない。
お母さんは何気に顔が広いから、ありえそうなんだけど。
「四、五回はみぃと一緒に釣りしたよね、ほーら覚えてる」
「え、みぃ君も?」
「そういえば光君は」
みぃ君をちゃんと光と呼ぶ人、久しぶりに見たなと、変なところで感動してしまう。
弟の名前は光りと書いて読み方は、ひかるなのに、家族も友達も皆みぃと呼ぶので、光君呼びがとっても新鮮だ。
「あの子は出張中なのよ、明日帰ってくるんだったかしらね」
「うん、昨日そう連絡来てたね」
みぃ君の出張予定は最初帰りがいつになるか決まっていなかったらしかったけど、昨日突然明日帰るって連絡が来た。
私は結構連絡を忘れがちだけど、あの子はきっちり連絡してくるタイプだ。
明日みぃ君が帰ってきたら、ダンジョンのことを詳しく話しながらハムを食べてもらうつもりだ。
「那智さん、みぃ君のことも覚えてたんだね」
「釣りに行った時に会っただけだけどね、山崎さんのお父さんには釣り竿の扱い方を教えてもらったんだよ。それから沢山釣れるようになったからありがたかった」
なんと那智さんはお父さんと釣りをしたことをちゃんと覚えていたらしい、私は釣りしたことないから知らなかったのかな。
でも、普通同級生と釣りしたら私に話をするもんじゃないの? お父さん達もだけど那智さんからもそんな話聞いたことないんだけど。
「釣りって私はやったことないけど、お父さんとみぃ君は今でもよく釣り行くよね」
「葵はどんくさかったからな、川になんて危なくて連れていけなかったよ。それが覚醒者だもんなあ」
お父さんは美味しそうに肉じゃがを頬張りながら話す。
「勇気君は、今も釣りやってるのかな」
お母さんもそうだけど、お父さんも人との距離が近い。子供相手だと余計にそうだと思うから、ちびゆーきにも遠慮なくお父さんは接していたのだと思う。
そして今ももう名前呼びになっている、これでいいのか私の両親。
「いえ、今は……興味はありますけど、どうも一人でやるのは向いてないみたいで」
「じゃあ今度みぃも一緒に釣りしようか」
お父さんが呑気に言うから、慌てて止めようと口を開く。けれどそれより早く那智さんは「ぜひ」と返事をしてしまった。
「そうかそうか、使っていない釣り竿もあるし、休みの日が合うなら釣りしよう。その後は家で釣った魚を捌いて天ぷらにして飲もう。家は部屋数だけはあるから何日泊まってくれてもいいぞ」
「天ぷらいいですね」
意外と那智さんってお父さんと相性がいいのだろうか、二人仲良く話をしながらどんどんお皿を空にしている。
「葵、今日ダンジョン協会に行った後でダンジョンに入ったの? その後でこれだけ作ったの」
「え、うん。そうだ、お母さんの好きなメロンパン焼いたんだよ。明日のお弁当に持って行く?」
お母さんはメロンパン、お父さんはバターロールが好きだ。バターロールはハムときゅうりを挟んでサンドイッチにしてある。
「あら嬉しい」
「お弁当のおかずどうする? ハムフライでも作ろうか」
パン粉つけたり工程が多いハムフライも、魔道フライヤーがあるから気軽に出来る。
なんならトンカツだって作れちゃう。
「あら、いいわねえ」
「じゃあ、ハムフライをメインにおかず作るね」
「葵が作ってくれると朝が楽でいいわあ」
朝が楽と言いながら、私がお弁当を作る時間にお母さんは畑仕事をするのだから、楽じゃないと思う。
私が探索者で沢山稼げるようになったら、お母さんとお父さんは仕事を辞めて畑仕事に専念してもいいんじゃないかと思うけど、私が会社勤めを辞めないと決めているように二人も辞めたりしないだろうなと思う。
探索者って農作業と同じくらいの肉体労働だし、命の危険もあるわけだし、これを本業にするってなかなか度胸がいると思うんだけど世の中の探索者は違うのだろうか。




