ホウ・レン・ソウをしただけなのよ 2
「とりあえず、パンの鑑定結果だけデータまとめておこう」
自分の部屋からノートパソコンを持ってきて、食品の魔素含有率の変化についてデータをまとめる。
とは言っても、元々どれだけ魔素を含んでいるか分からないから、パンの作成条件と鑑定結果を書き込むだけだ。
こんなの資料でもなんでもないかなとは思うけど、後々どの程度違うのか聞かれた時に鑑定結果を忘れちゃったと私が答えられなかったら困ることになる。
「あ、ハムをフライパンで焼いた時も確認しておこうかな」
ハムを切る前と、ハムを普通の包丁で切った後、ハムをフライパンで焼いた後のそれぞれの条件で鑑定して結果を入力する。
「他に今出来そうなことは……バターロールに普通の野菜と一緒にサンドした場合? あ、そういえば包丁とスライサーもなーちゃんから貰ってるじゃない。それに生活魔法で水も出せる。わあ、条件色々あるじゃないの」
気が付かなきゃよかった。
でも、ジャガイモがあるんだから、普通のスライサーでスライスした場合と魔道スライサーを使った場合の違いと、ハムを普通の包丁で切った場合と魔道包丁で切った場合、なんなら普通のフライパンと魔道鉄板を使った場合も確認しないといけない。
「水はなあ、まだ野菜がジャガイモしかないし。まあいいか確認しとこう」
うちの場合、野菜の皮むきした奴は畑の一角に穴掘って埋めちゃうんだけど、ダンジョン産の魔素を含んだ皮って同じようにして大丈夫なのかな?
なーちゃんから魔素が外に出てるわけだから今更なのかしら、なーちゃんの話だと魔素はダンジョンの外に含まれた方が良いようなことは言ってたし、うちの農作物は他のところで育ったものより若干魔素が含まれているっぽいけど。
「確認するものが増えていく」
ダンジョンのゲートが壊せないのであれば、ダンジョンゲートの範囲を大きくしてダンジョンの周辺に花壇か畑を作って魔素を含んだものを栽培してそれを流通させるという手もある気がする。
納屋の中にドアがあるうちのなーちゃんから放出された魔素が、範囲は聞いてないけど私と家族と農作物に吸い込まれているのなら、私が住んでいる町はその内微量でも魔素が漂う場所になっていくだろう。
うちの畑で作った野菜は農協の産直売り場で売っているし、沢山作っているトマトときゅうりとブロッコリーは市場に出荷している。勿論お米だって農協に買い取りしてもらっている。
だから家で出荷している農作物に魔素が含まれるようになれば、少しずつでもそれを食べた人が魔素を含んだ食べ物を口にしていることになる。
置いていることで魔素がそれらから抜けても、空気中に魔素は含まれていくだけだから皆が少しずつでも魔素を吸い込む手助けにはなるはずだ。
それが駄目ならゲートの魔法を少し緩めてもらって、魔素だけ外に出ていくように改良してもらうかだけど難しいのだろうか。
「魔素が空気中にあった方がいいというなら、積極的にダンジョン産の野菜や果物の皮はを畑の土に混ぜた方がいいのかな」
なにが怖いって私はダンジョンブレイクが怖い。
覚醒してない皆が魔物に傷つけられるのが怖いし、平和な日常が壊れてしまうのが怖い。
覚醒の条件が魔素を体内に取り込むこと一択なら、世の中の人が負担にならずに魔素を取り込んでいって覚醒者が少しずつでも増えていけるようにならないといけないと思う。
そうなると水とか食品とか空気に魔素が含まれているのが、楽に摂取できる方法になると思う。
「魔物は怖いけど、もう私はダンジョンに入らないといけないから、なーちゃんダンジョンに私は入り続けるけど、覚醒しても魔物を狩れない人は狩れないよね。怖いもん」
私はなーちゃんダンジョンの初入場称号持ちだし、家の敷地内にあるダンジョンに入るのは私の役目だと思っている。少なくともダンジョン協会が管理してくれるようになるまでの一年間は私がダンジョンブレイクしないように守る責任がある。
だから私がダンジョンに入らないという選択肢はない。
でも、チュートリアルダンジョンの一層目に出た魔鼠や魔兎だけでも結構怖い。
私はレベルあがってからチュートリアルダンジョンに入ったけど、初めてがチュートリアルダンジョンだとちょっと心が折れたかもしれない。
だって自分に突進してくる大型の鼠と兎だもん、殺意マシマシで自分に突撃してくるんだからあれは怖いと思う。
「駄目だ一人で考えると病むわ」
私が一人で考えちゃ駄目なタイプなのは、三股男の元彼のことで分かり切っている。
一人で鬱々と考えて、落ち込んで病みそうになったから私は田舎に帰って来た。私は落ち込むと一人でとことん落ち込むから一人暮らしは向いていなかったのだ。
私みたいな人間は落ち込んだ時は誰かに話を聞いてもらった方がいい、なぜなら考えても私一人だと悪いことしか浮かばないからだ。
「考えないといけないことは、那智さんが来たら相談するとして、今出来ることを片付けてしまおう」
私の場合、不安な時やストレスが溜まった時は体を動かすのがいい。
掃除するとか、運動するとか、料理をするとかだ。
「まずは条件を出す。普通の水で洗う、生活魔法の水で洗う。普通の包丁で切る、魔道包丁で切る。同じくスライサー、フライパンと魔道鉄板の調理比べ。まずはこんなものかな」
ジャガイモを取り出し鑑定、水道水で洗って鑑定した後、家の水道って井戸水をポンプで引き上げてるんだと思い出して水も鑑定したら、何と十パーセントだけど魔素が含まれていた。
「これは比較に影響が出るかも、仕方ない那智さんに普通の水持ってきてってお願いするか」
ポチポチとメールを打って送信すると、すぐに承諾のメールが来た。
那智さん、仕事大丈夫なのかなと心配になりつつ作業に戻る。
「ジャガイモを茹でるのも比較するか」
水道水と生活魔法の水をまず鑑定、それぞれを沸かしてお茶を淹れて鑑定。これだけでも魔素の比較ができた。水道水、沸かしただけで魔素が五パーセントに減ってて、それをお茶にすると三パーセントまで落ちる。
対して生活魔法の水は元が魔素百パーセント、沸かして九十パーセントで、お茶にして八十五パーセントだ。お茶がダンジョン産のものでないからなのか、お茶を淹れただけで五パーセントも減っている。
うちの場合、他より魔素が空気中に多いと思うけど、これがどの程度影響してるのかまでは分からないのよねえ。
「ジャガイモを茹でるのは、皮をむいた場合と皮をむかない場合も比較必要かな」
料理の過程ってこうしてみると結構複雑だし、条件と鑑定結果を記録しようとするともっと大変だ。
探索者になったばかりのダンジョン知識ほぼ素人の私がこれをすることの意味って……いや、魔道調理器具を持っているのが私しかいないんだから、私がやらねば誰がやるだ。
「茹でたのどうしよ、とりあえずポテトサラダとマッシュポテトかな」
なにせダンジョン産のジャガイモは一つ一つが大きい。
丸々一個を茹でる時間ってかなりかかるけど、これは仕方ない。
「人参と玉ねぎとハムかな」
これも水道水と生活魔法の水、ついでにそれぞれの普通の包丁と魔道包丁使用の場合を鑑定しつつ調理していく。
「うん、疲れた。なんならダンジョンの一層目より疲れた」
ポテトサラダが大量に出来たのは仕方ない、なにせ一つの対象にジャガイモ一つ使っているからこれに合う人参と玉ねぎとハムの量を考えると、こうなってしまう。
それからマッシュポテトも大量に出来た、なんならその後でこふき芋まで思いついて比較したからこれも沢山出来た。
「ああ、ここまでくると肉じゃがも作りたくなってきちゃうじゃない」
いっそ豚の角煮と迷ったけれど、これは私のレシピだと茹でて油を一旦固めて、その後コトコト煮る時間がかかる。
人参と玉ねぎは家の畑で収穫したものだけど、これも沢山あるからいくらでも使える。
作ったものは今日の夕飯に出来るから、和食と洋食で統一されないけどどうせならとビシソワーズも字作り始める。
食材がジャガイモばかりだけど、メインは無茶苦茶美味しいハムステーキだし、大量に出来た野菜の消費で同じ野菜ばかり食卓に上がるのはいつものことだ。
「これからはアイテムボックスに入れておけば腐る野菜が無くなるから、いいことばかりよ」
ダンジョンブレイクのことが頭の中でぐるぐるしてるけど、私が覚醒していいことも沢山考える。
鑑定対象外で色んなパンを沢山焼いて、クッキーもパウンドケーキも大量に焼いて、アイテムボックスにストックを貯め込んでいく。
「こうなったらベーコンも作っちゃおう。そしたらジャーマンポテトも作るんだ」
魔道オーブンの凄いところは、小麦粉を置いただけで型が無くてもケーキもパンも焼けてしまうところだと思う。バターがないのに綺麗に形づくられ美味しく焼かれるバターロールにクロワッサン、型がないのにしっかり食パンの形に焼きあがるし、塩パンもフランスパンも完璧な焼き上がりだ。
「なんで熱々のオーブンから、クリームたっぷりのシュークリームが出来上がるのかもう分からないわ」
たっぷりと生クリームとカスタードが詰められたシュークリームを試しに作って、その出来上がりに無言になり出来上がったものを一つ持ち上げる。
「美味しいし、クリームが冷たい」
大口開けないと食べられないくらいに、一つが滅茶苦茶大きいしなんなら重い。
沢山料理して疲れたので、椅子に腰かけてさっき淹れた後放置してすっかり冷めてしまったお茶と共にシュークリームを堪能する。
「ああ、美味しい疲れが取れる気がする」
なにせ魔道調理器具は私の魔力で動かしているから、これだけ色々作ると魔力の消費が激しい。
何かを大量に作る時は、ダンジョンのボス部屋でやろうと心に決めて、でもクッキーだけはまだまだ作ると魔道オーブンの鉄板五枚をフル活用して大量にクッキーを焼く。
魔道オーブンに小麦粉をセットして焼き始め、焼きあがったものを冷まして、アイテムボックスにしまってを繰り返したら大量の色んなクッキーとクラッカーが出来上がった。
もう私一生クッキー買わなくてもいいかもしれない。途中で我に返ってクラッカーも作り始めて私偉いと思う。
本当、なぜジャムがたっぷり乗ったロシアンクッキーとか、さくほろしたスノーボールクッキーにサクサククッキーの間にチョコレートを挟んだラング・ド・シャまで出来た。
恐ろしい、私が知らないレシピのものまでこれ食べたいと思いつつ小麦粉セットするだけで焼けてしまうんだよ、この魔道オーブンは。
「まあ、ハムもベーコンもソーセージも、正確なレシピなんて知らないからそういうものだでいいのか」
大量のハム、ベーコン、ソーセージが私のアイテムボックスには大量に入っている。
なぜなら勢い余って沢山作ったからだ。
「これ、買い取りしてもらえないかなあ」
ダンジョン産で作ったとしても、ドロップ品ではないものを買い取りはさすがに無理か。
まあ、作ったのは魔道オーブンとはいえ素人が作ったものだから、貰っても食べるのはちょっとという人もいるだろうし、自分で消費するしかないかな。
「そろそろ父さんたち帰ってくる時間かな。ご飯だけ炊いて台所片づけちゃおう。那智さんが来るの夕飯の時間になっちゃうかな。よしご飯は沢山炊いておこう」
すぐに来るのかと思ったけど、この時間に来ないのなら仕事終わってから那智さんは来るんだろうと予想して、私はいつもより多めにお米を研ぐことにしたのだった。




