#第二章 #秘密基地
「うわー、何ここ。教室なのに倉庫みたい」
教室棟の五階では、昼休みだというのに、数人とすれ違うだけで、その生徒たちもおそらく教室の備品確認や点検のためにやってきているのだろう。
「何これ! 昔の体育祭の応援旗かな?」
「こら結衣。段ボールを勝手に開けないの」
春樹は、あちこちを面白がる内宮のパーカーのケモ耳が揺れる様子をぼうっと見ながら、鷺山の呆れたような顔に内心で同意していた。
「そろそろ良いかな。この教室じゃなくて、奥なんだけど」
「ごめんごめん。あー、手が汚くなっちゃった」
「あっちは多少掃除してあるから。変なもんには触らない方がいいとは思うぞ」
内宮がブレザーのポケットから、ウエットティッシュを取り出すと、白い指に付いてしまっていたどす黒い汚れを、ゴシゴシと雑に拭き取っていた。
「世話が焼けるというか、なんか目が離せないというか」
蒼依も鷺山もこれに振り回されているのかと思うと、何となく前より親近感を覚えるようにも思いつつ、春樹は二人を先導していく。
空き教室の扉は開いたままなので、奥の方から中に入ると、窓際の端の方に、机が綺麗に並べられている一角が見えた。
「ここが藤崎くんの秘密の場所。いつもどこに座ってるんだろ」
「あいつは窓際で寄りかかってるか、机に腰掛けてることが多い」
「そうなんだ。机に座ってるって、なんかちょっとカッコいいかも……」
藤崎とは違って、床まで届いていない足をぶらつかせながら、満足そうに座っている内宮。ポケットから、がさごそとパンを取り出すと、太ももを覆っている、紺色のスカートの上に静かに置いた。
「藤崎もカッコつけるからな。たまにちょっとムカつくくらい」
春樹が適当な椅子に腰掛けると、鷺山も内宮の隣に座った。
「で、パンの品評会だっけ?」
「違うわよ。蒼依の話でしょ」
鷺山が呆れながら、内宮にツッコミを入れる。
「『恋むすび』やってたよね? あれ勧めたの実はあたしなんだ。蒼依がいつまでもはっきりしないっていうか、橘くんとやるにはぴったりって思ったんだけど」
「蒼依に変なもの勧めんなよ、もう」
内宮がどうしてかなぁ、と呟きながら、チョコパンを頬張る。
「でもさぁ、幼なじみって難しいよねぇ。あたしも大好きだった男の子いたけど、大切にしすぎちゃって、なんか上手くいかなかったし」
「蒼依と橘はちょっと違うんじゃない?」
「同じようなもんだよ。何でも言えるとか、気心知れてる関係ほど危ないもんなんだよ」
春樹は内宮の話をちょっと面白くないと思いながら、焼きそばパンを齧る。
「それが好きって感情の難しさだよね。キラキラしてる方があたしは楽しいけど、二人ってそんな感じじゃないし」
「蒼依って、俺の話とかしてたか?」
「自分からはしないよ。あたしがしつこく聞くと、ちょっと嫌そうに教えてくれたけど」
「結衣がいつもしつこいから、それを嫌がってたのよ」
「あ、そういうことだったか」
春樹は何となく腑に落ちないと思いつつ、焼きそばパンのラップをぐるぐると片手で丸めていた。
「てかさ、二人ってどうやって続けてきたの? この距離感で友情が成立するって凄すぎだよ」
「続けてきたっていうか、続いてきたんだけどな」
「凄っ! 蒼依もかなりの奥手というか、慎重派だもんね。素直じゃないっていう方が正しい?」
内宮の言葉に同意しつつ、春樹はこれまでのことを思い出していた。このままじゃ上手くいかなくなるような気がしていたのは、いつ頃からだろうか。いやそれは正確では無い気がする。
「それは俺も分かってたけど。どうにもできなかったんだよ」
ただの幼なじみにしては、親密過ぎた気もするし、お互いに幼なじみ以上には、中々なれなかった。
「上手くやれるか分からないことよりも、これまで上手くやれていたことの方が確かだって思うだろ」
時間と共に、だんだんと何かが変わってしまう。でも、それ以上に自分自身が変われないことも、春樹は痛いほど分かっていた。




