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#第二章 #日常

「橘。ちょっと話があるんだけど」


 四限終わり。教室前の廊下でクラスメイトの鷺山莉央(さぎやま りお)に、春樹は呼び止められる。


「購買でパン買ってきたいんだけど。後でもいいか?」

「なら付いていく。ほら、結衣も行こう」

「了解! あたしもパン買いにいく!」


 教室の中に向かって、鷺山が合図をすると、まるで子犬のように内宮結衣(うちみや ゆい)がささっと走ってくる。春樹もそれを見ながら、蒼依の席を横目に見てみたが、既にどこかに行った後だった。


「橘くんって、いつも焼きそばパン食べてるよね。炭水化物で炭水化物挟んでるのに」


「コロッケパンだってそうだわ。小麦、小麦、揚げ、ちょっと小麦って感じかしら?」


「確かにー。莉央も変なところに気づくよね」


 あはは、と二人の楽しそうな会話を聞きながら、春樹は微妙に居心地の悪さを感じていた。


「階段気をつけて。こないだ一段飛ばしで、階段降りたら、変なところゴキって言ったし」


「そんなことするのは結衣だけ。怪我するから、危ないことはやめなさい」


 姿勢の綺麗な鷺山が、艶やかな黒髪を揺らしながら、ゆっくりと階段を降りていく。それに並んで歩く内宮。


「一緒に行く必要あったのか?」


 こちらのことは、まるで気にしていないといった様子なので、フレンドリーでは無いにしろ、逆に付き合いやすいかもしれないと、春樹は思っていた。


「うわー、めっちゃ並んでる。ちょっと出遅れちゃったかな」

「大丈夫じゃない? 買えないってことはないと思うけど」

「並んでるっていうか争奪戦だよ! スーパーの半額セールみたいだね!」


 鷺山と内宮の会話を聞きながら、春樹は生徒たちの間をうまくすり抜けて、狙いの焼きそばパンを確保する。


「90円。はい、10円のおつりね」

 クリーンスーツのおばちゃんに軽く頭を下げて、春樹は焼きそばパンを受け取る。


 長机四つ分のスペースで売られているのだが、左端から真ん中へと在庫を流していくので、人気商品でなければ、商品がすぐに補充されていく、こちら側が狙い目なのだ。


「橘くん、いつの間に。今、莉央が並んでるよ」

 内宮の視線の先には、パンを両手に抱えた鷺山の姿。前に会計待ちの生徒が八人くらいいる。


「いいのか。もうパンが無くなっちゃうけど」


「莉央とじゃんけんして、あたしが勝ったから。負けた方が買いに行くってことにしたんだ」


 嬉しそうに答える内宮。制服のスカートを短く折っていて、ブレザーの下にはフードに耳のついたパーカーを着ている。


「橘くん、あたしたちに呼ばれた理由。もちろん分かってるよね」


 華奢な腰回りに両手を当てながら、上半身をこちらに突き出すようにして、頬を膨らませている。


「どうせ蒼依のことだろ。それ以外に絡みないだろ」


 春樹は両頬を人差し指で押したくなる気持ちを抑えつつ、冷静に答える。


「そうだよ! 蒼依が私たちにも冷たいの!」


「俺に言うなって。内宮基準で冷たいなら、俺は既に凍死レベルだよ」


 春樹は自嘲気味に答える。

 内宮とはインスタを交換しているので、たまにログインすると、頻繁に更新されているのは知っているが、リアルの絡みはほとんどなかった。


「橘くんって、意外とそういうこと言うんだね。もっと地味っていうか、真面目だと思ってた」


「そんなに真面目じゃねえよ。話すこともないのに、わざわざ話しても仕方ないだろ」


「えー、黙ってたらつまんないじゃん。よく飽きないよね」


 内宮が目を丸くしながら答える。逆によくそんなに喋ることがあるよな、と春樹は思っていたが、あれやこれやと喋り続けている内宮を遮る気にもなれなかったので、黙っていることにした。


「で、蒼依と喧嘩したんだよね。そのことに触れると、私たちが無言で睨まれるんだけどさ。橘くん何やったの」


「多分、酷いこと言った。何でここまで拗れてんのかは、俺にも分かんねえよ」


「えー、ほんとに? そんなことで蒼依がここまで塞ぎ込むかな」


 内宮が納得いかないよ、といった様子で口を尖らせる。しかし春樹に思い当たるのは、酷いことを言ってしまったということだけ。


「幼なじみの俺にだって分かんないんだ。内宮にも分からないなら、あとは蒼依の母さんくらいしか残ってないだろ」


 もっと正確に言えば、蒼依のことは蒼依にしか分からないだろ。春樹はそんなことを思いながら、半ば投げやり気味に答えた。


「うっわー、こっちも荒んでるなー」


「荒むだろ。ずっと仲の良かったやつに、こんな態度取られれば、誰だってこうもなるよ」


「ビビッと来たんだけど、なんか蒼依も同じこと思ってそう」


 詳しくは分かんないけどさ、と補足した後に内宮が春樹の顔を見つめる。


 光の加減では黒にも見える青い瞳が、何かを探っているようで、春樹は見つめ返す気になれなかった。


「はい、お待たせ。結衣の希望通りに買ってきたから」


 半透明のビニール袋の口から、ラップに包まれたパンを覗かせながら、鷺山がようやく戻ってきた。


「さすが莉央! お昼かおやつか分からないパンが食べたかったの!」


 内宮がチョコレートでコーティングされたコッペパンと、カスタードクリームのコロネを受け取ると、それを大事そうにパーカーのパッチポケットに一つずつしまった。


「どこで食べようかなー。体育館の裏とか」


「そんなところ誰も行かないわよ。屋上で良いんじゃないの?」


「えー、あたし寒いところ嫌だよ」


「体育館の裏も大差ないと思うんだけど」


「じゃあ春樹くんに決めてもらおうか」


 内宮が、春樹の肩を軽く叩いた。どこでも良いだろと思いつつ、春樹も話に参加することになった。


「教室棟の五階はどう。机が山積みだけど、たまに藤崎たちとこっそりスマホゲームやってる場所があるんだ」


「えっ、藤崎くんの秘密の場所なの?」


「藤崎っていうか、男子たちでたまに集まってるけど」


 内宮が目を輝かせながら、春樹に近づいてくる。その様子を見て思い出したのだが、文化祭のライブの時にも、藤崎たちのバンドを最前列で応援していたのだ。


「そこがいい。ていうか、そこ以外あり得ないでしょ」


「別にそんなに良い場所じゃないけどな」


 推しなのか、好意なのかは分からなかったが、藤崎が妙に気に入られてたなと、春樹はちょっと不満に思っていた。

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