#第二章 #誤解
「喧嘩してから、相手にずっと無視されている。どうにかしてこの状況を変えたい」
「今の状況を変えたいのですね。アプリの設定を変更しますか?」
「そうじゃないって。相手との関係を何とかしたい」
河川敷の階段に座りながら、テキストチャットにメッセージを打ち込むと、すぐに返事が返ってくる。
「謝りたいとか、元に戻りたいとかよりも、あいつともう一回だけ話がしたい。どうして怒ってるかも分からないし、何をすればいいかさえ分からない」
春樹はメッセージウインドウに自分の想いを綴っていく。せめてもう一度だけ、きっかけさえあれば、いつものように謝れるはずだと思いながら。
「橘様の想い、とってもよく分かります。お相手は蒼依さんですね? 何が原因かは分かりませんが、深刻なすれ違いが起きているのではないでしょうか」
「すれ違いっていうか喧嘩だよ。ただの喧嘩が拗れちゃったんだ」
「喧嘩してしまって、それをどうにかしたいのですね。恋むすびのアプリでは、お二人の喧嘩を解決することはできませんが、橘様の想いに沿ったアドバイスができます」
AIのメッセージには人間味を感じなかったが、相談相手のいない春樹にとっては、そんなことさえどうでも良かった。
「どのようなトーンをご希望ですか?」
「トーンって何だよ。とにかく先を見たいんだ」
「希望を持てるようなトーンですね。お相手の心理に配慮したアドバイスのために、利用状況を分析させていただきます」
しばらくお待ちください、というメッセージが表示される。こんなことで何が分かるんだろうかとも思いつつ、AIのアドバイスに従って、春樹はため息をつきながら、画面を眺めていた。
「お待たせいたしました。お二人の試練の達成状況は良好。バイタルデータの変動履歴、画像分析に基づく推定された関係は良好。これまでのやり取りは互いに防衛的。感情の開示も防衛的。関係ログと性格傾向から、喧嘩が直接の原因というよりも、深刻な認識の相違が生じている可能性があります」
「そんなことはもう分かってるよ。当たり前のことを分析したって、何の意味もないだろ」
だったら、何をすれば良いんだよ。春樹はまず正解が欲しかったし、アプリが仲介してくれれないかと思っていた。例えば、メッセージ機能みたいなものを使って、一度だけ話がしたいことを伝えてもらうとか、修復の試練を出してもらって、蒼依にも通知を見てもらうとか。
「だから何とかしてくれよ。それか何とかする方法を教えてくれって」
春樹はメッセージウインドウに率直な想いを打ち込む。直接的な機能には無さそうだったが、そういうのがあっても良いのではないかと思っていた。
「ごめんなさい。『恋むすび』は縁を結ぶアプリです。離れていく関係を繋ぎ止める機能はありません」
「もうどうにもなんないってことかよ。だったら早く諦める方法を教えてくれ」
春樹は自棄になりながら、画面を爪で軽く叩くかのようにメッセージを入力していく。
「そのお手伝いもできますが、ちょっとしたアドバイスもできます。橘様のご希望は先を見たいとのことでしたが、過去を振り返るトーンに切り替えますか?」
「何でもいい。何でもいいから、どうにかしてくれよ」
「そうですね。すこし時間を置くのが良いと思います。分析や性格傾向からすると、お相手の桜庭様も、何も思ってない可能性は低いです」
「もうだいぶ時間は経っただろ。こういう未完了の状態が一番嫌っていうか、気になってしょうがないんだよ」
春樹は頭を抱えていた。時間は確かに何かを解決するだろうけど、後悔と希望のどちらを優先するかは分からない。もういいとは言いつつも、期待と諦めの両方を抱え続けている。
「差し支えなければ、教えていただきたいのですが橘様は何が辛いのでしょうか。この曖昧な状況なのか、桜庭様に言葉が届かないことですか」
「言葉が届かないことだよ。最後にあんなこと言ったまま終わりだなんて、納得ができないから」
あんなことを言わなければ良かった。それも確かに近い。でも、あんなことを言わない訳にもいかなかった。蒼依の姿を見る度に、春樹の中では、無意味な堂々巡りを繰り返す。
「伝えたい言葉が伝わらないで、伝えたくない言葉だけが伝わってる。そんな状況を受け入れられないから、もう一度だけ話がしたい」
「そんなことも許されないのかよ。このまま誤解し合ったままで終わっちゃうのかよ」
メッセージウインドウには、冷静な言葉を置きながら、春樹は悲しみと近い怒りのようなものを感じていた。
「橘様の想い、とてもよく分かります。だからこそ時間を置いた方が良いと思いますよ」
「冷静になれってことか。俺はもう感情的になんてなってない」
春樹はムッとしながら、メッセージを打ち込んでいく。この想いが蒼依に直接伝わったら良いのにと思いながら。
「むしろ感情的なのは蒼依の方だろ。怒ってるなら怒ってる。関わりたくないなら、関わりたくないって言えばいいのに、どんだけ負けず嫌いなんだか」
「どうせ意地になって拗ねてるんだろ。だからいつもみたいに、俺から謝ればいいって思ってるし、そうなって欲しいと思ってるんだよ」
送電線の先から、河川敷に立っている赤白の電波塔へと春樹は視線を移す。どこに繋がっているのかは分からないけど、どこかに繋がれば良いと思ってしまう。
「バカみたいだよな、ほんと。どこに向かって言葉を発してるんだよ。AIに伝えたって、都合が良いか、悪いかの差しかないのに」




