#第二章 #逡巡
「蒼依にLINEしてみようかな」
夜。シャワーを浴びてから、半乾きの頭でリビングのソファに寝転びながら、春樹は蒼依との喧嘩で止まってしまった日付を眺めていた。
「やっぱりやめとこう。蒼依はほとんどインスタ動かしてないし、あいつが何考えてるかほんと分からん」
もしかしたらブロックされているかもしれない。既読がついても返事が来ないかもしれない。未読スルーだったら、どうしたらいいのか。
何かがはっきりするよりも、曖昧なままを選んでしまう。
「アニメ観ても面白くないし、勉強なんかする気にもなんないしな。ゲームも最近飽きてきたし、俺ってあんまり趣味もない」
自分って何なんだろうか。好きなものも、得意なこともそんなにない。普通だと思ってるけど、普通すぎるのも、なんだか面白くないような気がしていた。
「……もしかしたら『恋むすび』が何とかしてくれるかもしれない。蒼依もログインしてたってことは、関心があるってことだろうし」
春樹はすこし期待しながら、恋むすびのアプリを起動する。ロゴが表示されてから、UIへと移行する。
神社に参拝するようなモーションの後に、画面の横から巫女のキャラクターが現れると、心配そうな顔をしながら、未完了の試練があります、というポップアップをアピールしていた。
「未完了の試練って。蒼依が居なきゃ、どうにもなんないだろ」
端に表示されている蒼依のプロフィールをタップする。好きなものにオムライス、苦手なものに暗いところと書かれているのを見ていると、あまり自分のことを開示したがらない蒼依の様子が浮かんでくる。
「なんだよ、もう。あれからログインしてないじゃん」
もし蒼依がログインしていれば、春樹のログイン履歴が分かるので、向こうから連絡してきてくれるかもしれない。そんな風にも考えていたのだが、なかなか上手くはいかないなと、春樹はちょっと落ち込んでいた。
「蒼依は結局、全然気にしてないってことか? ちょっとくらい歩み寄ってくれてもいいと思うんだけど」
春樹はスマホの画面を消して、ソファの上に放り投げる。目をつぶってから、あの時の光景を思い出す。
「何に怒ってるのかも分かんねえし、もはや喧嘩自体が問題じゃなくなってるじゃん」
蒼依が怒ったのは、ただの幼なじみでしかないのに、いちいちうるさいんだよという言葉にか、それとも蒼依が居なくたって、俺は別に平気だからという言葉だったのか。
春樹にはどれも正しいように思えたが、どれも間違っているようにも思えていた。
「だったらお前はどうなんだよ。いちいちうるさく言うってことは、俺のことを信用してないってことだろ。そんな手取り足取りやってもらわなくたって、俺だって自分で何とかできるんだよ」
そんなことを思っていると、どうして今まで上手くやれていたのかが、全然分からなくなってくる。蒼依のことを必要ないと思っているのに、どうしても蒼依のことが気になって仕方がない。付き合いの長い幼なじみのはずなのに、こんな風に思ったことは一度もなかったのだが。
「うちの台所でオムライス作ってた頃が、すごく前に思えてくるな……」
『恋むすび』で妙なことをやったせいか、変な不在感に襲われる。バカみたいに戯れついて、くだらないことを話していた時間が今では遠かった。
「何なんだよ、ほんとに」
思い出ほどの距離はないはずなのに、記憶ほどの近さも今はない。春樹にはそれが妙に虚しく感じられて、どうにか蒼依のことを忘れようと、別のことを考えようとしていた。




