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リディア・セイドンの憂鬱 下

 



 今年最後の淑女会。皆様それぞれ思い詰めたような、覚悟を決めたような顔をして解散と相成りました。


 この状況は謂わば【ハーレムエンド】というものなのでしょうか?もし、そうならどんなにいいか。アニエス様も、オルティナ様も、ヴェネット様も、もちろん私も、例え追放はされたとしても死刑は免れます。


 けれど、もし、ヒロインが一人を選んでしまえば、私達の中の誰かが死ぬことになるのです。


 鬱々と考え込んでいるだけで行動に移せない私は、なんて愚かなのでしょう。



「―――」

「……?」



 馬車へと向かっていた私は、聞き覚えのある声が聞こえた気がして、止めればいいのについ、声の方へと足を運んでしまいました。



「メアリー、私は君を愛している」

「ウェイバー様……」



 あ、これは見覚えのあるやつですわ。


 お父様の付き添いで王城に訪れたウェイバー様は、真っ赤な薔薇に囲まれ泣いている彼女をたまたま見かけて慰めるシーン。ですね。


 ―――ああ、この後に起きることを私は知っている。



「その憂いを払ってあげるから。どうか、泣かないで愛しい人」



 そう言って、ウェイバー様はヒロインを抱きしめます。


 ズブズブと鋭いナイフで心臓を貫かれていくような重い痛みが私の思考も感情も支配して、ただ抱き合うお二人を呆然と眺めることしかできません。


 こういったシーンを、私は何度も目撃しました。きっと、そういう風に世界ができているのでしょう。私が嫉妬と憎悪を積み重ね、悪女のリディア・セイドンに成り下がるように。


 ゲームの内容も、概ねそんな感じでした。たまたま見かけた私は嫉妬に怒り狂って、ヒロインへの醜い悪行を徐々に過激可させていくのです。


 何度もその未来から逃れようと、日にちをずらしてみたり、違う場所へ訪れてみたりしたのですが、狙いすましたように私が行く先々でお二人を見かけてしまうのです。もう、最近では私も諦めてしまって素直に行動するようになりましたが、今回はうっかりしてきました。


 この抱擁のシーンは、私の断罪が近いと言うことに他なりません。


 あと数日もすれば、私は身に覚えのない冤罪をかけられ、公衆の面前でまるでパフォーマンスのような婚約破棄を言い捨てられるのでしょう。


 もちろん、私はゲームの私とは違いますから何も恥じることはしておりません。けれど驚くことに、ヒロインが私から嫌がらせを受けているという噂が内々に広がっていることをつい最近になって知った私は、もう終わりは直ぐそこなので、今更何をしたって無駄だと諦めてしまいました。


 できれば円満的に婚約破棄をしたかった。それでも運命に争うことのできない無力で意気地なしな自分。絶望に、空虚感にひたすら打ちひしがれ、痛いくらいに体が震えだします。


 ―――もし、もしもウェイバー様にあんな目であんな声であんなことを言われたら?



「無理……無理よ……そんなの」



 到底、耐えられません。

 知っている分、酷く傷ついて心も秩序も粉々に砕けてしまいそうです。


 いつの間にかお二人はいなくなっていて、俯いて涙を流していた私は両手をギュッと握りしめ決意します。


 ―――何もしないでああなるくらいなら、私の方から婚約を破棄すればいいのだわ。



 ………と。




 ***




 記憶が戻ってから初めてカドリック侯爵家に馬車で向かっていた私は決して冗談ではなく、本気で心臓が飛び出してしまうんじゃないかと言うくらいドキドキしていました。


 ウェイバー様とヒロインが親密なのは有名ですので、私からの婚約破棄についてお父様は何も言わずそっと私を抱きしめてくださいました。けれど、しっかり相手方と話し合ったほうがいいと仰られましたのでこうして向かっている次第でございます。



「話しになる気がしません」



 今のヒロインに夢中なウェイバー様と定型文以外でお話ししたことは無いのですが、その短い単語のやりとりでさえ、無機質な声音に加えて毒虫を見るかの如く目を細められるのです。再三申し上げました通り、意気地なしな私としましては、お父様にお願いして婚約破棄を取り計らってもらう気満々でしたので……ある意味絶望いたしました。


 コンコン、と馬車の戸をノックされ、もうカドリック侯爵邸に着いてしまったみたいです。キリキリと痛み出す胃を抑え、それでも淑女然と微笑む私。


 けれど、その笑顔も虚しく、迎え入れてくれたカドリック家のバトラーの顔にはでかでかと心配の文字が書かれています。恐らく、顔色があまりにも酷かったのでしょうね。気力で笑顔は作れても、顔色までは操作できませんでした。努力及ばずです。


 案内されたパーラーで、幼い頃から舌に馴染んだ紅茶を飲みながら私は感慨にふけます。


 ―――もう、この美味しい紅茶も飲めなくなるのですね。


 少し小心気味になってしまった思考を振り払うように頭を左右に振り、そうしているとドアの向こう側が騒がしくなってきました。


 私は立ち上がって、その人を待ちます。


 バタン!と大きな音を立てて、ウェイバー様はやってきました。それはもう盛大に不機嫌そうに。



「用なら手早くお願いしたい」



 どっかりと私の目の前のソファに座り込み、長い足を組んで威圧的にスッ、と細めた鋭い眼光。それだけで意がギュゥっと縮む感じがします。


 緊張からか、それとも恐怖からか、次第に浅くなっていく呼吸。


 それでも、それでも私はやらなければならない事があります。



「ウ、ウェイバー様」



 貴方が大好きだった。心から愛していた。



「……わ、私と……」



 長い指も、サラサラなそのお(ぐし)も触れてみたかった。



「婚約を……」



 貴方が私をリディと愛称で呼んでくれただけで、どれほど浮かれたことか。



「……破棄、して」



 幼い頃から今までどれほどまっすぐ貴方を見続けていたかなんて、ウェイバー様は知らないでしょうね。



「くっ、くださっ……い」



 ああ、好きだった。大好きだった。愛していた。


 今でもこんなにウェイバー様の思いが溢れてどうしようもないのに、どうしてこうなってしまったの?


 笑顔でお別れなんて……最初から無理だったんだわ。


 だって、こんなにも辛い。こんなにも苦しい。涙が次から次へと溢れて私の意思では、もう、どうにもできないのです。






またあした

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