最後の舞台
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放課後になって、公演開場に急ぐと、先に先輩達が来ていた。先輩達は険悪な雰囲気で何やら話し合っていた。
「どうしたんですか?」
「看板が……」
看板がカッターで切られてボロボロになっていた。
「誰がこんな事……」
「…………。」
やられた……。あの人は本気だったんだ。でも、どうして?ついさっきで、今……?本当に晴君なの?
「看板だけ?舞台とか衣装とかは?」
「中の方は鍵かかってたから大丈夫だと思うけど……。」
「…………。」
ここまでする人じゃないと思ってた……どうして…………?
「ひらり、ひらり!ひらり?大丈夫?」
「あ……はい……。」
私は下駄箱に戻って、座り込んで頭を抱えた。
どうしよう……。どうしよう……私のせいだ……。私が演劇部にいる限り……
「ま~た、ここで緊張してる。昨日の今日でまたかよ。」
隣に春壱が来た。
「緊張は……昨日ほどじゃない」
「あ、じゃあ、実行委員になった事気にしてるんだな?今は今やるべき事に集中しろよ。ほら、バニラ。楽しい事考えろよ。」
春壱は台本に書いたバニラ?らしき物体を見せる。
「これ……春壱が書いたの?これ、何?ぶっ!あはははは!!」
「バニラだろ?わかるだろ?」
わからないから訊いたんだけど……これは……何というか……壊滅的!!
「もう、最後なんだから、やれる事全力でやるしかないだろ?」
「やれる事……そうだよね……。」
そこへ先輩達が呼びに来た。
「ひらり!ちょっと来て!」
「上から新しく紙を張り付けたの。今日だけだから、とりあえず日にちと時間、タイトルだけ書いて、表に出そう。やってるって事がわかれば観に来てくれる。ひらり、手伝って!」
「はい!!春壱も……あ、春壱はいいや。絵心が……」
私は春壱のバニラを見て、協力はご遠慮願いでた。
「おい!字ぐらい書けるわ!」
先輩達も春壱のバニラを見て言った。
「その壊滅的に絵心のない怪獣だろ?だからひらりだけ呼んだんだけどな~!」
「先輩~!」
「あははは!冗談冗談!半分本当!」
「半分も事実!」
先輩達は笑っていた。春壱をいじって笑っている。
「みんなが帰っちゃう前に早くやろう!」
「はい!!」
マジックで急いで大きく文字を書き、看板を立てる。
「こっちは何とかなった?こっちも何とかなったよ。」
こっちも?こっちもって?先輩達が建物の裏の方から出て来た。
「何かあったんですか?」
「施設の電気系統がいじられてて……壊れてはなかったから何とか元通りにはなったよ。」
「鍵の管理は?」
「職員室からここの鍵借りれば誰でも開けられるでしょ。」
確実に……私のせいだ……。
「ごめんなさい……。」
「ひらり……?」
「訳は後でゆっくり聞くから、とりあえず衣装に着替えよう。開演時間はこれ以上遅らせられないから。」
全員中へ入って急いで準備する。
「みんな、落ち着いて聞いて。ある程度準備ができたら円陣。これだけはちゃんとやろう。最後だから。」
「はい!」
「みんな揃った?」
部長がみんなに声をかけたけど、私は気持ちがまだ、やる気にはなれなかった。
「部長まだひらりが……」
「実喜、ヤバいよ……ひらりのメンタルが……誰がこんな事……くそ!」
先輩達が心配してる。元気出さなきゃ……。
部長が厳しく大きな声で呼んだ。
「ひらり!」
「…………。」
「返事!!」
「…………はい。」
私は何とか、返事した。
「大丈夫。私達がちゃんと守るから。」
部長は優しく言った。そして、みんなに声をかけた。
「裏方、どう?大丈夫?」
「音の方は全然オッケー!任せて!」
「照明も大丈夫。安心して。」
音響と照明の先輩はそう言って手を振った。
「役者はどう?」
次々に先輩達が声をかけてくれた。
「ひらりが不安にならないようにちゃんとやるから大丈夫。」
「大丈夫。逆に燃えてるよ!」
後輩の子も……。
「私も、非力ですが、支えます!!」
「ほらね。大丈夫。ひらりは1人じゃない。好きな人がいるって、強くいられるもんだよ?」
好きな人がいるって……強くなれる……。
「…………はい!!」
「よし、円陣組むよ!これが、本当に私達3年のラストプレイ。全力出すよ?出し切るよ?じゃあ、行くよ!!演者と観客の世界を…………征服せよ!」
「征服せよ!」
「完全征服せよ!」
「yes!mam!」
みんなはそれぞれ握手する。もちろん、春壱とも。春壱は握手して言った。
「ひらり、頑張れ!これはザオリクだ。ザオリクの頑張れだ。」
「ありがとう。春壱。」
大丈夫。冷静になれた。私が今出来る事に集中しよう。
「開場します!」
受付の声が聞こえると、観客が入って、音楽と照明が変わる。あっという間に舞台が始まる。
これが、最後だ。先輩達と最後の舞台になる。今ある力を全部出す。動きは大袈裟すぎず、小さ過ぎず、丁寧に。
生きた台詞、生きた反応。この世界のリアルな気持ちを表現できるように。
好きな人がいるという事は、こんなにも心が強くいられるんだね。
好きな人、好きな物、好きな事、ああ。誰も何も、全然怖くない。この世界には、愛しい人ばかり。
体が勝手に動く。役が勝手に体を動かす。そう、この感覚、自分の意識は頭の隅にあって、妙に冷静なのに、胸が熱い。
私、この世界でちゃんと役になれてる。
私、この世界で、まるで羽が生えてるみたい。
この世界で、私は自由だ!!
演技が終わると、部長が挨拶する。
「本日はありがとうございました。私達3年は本公演を持ちまして、引退となります。2年半、ありがとうございました!今後は、後輩たちがこの演劇部を引き継いでいってくれます。今後とも、演劇部をよろしくお願いいたします!それでは、本日は本当に、ありがとうございました!」
「ありがとうございました!」
全員で一礼する。深い深い一礼を。
これで、夢の世界が終わる。
世界の終わりに涙するなんて、なんて幸せなんだろう。




