新学期公演
86
放課後の公演前に下駄箱前で、ひらりは台本を手に座り込んでいた。
俺は、ひらりの隣に座る。
「もう、台本にしがみつくのはやめろ。」
「…………。」
ひらりから台本を取ろうとするが、ひらりはなかなか離さない。
俺は台本を取るのを諦めて言った。
「さっきは悪かったよ。お前が舞台の事考えてないわけないのに……何だか、俺も…緊張してて、神経質になってた。ごめん。」
「何で?春壱は出る訳じゃないのに……」
「そうだけど、今回はお前の苦手な役で、お前が散々悩んだ役だし、これが先輩達とやる公演の最後だから。失敗できない。そのプレッシャーがお前から伝わって来るんだよ。」
「うん……今まで、こんなに緊張した事ない。ってくらいしてる。」
俺はふと、ひらりの台本に描かれているバニラに気がつく。俺はまた先輩とのやりとりを思い出す。
ひらりがスケッチブックを持ってさっさと帰って行った後、先輩にひらりのノートを渡された。
「あ、バニラ。春壱君、これ、ひらりに渡しといて。」
「これ……またバニラだ。」
「これ、ウケるよね?ひらりから聞いた?」
先輩はバニラを指差して言った。
「ああ、はい。最低な設定でした。」
一度も話した事もない頃、バニラの詳細を見た。ひらりより長い付き合いだ。
「これさ、実は私が言った事が原因なの。」
「え?」
「ひらりが初舞台の時、不安そうな顔してたから、怖い物は何?って聞いたら、今はお客さん。あとトンネルの怪獣。って答えたの」
バカだあいつ……。
「だから、発想の転換してごらん。お客さんはみんな好きな人。怪獣は怪獣でも可愛い怪獣。ほら、怖くないよって。言ったら、嘘みたいに笑ってた。そうしてバニラが誕生したんだよ。」
「バニラ……」
「え?」
思わずバニラを口にしていた。
「バニラの事を考えると怖くないんだろ?お客さんは好きな人、怪獣はバニラ。先輩達は、みんな、ひらりを支えてる。お前は1人じゃない。」
ひらりは台本のバニラを見て言った。
「春壱……ありがとう。そうだよね。先輩達がいてくれる。最後だけど、いつもの楽しい舞台の世界の始まりだ!」
「そうだ。俺の世界を征服してみろ。」
「がってん承知の助!」
そこへ部長が探しに来た。
「あんた達まだこんな所にいたの?ひらり早く支度して!春壱も照明の準備ついて! 」
「はーい!」
そう言って二人で公演会場へ向かった。
公演会場へ行くと、すぐに部長の指示が飛ぶ。
「暗幕のチェック終わった?他に最終チェック終わったら円陣組むよ~!」
「はーい!」
「みんな揃った?」
みんなは集まってくる。そして、少しづつ腕を組み、円陣を組む。
「私達3年はこの公演で引退です。ここでやる、最後の公演です。本番はあと二回だけ。3年間の集大成を魅せるよ?演者と観客の世界を……征服せよ!」
「征服せよ!」
「完全征服せよ!」
「yes!mam!」
みんなそれぞれに握手し合う。俺とひらりも握手する。
「よろしく。春壱!」
「ひらり、よろしく。」
みんなそれぞれ、散って行き、スタンバイする。
「受付さん、時間になったら音響に合図ください。」
「はーい!もうすぐ開場します!」
受付の合図で開場すると、観客が入る。新歓公演と違い、席が観客で埋まる。
「春壱!」
声をかけられて振り向くと、羽多と佐藤がいた。
「羽多。見に来てくれたのか」
「私もいる~。」
「佐藤、お前変な所で笑うなよ?新歓の時ひらりが動揺してたからな。」
佐藤にちゃんと釘を刺しておいた。
「変な所で笑ってないし。ひらりの動揺はむしろみたい。いつも絶対私につられて笑うんだよね。」
「それやめろ。やめてやれ。」
「それより春壱、照明の前でそうしてると何だか様になってんじゃん。ギョーカイ人みたいだよ。」
どこが?黒Tシャツにジーパン軍手だからか?
「魚介類?バカにしてんの?」
「何言ってんの?春壱!」
「あははは!その発想ひらりみたいだよ!」
少し恥ずかしくて、慣れないボケをしてみたら、発想がひらりか……確かに……。
三人で談笑していると、受付から声がかかる。
「時間になったので、閉めまーす!照明さんお願いします!」
「あ、始まる。」
俺が照明の前に戻ると、羽多と佐藤も近くの客席に座った。しばらくすると、客入りBGMが止まる。
「春壱、lowからdown。」
先輩の指示で少しずつ照明が消え初める。
「あ、始まるみたい。」
佐藤がそう呟くと、音楽が変わり、少しづつ音が大きくなる。
そして、舞台の世界が始まる。
やっぱりひらりは凄い。決して体が大きい訳じゃないのに、あいつの周りの空気が、舞台で無性に目をひく。目が放せなくなる。先輩達とのかけ合いも難なく進む。しっかりと練習もした。ちゃんと連携もとれてる。
練習で何度も観ているのに、こんなにも……自分の世界が征服される。なんて心地いいんだろう。これが、舞台の世界……
「先生、私じゃダメだって……どうして、私じゃダメだったのかな?私が生徒だから?わかってる……わかってるよ。でも、どうしても諦めきれないよ。」
胸が苦しくなった。言葉が……残る。自分の中に、言葉の葉がひとひら、落ちたようだった。




