夏バテだから
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展覧会当日、私はお姉ちゃんの家で浴衣の着付けをしてもらい、荷物の準備をしていた。お姉ちゃんは出かける前にマニキュアを塗り直していた。
「ん~♪いい色。」
「ご機嫌だね。」
「見て見て。ひらりがくれたマニキュア。いいでしょ?」
お姉ちゃんは杉本先生に、塗り終わった爪をしつこく見せていた。
「知ってるよ。もうそれ聞いたの5回目だよ。よっぽど嬉しいんだね。」
「お父さんとも和解できたし、ひらりとも元通りになったし、良かった~!」
「そうだね。どうなる事かと思ったけど、上手く落ち着いて良かったね。」
その頃私は鏡の前で、前髪のセットにてこずっていた。髪のセットはまだ慣れない。下手くそで時間がかかる。
「そろそろ時間だよーひらりちゃん準備できたかな?」
「はーい。ねぇ、前髪変じゃない?」
「変じゃないよ~可愛い~!ひらり可愛い~!」
お姉ちゃんは乾きかけの爪を守るために両手を全開にして私に抱きついた。
「親バカならぬ、なんつー姉バカっぷり……」
「え~本当にひらりの展覧会、私も行ってもいいのかな~」
「いや、ダメって言っても完全に行くつもりだよね?」
お姉ちゃんは箍が外れたように姉バカになってしまった。
浴衣は今年二回目だ。この浴衣を初めて着たのは、この前のお祭り……
展覧会の参考になると言って、意外にもお祭りに行く件はすんなり決まった。なのに……お祭り当日、何となく予想はしていたけど……秋ちゃんと慎ちゃんはドタキャンした。しかも、慎ちゃんの連絡はあからさまだった。
『須藤の妹と用事ができた。今日は行けない。』
いらない気遣いに少し凹んでイラついて……来たばかりなのに、帰りたくなった。お姉ちゃんにせっかく浴衣着付けてもらったのに……きっと、この調子じゃ春壱も来ないだろう。
待ち合わせ場所を後にしようとすると、誰かに呼ばれた。
「ひらりちゃん!」
誰?辺りを見回すと、それは、羽多ちゃんだった。
「羽多ちゃん!え?羽多ちゃん1人?」
そう言って周りを探すと、晴君と春壱がやってきた。
「悪い。こいつらに捕まって遅れた。」
「ひらりちゃん久しぶり~!」
「晴君。久しぶり。」
私は晴君と挨拶した。嫌な予感しかしなかった。
「春壱、今日ね、さんちゃんも来てるんだって。」
「あいつも来るのか~久しぶりだな~中学の卒業以来だ。」
春壱は羽多ちゃんと話をしていて、中々話しかけられなかった。
「ひらりちゃん、浴衣可愛いね。」
「ありがとう。」
晴君と社交辞令を交わして、春壱と羽多ちゃんの後について行った。
「縁日行った?」
「うんん。まだ。」
「じゃ、一緒に行こうよ。」
「うん……。」
何だろう……。このモヤモヤした気持ち。
縁日に行っても全然楽しくなかった。三人と同じ中学の友達の何人かに紹介され、完全アウェーだった。誰とも、ほとんど話もしないで、あっという間に、花火が始まった。なんで私ここにいるんだろう……
花火は近くて大きくて、花火があがる度に、わぁっ!と歓声が上がる。私は、暑さと、だるさと、火薬の臭いに気分が悪くなった。誰にも知られないように、そっとその場を離れ、帰る事にした。
花火を背に歩いていると、誰かが追いかけてきた。春壱……?振り返ると……
「ひらりちゃん、どうしたの?」
…………晴君だった。
「あ、今あからさまにがっかりした顔したね?」
「そんなに顔に出てた?」
「出てたよ。」
こうゆう時、どうして晴君なんだろう。
「もう帰るの?」
「うん。帰る。」
春壱と来たのに、どうして晴君と帰ろうとしてるんだろう……。
晴君と縁日を抜けて、大通りに出た。
「展覧会、やるんだって?春壱から聞いた。」
「うん。晴君は合宿参加するの?」
晴君も剣道部なら同じ日だ。
「うん、参加するよ~」
「じゃ、見に来てね。演劇部はパフォーマンスもやるんだよ~!」
「美術部の展覧会じゃないの?」
「今回は演劇部とコラボだよ。」
多分、今回だけじゃなくコラボだと思うけど……。
「今日、楽しくなかった?」
「…………そんな事ないよ?」
「嘘。顔に出てるよ。いつもの笑顔見せてよ。」
私は、少し笑って見せた。
「僕じゃダメ?僕じゃそんな作り笑いなの?」
「そうじゃないよ。今日はたまたま気分が悪くて……多分、夏バテかな?展覧会の準備が忙しくなって来たし……。」
そう言った瞬間、晴君は私を抱き締めた。しばらく、晴君は離してくれなかった。そのうち、花火が終わって、道に人が多くなってきた。どんどん、どんどん、人の波が出来る。晴君が、私を離した時には、多くの人が駅に向かっていた。ふと向かい側に目を向けると、春壱の姿が見えた気がして、思わず横断歩道の方へ走った。
「え?ひらりちゃんどこ行くの?」
私は晴君を置いて走った。やっぱり春壱だった。中学の友達と話をしながら歩いていた。
「春壱!!」
私は後ろから呼んだ。春壱には私の声は届かない。近くにいた羽多ちゃんも春壱を呼んだ。羽多ちゃんの声に、春壱は気がついて、一緒に駅に向かって歩いて行った。
私は呼んだ。
「春壱!!春壱!!」
何度も何度も。私の声は虚しくも、雑踏に掻き消されて、春壱には届かなかった。どんどん人の流れが春壱を流していってしまう。
「春壱!!春壱!!」
それでも私は、春壱を追おうとした。
すると、後ろから腕を捕まれた。やっぱり……晴君だった。
やっぱり……晴君じゃダメだ。やっぱり……やっぱり春壱じゃなきゃ嫌だ。一緒に花火見るのも、縁日に行くのも、ただ歩くのさえ……春壱じゃなきゃ嫌だ……。何で今頃気づいたんだろう。私……バカだ……。私は晴君に腕を捕まれたまま、叫び続けた。
「春壱!!春壱!!」
力いっぱい叫んだ。それでも…春壱には伝わらなかった。私は春壱には選ばれなかった。
私は、雨の中で、濁流に向かって叫んだ、あの時の事を思い出した。
ああ、失恋って…………大切な人を失う感覚と似てる。捨てられたら、どんなに叫んでも…………私の声は伝わらない。自分の半分を、えぐりとられるような……それでも、愛しいような……恨めしいような……。本当だ……。
本当だった。晴君の言った通りだ。
…………辛い。
きっと、夏バテなんだ。だから……体がダルいんだ。それから、どう帰ったのかは記憶にない。




