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私がいなければ

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ひらりは、相変わらず窓の外を見ていた。しばらく車を走らせると、新しい一軒家が並ぶエリアに着く。そして、一軒の家の前で杉本は車を止めた。


相田先生と杉本の家は、柔らかな雰囲気の、普通の新しい一軒家だった。

「きらりちゃ~ん!たっだいま~!」

杉本は相田先生にハグしようとして目の前に手を出され、止められる。

「今日は教え子が来てるんだからベタベタすんな。春壱君、いらっしゃい!中入って。ほら、ひらりも。」

ひらりは車から降りようとしない。


まったく……世話が焼ける。

「降りろよ。俺1人で杉本ん家行かせるつもりか?」

ひらりは無言で車から降りて、車のドアを乱暴に閉める。

「ひらりちゃん僕の愛車に優しくしてね~!」

「くそっ!ボンネットボコボコにしてやりたい気分。」

「おいおい、物騒だな。」

杉本が家の玄関から言った。

「ひらりちゃん、早まらないでね~!落ち着いて、落ち着いて~。」

あんたが言うと余計落ち着かないだろ。

「バンパーだったらいい?」

「いや、そうゆう問題じゃないだろ。」

二人で中に入ると、相田先生が出迎えてくれた。

「お腹空いたでしょ?ご飯できてるよ。ひらりもほら、座って座って。」


ひらりは家に入るなり、

「先にシャワー借りていい?」

そう言った。

「いいけど……?ジャージ洗うよ。貸して。」

ひらりについて相田先生も風呂場の方へ行くと、俺は居心地悪くリビングのソファーに座った。

「まぁ、ゆっくりしてってよ。僕は着替えてくるから。」


そう言って杉本が2階へ行こうとすると、相田先生が血相を変えて俺の前にやって来た。

「ひらり、下着ないんだけど……」

「ああ、それならひらりの鞄に……しまい……ました……。けど……。」

気づいた時には既に遅かった。

「…………。」

相田先生はどんどん顔色が変わる。杉本は開いた口を手でふさいでいる。

「え……もしかして、何か勘違いしてます?」

「てめぇ!人の妹に手ぇ出しといて変態プレイか!?あ?ぶっ殺す!絶対ぶっ殺す!!」

「まぁまぁまぁ、きらりちゃん落ち着いて。」

相田先生が俺に襲いかかりそうになった時、杉本が相田先生の前に入って止めた。

「アンタ!これが落ち着いていられると思うの?!」

「ちょっと待ってください!違いますよ!あいつ今日川でコケたんですよ!」

「そんないかにもな言い訳信じられる訳ないでしょ!?」


とうとう、相田先生は俺の胸ぐらを掴みあげた。そこへ、ドアが開く音がして……

「お姉ちゃん、絆創膏欲しいんだけど……。」

そう言ってひらりが入って来た。この空間だけ、時が止まったようにしばらく無音が続いた。

「…………。」

「春壱、何したの?何でお姉ちゃんに締め上げられてるの?」

「お、お前のせいだろうが~!」

だから嫌だったんだ……。

「え?なんで?」

ひらりは髪は濡れたまま、タオル1枚巻いた格好で出てきた。その事は、この際もうどうでもいい。

「相田先生にちゃんと説明しろ。俺は何もしてないって!!」

「何?まだ疑われてるの?みんなで一晩映画見ながら雑魚寝しただけじゃん。」

「もういい。もう黙れ。」

逆に余計な事言われるとは……。相田先生はさっきより力を増して訊いてきた。

「どうゆうことかな…?春壱君、妹と寝たって言わなかったっけ?」


「妹とも寝たよ~?あ、そういえば、秋ちゃん日曜暇か聞いて。買い出しついでに一緒に買い物するの。」

俺は相田先生に締め上げられながら会話を続けた。

「自分でラインしろ。」

「は?電話番号春壱が教えてくれないんじゃん。」

首周りの力は緩めてくれたけど、まだ離してはもらえない。

「そういえば……忘れてた……。」

「何出し惜しみしてんだよ~!そんなに妹が心配かよ。」

「心配だよ。」

心配だよ。お前に巻き込まれるとこうゆうことになる。本当に心底心配だよ。

「ひらり、あきちゃんて誰?男?女?」

「春壱の妹だよ?」

「あぁ、そうなの。」

相田先生はやっとその手を離してくれた。


「受験生を連れ出したら悪いかな?」

「別に勉強してないんだからかまわないだろ。」

相田先生は俺の前で腕を組んで言った。

「あのさ、春壱君にも妹がいるんだよね?だったら私の気持ちわかるよね?」

「わかりますけど……少し過保護すぎないですか?ひらりはもう子供じゃないですよ?」

相田先生は少し下を向いて言った。

「子供だもん……!私の中では、まだまだ子供だもん。私がオムツ替えて、ご飯食べさせて、服着せて、夜泣きした時は一緒に散歩した……」

相田先生も……恋しいんだ。ひらりと同じように。


「だったら、どうして置いて出て行ったんですか?」

「それは……。」

相田先生は黙ってしまった。その姿を見てひらりは言った。

「それはね、春壱、お姉ちゃんはお姉ちゃんだからだよ。お姉ちゃんはお母さんじゃない。私はお姉ちゃんの子供じゃない。妹なんだよ。」

「ひらり……。」

相田先生はひらりの方を少し見た。

「それがわかってて何に拗ねてるんだよ?」

「私は置いて行かれたのを怒ってるんじゃない!……ううん。やっぱり違う。やっぱり……置いて行かれた事が……許せないんだと思う。私は役立たずだったから?お荷物だったから?…………必要ない?」


「違う。違うよ……。」

相田先生は泣きそうだった。

「あの……ひとまずひらりちゃん何か着よう。その格好じゃ風邪引くよ?」

杉本がそう言うと、二人は、

「何か服出して来る。」

「もう乾いてるから制服着る。」

「じゃあ……ご飯温め直す。」

そう淡々と言って、それぞれ別の場所へ行った。


しばらくして、四人は食卓につくが、とてつもなく……重苦しい空気だ。ひらりはダイニングテーブルの席に着くと、ずっと下を向いている。

「食卓がこんな雰囲気じゃ、ご飯がおいしくないよ?ね?春壱君。」

「はぁ……。」

杉本は何とか明るくしようとよく喋っていた。

「きらりちゃんの料理美味しいよね?」

「はい。美味しいです。」

「美味しいってきらりちゃん!やったね!」

ひらりを見たまま、相田先生は興味無さそうに返事した。

「…………ありがとう。」

「ひらりちゃん食べないの?冷めちゃうよ?」

「私、お腹空いてないから。ごちそうさま。私、もう帰るね。」

そう言って、ひらりは立ち上がり、玄関へ向かった。

「え?もう?この前みたいに泊まって行けばいいのに。」


俺はひらりを玄関まで追いかけた。

「ちょっと待てよ。ちゃんと飯食え。昼もろくに食べてなかっただろ?腹減ってなくても、少しは何か入れろ。」

「食べられないよ……!食べたらまた恋しくなる。この前、久しぶりにお姉ちゃんの料理食べたら、懐かしくて、嬉しくて、泣きそうになった。それに……すごく寂しくなった。お姉ちゃんにはこの家がある。私は……邪魔しちゃいけない。」

「邪魔だと思ってたら家に呼んだりしないだろ?何考えてるんだよ」

そうだ。邪魔だと思っていたら、相田先生はこんなに心配しない。

「だって……だって……私のせいだから……お姉ちゃんを困らせるのも、悩ませるのも、私……。私さえいなければ……」


相田先生はすぐにひらりの所に来て、ひらりの顔を平手で叩いた。

「いい加減にしなさい!私は、私は、あんたがいなければなんて思った事一度もない!!」

相田先生はそのまま2階へ行ってしまう。残された俺達はしばらく何も言えなかった。

「…………。」


そこへ、杉本がやって来て、ゆっくりと言った。

「きらりちゃん言ってたよ。あの家で小さなひらりちゃんだけが、心の支えだったって。どうしてかな?きらりちゃんは、あんなにひらりちゃんの事想ってるのに、自分がいなければなんて、どうして思うの?」

「だって…………私のせいで……。私が……あの人を死なせたから……。」

「え…………?」

杉本と俺は驚いた。二人の驚きは別のものだった。


「それ、きらりちゃんも同じ事言ってたよ?」

「…………え?」

杉本の言葉に、今度は、ひらりと驚いた。


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