杉本の車の中
67
この時は、今日がこんなにも長い1日なるとは思ってもみなかった。
準備室で寝ていたひらりを、ちょうど学校に来ていた杉本先生に引き渡した所で、一緒に車に乗るように言われた。
「何で俺も?」
「だって、駅まで歩くのダルいっしょ?送るよ?」
まあ、今日は暑くて、バスを待つのがダルいなとは思っていた。
「じゃあ……駅までお願いします。」
「杉本タクシー発車しま~す!」
隣を見ると、ひらりは相変わらず爆睡している。
「……こいつ、起きたら確実ぶちギレると思います。だから、あの、ひらりの事よろしくお願いします。」
そう言うと、杉本先生の携帯が鳴る。
「あ、きらりちゃんだ。ちょっと止まるね~」
杉本先生は車を止めて電話に出る。
「うん。春壱君も一緒。うん、わかった。」
杉本先生は電話を切る。
「春壱君、今日家で夕飯食べて行かない?きらりちゃんが家まで連れて来いって。暇?暇だよね?あ、ちゃんとご両親には連絡してね~!」
「嫌ですよ。」
「え?」
この前の事があってから、もう姉妹喧嘩に関わるのをやめようと心に誓った。多分、ひらりがこうなったのは晴だけが原因じゃない。だから、これ以上、俺はこの事に触れてはいけない。
「え~!それじゃ僕きらりちゃんに怒られちゃうんだけど……怒られたら僕の硝子のハートが壊れて、もう部活に来られないかもしれないよ~」
「それは……卑怯…………おかしくないですか?」
思わず途中まで本音が出かかった。
「お願いだよ~春壱君~その方が、きらりちゃんもひらりちゃんも安心だと思うから。ね?お願いだよ~!今回だけ!」
「じゃあ……わかりました。今回だけですよ?じゃあお邪魔します!」
今日で解放される。今回さえ終われば……これじゃまるで拉致だろ?!
俺の強めの声に、ひらりが起きた。
「……ん……春壱うるさい。何?」
「やっと起きたか。」
「ここ、どこ?車の中?誰の?」
杉本はバックミラー越しにひらりの方を見た。
「ひらりちゃんおはよ~!」
ひらりは驚愕して、呆然と杉本先生の笑顔を眺めていた。
「…………。」
「びっくりした??」
ひらりは我にかえって、俺の首を絞めようとした。
「は~る~い~ち~!てめぇ~また売りやがったなぁ~!」
俺はひらりの腕を掴んで阻止した。
「絶対そう言うと思ってたよ。お前が全然起きないからだろ?!椎名先生にこれ以上迷惑かける訳にはいかなかったんだよ。」
その言葉を聞くと、ひらりの力が抜けた。
「あ……しいちゃん……。そっか、準備室で寝ちゃったんだ……」
ひらりは少し落ち込んで座り直す。
「寝不足か?何でこんなに爆睡してんだよ。」
「だって……しいちゃんに抱きついてたら……何だか、小さい時にお姉ちゃんに抱っこされた事思い出して、すごく安心したんだもん。」
ひらりは、相田先生の事が恋しいんだ……。だからきっと……
沈黙を破ったのは、意外にも杉本先生だった。
「ひらりちゃん…………。お姉ちゃんとっちゃってゴメンね~!」
「軽っ!チャラっ!それはダメです。杉本先生、それはひらりを着火させますよ!」
隣にいて、ひらりが殺気立つのがわかった。ひらりは怒るが、拳を握って我慢して、こう言った。
「…………悪いって自覚、あったんですね。」
「そりゃそうだよ~。押しきられて籍入れちゃったら、きらりちゃん実家に帰れなくなっちゃったからね~。」
「そんな……お姉ちゃんが1人で勝手に籍入れたみたいな言い方!!」
ひらりの怒りも虚しいくらい、杉本先生はチャラい。軽い。
「そんな事思ってないよ?ちゃんと二人で決めた事だからね~。」
「だったらちゃんと父に理解を求めてください。」
赤信号で車が止まる。
「僕もそうした方がいいと思ってるんだけどね~ひらりちゃんが、本当の自分を隠してまでお父さやをに気に入られなくていい!って言って行こうとしないからねぇ……。」
「だから……そうやってお姉ちゃんのせいにしないでよ!」
「少し落ち着けよ、ひらり。」
「…………。」
俺が止めると、ひらりは窓の方を向いて、外を見はじめた。その様子を見て、杉本が言った。
「そんなにお姉さんの事好きなら、心配かけちゃダメだよ?高校生なのに男の子の家にお泊まりなんて。いや、以外と手が早いな春壱。」
「いや、マジで違います。誤解しないでください。」
杉本先生、仮にもあんた先生だろ?なんて事言ってんだよ。
「だって……あの日はお父さんは出張だったし、お姉ちゃんは……お姉ちゃんといたら……嫌でも違うって感じる。私はお姉ちゃんみたいに頭良くないし、明るくないし、美人でもないし……。」
「あははは!いくらなんでも、ちょっとそれは誉めすぎじゃない?きらりちゃんに言っとくよ。まぁ、姉妹だからって、そんなにきらりちゃんに引け目感じる事ないんじゃないかな~?」
「引け目とかじゃない!私はお姉ちゃんじゃない。わかってる。わかってるよ……だから、私じゃ晴君を救えない……。」
ひらり……ひらりが相田先生だとしても、晴は救えない。晴が救えるのは多分、晴だけだ。
「ハルくん?春壱君?」
「違います。晴喜の方です。」
「晴喜?ああ、きらりちゃんから聞いた。教育実習の時告白された子だね?」
その言葉に、ひらりは固まった。
「お姉ちゃん、全部話したの?」
「うん、全部話してくれたよ。厳しく指導したって言ってた。きらりちゃんらしいよ。」
「そう……なんだ……。」
ひらりに話していない事を、杉本先生は当たり前かのように知っている。ひらりは悔しいだろう。それは、この杉本が確実に、相田先生にとって大事な存在だという証明だ。その事実を今、目の前に突きつけられた。
「え?もしかしてその子はうちの生徒?」
「そうです。俺とひらりと同じクラスです。」
「じゃあよく知ってるんだ。どんな子?」
どんな子……?
「まぁ、まあまあモテます。」
「あ~!ひらりちゃんはその子の事が好きなんだね?え?春壱君は?あれ?何か変な事聞いちゃった?」
さすがに俺も杉本にイラついた。
「別に。俺とひらりは別に付き合ってないですから。」
「え?そうなの?」
「ゲスな考えは止めてください。春壱は親友です。マブダチです!」
今ならわかる気がする。ひらりの気持ちが。
確かに、ひらりは相田先生に守られてきたのかもしれない。守られはしたが、必要とはされてない。そう思ってしまうのは……仕方のない事なんだろうか?
そう思うのは、まだ子供だからなんだろうか?




