一番近いのは
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俺は少し腹が立っていた。昨日、ひらりは虫除けを取りに行くと行って、そのまま帰った。何の連絡もなく、勝手に……。
「合宿や展覧会の準備もあるけど、新学期公演も控えてるからね。みんな、公演の稽古と準備もちゃんとやっていこう!」
「はい!!」
部長の言葉に、みんなは声を合わせて返事をした。
「じゃあ、稽古始めるよ~!」
台本を見ていると、部長の掛け声で稽古が始まった。今日はあいつの出番もある。思ったより、あいつは、そつなく演技をこなしていた。でも、誰が見ていてもわかる。心ここにあらず。という感じだ。部長は手を叩いて止めた。
「はい。とりあえずここまで。よし、まぁ、なんとか形になってきたね。でも……ひらり。」
「……はい。」
「気持ち、入ってないよね?」
「…………はい。」
ひらりは下を向いて答えた。
「ひらり、稽古中は稽古に集中しろよ。」
「わかってる。」
注意しても変化がない。
「なーに?ひらり、恋煩い?」
先輩がひらりの肩に肩を寄せて言った。
「へ?は?」
「好きな人の事考えてて心ここにあらずなんでしょ?」
他の先輩達もひらりをからかい始めた。どうやらこれが、先輩達の可愛がり方らしい。
「い、いえ、あの……」
「何だっけ?片岡君?」
「慎ちゃんだよ。慎ちゃん!」
先輩達まで……慎ちゃん……
「慎ちゃんとは友達ですよ!変な勘繰りしないでくださいよ!」
「え?晴君は?晴君はどうなったの?」
「晴君はもう古い!今は慎ちゃん!」
古いとか……流行じゃないだろ?
「おい、春壱!何うかうかしてんだ!何人に横からかっさらわれれば気が済むんだ?え?」
部長にまた胸ぐらを捕まれる。
「部長、まだ言うんですか?それ。」
「ひらり~!ひらりも立派な恋多き女になったねぇ~!」
そこは無視か!!
「恋…………多き…………」
ひらりは落ち込んだ。明らかにテンションが下がる。
「部長~!私を叱ってください。全然、恋とか愛とかラララララですよ!」
「ひらり、何言ってるのか意味不明だよ。」
本当に意味不明だ。
「みんな、好きな人がいるのに、私だけ……私だけいないなんて!」
部長は一瞬止まった。
「はぁ?誰も好きじゃないの?あんた正気なの!?」
「部長、私はダメ人間です……。」
「珍しくひらりが協力して欲しいって言うからてっきり……」
先輩達はそれで張り切ってたのか……。
「慎ちゃんにも、他に好きな人がいるんですよ?」
「ひらり!他に好きな人がいるから何?恋愛は弱肉強食よ?取った方が勝ち!取った方が正義なの!他に好きな人がいるから諦めるなんてナンセンス!!」
部長はひらりに詰め寄る。
「部長、近い近い。言ってることが無茶苦茶ですよ。」
ひらりは逃げようと廊下に出ようとする。
「ひらり、諦めちゃダメ!自信のない演技ほど見苦しいものはないんだよ?自信を持って、お客さんに、見ろ!私の全てを見ろ!そうやって、見ている人の世界を征服しなきゃ!」
「…………はい。」
ひらりは練習教室の扉にかけた手をおろした。
部活が終わり、昼食を済ませ、美術室へ行く。ちょうどひらりが前を歩いていた。
「おい、昨日、どうして勝手に帰った?」
ひらりは振り返ると、冷たい目でこう言った。
「飽きちゃったから。日に焼けるわ蚊にさされるわ……川遊びは性に合わん。」
「あっそ。お前、やっぱりムカつく。」
「春壱こそ。世界を征服するとか言って全然征服できてないじゃん。もうやめよ。世界征服とか痛い。そんなの、バカバカしい。」
…………は?信じられない一言だった。
「お前…………何?」
「世界なんか…そう簡単には変わらないよ。どうせ……」
俺はキレた。気づいた時には、美術室のドアを殴っていた。ドーンッと音が廊下に響いた。
心臓の音がうるさいくらいに、頭に血がのぼっていた。
「…………帰る。」
「おお!帰れ!!」
しばらく睨み合っていると、先輩達がやって来る。
「どうしたの?喧嘩?」
「今日は帰ります。お疲れ様でした。」
ひらりは美術室に入る事なく、帰って行った。
「あ、ちょっとひらり!」
俺の様子を見て、先輩達が口々に喧嘩だと話していた。
「どうしたの?」
「喧嘩だって。」
先輩達は話をしながらぞろぞろと美術室に入って行く。
俺はひらりの後ろ姿を見送って、美術室のドアを叩いた手の痛みにやっと気がついた。
「痛て……。」
先輩達の後に続いて美術室へ入った。
「失礼しまーす!」
「あ、演劇部の皆さん?美術部顧問の椎名です。この度は展覧会のお手伝いありがとうございます。」
今日は美術部の顧問の椎名先生が来ていた。
「相田さんが……あれ?今日は相田さんは?」
「帰りました……。」
「そう……。昨日、相田さん様子がおかしかったけど、大丈夫だった?」
俺はムカつきすぎて先生言葉の判断がつかなかった。
「様子がおかしい?いつもの事じゃないですか。あいついつも頭オカシイですよ。」
「そうゆうおかしいとは違うの。自分を許せないから私は一生誰も好きになれない。って……何だか変よね?大丈夫かな?」
椎名先生は知らなかったのか?それは、前からひらりが言ってた事だ。今さらおかしい事もない。
「ひらりはまだ……まだ何か悩んでるのかな?そろそろひらりが乗り越えられると思って配役したけど……まだ無理だったのかな……?」
「でも、いつまで?いつまでも可哀想な子扱いするの?」
可哀想な子扱い?
「だから、可哀想扱いしないためにこの配役にしたんだって。」
「それが可哀想扱いな気もするけどね。」
「仕方ないよ。ひらりがこんな風になるとは誰も想像してなかったし。」
先輩達は、ひらりの事情を知ってたのか……。
「先輩達は去年のひらり、知ってるんですよね?」
「まぁ、去年の夏前くらいからね。期末テスト期間に突然入部したいって。」
「最初、全然笑わないし、意見も言わない。少しずつ私達のノリに慣れて、ここまで来たんだけど……」
最初は笑ってなかったのか……。
「この役が決まってからひらりおかしいよね?恋するとかってそんなに難しい?」
「ひらりにとっては難しいんでしょうね。」
「あの、昨日、自分を好きになる事から初めてみれば?ってアドバイスしたつもりなんだけど……逆に怒らせちゃった?みたいで……。」
椎名先生が心配していると、片岡がフォローしていた。
「違いますよ。椎名先生のせいじゃないと思います。相田さん、お姉さんに何か言われてたから……椎名先生の言った事というより、その事と関係あるんじゃないかな?」
「片岡君、事情知ってるの?」
「詳しくは知らないです。知ってるのは須藤です。」
全員が一斉にこっちを見た。
「俺も詳しくは……あいつ、家庭環境が複雑で……お姉さんとも喧嘩?してて……これ以上は俺もよくはわかりません。」
「春壱君、公演や展覧会の準備はこっちに任せて、ひらりの所へ行って話聞いて来てよ。」
「何で俺が?」
みんなは顔を見合わせて口々に言った。
「それは…………ねぇ?」
「同じ学年だし。」
「同じクラスでしょ?」
「同じ部活の仲間じゃん!」
そして、片岡まで……。
「須藤、相田さん言ってた。須藤のおかげで名前が人並みになったって。」
「は?何だそれ。」
意味がわらかん。
「スケッチブックの一枚目。」
「だから、何なんだって。余計わからん。」
「相田さんに一番近いのは須藤って事。世界を変えてやるんじゃなかったの?」
全員、俺に行けという目で見る。その視線に負けた。
「あーもう、わかったよ!」
俺は鞄を持ってひらりを追うために、走った。
これは、俺の意思じゃない。行かされたんだ。俺は、全然あいつを許してない。




