願い星と叶え星
39
七夕の放課後、俺は玄関で待ち伏せして、なんとかあいつを捕まえて、演劇部の練習教室まで連れて行った。
「嘘…………もしかして……」
ひらりは教室の中にドームがある事に気がつくと、入り口のドアに駆け寄った。
「入れよ。」
そう言ってドアを開けると、
「あの、話って……これ?」
「話は中で。さっさと中入れば?」
中へ入り、シートを閉じると、真っ暗になった。
「先輩達は?」
「部室の笹に短冊飾ってる。」
携帯の光で手元を照らし、投影機のスイッチを入れる。星座を結ぶ線はなく、満天の星空というより、まるで宇宙だった。
「うわぁ~綺麗~!!」
暗くて顔はよく見えなかった。でも、喜ぶ顔は想像できた。
「良かった……。手間かけてドーム作った甲斐があった。」
そう言って投影機の隣に座った。
「これ、春壱が作ったの?」
投影機の向こう側から声が聞こえた。
「先輩達がこうゆうの作りたいって言うから手伝っただけ。」
目がだんだん暗闇に慣れて、少しひらりの姿が見えるようになった。
「凄いよ!凄い!凄い!昼間に星が見たかったんだ~。1つ、願いが叶ったよ。」
ここまで喜んでもらえると、作った甲斐があるな。作ってやりたくなる先輩達の気持ちもわかる。
「先輩達、お前のために、これ、3倍の大きさで作ろうとしてたぞ?」
「3倍!?」
先輩達はきっと、ひらりの事はまだ同じ部活の後輩だと思ってる。戻って欲しいと思ってるんだ。
「お前さ、本当に演劇部やめたのか?」
「うん……。」
二人で黙ると、ドームの中は恐ろしく静かだった。
「演劇部には……戻らないのか?」
「…………うん……。」
ひらりの返事には迷いがあった。だったら挑発してやろう。
「世界を征服するとか偉そうな事言って、逃げるのか?」
ひらりの影が少し動いた。
「……だって…………怖い。」
「何が怖いんだよ?失敗か?失敗が何だよ。羞恥心もプライドも無いクセして、失うものなんか何もないだろ。」
失敗ってなんだ?
「演出の理想に答えられなかったら、確実に失敗だよ!きっと……みんなガッカリする。大好きな人達をガッカリさせたくない。」
「途中でやめたら、それこそがっかりだろ?途中でやめるぐらいなら失敗すればいい。そんなに重く考えるなよ。途中の頑張りはみんな認めてくれてるんだろ?」
そんな完璧、誰も求めてない。
「途中の頑張りなんて…………認められるわけない!!私が世界を見せたい人達には、途中の頑張りなんて見せない!!たった一度の本番しか見せないんだよ?その時その瞬間、目に入った物だけが、世界の全てなんだよ。半端な物見せて、見なければ良かったなんて思われたくない……。」
どうやら俺は軽く考えていた。たかが部活。その考えは、こいつの中には存在しなかった。
「じゃあ……半端にしなければいいだろ?」
冷静になれ。冷静に冷静に。また、余計な事を言わないように。
「このままじゃ半端になるからやめたんだよ!」
「半端でもいい。……と思う。これは、俺個人の意見だけど……お前が、お前らが悩んだり苦しんだりして、全力で作りあげた世界なら、お前がお前の世界を変えるほどのものなら、それが半端でも見てみたい。」
ひらりは少し笑った。
「春壱、ドS?てか、ハードル高っ~!」
「悔しかったら、俺のハードル越えてみろ。俺の世界を征服してみろよ。」
ひらり何かを思い出して、また黙る。そして、気まずそうに口を開く。
「でも……だって……春壱は私の演技、見たくないんじゃないの?」
「あれは……売り言葉に買い言葉っていうか………。あの、あの時は………八つ当たりして悪かった。」
やっと、謝れた。やっと謝るチャンスが与えられた。
「お前じゃないよ。私はお前って名前じゃない……これから、ちゃんと名前で呼んでくれたら許してもいいけど?」
そういえば、名前を呼んだ事があったかどうか記憶にない。何だか、少し緊張した。
「ごめん……ひらり。」
「春壱がまた1つ、短冊のお願い叶えてくれた。ありがとう。」
叶えた?壁の事か……?壁は…………もう無くなったのか?
しばらく二人は、無言で星を見た。作り物の空はあまりにも綺麗な世界が広がっていて、まるで別世界へ行ったようだった。
「星、綺麗。」
「なんで、昼間に星が見たいんだ?」
「天気関係なく織姫と彦星が会えるから?」
「はぁ……?」
俺達はまだ幼稚で、到底織姫と彦星にはなりえない。
「ねぇ、叶え星さん。」
「叶え星?」
俺の事?
「もし、もう1つだけお願い叶えてくれるなら……」
あいつは、ひらりは、真っ直ぐこっちを見てこう言った。
「私と一緒に、世界を征服してください。」
すぐには答えられなかった。
「俺と関われば、傷つくかもしれない。それでも、俺と関わりたいか?」
ひらりは質問の意味が理解できないようだった。
「春壱……病気なの?すぐ死ぬの?」
「え?どこも悪くないけど。」
「じゃ、じゃあ、誰かに追われてる?実はマフィアとか?それとも高レート麻雀で借金?やっぱり秘密スパイ?わかった!秘密結社だ!宗教だ!」
多分、思い付く限りの最悪の予想したんだろう。
「はいはい、落ち着け。全部不正解。残念ながら何のスキルもないただの高校生です。」
いやいや、何の話だよ。これ、プラネタリウムで話す内容じゃないだろ。
「じゃあ、俺に触れると火傷するぜ?的な要素が全然見つからないんだけど……」
「そんな事言ってねーから。」
それは……確かにそうゆう意味に聞こえるかもしれない……。
「俺は……晴の幼なじみだから。」
「幼なじみだから?晴君と?ボーイズラブ?羽多ちゃんはカモフラージュ?大丈夫。私、二人の仲は秘密にする!」
「待て待て待て!」
女ってなんですぐそうゆう方向に行くんだ?
「俺は晴の幼なじみだから、晴が悪くても晴を選ぶ。お前の味方はしない。これだけは言っておく。嫌な思いをしたくなかったら晴には気を付けろ。」
「気を付けろって?何を?」
何を?具体的に……?好きになるな。なんて言えない……。言える訳がない。
「あのさ、晴君に気をつける事と、春壱が演劇部に入るのと何が関係あるの?」
確かに……晴が演劇部に入る?そんな訳ないだろう。じゃあ、別に演劇部を手伝う事がダメな理由はない。部活の時間以外関わらなければ、晴と離せる可能性はある。
ひらりは決心したように、座り直した。
「じゃ、take2ね。私と一緒に、世界を征服してください。」
そして、手を差し出す。
「………まぁ、考えておく。試合も終わったし、しばらく暇になるから…」
「ちがーう!違うよ!」
ひらりは急に大きな声を出した。
「いい?春壱。願い星さん、がってん承知の助!だよ!」
「訳のわからんノリを要求するな!」
ひらりはがってん承知の助の動きを何度も何度も見せてくる。
「私がやった通りにやってみて。ほら。こう!」
きっとこれも、こいつなりの壁の壊し方なのかもしれない。俺はなんとか、ぎこちなくやってみた。
「が、がってん?承知の……助。」
「やった~!春壱~!」
そう、言うとひらりは抱きついてきた。
「ちょっお前……」
また、壁をぶち破りに来たな?
「歓迎のハグだよ。演劇の世界へようこそ。春壱。」
これは愛とか恋とかじゃない。ただ、二人の間にはもう壁はない。俺達はきっと、そう確認したかったんだ。
ドームを出ると、先輩達が待ち構えていた。
「おかえり、ひらり。」
みんな口々に、ひらりに声を掛けた。




