好きになれない理由
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七夕イベントから数日が経った放課後、学校から駅まで1人で歩いていた。帰り道の景色はもうすっかり夏だ。歩道トンネルに差し掛かると、バニラを思い出した。思えば、バニラがきっかけだった。傘、資料集、台本、道着……。
「春壱!」
後ろから呼ぶ声がした。振り返ると、後ろからひらりが小走りで歩いて来た。
「何度も呼んだのに、全然気づかないでどんどん帰っちゃうんだもん!小走りでついてきたよ!」
二人は並んで歩き始める。
「お前オーラ無さすぎ。全然気がつかなかった。」
「こんな所でオーラ必要ないでしょ?春壱こそ、突然立ち止まって1人で立ち止まってボーっとしてるとかなり不審だよ?」
バニラを思い出していたなんてとても言えなかった。
「うるさいな。そっちこそいつも不審者みたいな事やってるクセに。」
「練習だもん!まぁ、半分は部長の気まぐれ。」
「劇部の部長、結構Sな所あるよな~」
夏川先輩との激論なんかは、本当に厳しい人だと思った…。
「でも、部長は凄く頼りになるの。今日も相談に乗ってくれたし。」
「役の事か?あの後どうなった?」
あの後、ひらりは演劇部に戻った。先輩達は役はそのままひらりができるように開けてくれていた。
「基本の人物像は出来てきて、固まってはきたんだけど……肩透かし?って言うのかな?」
「まだ掴めないか……。」
その関係で、役を掴む為の話し合いはまだまだ続いていた。
「なんか、何度やってみても役が降りてくる感じがないんだよね。」
「降りてくる?」
「役が降りて来るとね、頭の上の方に冷静な自分がいるのに、体が勝手に動くようになる時があるの。」
憑依?何だかオカルトな話だな。
「なかなかそうはならなくて……きっとまだ気持ちの理解が不十分って事だよね……。」
「気持ちの理解か……」
だから経験した方が手っ取り早いって訳か。
「実際に先生を好きになればいいんじゃないか?杉本とか」
ひらりは急に足を止めた。
「いや、クラスの女子にも言われたけど杉本は本当に勘弁。」
「お前、あーゆうタイプの男苦手なんだな。どうりで晴を好きにならない訳だ。」
どうやら、俺の思い過ごしだった。ひらりは晴の事が苦手な事がわかってきた。ひらりは立ち尽くしたまま動こうとしない。
「あいつは、絶対好きになれない。お姉ちゃんもいつも振り回されてて、何で結婚したのか全然わかんない。」
「は?」
今なんて?相田先生が結婚?
「もっと真面目な人選んでくれたら安心なのに……。杉本先生はお姉ちゃんの結婚相手。義理の兄なの……。」
「マジかよ……!」
結婚した事はひらりから聞いていたが、それがうちの学校の先生だとは…………
「いや、これがマジなんだよね……。」
「そりゃ好きになったらまずいか……。」
ひらりは、肩にかけた鞄の取っ手を握り直した。
「先生だから好きになれない訳じゃなくて、アイツの事は絶対好きになれない。だって…………」
何となく、その続きがわかった。
「何?お姉ちゃんを取られた~とか思ってんの?」
「そ、そんなシスコンじゃないよ!」
焦ったひらりはどんどん先に進んで行った。
「そうなのか?杉本が気に入らないのは、そのせいかと思った。」
「え、それじゃ、どう頑張っても先生を好きになる役なんて無理じゃん!それじゃ困る~」
俺が追い付くと、ひらりは頭を抱えてしゃがみ込んでいた。
「先生だと思わなければいいんじゃないか?」
「え?」
ひらりは顔をあげてこっちを見た。
「好きになった男が先生だった。それだけ。そう思えば?」
「好きになった男が先生……先生は嫌ぁあああ!!あいつが!!あいつが!!あいつがいなければ!!」
何かを思い出したひらりは、道に生えている草をむしり、八つ当たりしていた。
「落ち着け!落ち着け!」
思ったよりなかなか闇が深いな。
「とにかく杉本と話合ってみろよ。杉本が嫌いじゃなくなれば解決だろ?」
「…………。」
ひらりは駅までずっと黙ったまま、腑に落ちなさそうな顔をしていた。




