梅雨の終わりに
35
月曜日の朝、部長に呼び出されて、3年教室前の廊下に行った。そこにはご機嫌そうな部長が待っていた。
「おはよう!ひらり!昨日はどうだった?」
「……部長。」
私の反応に部長は戸惑う。
「な、何?今回私達何もしてないよ?春壱君呼び出した以外何もしてないからね?」
動揺のあまりバラしてますよ部長…………
「ごめんなさい。」
「え?」
ちゃんと言わなきゃ……ちゃんと……
「やっぱり、私には実際の恋は無理です。恋に恋する空回りキャラでやらせてください。」
「え……ひらり、昨日何かあった?」
何かあったとしたら……挫けたのかな?
「昨日、デートしてみてわかったんです。付け焼き刃で演じた所で、私には完璧にそう見せるだけの技術はないし……。」
「待って待って?恋しろとは言ったけど、実際に恋してる人を観察したり、ドラマなんかを参考にしたりして役を作りあげる事もできるでしょ?まだ2ヶ月あるんだし、もう少しやってみよう?」
確かに、まだ時間はある。
「でも……私……」
「自分の内側をさらけ出すような役は怖い?でも、笑えるより、共感できる方が、よっぽど人の心に響くと思うんだよね。ひらりは、人の心に残したくない?」
それは……そう望んでいても……
「残したいですけど……」
「私もなるべく相談に乗るから、もう少しやってみよう?ね?」
部長の気持ちに嫌とは言えなかった。
「……はい。」
お昼休み、全然食欲がわかなくて1人で非常階段前にいた。
「今日も……雨だなぁ……。早く梅雨明けないかなぁ。」
日の当たらない非常階段前は蒸し暑い教室とは違って、ひんやりしていた。
私は台本を開いて役の台詞を声に出してみる。
「先生、私じゃダメだって………どうして、私じゃダメだったのかな?私が生徒だから?わかってる………わかってるよ。でも、どうしても諦めきれないよ。」
台本を投げ捨てて、廊下に大の字に寝転がる。全然ダメだ。どうしても台詞に気持ちが入らない。
目を閉じると、声が聞こえた。
「こんな所で寝たら風邪ひくよ?」
晴君だ。晴君は上から私の顔を覗き込んでいた。
「寝てないから大丈夫だよ。」
私が起き上がると、晴君は隣に座る。
「昨日からどうしたの?」
「どうしたの?って?」
「帰りも黙ったままで全然喋ろうとしなかったよね?」
「それは……晴君が喋らない方がいいって言ったんだよ。」
少し、棘のある言い方をした。私は別に、不思議ちゃんだなんて思われたくない。
「何怒ってるの?」
「怒ってる?別に怒ってないよ。」
怒ってる訳じゃない。
「じゃ、落ち込んでる?春壱に好きな人がいたから?」
「は、はぁ?そんなの私には関係無いよ。」
「え~本当に?本当にショックじゃない?」
晴君には見透かされてるのかな………?じゃあ、これ以上は恋人ごっこは続けられない。
「晴君、今まで恋人役ありがとう。もう、私に関わらないで。じゃ。」
私は晴君を置いて去ろうと立ち上がると、手を引かれ、引き止められる。
「そんな、冷たいな~僕は好きなのに。ひらりちゃんの事。」
「は?」
一瞬時間が止まったみたいだった。晴君は何を言ってるの?
「好きだよ。」
こ、これ、告白……?いや、これまた晴君の冗談だな?
「…………い、いやいや、またまたご冗談を~。」
晴君はため息をつくと、私に詰め寄る。
「どうしたら本気だって信じてもらえるのかな~?本当に好きなのに。ひらりちゃんも、僕の事好きになってよ。ね?」
私は寄られる度に後ろにさがりどんどん下がる。
「ど、努力してみます……。」
私が台本を拾っていると、そこへ春壱がやって来た。
「努力して好きになるぐらいならやめとけ。こいつは最低な奴だぞ?」
「壱~まだ怒ってるの?」
「怒るに決まってるだろ?」
「あはは。昔から根に持つタイプだったよね~」
「お前、人のプライバシーを侵害しといてその態度は何だよ!」
「春壱、もうやめてよ。うたちゃんの事は誰にも言わないから……」
止めるつもりだった。春壱の怒りが私にまで向かなければ……
「だいたいお前が人の恋愛の話聞きまわってるから晴の奴が調子に乗って……」
「わかってるよ!!悪いのは私だよ!」
我慢できなかった。
「何だよ逆ギレかよ!」
逆ギレと言われようと、何と言われようともう我慢できない。
「どうせ私は誰も好きになれない、自分勝手で最低な人間だよ!」
「今度は開き直り?」
もう、止まらなかった。
「もう、もう……やめるから。やめるからいい!!」
全部終わりにしたい。
「お前……ちょっと落ち着けよ。行き詰まってるのはわかるけど……」
私の様子に春壱は少し顔色を変えた。
「やっぱり役を降りる。もういい!演劇部もやめる……」
その言葉に、春壱もキレた。
「はぁ?人の事散々巻き込んどいて、今さらやめる?あーそうかよ!やめちまえ!お前の演技なんか誰も見たくねーよ!」
「壱……それはさすがに酷いよ……。」
晴君が止めようとしてくれたけど、もう遅かった。私は春壱に台本を投げつけてその場から逃げ去った。
その足で3年生の教室へ向かった。私は教室の中の部長の元へ行く。
「失礼します。部長、今までお世話になりました。今日限りで演劇部を退部させていただきます。」
「はぁ!?ちょ、ちょ、ちょっと待って?今朝、もう少しやってみるって……というか、退部って!?」
部長は驚きのあまり混乱している。
「春壱……私の演技は見たくないって……」
「はぁ?」
「今まで、お世話になりました!失礼します!」
驚いて、その場に立ち尽くす部長を置いて、深く礼をして3年生の教室を出た。
教室に戻ったら、春壱の後ろ姿が見えた。私は鞄を持って、午後の授業をさぼって帰る事にした。頭にきていて、どう帰ったのか記憶にない。長い長い帰り道をとぼとぼと歩いて、気がつくとトンネルの前で立ち尽くしていた。
雨あがりの夏草の匂いがした。季節はもうすぐ夏が来るのに……私はまだ梅雨空が続きそう……。トンネルに入る前に、今までの事を思い出して泣いた。
先輩達は優しかったし、練習も楽しかった。私の好きだった演劇の世界。世界を征服するどころか…………世界の終わりだ。
世界の終わりに涙するなんて…………なんて寂しいんだろう。




