部室へDVDを取りに
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あいつは、教室でDVDを渡してくるが、教室での貸し借りは人目について嫌だ。何より、晴に見られるのが気が引ける。また一緒に帰らされて、晴にとやかく言われるのもめんどくさい。
確か演劇部の練習教室は校舎の外れだったと思う。体育館と道場のある棟の逆方面の空き教室だったような……。さっさとDVDを返して帰りたい。
「そこはもっと暗い雰囲気じゃない?」
「でも、ここはこのくらいじゃないと、後が繋がらないよ。」
まだ練習中か。俺は終わるまで外で待つ事にした。
「台本ちゃんと読んでるの?」
「読んでるよ。暗いと気持ちが繋がらないよ?」
何やら険悪な雰囲気だ。
「まぁ、今日は練習この辺にして、一晩みんな考えて、明日またやってみよう!みんな、帰る支度して~!」
「はーい!」
終わったようだから、ドア窓から様子を見てみると、あいつにすぐ気づかれた。
「あ……春壱。DVD、部室から持って来るから待ってて!」
「ひらり、部室行くの?だったら、これ持って行って、鍵閉めお願い!」
あいつは部長らしき人からCDデッキと鍵を受けとる。
「はーい!春壱、部室の方行ってて。」
「部室ってどこ?」
部室棟は知ってるが、どこがどの部室なのかは全然把握していない。
「じゃ、待ってて。」
すると、あいつは突然Tシャツを脱ぎ始めた。ちょ、ちょっと待て。
「お前、何脱いでんだよ!ここ廊下だぞ?」
俺はとっさに後ろを向いた。
「だって部室狭くて着替えづらいし、春壱待たせてるからすぐ着替えないと。」
「何もここで着替える事ないだろ?せめて教室にはいって…」
と言い終わる前に隣にあいつの姿があった。
「終わった。行こ。」
「早っ!」
あいつは歩きながら、ジャージを鞄に詰めていた。
「ジャージ畳めよ。雑だな。」
「あはは~よく言われる~」
女子はもっと丁寧に服畳んで……
「中学の時チ◯コついてるんじゃないかって言われてた~あ、もちろんついてないよ?」
「女子がチ◯コ言うな!」
最低だ…………。
「お見せする事はできませんが、一応女子でーす!行こ~!」
最低だ。中身はまるでオヤジだ。これがあの月のお姫様になるんだから…………やっぱり詐欺だ。
演劇部の部室は部室棟の階段から一番遠い、一番端の部屋だった。
「ちょっと散らかってるけど中入って。」
あいつは鍵を開け、CDデッキを棚の上に置いた。部室は子供部屋くらいの広さに、所狭しと機材や衣装、小道具やチラシであふれている。
天上近くの段ボールに、世界を征服せよ!と書いてあった。
「あれ、何?」
「どれ?」
俺は棚の上にに飾ってある段ボールを指差した。
「世界を征服せよ!ってやつ。」
「あぁ、小道具だよ。」
確かこの前……
「この前、公演始める前も言ってたよな?」
「え?よく覚えてたね。あれ、合言葉みたいなものだよ。」
あいつは荷物をかき分けながら、何枚かのDVDを奥から出して来た。
「合言葉?」
「お芝居をしている時間はお客さんの世界を征服するように。演技している時間は世界は私達が支配しているって。先輩達がやったお芝居の台詞なんだって。これ、どれがいい?」
俺は適当に一番右のDVDに指を差す。そのうちの1枚を一台だけ置かれた机の上に置いて、それ以外のDVDを奥に返しに行く。
「だからって進路希望票に書くなよ。」
「え!!何で!?何で知ってるの!?」
そりゃ驚きすぎだろ。俺はエスパーじゃない。
「今朝職員室で担任に怒られてる所見た。」
「あ~なんだ。それでか……。」
逆にそんなにがっかりするな。
「本当はね、将来の事なんて全然考えられなくて……とりあえず進学って書たら……何か違うなって思って。」
「そこ違わないだろ。普通に第一志望進学でいいから。」
俺はDVDを待つ間、入り口の椅子に座る。
「そぉ?そうなの?」
「お前にどんな野望があろうと、そんなの先生が理解できるわけない。」
また荷物をかき分けて、あいつが戻って来る。
「そう……だよね。あーあ、帰って台本読んで練習して現実逃避しよう。はい、これ。」
あいつからDVDを受け取ると、俺は椅子から離れて、ドアを開ける。
「現実逃避って…………」
「現実逃避だよ。お芝居をすれば、どこへでも行けるし、誰にでもなれる。私は私の世界を抜け出して、違う世界へ行ける。」
「それはわかる気がする。」
外へ出るとあいつは部室のドアを閉め、鍵をかける。
「ここはいい所だけど、何もない。私はこの世界からどこへもいけないし、何も変えられないような気がしちゃうんだよね。」
それは何かおかしいんじゃないか?
「世界を征服するなら、自分で自分の世界くらい変えられるだろ。それが征服するって事じゃないのか?」
あいつは一瞬考えるが、すぐにこっちを見た。
「そっか…………そうだよね。ちゃんと世界を征服しないとね。春壱、ありがとう!」
ありがとう?お礼を言われるような事言ったか?




