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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest29:アンデッドの群れを撃退せよ その1



 空が赤く染まり、焦げた臭いが辺りに充満している。

 数え切れないスケルトンが城壁に群がっている。

 不意にネット配信されていたドキュメンタリーを思い出した。

 ジャングルを移動し、時に馬や牛などの大型動物も補食する軍隊アリ。

 天敵のいない外国で繁殖し、生態系や人々の生活に甚大な被害をもたらすヒアリ。

 幸いと言うべきか、スケルトンはアリほど社会性を有していない。

 押し合いへし合い、踏み付け踏み付けられ、城壁を乗り越えようとしている。

 もちろん、衛兵も黙って見ている訳ではない。

 城壁の上から矢を放ったり、岩を落としたりしている。

 攻撃を受けて動けなくなるスケルトンもいたが、いかんせん数が違い過ぎる。

 このままではロックウェル――シェリーが殺されてしまう。

 恐怖と焦燥、怒りが混ざり合い、殺意にも似た感情を醸成する。

 右腕がひどく疼く。


「……作戦を立てるぞ」


 マコトは感情を腹の底に沈め、仲間達を見つめた。


「マコトさん、冷静すぎ――」

「黙ってなさい」


 ユウカがフジカの言葉を遮った。


「どうせ、シェリーの保護を最優先って言うんでしょ?」

「……ああ」


 マコトは短く答えた。

 助けられるものなら助けたいが、優先すべきはシェリーだ。

 優先順位を間違えてはいけない。


「いくら高レベルって言っても俺達の体力は無限じゃない」

「あたしを連れていく気満々ね」

「嫌ならそれで構わねーよ」

「そういう訳にもいかないでしょ」


 ユウカは溜息混じりに言った。


「どういう風の吹き回しだ?」

「どういうって、素直に喜びなさいよ」


 ユウカは不満そうに唇を尖らせ、三角帽子を深めに被り直した。


「マコトは知らないかも知れないけど、割とお世話になってたのよ」

「それなのに宿を変えたのか?」

「それはそれ、これはこれよ。それと……」


 ユウカは腕を組み、そっぽを向いた。


「…………相棒だもの」

「ナイスツンデレだし!」

「台無しだな」


 フジカが親指を立てて言い、マコトは小声で突っ込んだ。


「あたいらも一緒に行きてぇけど、足手纏いになっちまうからな」

「そうッスね」

「そうですね」


 リブの言葉にフェーネとローラが頷く。

 フェーネ、リブ、ローラ、フジカの四人は戦力にはなる。

 だが、マコトとユウカに付いてこられるかと言えば難しいと言わざるを得ない。

 かと言って四人を遊ばせておくのは――。


「あの、マコト様?」

「何だ?」

「クリス様を助けに行きたいのですが……」


 ローラは申し訳なさそうに言った。


「首になったくせに律儀ねぇ」

「完全に首になった訳では……」


 ローラはごにょごにょと言った。


「元の雇い主のことなんて気にしてないかと思ったわ」

「ユウカさんはクリス様のことが嫌いなのでしょうか?」

「愚問ね」

「一応、私達の後ろ盾になってくれているのですが……」

「子どもを見殺しにはできないわね。四人ともクリス様のことを頼んだわよ」

「清々しいほど自分本位だし」

「金づ……子どもを助けたいって気持ちを否定されるのは辛いわね」

「金づるって言おうとしてたし」

「あと、ついででいいんだけど、あの二人がいたら助けてやって」


 ユウカはフジカの指摘を無視した。


「あの二人って、剣士と狩人のことッスか?」

「うん、まあ、その二人」

「これ以上、人数を分けるのは……」

「見かけたらでいいわ、見かけたらで。所謂、努力目標ってヤツね」


 ローラが申し訳なさそうに言うと、ユウカは軽い口調で言った。

 口調ほど軽く考えていないはずだが、優先順位を考えてのことだろう。

 その時、近くの茂みが揺れた。

 反射的に視線を見ると――。


「えへへ、どうも」

「ダンジョンではありがとうございました」


 メアリとアンがいた。


「二人とも無事だったのね!」

「転移したらスケルトンがいて」

「茂みに隠れました」


 メアリとアンは申し訳なさそうに言った。


「二人とも駆け出しだもの。仕方がないわ」

「ユウカらしくない台詞だし」

「どういう意味よ?」

「ユウカなら殺されてもいいから一矢報いろって言うはずだし」

「あたしを何だと思ってるのよ」


 ユウカはムッとしたように言った。


「ちょっと待って欲しいッス!」

「何だ?」

「転移した時にスケルトンがいたってことはかなり時間が経ってるんじゃないッスか?」

「……そうだな」


 マコトは静かに頷いた。


「ローラ、街が襲われた時は住人はどうする決まりなんだ?」

「教会に逃げ込む手筈になっています」

「そうか」


 目の不自由なシェリーが無事に教会まで辿り着けるだろうか。

 そんな不安が湧き上がる。

 だが、ここまで分かれば十分だ。

 あとは行動するのみ。


「城壁を襲ってるスケルトンをぶっ飛ばして『黄金の羊』亭に向かう。シェリーがいなけりゃすぐに教会に行く」

「雑な計画ねぇ。少しは考えたの?」

「ないなりにな」

「ごり押しは計画って言わないわよ」

「ユウカ、頼んだ」

「あたしが……ふぅ、分かったわよ。あたしの魔法で城壁に群がるスケルトンどもを駆逐してやるわ」


 ユウカはくるんと杖を回転させて肩に担いだ。

 そのままマコト達から距離を取り、詠唱を始めた。


「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、凍てつけ凍てつけ氷の如く、閉ざせ閉ざせ霧の如く――」


 半球上の魔法陣がユウカを中心に展開する。


「我が敵と共に凍り付け! 顕現せよ! 霧氷の世界! 氷爆アイシクル・バースト!」


 ユウカが杖の先端を向けると、魔法陣が砕け散った。

 失敗したのかと思ったその時、スケルトンの真上に白い光が生まれた。

 それはゆっくりと舞い降り、地面に触れた。

 次の瞬間、光は渦を巻き、炸裂した。

 爆風が押し寄せる。

 だが、それは――。


「ギャァァァァ! い、痛いしッ!」


 フジカが爆風で捲れそうになるスカートを押さえながら絶叫した。

 彼女の言う通り、その爆風は冷気を孕んでいた。

 それも痛みを感じるほどの冷気だ。

 瞬きするたびに違和感を覚える。

 もしかしたら、眼球表面の水分が凍っているのかも知れない。

 かなり離れているにもかかわらず、この威力だ。

 スケルトンの被害はマコト達の比ではない。

 スケルトンは、いや、爆心地とその周辺は白く染まっていた。

 そこには何も存在しない。

 魔法の影響で凍結し、砕け散ったのだ。

 幸いにも城壁は爆心地から外れているので霜に覆われているだけだが――。


「す、すごい威力ッス」

「こんなの見たことねぇぞ」

「上位魔法でしょうか?」


 フェーネ、リブ、ローラが呆然と呟く。


「水の上位魔法――氷爆よ」


 ふん、とユウカは鼻を鳴らし、杖を担いだ。


「よし、行くか」

「ちょ、待ちなさいよ!」


 マコトが走り出すと、ユウカはやや遅れて付いてきた。

 すぐに魔法によって凍った領域に入る。

 息が白く染まり、鼻の奥がツンとする。


「さ、寒ッ!」

「お前の使った魔法だろ」

「そうだけど……」


 ユウカは口籠もった。


「それで、どうするの?」

「作戦はさっき言った通りだ」

「そうじゃなくて、城壁よ城壁。これだけのことをやっちゃったし、開けてもらうまでに時間が掛かるんじゃない?」

「これだけのこと?」

「ピンチの時に助けたらモンスターの仲間と思われるのが定番でしょ? あたしは誤解を解くためにあちこち駆け回るつもりはないから」

「跳び越えられるだろ?」

「無理に決まってるでしょ!」

「そうか?」


 ユウカが声を荒らげ、マコトは首を傾げた。

 感覚的に跳び越えられそうな気がするのだが――。


「取り敢えず、跳んでみろよ」

「壁に激突したら笑うつもりでしょ?」

「まあ、そりゃな」


 仕方がない、とマコトは急停止する。

 肩がユウカの鳩尾の辺りにくるように膝を屈める。


「ば――オグッ!」

「よし、行くぞ」


 ユウカが激突し、軽い衝撃が肩に走る。

 マコトはユウカを担ぎ、再び走り出した。


「な、なんてことをするのよ!」

「おんぶやお姫様だっこをするよりいいだろ?」

「おんぶの方がよかったわよ!」

「走ったままドッキングするのはハードルが高ぇよ」

「ドッキングって言わないで!」


 ユウカは再び声を荒らげた。

 どうせ、エロいことを考えているのだろう。

 コンセントにプラグを差し込んだだけでセクハラと言い出しそうだ。

 これが思春期というヤツか。


「跳び越え……いや、跳び乗るか」

「激突したら笑ってやるから」

「そうかよ」


 マコトはスピードを上げた。

 みるみる城壁が近づいてくる。


「ちょ! やっぱりストップ!」

「覚悟を決めろ!」

「だったらもっと時間を――ッ!」


 マコトは思いっきり地面を蹴った。

 重力から解き放たれ、宙を舞う。


「もっと高く……」


 飛べそうだと呟こうとした時、視界の隅で何かが揺れた。

 ユウカのスカートだと分かった途端、現実に引き戻されてしまった。

 スカートが邪魔なので押さえると――。


「ちょ、ちょっと! どさくさに紛れて太股を触らないでよ!」

「はためいて邪魔なんだよ」

「少しくらい我慢しなさいよ!」


 ユウカが叫び、マコトは浮遊感に襲われた。

 いや、落下感と言うべきか。

 マコトは城壁の上に着地し、ユウカを肩から下ろした。


「な、何者だッ?」

「ユウカの言う通りになっちまったな」


 近くにいた衛兵達に武器を向けられ、うんざりした気分で呟く。

 十人くらいなので苦もなく倒せるだろう。

 問題は手加減ができるか、だ。


「どうするのよ?」

「どうするって、ぶち――」

「待て! 武器を下ろせ!」


 ぶちのめすしかねーだろ、と言い切る前に衛兵の一人が叫んだ。

 いつも通行証を確認してくれる衛兵だ。


「その二人は黒炎だ」

「黒炎? あの冒険者チーム?」

「名誉騎士じゃないのか?」

「領主様を救い出した?」

「俺は巨大なスケルトンを倒したって聞いたぞ?」

「城壁を跳び越えるとは……流石、近衛騎士団長に一目置かれるだけはある」


 衛兵達がそんなことを口にする。

 そこには安堵にも似た響きがあった。


「騒ぎを聞きつけて戻ってきたのか?」

「まあ、な」


 いつも通行証を確認してくれる衛兵――おっちゃんに答えると、衛兵達はどよめいた。

 本当は偶然なのだが、ここは肯定しておくべきだろう。


「状況は?」

「ああ、五時間くらい前にアンデッドの大群に襲撃されたんだ。城門は何とか閉じることはできたんだが……」


 おっちゃんは城壁の内側に視線を向けた。

 いくつかの建物が炎に包まれ、煙が立ち上っている。

 耳を澄ますと、微かに悲鳴のようなものが聞こえる。

 襲撃から四、五時間経っている割に被害が少ない。

 もちろん、口にはしないが。


「他の城門は?」

「襲われているのはここだけだ。だから……」


 おっちゃんは口籠もった。

 恐らく、まだ何とかなっていると続けようとしたのだろう。

 だが、この惨状を目の当たりにして口にしていい言葉ではない。


「敵は?」

「スケルトンが殆どだったが、何体か強いヤツがいた」

「強いヤツか」


 流石にスケルトン・ロード級の敵が出てくるとは思わないが、衛兵や冒険者にとってはスケルトン・ジェネラルでも絶望的な強さだ。


「な、なあ、早く何とかしてくれよ!」


 若い衛兵が堪えきれなくなったかのように言った。


「おい!」

「分かってるけど、あそこには俺の家族がいるんだよ!」


 おっちゃんが叱責するが、若い衛兵は今にも泣きそうな表情で言った。


「ユウカ、頼めるか?」

「はいはい、分かってるわよ」


 ユウカは城壁の縁に立ち、杖を構えた。


「スキル・魔法極大化マキシマイズ並列起動マルチタスク×100! リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ――」


 ユウカの声が響き渡り、魔法陣が展開する。

 スキルによって強化されているからか、魔法陣がバチバチと火花を放つ。


「追え追え猟犬の如く、我が敵を追う猟犬となれ! 顕現せよ、追尾弾ホーミング・ブリット!」


 魔法陣から一筋の光が放たれる。

 光は夜の闇を斬り裂きながら二つに分かれる。

 二つに分かれた光は四つに、四つに分かれた光は八つに――数え切れないほど分かれ、街を半ば覆い尽くすほどに成長した。


「行けぇぇぇぇッ!」


 ユウカの叫びが切っ掛けになった訳ではないだろうが、光が街に降り注ぐ。


「な、なんてことを――」

「黙って見てろ」


 マコトはユウカに食って掛かろうとする若い衛兵を突き飛ばした。

 軽く突き飛ばしたつもりなのだが、若い衛兵はもんどり打って倒れる。

 その間にもユウカの魔法――追尾弾は動いている。

 地表付近まで降下した光は独自の意思を持っているかのように動き出す。

 そして、光が弾ける。

 大通りで、路地裏で、屋根の上で――敵を貫く。


再詠唱リピート!」


 ユウカが叫び、再び光が街に降り注ぐ。


「……す、すごい」

「な、なあ、な、なんで、下位魔法の追尾弾であんなことができるんだ?」

「俺が知るかよ」


 おっちゃんを含めた衛兵達は呆然と街を見つめていた。

 絶望がたった一人の魔法使いによって覆されたのだから無理もない。

 ユウカは衛兵達に向き直り――。


「喝采なさい!」


 調子に乗ってそんなことを口にした。

 すると――。


「うぉぉぉぉぉッ! 黒炎万歳! ユウカ様、万歳ッ!」

「ユウカ様!」

「ユウカ様ッ!」

「女神様ッ!」


 おっちゃんがいの一番に喝采すると、他の衛兵も続いた。

 若い衛兵は跪き、ユウカに祈っている。


「調子に乗りすぎ――」

「当然の評価ね」


 後悔しているかと思いきや、ユウカは満更でもなさそうに髪を掻き上げた。

 忘れていたが、ユウカには誉められて調子に乗る残念な所があるのだ。


「行くぞ」

「分かってるわよ」


 ユウカは不満そうに唇を尖らせた。


「言い忘れてた。俺の仲間が後から来るから開けてやってくれ」

「ああ、分かった」

「じゃあな」


 おっちゃんが頷き、マコトは城壁から飛び降りた。



 フェーネは呆然と空を見つめた。

 先程、光が街に降り注いだ。

 ユウカの魔法に違いない。

 マコトの陰に隠れて目立たないが、彼女は超一流の冒険者なのだ。

 茂みの方を見ると、メアリとアンが阿呆のように口を開けていた。


「よし、行こうぜ」

「はい、分かりました」


 リブとローラがいつもと変わらぬ様子で歩き出した。

 フェーネとフジカが付いてきていないことに気付いたのか、しばらくして振り返る。


「なんだ、行かねぇのか?」

「おいら達が行って役に立つんスかね?」


 あんな神話のような光景を目にして、どうして歩き出せるのだろう。

 どうして、自分が役に立てると思うのだろう。

 いや、と思い直す。

 元々、リブは名の知れた傭兵だ。

 ローラだって名のある騎士の家系だ。

 自分のような貧乏人とは出自が異なるのだ。


「マコトはシェリーのことで手一杯なんだから、あたしらがクリス様を助けてやらなきゃならねーだろ?」

「手一杯なんスかね?」

「見りゃ分かるだろ」


 リブは当然のように言い放った。


「何処がッスか?」

「ピリピリしてたし、アホな掛け合いに参加してなかったじゃねーか」


 リブはそんなことも分からないのかと言わんばかりの口調で言った。

 あ、とフェーネは小さく声を上げた。

 言われてみればいつもより口数が少なかった。


「シェリーの時も、ユウカの時も割と一杯一杯になってただろ? だから、あたいらがマコトの手が及ばねぇ所を請け負うんだよ」

「そう、そうッスね。それが仲間ってもんスね」


 だろ? とリブは笑った。

 脳筋のくせによく見ている。

 男女の関係になると、そういう機微が分かるようになるのだろうか。


「じゃ、指揮は頼むぜ」

「は? おいらが指示を出すんスか?」

「そりゃそうだろ」


 リブはまたしても当然のように言い放つ。

 指揮ならリブか、ローラが執るべきだ。


「理由を聞かせて欲しいッス」

「あたいとローラは壁役だから全体が見えねーんだよ」

「そういうことッスか」


 つまり、自分以外に指揮を執れる人間がいないのだ。

 口には出せないが、新入りのフジカは選択肢にすら入らない。


「おいらが断ったらどうするんスか?」

「ローラに任せるに決まってるだろ」

「決まってるんですか?」

「決まってるんだよ」

「……そうですか」


 ローラはあっさりと退いた。

 彼女はぐいぐい迫る時もあれば、こうしてあっさりと退いてしまうこともある。

 多分、要領が悪いのだろうが、好ましいと感じる。


「あたいは頭がよくねーし、武器をぶんぶん振り回すしか能がねぇ。その点、お前は頭がいいし、機転が利くじゃん」

「そこまで言われたらやるしかないッスね」


 フェーネは気合を入れるために頬を叩き、胸を張った。

 確かに自分は貧乏人だったかも知れないが、今は黒炎のメンバーなのだ。

 黒炎のメンバーとして相応しい働きをしなければならない。


「さあ、行くッスよ」


 フェーネは第一歩を踏み出した。



 マコトとユウカが路地裏を駆けていると、横道からスケルトン・ウォーリアが飛び出してきた。

 振り下ろされた剣を躱し、拳を叩き込む。

 頭蓋骨が吹き飛び、骨が乾いた音を立てて地面に落下する。

 そのまま駆け抜けようとしたが――。


「ちょっと、待ちなさいよ!」

「……悪ぃ」


 ユウカに呼び止められて立ち止まる。


「あたしはマコトほど速く走れないんだから加減してよね」

「悪ぃ」

「本当に……まあ、いいわ」


 ユウカは溜息を吐き、呪文を詠唱した。


「リュノ・ケスタ・アガタ。無窮ならざるペリオリスよ、照らせ照らせ光明の如く、我を照らす光となれ。顕現せよ、光明ライティング


 マコト達の頭上に白い光が生まれる。

 白々とした明かりが路地に転がる死体を照らす。


「なんか、おかしくない?」

「おかしいって何が?」

「本当に視野が狭くなってるのね」


 ユウカは呆れたと言わんばかりに溜息を吐いた。


「あたし、レベルが上がってないのよ」

「それは仕方がねーだろ?」

「じゃあ、骨は?」


 ユウカが足下を指差し、マコトは下を見た。

 そこには何もなかった。


「……骨は残るはずだよな?」

「そうよ。それにスケルトン・ウォーリアを倒したのに魔石が落ちてないわ。あちこちに死体が転がってるのにゾンビが発生していないのもおかしいと思わない?」

「そうだな」


 確かにおかしい。


「そう言えばモンスターの気配も感じねーな」

「ああ、それで反応が遅れてたのね」


 ユウカはようやく合点がいったとばかりに頷いた。


「悪ぃ。こんなことにも気付けなかった」

「別にいいわよ」


 思いの外、ユウカの口調は柔らかかった。


「誰だって大切な人が命の危険に曝されたら我を失うと思うし」


 照れ隠しか、ユウカは髪を指に巻き付けながら言った。


「さあ、さっさとシェリーを助けておさらばするわよ」

「ああ、ありがとうな」


 マコトが再び走り出すと、ユウカもやや遅れて付いてきた。

 ついでに魔法の光も。

 襲ってくるアンデッドを殴り倒しながら路地裏を駆け抜ける。

 あと少しで『黄金の羊』亭だ。

 最後の角を曲がり――。


「――ッ!」


 マコトは息を呑んだ。

 『黄金の羊』亭の扉が破壊されていたのだ。


「ちょっと!」


 ユウカの叫びを無視して『黄金の羊』亭に飛び込む。

 そこには五体のスケルトン・ウォーリアがいた。


「邪魔だッ!」


 目の前にいたスケルトン・ウォーリアの脇を通り抜け、右腕を伸ばして一回転する。

 漆黒の炎が右腕の軌道をなぞるように灯り、五体のスケルトン・ウォーリアは一瞬で塵と化した。


「シェリー! いるのか? いたら返事をしろ!」


 大声で名前を呼ぶが、返事はない。

 もしかしたら、殺されてしまったのかも知れない。

 そんな恐怖が湧き上がる。

 その時――。


「――ッ!」


 目に痛みが走り、視界が歪んだ。


「どうしたの?」


 あまりの痛みに目を押さえていると、ユウカが駆け寄ってきた。

 その時にはすでに痛みは治まっていた。

 どうやら、一過性のものだったらしい。


「目に痛みが走った……あん?」

「どうしたのよ?」

「赤い、光が見えるんだが?」


 マコトは目を細めた。

 赤い光が店内に漂っていた。

 それは店の奥へと続いている。

 マコトは導かれるように店の奥に進み、地下室に続く扉の前で立ち止まった。


「……地下室。そういうことか」


 地下室の扉を開けると、小さな音が響いた。


「シェリー!」

「旦那? 旦那ですかッ?」

「シェリー!」


 マコトは地下室に駆け下りた。

 すると、そこにはシェリーといつぞやの老女がいた。


「旦那!」

「シェリー!」


 マコトはシェリーを強く抱き締めた。

 ああ、生きていた。

 生きててくれた。

 口付けをしようとすると、シェリーはマコトの肩を押さえた。


「どうして、ここにいるんです?」

「シェリーを助けに来たんだよ。そっちこそ、どうして地下室に?」

「嫌な予感がしたんで地下室に避難してたんですよ」


 予感がしたくらいで地下室に避難するものだろうか。

 そんな疑問が湧き上がるが、今は原因を追及している暇はない。


「シェリー、逃げるぞ」

「逃げるって、私達だけで逃げるんですか?」

「二人くらいなら守れる」


 シェリーは小さく息を吐き、そっとマコトから離れた。


「旦那、私のことは後回しにして街の人を助けてくれませんかね?」

「何だって?」

「街の人を助けて欲しいって言ったんです」


 マコトが問い返すと、シェリーはきっぱりとした口調で言った。


「まずはシェリーを逃がしてからだ」

「旦那には私以外に大切な人がいないんですか?」

「……シェリーが一番だ」


 マコトにだって知り合いはいる。

 目の前にいる老女がそうだし、教会の受付にいる少女や司祭、クリスティンだ。

 だが、一番大事なのはシェリーだ。

 大事だから安全な場所に避難させたい。

 どうして、それを分かってくれないのだろう。


「旦那には力があるじゃないですか」

「マコトにどれだけ期待してるのよ」


 呆れたような声が降ってきた。

 振り返ると、ユウカが地下室に下りてくる所だった。


「こいつはね。単にレベルが高いだけの一般人なのよ。さっきもシェリー、シェリーって情けないったら」


 ユウカは吐き捨てるように言ったが、不思議と腹は立たなかった。

 むしろ、それが自分だと思った。


「シェリーが期待するのは分かるんだけどよ。俺は凡人なんだよ。偶々、強くなっちまっただけの一般人だ」


 いや、と続ける。


「それ以下だよ。俺は自分自身も救えないヤツなんだから。やり直してぇって思ってたけど、いざその機会が巡ってきたら何も思い付かないしょうもないヤツなんだ」

「マコト、自分を卑下しすぎでしょ」


 ユウカが呆れたように言ったが、正直な気持ちだ。


「そいつは私の知っている旦那とは違いますねぇ」

「シェリーの知っている俺って?」

「私の知っている旦那はエッチで乱暴で強引で……」

「碌でもない評価ね」

「ああ、そうだな」


 ユウカの呟きにマコトは頷いた。


「口は悪いし、態度も大きいけど、誰かのために必死になれる人ですよ」

「過大評価だよ」

「あくまで私から見た旦那ですよ」


 シェリーはくすりと笑った。


「通販番組のテロップみたいだけど、少しは同意できるわね」

「個人の感想ってヤツか?」

「そ、個人の感想ってヤツ」


 ユウカは軽く肩を竦めた。


「どうするの? マコトがやるってんなら付き合うわよ?」

「お前ってそういうヤツだったか?」

「あたしは調子に乗るタイプなのよ。ユウカ様とか、女神様とか言われて、まあ、一回くらいは正義の味方の真似事も悪くないって思ったの」

「そうか」


 どうやら、お調子者の自覚はあったらしい。


「一回くらいか」

「そ、一回くらい。次もやるかは気分次第ね」


 ふん、とユウカは鼻を鳴らした。


「……仕方がねーな」


 マコトは頭を掻いた。


「正義の味方なんて柄じゃねーけど、シェリーの頼みだもんな」

「……旦那」

「格好いい所を見せねぇと、見限られちまうかも知れねーし、周りの連中のことも考えねーと楽しい生活は送れねぇもんな」

「言い訳がましいわね」

「だから、柄じゃねぇんだよ」


 マコトは小さく息を吐いた。


「シェリー、念のためにこれを渡しておくわね」


 ユウカはポーチから四本の短剣を取り出した。

 骸王のダンジョンでフェーネが結界を作るのに使っていた短剣に似ている。


「フェーネから借りたのか?」

「あたしが買ったのよ」


 ユウカはムッとしたように言った。


「結界を張って、ちゃんと隠れてるのよ?」

「ありがとうございます」


 シェリーはユウカから短剣を受け取った。


「これで後顧の憂いはなしね」

「そうだな」


 マコトは頷き、踵を返した。

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