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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest28:群体ダンジョンを再攻略せよ その7


※


 マコトは第5階層に続く縦穴を見下ろした。

 幸いと言うべきか、穴の底に敵はいない。

 フェーネがコートを引っ張った。


「兄貴、危ないッスよ」

「気配探知(スキル)は反応してねーから大丈夫だと思うぜ」

「油断大敵ッス」

「確かにそうだな」


 気配探知をかいくぐるスキルを持つ敵がいるかも知れない。

 その中には即死スキルを持つ敵がいるかも知れない。

 即死スキルは考えすぎにしてもこういう時はネガティブに考えるべきだ。

 大丈夫だろうを繰り返して気が付いたら死にかけているなんて目も当てられない。

 マコトはゆっくりと縦穴から遠ざり、振り返った。


「どうする? このまま5階層に行くか、それとも仕切り直すか?」

「アイテムも消費してないし、このまま5階層に行ってもいいと思うッス」

「あたいはまだまだ余裕があるぜ」

「私もです」

「私もまだまだ余裕みたいな」


 マコトの問いかけにフェーネ、リブ、ローラ、フジカの四人が答える。

 お、と軽く目を見開く。

 いつも真っ先に答えるユウカが黙っていたからだ。

 物思いに耽っているのか、俯き加減で突っ立っている。


「ユウカ?」

「何よ?」

「5階層に行くか聞いたんだが?」

「行けばいいんじゃない?」

「お前な」


 マコトは小さく溜息を吐いた。

 物静かなのは結構だが、上の空は勘弁して欲しい。


「ユウカはラブがぶり返しているみたいな」

「な、何を言うのよ」

「――ッ!」


 ユウカが三角帽子を目深に被りながら言うと、驚愕にか、フジカは目を見開いた。


「ユウカがおかしいし!」

「おかしくなんてないわよ!」


 ユウカは顔を真っ赤にして叫んだ。


「おかしいしおかしいし! さっきの冒険者に対してもすごく優しかったし! 普段のユウカならお金を要求するはずだし! 天変地異の前触れみたいな!」

「あたしは誰に対しても優しいわよ!」


 ユウカが叫んだ直後、静寂が舞い降りた。

 耳が痛くなるような静寂だ。

 静寂を破ったのはもちろんユウカだ。


「なんで、黙ってるのよ?」

「いや、俺もな。お前が優しい女の子だって信じてやりたいんだけどな」

「む、むぅ、あまり優しいイメージがないッスね」

「あ、あ~、冒険者の中では割と優しい方なんじゃねーの?」

「黙秘します」


 どうやら、フェーネ、リブ、ローラの三人もマコトと同じ意見のようだ。

 ちょっと捻くれているが、誰に対しても優しいかと言われると困ってしまう。

 本当に悪い子ではないのだが――。


「ほらほら、ユウカは優しくないし!」

「し、失礼ね!」


 フジカが囃し立てると、ユウカはムッとしたように言った。


「具体的に何処が優しいのか言って欲しいし!」

「ダンジョンで死にかけていたマコトを助けるくらい優しいわよ!」

「……」


 ユウカがマコトを助けたのは善意からではなく盾にするためだが、世の中には言わなくてもいいことがあるので黙っておく。


「異議ありだし!」

「は? なんで、あんたが異議を唱えるのよ?」

「私の知っているユウカは無償で人を助けるようなマネはしないし! マコトさんを盾にするつもりだったに違いないし!」

「違いないって、アンタはどんだけ失礼なのよ!」


 ほぅ、とマコトは感嘆の声を上げた。

 大分、ユウカの人となりが分かってきたようだ。


「ちょっと! なんで、『ほぅ』とか言ってるのよ!」

「いや、言ってねーよ」

「言った! 絶対に言った! なんで、誤魔化そうとするのよ!」

「フジカもようやく分かってきたと思ってな」

「言ってたじゃない!」


 ユウカは杖を握り締め、地団駄を踏んだ。


「ユウカの女子力がアップしたみたいな!」

「なんでよ!」

「杖を握り締めて地団駄を踏む姿が私的にポイントが高かったみたいな」

「そんな女子力いらないわよ!」

「では、私が」

「いや、ローラがやっても痛いだけだから」

「……はい」


 ユウカの忠告が急所を抉ったらしくローラはすごすごと引き下がった。


「で、ボーッとしてどうしたんだよ? 体調が悪かったり、気が乗らなかったりするんなら引き上げるぞ」

「そんなんじゃないわよ。ただ、さっきの二人が気になってただけ」

「転移に失敗した訳じゃねーよな?」

「それはないわよ」


 チッ、とユウカは舌打ちした。


「街までは問題なく転移できてると思うわ」

「じゃ、何が気になってるんだ?」

「いや、その、生活が厳しいって言ってたから」

「お前もお人好しだな」


 お人好し呼ばわりされたことには思う所がない訳でもないが、なんだかんだと気になっていたらしい。

 まあ、ユウカらしいと言えばユウカらしい。


「マコトさんをお人好し呼ばわりしたくせに変節しすぎみたいな」

「地雷を踏むのが好きね、アンタは」


 ユウカはうんざりしたように言った。

 確かに自分から地雷を踏みに行くスタイルはどうかと思う。


「ふ~ん、で、どうして気になったんだ?」

「生活が苦しいって言ってたから」

「同病相憐れむみたいな」

「マジで脳みそぶち撒けるわよ」

「ま、マコトさん、ヘルプだし」


 ユウカが杖を構えると、フジカはマコトの背後に隠れた。


「フェーネ、駆け出しの冒険者って生活が厳しいのかしら?」

「う~ん、おいらは純粋な冒険者って訳じゃないッスからね」


 フェーネは困ったように眉根を寄せた。


「でも、あたし達の中では一番詳しいでしょ?」

「そうッスね」


 う~ん、とフェーネは唸った。


「冒険者になろうって人間は貧乏人が多いッスから生活は厳しくて当たり前ッス」

「夢のない職業ね」

「夢ならあると思うぜ」

「何処がよ」


 ユウカはリブに視線を向けた。


「成り上がるチャンスがあるじゃねーか」

「それを言い出したらおいらにだって大富豪になるチャンスはあるッスよ」

「いや、お前……あたいもだけど、結構な金持ちじゃん」

「言われてみればそうッスね」


 フェーネはしみじみと呟く。


「そうですね。お金持ちですね」

「ローラ、騎士の顔をしてないわよ」

「そんなことはありません」


 ローラはムッとしたように言ったが、先程まで嬉しそうな顔をしていた。


「そんなことあるわよ。騎士失格ね」

「まあ、クリス様に暇を出されてますし」

「開き直ったわね」

「クリス様に暇を出された時は途方に暮れたものですが、お金持ちになった今は晴れ晴れとした気分です。お金は心を潤してくれるのですね、ふふふ」


 ローラは騎士にあるまじき台詞を吐いたが、気持ちはよ~く分かる。


「ま、おいら達みたいにいきなり金持ちになることはないッス。普通は地道にモンスターを倒したり、地味な仕事をこなしつつレベルとランクを上げていくッス。けど、死んだり、ドロップアウトする方が多いッス」

「……ドロップアウト」


 ユウカは呻くように言った。


「男なら盗賊、女なら娼婦って所じゃないッスかね」

「しょ、娼婦……あの二人は大丈夫よね?」

「難しいんじゃないッスか?」

「そうだろうな」


 マコトは元の世界のことを思い出しながら呟いた。

 困窮している人間は何かあれば一気に落ちぶれてしまうものだ。

 もっとも、真面目に働いていても落ちぶれる時は落ちぶれるが。


「何を他人事みたいに言ってるのよ!」

「そりゃ、他人事だからな」

「何かあれば遠慮なく頼れみたいなことを言っていたじゃない!」

「頼られれば世話をするのも吝かじゃねぇって意味だよ。リップサービスってヤツだ。助けてやらなくもないみたいなニュアンスだよ」

「大人って汚い」


 ユウカは呻くように言った。


「けど、まあ、ユウカの言葉にも一理あるな。これからのことを考えると、善人って評価は捨てがてぇ」

「あたしはそういう意味で言ってないわよ」

「いつもと立場が逆ッスねぇ」

「……アンタね」


 やはり、呻くように言う。


「そんなに言うならユウカが面倒を見ればいいみたいな」

「博愛の精神は何処に行ったのよ?」

「むむ、やっぱり、ユウカがおかしいし」

「しつこいわね! 元々、あたしは優しいの!」

「そうか?」

「マコトまで! あたしの優しさは菩薩級よ、菩薩級!」

「せめて、戦艦に喩えろよ」

「……大和?」


 ユウカはやや間を置いて答えた。


「何か沈みそうだし」

「うっさいわね。女子高生が戦艦の名前なんて知る訳がないでしょ」

「うちのお爺――」

「アンタの爺ちゃんがどの戦艦に乗ってたかなんて興味ないわよ」

「こうやって歴史は途切れていくみたいな」

「立志伝に興味がないだけよ」


 ユウカはうんざりしたような口調で言った。


「で、マコトはどうするつもりなのよ?」

「お前こそどうするつもりなんだよ?」

「先に答えて」

「先に答えたら『じゃ、あたしは何もしなくていいわね』とか言うんだろ?」

「……どうするのよ?」


 呻くか、怒鳴るかすると思ったが、ユウカは拗ねたように唇を尖らせて言った。

 割と本気で心配しているのかも知れない。


「そうだな」


 マコトは腕を組んで、メアリとアンをどうするのか考える。

 余裕があるので援助してやるのも悪くないが、メリットがないように思う。

 だが――。


「冒険者のいろはを教えてやるのはありだな」

「そう」

「ありなんスか?」


 ユウカはホッと息を吐いたが、フェーネは不満そうに言った。


「フェーネは反対か?」

「反対ッス。命懸けで身に付けたノウハウをただで教えるのは勘弁して欲しいッス」

「確かにそうだな」


 フェーネの意見は正しい。


「俺は依頼の幅を増やせればと思ってるんだけどな」

「必要ッスか?」

「いざと言う時に人探しから始めるのは面倒だろ?」

「それはそうッスけど」


 フェーネは不満そうに唇を尖らせた。


「マコト、こいつは自分の居場所が取られるんじゃないかって警戒してるんだよ」

「そんなんじゃないッス」


 リブが頭を掴んだが、フェーネはすぐに払い除ける。


「リブはどう思う?」

「あたいらは戦闘に特化してる感があるから依頼の幅を増やすって意味じゃ賛成だぜ」

「微妙な物言いだな」

「あたいらだってマコトに育ててもらってるから言えた義理じゃねーんだけど、一から育ててやって報酬も一緒ってのはな」


 リブはバツが悪そうに頭を掻いた。


「じゃあ、見捨ててもいいの?」

「それも仕方がなしッス」

「そうは言わねーけど」


 ユウカの問いかけにフェーネはきっぱりと答え、リブは言い淀んだ。

 その時、ローラが口を開いた。


「そこまで難しく考えず、手助けをする程度に考えればよいのではないでしょうか?」

「手助けッスか」


 やはり、フェーネは不満そうだ。


「いくら強いと言っても私達は新参のチームですから。いざと言う時に備えて他のチームとの付き合いも強化していくべきだと思います」

「確かに他所との付き合いはないッスね」

「あたいのコネも限定的だしな」

「じゃ、いいのね?」


 ユウカは嬉しそうに言った。


「チームの強化じゃ仕方がないッス」

「いい落とし所なんじゃねーの」


 あまり乗り気ではなさそうだが、フェーネとリブは頷いた。


「具体的に何をするか決めてねーけど、お前も手伝えよ?」

「分かってるわよ」


 ユウカは拗ねたように唇を尖らせた。


※


 マコト達は隊列を組み、ダンジョンを進む。

 隊列はいつも通り、一列目がリブとローラ、二列目がフェーネとフジカ、三列目がユウカ、最後尾がマコトだ。


「全然、敵が出てこねーな」

「そうッスね」


 リブがぼやくように言い、フェーネが地図を見ながら頷いた。

 第5階層の探索を始めてから一度も敵と遭遇していない。

 こういう日もあると思いたいが――。


「敵がいないのはいいことだし」

「脳天気ねぇ」


 ユウカは溜息交じりに言った。


「脳天気じゃないし」

「脳天気以外の何者でもないじゃない」


 言い方はさておき、ユウカの方が正しい。


「マコトは違うわよね?」

「いい予感はしねーな」


 アンデッドの分布が変わり、マンティスなんて新種も現れているのだ。

 とてもじゃないが、敵がいないのはいいことだと素直に喜べない。


「ほら、見なさい」

「誰にでも優しいという言葉は嘘だったみたいな」

「なんで、あたしがアンタに優しくしなきゃならないのよ」

「予想通りの展開だし」


 フジカはがっくりと頭を垂れた。


「と言うか、あたしをダンジョンに置き去りにしたくせに優しくして欲しいなんて図々しいにも程があるわよ。この糞セレブ」

「蛇のように執念深いし」

「当たり前でしょ」


 ふん、とユウカは鼻を鳴らした。


「……そう言えば」

「何よ?」


 ユウカが肩越しにこちらを見る。


「ユウカじゃなくてローラな、ローラ」

「何でしょうか?」

「さっきの衝撃反転(リフレクション)と盾撃(シールド・バッシュ)の組み合わせは面白かったなと思ってな」

「少しタイミングが難しいのですが、スケルトン系のアンデッドには有効かと思い、頑張って練習しました」


 ローラは何処か照れ臭そうに言った。


「確かにスケルトン系のアンデッドにゃ剣より盾の方が役に立つよな」

「はい、剣気解放(オーラ・ブレード)や祝聖刃(ホーリー・ウェポン)が使えればいいのですが、どちらも騎士系のジョブでは習得できないので」


 リブの言葉にローラは溜息を吐くように答えた。


「ユウカはそういう魔法を使えないのか?」

「……戦闘補助系の魔法は使えないわ」

「本当か?」

「こんなことで嘘を吐いてどうするのよ」


 ユウカはムッとしたように言ったが、一つや二つは戦闘補助系の魔法を習得しているような気がする。


「今からでも勉強すれば使えるようになると思うけど。フジカはどう?」

「私の魔法は神様からの贈り物だし」

「使えないわね」

「うぐぐ、心を抉る一言だし」


 フジカは呻くように言った。


「僧侶系は不遇職だし」

「勉強も、詠唱もいらないのに何を言ってるのよ」

「自力で魔法を覚えられるようにして欲しかったし」


 フジカは肩を落とし、ぼやくように言った。

 ジョブによるステータス補正も掛かっていないようなので嘆きはよく分かる。


「不遇職だと思ったら実は、みたいな展開はお約束なんだけどな」

「下克上される前に埋めましょ」

「殺人は赤ステータスだし!」

「餓死や溺死はセーフだと思うのよ。もちろん、地面に埋めて窒息させるのも」

「ゆ、ユウカ、信じてるし」

「ありがとう」


 ユウカは嫌味な口調で言った。


「まあ、つまり、アンタの命はあたしが握ってるって訳よ」

「ま、マコトさん、殺人犯がいるし!」

「誰が殺人犯よ!」


 盗賊を蹴り殺したことを忘れてしまったのか、ユウカは声を荒らげた。


「ユウカが盗賊を蹴り殺したと聞いた覚えがあるし」

「自分で見ていないことで突っかからないで欲しいんだけど?」

「ま、マコトさんが言ってたし」

「証拠は何処にあるのよ、証拠は」

「うぐぐ、質が悪いし」

「弱肉強食……いい言葉よね」


 そう言って、ユウカは髪を掻き上げた。


「そろそろ、祭壇ッス」

「いよいよ中ボスと対決よ。しゃんとしなさい」

「うぐぐ、ユウカのせいで挫けそうだし」


 マコト達は通路を抜けた所で立ち止まった。

 広い空間の中央に祭壇があった。

 以前より豪華になっているように見えるのは気のせいではないだろう。

 さらに中ボスも四本腕のスケルトン・ウォーリアからアラクネ――上半身がスケルトン、下半身が蜘蛛っぽいアンデッドに変わっている。

 こちらに気付いていないのか、アラクネは祭壇の上で蹲っている。

 マコトは目を細めた。

 蜘蛛の腹部に当たる部分、その内側が黒い光に覆われていた。


「……ユウカ」

「何よ?」

「ステータスステータス」

「すっかり忘れてたわ」


 ユウカは目を細めた。


「……見えないわ」

「見えねーのか」

「見えないって言うか、いくつも重なってる感じになってるのよ」

「いくつも重なってる?」


 マコトは鸚鵡返しに呟いた。


「どういうことだ?」

「あたしにだって分からないわよ」

「そうか」


 マコトは腕を組んだ。

 分からないと言われて、はいそうですかと頷く訳にはいかない。

 分からないなら分からないなりに方針を決めるべきだ。


「俺が情報収集してきてもいいんだが……」

「それは止めようぜ」

「そうですね」


 リブが異議を唱え、ローラがそれに同調する。


「敵の情報が分からないって危なくねーか?」

「危険ですが、それが戦いですから」


 ローラは困ったように笑った。


「折角、マコト様とユウカさんという保険がある訳ですから情報を集めながら戦う方法を身に付けるべきではないかと思います」

「あたいもそれが言いたかったんだよ」


 リブがバシバシとローラの背中を叩いた。


「でも、敵の情報が全くないのは怖すぎるみたいな」

「イレギュラーはあったッスけど、ここは群体ダンジョンッスからね」

「アラクネだしな。いくら亜種って言っても手も足も出ずにやられることはねーだろ」


 フジカは不安そうだが、フェーネとリブは戦えなくはないと考えているようだ。

 憶測で物事を進めるのは危険だが、マコト達は冒険者だ。

 リスクをゼロにすることはできない。


「どうするんスか?」

「危ねぇと思ったらすぐに助けに入るからな」

「そうくると思ったッス」

「流石、分かってるぜ」

「慎重にいきましょう」

「早めに判断してくれると助かるみたいな」


 温度差はあるが、反対意見はないようだ。

 フェーネ、リブ、ローラ、フジカの四人はアラクネに向かって歩き出す。

 リブとローラが前衛、フジカが後衛だ。

 フェーネは――いつの間にやらアラクネの脇に回り込んでいた。


「どうすると思う?」

「前衛が近づいて、アラクネを引き付ける感じじゃねーかな」


 リブとローラが立ち止まるが、アラクネまでかなり距離がある。

 その時――。


「ハァァァァッ!」


 ローラが吠えた。

 敵の注意を引く雄叫びだ。

 アラクネが祭壇から飛び降り、ローラに向かって駆ける。


「轟け! 雷光ッ!」


 リブがローラを庇うように立ち、ポールハンマーを振り下ろした。

 雷光が迸るが、アラクネは難なく回避した。

 スピードを維持したままリブとその背後に控えたローラに迫る。

 轟音が響く。

 リブとアラクネが衝突したのだ。

 拮抗は一瞬、じりじりとリブが後退する。

 体格差を考えれば一瞬でも拮抗できたことに驚くべきかも知れない。


「そのままお願いします!」

「は、早くなッ!」

「衝撃反転、盾撃ッ!」


 ローラはアラクネの脇に回り込み、二つのスキルを同時に放つ。

 再び轟音が響き、アラクネが吹っ飛んだ。

 アラクネは横倒しになり、脚をばたつかせた。

 ローラが受け止めるべきだったのではないかと思ったが、タイミングが難しいと言っていたのでそれが理由かも知れない。


「轟け! 雷光ッ!」


 雷光が迸り、アラクネを貫いた。

 苦痛にではないだろうが、アラクネが歯を打ち合わせた。


「よっしゃッ!」


 リブがポールハンマーを担ぎ、アラクネに襲い掛かる。

 だが、アラクネが口を開く。

 衝撃波を放つつもりか、口の中に光が灯る。

 先に攻撃して射線をズラすことができればいいのだが、間に合いそうもない。

 そこへ――。


「狙撃ッス!」


 フェーネがスリングショットで弾を放つ。

 鈍い音が響き、頭蓋骨の角度がわずかに傾く。

 わずかに遅れて衝撃波を放つが、それは地面に亀裂を走らせただけで終わった。


「――ッ!」

「オラァァァッ!」


 リブがポールハンマーを振り下ろした。

 頭蓋骨が地面に叩き付けられ、亀裂が走る。


「もういっちょッ!」

「――ッ!」


 リブがポールハンマーを振り上げたその時、アラクネが口を開いた。

 次の瞬間に放たれたのは衝撃はではなく、音だった。


「がッ!」


 リブは短い悲鳴を上げ、距離を取った。

 アラクネが立ち上がり、腕を振り回しながらリブに襲い掛かる。

 ダメージが残っているのか、リブは動けない。


「狙撃狙撃狙撃ッス!」


 フェーネが続けざまにスリングショットで弾を放つ。

 運悪くと言うべきか、三発とも太い腕によって弾かれる。

 アラクネが腕を振り下ろした。

 次の瞬間、腕が後方に弾かれていた。

 ローラが間に割って入り、衝撃反転で攻撃を弾き飛ばしたのだ。


「早く水薬(ポーション)を!」

「わ、悪ぃ」


 リブはポーチから水薬を取り出し、頭から浴びた。

 水薬が淡い光を放ちながら蒸発する。

 リブの傷は癒えたはずだが、アラクネが正気を失ったかのように攻撃を続けているため反撃に転じることができない。


「狙撃狙撃ッス!」


 フェーネの援護もあまり役に立っていないようだ。

 狐火を使えばダメージを与えられるはずだが、温存する方針のようだ。


「フジカ! ボーッとしてないで援護しなさいよ、援護ッ!」

「ふぇ、ふぇぇぇぇ!」


 ユウカが叫ぶと、射線を確保しようとしてか、フジカは移動を開始する。


「馬鹿! 昇天(ターン・アンデッド)でしょうがッ!」

「た、昇天!」


 フジカが魔法を使う。

 錫杖から放たれた光がダンジョンを照らし、アラクネが動きを止めた。


「狐火狐火狐火狐火ッス!」


 フェーネがスリングショットで弾を放つ。

 弾はアラクネの脚に当たると、漆黒の炎を解き放った。

 漆黒の炎が四本の脚を包むが、一瞬で塵に変えることはできない。

 火勢は徐々に弱まっていくが、骨の表面がボロ、ボロと剥がれ落ちていく。


「昇天!」


 フジカが再び魔法を放った直後、狐火が掻き消えた。


「お、おいらの狐火がッ!」

「ご、ごめんなさいッ!」

「フジカ! タイミングタイミング!」


 フェーネが悲痛な叫びを上げ、フジカが謝罪し、ユウカが声を掛ける。


「これで――」

「十分です!」


 リブはアラクネの背後に、ローラが前面に回り込んで脚を攻撃する。

 乾いた音と共に脚が砕け、アラクネは地面に倒れた。


「狙撃狙撃狙撃ッス!」

「よっしゃッ! おらおらおらッ!」

「はぁぁぁぁッ!」


 フェーネ、リブ、ローラの三人が倒れたアラクネに一斉に攻撃を仕掛ける。

 フジカはと言えば錫杖を抱いてうろうろしている。


「フジカには場数を踏ませないと駄目ね」

「場数って言ってもな」

「過酷な状況に放り込んでやらないと」

「スパルタだな」

「あたし達の時に比べれば楽なもんでしょ」

「そうだな」


 仲間を過酷な状況に放り込むことに抵抗はあるが、潰れてしまわないように配慮した上で成長する機会を与えることは必要だろう。

 その時――。


「――ッ!」


 アラクネが絶叫し、黒い光が腹部から噴き出したのだ。

 それは天井付近でわだかまり――。


「ホォォォォォォッ!」

「ホァァァァァァッ!」

「ホ、ホーーーーッ!」

「ホォォ、ホォォッ!」


 ゴースト――いや、ゴーストメイジだろうか――の群れに変わり、雄叫びを上げた。

 多分、このせいで第5階層には敵がいなかったのだろう。


「フジカ!」

「昇天みたいなッ!」


 マコトの言葉に従い、フジカが魔法を使う。

 錫杖から光が放たれる。


「ホゲェェェェェッ!」


 そんな悲鳴を上げ、ゴーストは空中でのたうち回った。


「昇天!」

「ホゲェェェェェッ!」


 フジカが追い打ちを掛けると、ゴーストの姿が薄れる。


「昇天!」

「ホゲェ――ッ!」


 トドメとばかりに放った昇天によってゴーストが消え、魔石が地面に落下する。


「攻撃を続けろ!」

「了解ッス!」

「オラオラオラッ!」

「ハァァァァァッ!」


 フェーネ、リブ、ローラの三人が攻撃を再開する。

 アラクネは抵抗を試みるが、もはや勝機はなかった。


「盾撃!」


 ローラの一撃がトドメとなり、アラクネは砕け散った。


※


 アラクネを倒した後――。


「なかなかの魔石ッスね」


 フェーネは砕けた魔石を拾い、にんまりと笑った。

 機嫌がよさそうなのはローラとフジカも一緒だ。


「フジカはレベルが18になったみたいな」

「ローラはレベルが24になったけどね」

「喜びに水を差さないで欲しいし」


 フジカはユウカを見つめ、がっくりと肩を落とした。


「それにしても一気にレベル2か」

「安心しました」


 マコトの言葉にローラは胸を撫で下ろした。


「どうかしたのか?」

「なかなかレベルが上がらなかったので打ち止めではないかと心配していました」

「……なるほど」


 マコトは少し間を開けて頷いた。

 そんなに心配しなくてもと思うが、フェーネの件もある。

 それに暇を与えられているとは言え、ローラは騎士だ。

 レベル22で成長が止まってしまうのは恐怖に違いない。


「新しいスキルが使えるようになればいいのですが……」

「スキルか」


 格闘家のジョブスキルはどうすれば身に付くのだろうか、と内心首を傾げる。

 ジョブスキルを身に付ければもっと強くなれるような気もするのだが。

 まあ、それは今後の課題か。


「そろそろ、戻るか。ユウカ?」

「あたしの準備はもう整ってるわよ」


 マコト達はユウカを中心に円陣を組んだ。


「リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、繋がれ繋がれ回廊の如く、我が歩く道となれ! 顕現せよ! 転移(テレポーテーション)!」


 呪文が完成し、すっかりお馴染みとなった目眩に襲われた。

 目眩から解放された直後、マコトは衝撃に襲われた。

 慌てて目を開けると、そこは城門からかなり離れた場所だった。

 そして――。


「マジかよ」


 思わず呟く。

 数え切れないほどのスケルトンが城門に群がっていた。

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