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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest29:アンデッドの群れを撃退せよ その2


※


 フェーネ達は一列になって薄暗い路地裏を駆ける。

 先頭はフェーネ、次にリブ、その次がローラ、最後尾がフジカだ。


「やっぱり、路地裏を進んで正解ッス!」


 フェーネは走りながら拳を握り締めた。

 たった一本路地に入っただけなのに嘘のように静まり返っている。


「まあ、正解だけどよ」

「一度もアンデッドと遭遇してないのに何が不満なんスか?」

「こそこそして格好悪ぃじゃん」


 リブはぼそぼそと呟いた。


「これだから脳筋は困るんス! 今はクリス様を助けるためにこそこそすべき時ッス!」

「そうだけどよ」


 やはり、リブは不満そうだ。

 どうして、不満なのかフェーネにはさっぱり理解できない。

 バイソンホーン族特有の感覚なのだろうが――。


「そんなんでよく傭兵ができたッスね」

「傭兵は目立ってなんぼだろ」

「目立ってどうするんスか?」

「目立たねーと評価してもらえねーじゃん」


 リブは何を言ってるんだと言わんばかりの口調で言った。

 言われてみれば一理あるような気はするが――。


「敵に囲まれたらどうするんスか?」

「倒せばいいじゃん」

「つくづく脳筋ッスね」

「別に、誰かに迷惑を掛けてる訳じゃねーし」

「けど、全部その調子じゃマズいんじゃないッスか?」


 依頼によっては隠密行動を取らなければいけないこともあるだろう。


「そういう面倒臭そうな仕事は受けねぇもん」

「仕事を選り好みするとか何様ッスか」

「自分の適性と合わねぇ仕事を受けても仕方がねーだろ。つか、自分に合ってるか、合ってないか判断するのも仕事の内じゃん」

「ぐぬ、バイソンホーン族はやっぱり嫌いッス」


 フェーネは呻いた。

 何がムカつくかと言えばそんなちゃらんぽらんな生き方をしているリブが傭兵として高い評価を得ていたことがムカつく。


「世の中は不公平ッス」

「そんなの当たり前だろ」

「言ってみただけッスよ」


 世の中が不公平なことくらいよく分かっている。

 能力のなさを嘆きつつ、その能力で何とかするしかないのだ。


「二人ともスピードを落として下さい」

「どうかしたんスか?」

「フジカさんが……遅れ気味です」


 フェーネはゆっくりとスピードを落とし、立ち止まった。

 しばらくして――。


「み、み、み皆、足がは、速いし」


 フジカが追いついた。

 呼吸は荒く、脚は震えている。

 生まれたばかりの子鹿だってもっとしっかりとしているだろう。


「加減して走ったつもりなんスけどね」

「体力がねーんだな」

「こ、ここ、これでも、じょ、女子の平均タイムはうわ、上回ってるし」


 よく分からないが、人並みに体力はあると言いたいのだろう。


「お、おまけに足下がよく見えないし」

「そうッスか?」


 フェーネは首を傾げた。


「ローラさんはどうッスか?」

「これくらいなら大丈夫です」

「私、都会育ちだし」

「一応、私も街育ちなのですが……」


 ローラは呻くように言った。


「儚い抵抗ッスね」

「それは分かっています」


 ローラはがっくりと頭を垂れ、深い溜息を吐いた。

 ふとフジカの手の感触を思い出す。

 柔らかな、焼きたての白いパンのような感触だった。

 本人も言っているが、フジカはお嬢様なのだ。

 ローラは騎士――それも田舎騎士だ。

 辛くなるだけなのに、どうして対抗しようとするのだろうと思わないでもない。


「どうする?」

「ここからはゆっくり行くッス」

「私はまだイケるし」

「あの有様でッスか?」

「うぐ……」


 フジカは小さく呻いた。


「何ができて何ができないか見極めるのも能力の内ッス」

「分かってるじゃねーか」


 リブはニヤニヤと笑いながら言った。


「仕事を選り好みするのとは別問題ッスよ」

「いや、あたいはあたいなりに何ができて何ができないかを見極めてたんだって」

「そうッスか?」

「そうだよ」


 リブはムッとしたように言った。


「リブの場合、気が向かないとか言って仕事を断りそうな感じがするんスよね」

「そういうこともあるぜ」

「駄目じゃないッスか」

「いやいや、あたいにも事情があるんだって」

「どんな事情ッスか?」


 大した理由ではないだろうが、念のために確認しておく。


「依頼主がムカついた」

「何様ッスか」

「そこそこ腕の立つ傭兵兼冒険者様だっての」


 リブは胸を張って言った。


「これだからバイソンホーン族は嫌なんス。真面目に生きてるこっちが馬鹿らしくなってくるッス」

「ん? お前って、そんなに真面目に生きてたのか?」

「当たり前ッス」


 フェーネは胸を張った。

 ダンジョンで冒険者の遺品を頂戴することはあったが、黙っておく。


「お前、嘘を吐くと耳が垂れるよな?」

「垂れないッス」

「なんだ、引っ掛からねーのか」


 リブはふて腐れたように言った。


「おいらを引っ掛けるならもっと考えるべきッス」

「え~、面倒臭ぇな」

「面倒臭がってどうするんスか」

「そこまで気合入れて引っ掛けようとは思ってねーし」

「つくづく脳筋ッスね」

「仲間を引っ掛けるのに気合を入れたり、アイディアを練ったりするよかマシだろ」

「さっき、おいらを引っ掛けようとしたのは誰ッスか?」

「だから、本気じゃなかったって」

「本当ッスか?」

「行くぞ」


 リブはフェーネの頭をワシワシと撫で、歩き出した。


「おいらが先頭ッスよ」

「分かってるって」


 フェーネは先頭に立ち、伯爵邸に向かった。


※


 リリアは弟の手を引きながら大通りを走っていた。

 喉が痛い、鉄臭さが口の中に充満している。

 それでも、スピードを緩める訳にはいかない。

 カチャカチャという音が背後から響く。

 スケルトン達が発する音だ。

 追いつかれたら、と一瞬だけ路肩を見る。

 そこには死体があった。

 ここだけではない。

 ロックウェルのあちこちに死体が転がっている。

 まるで子どもの頃に見た悪夢のようだと思う。

 それは怪物に追われる夢だ。

 いや、本当に怪物に追われていたのかは分からない。

 夢の中では怪物を見なかった。

 ただ、名状しがたい恐怖、追いつかれたら終わりだという思いに突き動かされて走った。

 これも夢であればと思う。

 夢であれば追いつかれても死んだりしない。

 ベッドから飛び起きて、ああ、怖かったと言っておしまいだ。

 だが、これは現実だ。

 追いつかれたら殺される。

 殺されるだけならばまだしも、不死王の呪縛に捕らわれて輪廻できなくなってしまう。

 そして、不死王の尖兵として人を殺し続けるのだ。


「あッ!」


 甲高い声が響き、手が軽くなる。

 弟が転んだのだ。

 リリアは反射的に振り返り、悲鳴を上げそうになった。

 無数――数え切れないほどのスケルトンが迫っていた。

 弟を助けに行かなければならない。

 走り寄り、立たせなければならない。

 そう頭では分かっているのに脚が竦んだ。

 逃げてしまえ、と誰かが囁く。

 自分の命を優先するのならば逃げるべきだ。

 家族の安否を確認するために教会から飛び出したが、その必要があっただろうか。

 リリアの家は貧しい。

 弟が生まれて、さらに貧しくなった。

 両親は努力したが、結局――リリアは教会で働くことになった。

 娼婦になるよりはマシだが、捨てられたことに変わりはない。

 教会の生活は辛く、厳しい。

 そんな生活を送る羽目になったのは弟がいたからだ。

 弟がいなければ捨てられることはなかった。

 限られた時間かも知れないが、両親の愛を独占できた。

 ああ、とリリアは喘いだ。

 どうしてだろう。

 愛されていた、愛していたはずなのにその記憶が思い出せない。

 思い出すのは嫌な思い出ばかりだ。

 醜い感情ばかりが湧き上がってくる。


「姉ちゃん!」

「ああ、ああッ!」


 弟が叫び、リリアは絶叫した。

 弟に駆け寄り――。


「……あ」


 小さく呟く。

 スケルトンの群れは間近に迫っていた。

 無理だ。逃げられない。


「……か、神様」


 どうか弟だけは助けて下さい、とリリアは首飾りを握り締めた。

 その時だ。


「風弾(ウィンド・ブリット)!」


 凜とした声が響き、突風が背後から押し寄せた。

 緑色の光が命中し、スケルトンが倒れる。

 だが、一体倒しただけで何になると言うのか。

 そう思った次の瞬間、誰かが頭上を通り過ぎた。

 気が付くと、リリア達を庇うように男――少年が立っていた。

 漆黒のコート、背中に施された炎の刺繍。

 炎――最強の冒険者チームの象徴だ。

 カチカチと歯を打ち合わせスケルトンの群れが少年に殺到する。

 少年は慌てない。

 騒ぎもしない。

 小さく、まるで溜息を吐くように息を吐いた。


「点火(イグニッション)!」


 チームの由来ともなった漆黒の炎が右腕から噴き出した。

 七悪――精神を司る精霊。

 人の生み出す災厄。

 少年が無造作に腕を一閃させた次の瞬間、最前列にいたスケルトンが燃え上がった。

 一瞬にして塵と化す。

 しかし、それを恐れるような感性はとうに失われている。

 スケルトン達が少年に襲い掛かる。


「大丈夫?」


 顔を上げると、銀縁の眼鏡を掛けた少女が立っていた。


「あ、あの、私達のことは……」

「援護なんて必要ないわよ」


 少女は軽い口調で言った。


「でも……」

「姉ちゃん、すごい」


 弟が呟き、前を見る。すると、少年がスケルトンの群れを圧倒していた。

 スケルトンは右腕の一振りで塵と化し、パンチやキックで砕け散る。

 鎧袖一触とはこのことを言うのだろう。

 リリアは首飾りを握り締め、少年――黒炎のリーダー、マコトを見つめた。


※


「……確かに変だな」


 マコトは骨の散らばった地面を見つめた。

 骨が黒く染まり、一瞬で塵と化す。

 漆黒の炎で倒した敵ならばまだしも、普通に倒した敵も塵と化すのだ。

 経験則でしかないが、明らかにおかしい。

 まあ、ユウカに指摘されるまで気付きもしなかったのだが。


「マコト、何してんのよ」

「悪ぃ」


 マコトはユウカに向き直った。

 彼女の傍らでは二人の子ども――どうやら姉弟らしい――が蹲っていた。

 姉の方は何処かで――。


「ああ、教会の受付嬢か」

「覚えていて下さったんですね」

「ま、まあな」


 すぐに気付けなかったが、ここは黙っておくべきだ。


「それにしても、どうして街中にいるんだ?」

「家族の安否を確認したかったんです」

「……そうか」


 弟しかいないということは両親は殺されてしまったのだろう。


「もう少し早く行動してりゃ助けられたかも知れねぇ」

「いえ、ご自分を責めないで下さい」

「……ああ」


 マコトはしばらく間を置いてから頷いた。

 シェリーのことを優先したのは間違っていなかったと思う。

 だが、知り合いから両親が死んだと聞かされると罪悪感を覚える。

 我ながら勝手なものだと思う。


「教会まで送っていく」

「あ、ありがとうございます。ですが……」

「元々、住人を助けたら教会に連れて行くつもりだったから気にしなくていい」


 自力で教会に行けと言っても途中でスケルトンに殺されるだろう。

 効率は落ちるが、マコト達が送り届けた方がいい。


「……それと」


 マコトはコートを脱ぎ、受付嬢に差し出した。


「ちゃんと理由を説明しなさいよ」

「何が起きるか分からないからな。俺のコートを貸してやる。火鼠の革で作られてるから多少は役に立つだろ」

「あ、ありがとうございます」


 マコトが理由を説明すると、受付嬢はコートを受け取り、弟に視線を向けた。


「……ユウカ」

「はいはい、分かってるわよ」


 ユウカはケープを脱ぎ、受付嬢の弟に被せた。


「聞き分けがいいな」

「今のあたしは正義の味方だからよ」


 ふん、とユウカは鼻を鳴らした。


「さっさと行きましょ」

「立てるか?」


 はい、と受付嬢は頷き、弟と一緒に立ち上がった。


「俺が先頭、ユウカは殿な」

「分かったわ」


 ユウカが軽く肩を竦め、マコトは教会に向かって走り出した。

 走ると言っても加減はしている。

 加減してなければ受付嬢達を置き去りにしてしまう。

 マコトは大通りを走りながら視線を巡らせた。

 ちらほらと死体が転がっているが、想像していたよりも被害は少ない。


「……衛兵はいきなりアンデッドの群れが現れたって言ってたんだが」

「は……い、し……しさ、いさまがさ……するゴホッ!」


 受付嬢は軽く咳き込んだ。

 かなりゆっくり走っているのだが、ちょっと無理があったようだ。

 しばらく無言で走ると、教会が見えてきた。

 アンデッドから逃げてきたのか、教会前の通りは人々で埋まっていた。

 いや――。


「……スゲーことになってるな」


 マコトは足を止めて呟いた。

 人間だと思っていたのはスケルトンだった。


「そんな教会が……」


 受付嬢が呆然と呟く。

 マコトは何も感じないが、信心深い者にとっては悪夢のような光景だろう。


「一応、間に合ったみたいね」


 ユウカがマコトの隣に立った。


「何処がだ?」

「マコト、もう少し冷静に観察しなさいよ」

「冷静なつもりなんだが?」

「じゃあ、目が節穴なのね」

「……」


 マコトは改めて教会前の通りを見た。

 スケルトンに埋め尽くされているが――。


「襲ってる訳じゃねーのか」

「そういうこと」


 ふふん、とユウカは鼻を鳴らした。

 教会前の通りはスケルトンに埋め尽くされているが、教会は襲われていない。

 どうやら、スケルトンは一定以上教会に近づけないようだ。

 司祭の力か、神の加護かは分からないが。


「どうするの?」

「今の俺達は正義の味方なんだろ?」

「忘れてたわ。そうね、今のあたし達は正義の味方ね」

「思いっきり連中を吹っ飛ばすのもありなんじゃねーか?」

「正義の味方とは思えない台詞ね」


 ユウカは溜息を混じりに言って、がっくりと頭を垂れた。


「反対か?」

「残念だけど、賛成よ。でも、連中を吹っ飛ばす前にこの二人を避難させないと」


 ユウカは受付嬢とその弟に視線を向けた。

 直後、建物の扉が開いた。

 扉を開けたのは中年女性だ。


「……あんた達、早く入りな」


 中年女性は押し殺したような声で言い、手招きをした。


「丁度よかった。二人を頼む」

「あんた達はどうするんだい?」

「俺らは……」


 マコトはスケルトンに視線を向けた。


「あいつらを倒しちまおうかと思って」

「アンタ達は頭がおかしいのかい?」

「あたしはまともよ」

「相棒じゃなかったのかよ」

「相棒だけど、可哀想な子だと思われたくないわ」


 そう言って、ユウカは髪を掻き上げた。


「とにかく、この二人を頼む」

「分かったよ。さ、早く入りな」


 中年女性は吐き捨てるように言い、受付嬢達を家に招き入れた。


「ま、マコト様、ご武運を!」


 受付嬢がそう言った直後、扉が閉まった。


「……コートとケープを返してもらえなかったな」

「今からでも返してもらう?」

「それはちょっとな」


 今のマコト達は正義の味方なのだ。

 みみっちい真似はしたくない。


「作戦は?」

「あたしが魔法をぶちかまして、マコトが突っ込んでいくってのはどう?」

「その後はどうするんだ?」

「あたしは魔法を撃ち続けて、マコトはひたすら暴れるのよ」

「巻き込まれねーか?」

「追尾弾を使うわよ、失礼ね」


 ユウカはムッとしたように言った。


「それと、変神は禁止ね」

「スケルトン相手になら必要ねぇと思うけど、何でだ?」


 変神すると激痛で意識が混濁するが、戦闘力を大幅に底上げできる。

 切り札にすべきだと思うのだが。


「…………怖いから」

「は?」

「だから、怖いのよ」

「は? 怖い?」

「そうよ、怖いの!」


 ユウカは顔を真っ赤にして言った。


「アンタは変神してる側だから分からないかも知れないけど、すごく怖いの! 思わず失禁するレベルよ!」

「思わず失禁って」


 何とも矛盾した言葉を使うものだ。


「それだけ怖いってこと。絶対にあれは……こう、悪魔的な力ね」

「まあ、七悪だからな」


 確か七つの大罪にはそれぞれ罪を司る悪魔が設定されていた。

 そう考えれば悪魔的な力という表現は間違っていないような気がする。


「何かペナルティがあるはずよ」

「あまり気にしなくていいんじゃねーかな」

「気にするわよ。マコトが死んだら誰があたしを元の世界に返してくれるのよ」

「自分のことかよ」

「そうよ。マコトが死んだり、廃人になったり、腕とか脚とかなくしたりしたら元の世界に帰れても喜べないじゃない」


 恥ずかしいのか、ユウカの頬が朱に染まる。


「死んだり、廃人になったり、腕や脚をなくすつもりはねーよ」

「骸王のダンジョンで死にそうになってたじゃない」


 ユウカは拗ねたように唇を尖らせた。


「意外だな」

「何がよ?」

「ユウカはそういうことを気にしないタイプだと思ってたからな」

「あたしはそこまで恩知らずじゃないわよ」

「そうか?」

「そうなの!」


 ユウカは声を荒らげた。


「取り敢えず、変神しないように善処する」

「約束するじゃないの?」

「約束はできねーよ」


 他の七悪が現れたら変神しなければならなくなるだろう。


「できるだけ控えなさいよ」

「ああ、それだけは約束する」


 ユウカがぼそぼそと呟き、マコトは頷いた。

 まったく、可愛い所を見せてくれる相棒だ。

 そんな姿を見せられると、是が非でも元の世界に返してやらなければという気になる。


「さて、行くか」

「そうね」

「ユウカが魔法をぶっ放すと同時に突っ込むからな」

「分かったわ」


 ユウカは杖を構えた。


「スキル・魔法極大化(マキシマイズ)、並列起動(マルチタスク)×100! リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ――」


 呪文が響き渡るが、スケルトンは教会の前から動こうとしない。

 魔法陣が展開し、火花がバチバチと飛び散る。


「追え追え猟犬の如く、我が敵を追う猟犬となれ! 顕現せよ、追尾弾(ホーミング・ブリット)!」


 魔法陣から光が放たれ、無数に枝分かれする。

 光は空を覆い、流星のように降り注いだ。

 光に貫かれ、スケルトンが塵に変える。


「点火!」


 マコトは右腕に漆黒の炎を纏い、スケルトンの群れに突っ込んだ。

 スケルトンがカチカチと歯を打ち鳴らしながら押し寄せてくる。

 圧倒的な数とは言え、所詮はスケルトンだ。

 無造作に放った突きや蹴りであっさりと砕け、塵と化す。


「再詠唱(リピート)!」


 ユウカの声が響き、光が降り注ぐ。

 スケルトンが塵と化すが、なおも押し寄せてくる。


「……キリがねーな」


 マコトはスケルトンの頭蓋骨を粉砕しながらぼやく。

 倒しても倒してもスケルトンの数は一向に減らない。

 錯覚ではないはずだが、やや決め手に欠ける。

 一応、確認しておくべきだろう。


「点火!」


 マコトは叫び、足を振り下ろした。

 石畳に亀裂が走り、漆黒の炎が噴き上がる。

 マコトを取り囲んでいたスケルトンが一瞬にして塵と化し――。


「点火!」


 漆黒の炎が激しく燃え上がり、マコトは右拳を石畳に叩き付けた。

 石畳が砕け、地面が大きく陥没する。

 漆黒の炎が地面を滑るように移動し、真上に噴き上がる。

 教会前の通りを埋め尽くしていたスケルトンが塵と化し、マコトはユウカの下に戻った。

 炎はまだ燃え盛っている。


「随分、派手にやったわね」

「ユウカほどじゃねーよ」


 軽口を叩き、炎を見つめた。

 炎が消え、空気が揺らぐ。

 そして、空間から滲み出るようにスケルトンが姿を現した。


「……やっぱりか」

「数が減らないと思ったら、こういうカラクリだったのね」


 ユウカは吐き捨てるように言った。


「どうするのよ?」

「こういう時は――」

「ふむ、叩き起こされたのでちと文句を言ってやろうと思ったんじゃが、同輩に出会えるとは思わなんだ」


 ねっとりとした声がマコトの言葉を遮った。


「黒幕を叩くのが常道って思ったんだが、こういう展開もあるか」


 振り返ると、二十メートルほど離れた所に獣人の女が立っていた。

 豪奢な着物に身を包み、煌びやかな櫛で見事に結い上げた髪を飾り立てている。

 実物を見たことはないが、花魁を連想させる。

 百人いれば百人が美女と答える美貌の持ち主だ。

 ただし、それは右半分だけだ。

 左半分は頭蓋骨が剥き出しになっている。

 眼窩には闇がわだかまり、その中心で蒼い炎が揺らめいている。


「俺は獣人じゃねーし、アンデッドでもねーんだけどな」

「そういう風に切り替えされるとは思わなかったの。これでどうじゃ?」


 女が人差し指を上に向けると、漆黒の炎が灯った。


「やっぱり、七悪かよ」

「そうじゃ。妾は七悪が一人……葛葉じゃ」

「玉藻じゃねーのか」

「生憎、そんな知り合いはおらんの」


 女――葛葉はころころと笑った。


「七悪のよしみで退いてくれねーか?」

「マコト!」


 ユウカが手の甲でマコトの二の腕を叩く。


「何だよ?」

「どう考えたって退いてくれない雰囲気でしょ?」

「駄目で元々って言葉があるだろ」


 いきなり攻め込んでくるくらいだから望みは薄いが、退いてくれればめっけものだ。


「ふむ、妾は寝起きで機嫌が悪いんじゃが……」


 葛葉は何処からともなく扇子を取り出した。

 いい予感はしない。

 葛葉が勢いよく扇子を開き、マコトは身を竦めた。


「そんなに怯えなくてもよいではないか。ほれ、後ろを見い」


 葛葉が扇子を畳み、その先端で背後を指し示す。

 肩越しに背後を見ると、スケルトンが消えていた。


「ありがとうよ」

「七悪のよしみじゃからな」

「ついでと言っちゃなんだが、元いた場所に帰って……できれば俺達に関わらずにひっそりと暮らしてくれねぇか?」

「ぐいぐい来るの」


 葛葉は呆れたように言った。

 自分でも勝手なことを言っているなと思うが、駄目で元々だ。

 それに戦わずに済むのならそれに越したことはない。


「じゃが、断る」

「なんでだ?」

「妾はアンデッドじゃ。生者を喰らうようにできておる」

「動物じゃ駄目なのか?」

「それだと効率が悪いのでな。それに……」

「それに?」


 マコトが鸚鵡返しに呟くと、葛葉はニィィと口角を吊り上げた。

 嫌な予感しかしない。


「妾は、人間が、妬ましくてのぅ。温かな体が妬ましい、呼吸しとることが羨ましい、美味い物を食い、糞を垂れ、眠る……そんな貴様らが妬ましくて妬ましくて堪らんのじゃ」

「人間を喰ったって、どうにもならねーだろ」


 何しろ、葛葉は死んでいるのだ。

 妬んだ所でどうにもならない。


「じゃが、溜飲は下がる」

「八つ当たりだろ」

「そうじゃ。妾が失ったものを持っている連中に八つ当たりをして何が悪い? お主だって似たようなもんじゃろ?」

「そんなことは……」


 ねーよ、とは言えなかった。

 借金の返済で苦しんでいる時、周囲の人間が羨ましかった。

 自分が苦しんでいるのに、と憎しみを募らせた。

 あの時のマコトは無力で、全てを投げ捨てられるほど自暴自棄にもなれなかった。

 もし、力があれば、自暴自棄になっていたら八つ当たりをしていたかも知れない。


「まあ、そうだな」

「ちょっとマコト!」


 ユウカが手の甲でマコトの二の腕を叩いた。


「アンタの言い分は分かった。俺も似たようなもんだってのも認めるぜ」

「そうかそうか」


 葛葉は愉快そうに笑ったが、目は笑っていない。


「その上で……俺は俺の大切なものを傷付けようとするヤツを見逃すつもりはねぇ」

「かかッ! それでこそ、七悪じゃ!」


 マコトが拳を構えると、葛葉は扇子を構えた。

 どうやって、扇子で戦うのか。

 そんなことを考えていると、葛葉の背後から尻尾が現れた。

 数は九本。


「戦う前に聞きてぇんだが?」

「何じゃ?」

「アンタは本人か?」

「よく分からんが、国を傾けた本人かという意味ならその通りじゃ。数多の兵に追われ、この地まで逃げて死んでしまったがの」


 伝説の本人かよ、とマコトは舌打ちした。


「疑問は解けたかの?」

「ああ、けど、やることは変わらねぇ」

「それじゃのぅ」


 葛葉は再び笑った。

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