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アラフォーおっさんはスローライフの夢を見るか?  作者: サイトウアユム


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Quest31:葛葉を討伐せよ その11


※


 前方から三体のスケルトン・ナイトが迫ってくる。

 最初に動いたのはリブだ。

 距離を詰め、地面にポールハンマーを振り下ろす。

 轟音が響き、亀裂が入る。

 スケルトン・ナイトは無警戒に亀裂を踏んで硬直した。

 そこに漆黒の炎が噴き上がる。

 剣が、鎧が黒ずんでいく。

 だが、破壊には至らない。

 漆黒の炎が消え、スケルトン・ナイトが動き出す。

 そこへ――。


「昇天(ターン・アンデッド)みたいな!」


 フジカの魔法が炸裂する。

 光に照らされてスケルトン・ナイトはまたもや動きを止める。

 ローラが盾を構えて走る。


「盾撃(シールド・バッシュ)!」


 ローラは爆発的な加速を得て、スケルトン・ナイトに突っ込んだ。

 金属のぶつかり合う耳障りな音が響く。

 先頭にいたスケルトン・ナイトは吹っ飛び、隣にいた個体をかすめ、背後にいた個体を巻き込んで止まる。


「くッ!」


 ローラは悔しげに呻いた。

 三体とも吹き飛ばすことができていればという気持ちが伝わってくるようだ。

 だが、悔しがってばかりはいられない。

 戦いは続いている。

 ローラにスケルトン・ナイトが迫る。


「狙撃ッス!」


 フェーネがスリングショットで何かを放つ。

 その何かが当たった次の瞬間、ローラに迫っていたスケルトン・ナイトが吹き飛んだ。

 立ち上がろうとしていた二体を巻き込んで倒れる。


「昇天!」

「オラオラオラッ!」


 フジカが魔法を使って動きを封じ、リブがポールハンマーを振り下ろした。

 一回きりではない。

 何度もだ。

 金属がぶつかり合う音と骨の砕ける音がダンジョンに響く。

 しばらくしてリブは距離を取った。

 スケルトン・ナイトは動かない。

 剣と鎧が塵と化し、骨と魔石が残った。


「ふぅぅぅぅ、結構しんどいな」

「私はかなり楽でしたが……」


 リブがポールハンマーに寄り掛かり、ローラは申し訳なさそうに呟いた。


「決定力不足ッスね」


 フェーネはリブとローラの間を通り抜けて骨に歩み寄り、その傍らに跪いた。

 魔石を拾い、ふーッと息を吹きかける。


「つっても炎を使うとあたいが消耗するからな~」

「交互に使っても消耗しますからね」


 う~ん、とリブとローラは唸った。


「ユウカに質問タイムみたいな」

「何よ?」


 フジカの言葉にユウカは顔を顰めた。


「いいアイディアはないみたいな?」

「なくはないけど――」

「そんな隠し球が!」

「最後まで聞きなさいよ」


 フジカが驚いたように目を見開くと、ユウカは小さく溜息を吐いた。


「何か問題でもみたいな?」

「あたしが消耗するじゃない、あたしが。それに……」

「それに?」


 フジカが可愛らしく首を傾げた。


「できれば隠しておきたいのよね」

「ユウカらしいけど、それは何故みたいな?」

「情報が漏れたら困るからに決まってるでしょ」

「それは考えすぎだし」

「用心に越したことはないわ。アンタこそ、切り札的なものはないの?」

「私はユウカみたいな秘密主義じゃないし」

「つまり、ないのね?」

「そうとも言うし」


 フジカは深々と溜息を吐いた。


「せめて、キララさんみたいに祝聖刃(ホーリー・ウェポン)を使うようになれればと思ってるけど……」

「祝聖刃?」

「武器の攻撃力を高め、聖属性を付与する魔法みたいな」


 ユウカが鸚鵡返しに尋ねると、フジカは魔法の効果について説明した。


「信心が足りないんじゃないの?」

「そもそも、レベルが上がらないし」


 フジカはまたしても溜息を吐いた。


「ステータス補正はあるかどうかも分からないレベルだから前線に立てないし、かと言って攻撃手段も限られてるし……」

「まあ、そうよね」


 フジカがぶつぶつと文句を言うと、ユウカは頷いた。


「つか、スキルや魔法を使わないと、敵を倒しにくいってのが問題よね。流石、雌狐だけあっていやらしいわ」

「姐さん、おいらも雌狐なんスけど」


 ユウカが顔を顰めて言うと、フェーネがぼそぼそと呟いた。


「ふぇ、フェーネをディスった訳じゃないわよ! フェーネは……ほら、あれよ」


 あれあれ、とユウカは手の甲でマコトの二の腕を叩いた。


「子狐か?」

「そうよ、子ぎつ――ハッ!」


 ユウカはマコトとフェーネを交互に見た。


「仕方がないわ。あたしはフェーネに対してこれっぽっちも悪意を持ってないけど、気分を害したんなら謝るわ。ごめんなさい」

「……ユウカ」

「……姐さん」


 マコトはフェーネと顔を見合わせ、小さくため息を吐いた。

 これっぽっちも申し訳なさそうな気持ちが伝わってこない。

 まあ、ユウカらしいが――。


「むむ、怪しいし」

「アンタには分からないでしょうね」


 ふふん、とユウカは鼻で笑った。


「子狐って言うのはあまりに見下した言い方だと思ったのよ。あたしはフェーネを一人前のレディーだと思ってるわ。だから、子狐なんて言葉を使うくらいなら泥を被るわ。辛いけど、喜んで」

「くそッ、俺が一番悪いみたいになってるじゃねーか」

「そんなこと言ってないわ。でも、まあ、マコトも悪いわよね」

「いや、確かに子狐って言ったけどよ」


 マコトは呻いた。

 助け船を出したつもりが、巻き込まれて沈む羽目になるとは――。

 これだからユウカは侮れない。


「まあ、いい。先に進むぞ」

「隊列、隊列を組み直すッスよ」

「あたいとローラはもう配置についてるっての」

「そうですね」


 フェーネの言葉にリブとローラは苦笑交じりに応じた。


「フェーネちゃんも早く戻るし」

「わ、分かってるッス」


 フェーネは少しだけムッとしたような表情を浮かべてフジカの隣に移動した。


「メアリとアンは大丈夫?」

「は、はい、あたし達は大丈夫です」

「……大丈夫です」


 ユウカが声を掛けると、メアリとアンは顔面蒼白で答えた。


「顔色が悪ぃけど、本当に大丈夫か?」

「正直に言えば怖いです」

「……よく皆さんは平気ですね」


 メアリは引き攣った笑みを浮かべ、アンは表情を強ばらせている。

 無理もない。

 先程、ユウカはスキルや魔法を使わなければ敵を倒しにくいと言った。

 このダンジョンがフェーネ、リブ、ローラ、フジカの四人にとって適正レベルではないということだ。

 それでも、四人は戦えるが、メアリとアンには無理だ。


「俺達は――」

「あたし達は修羅場の経験が豊富なのよ」


 言葉を遮られ、ユウカを見る。


「何よ?」

「何でもねーよ。けど、ユウカの言う通りだ」

「そうでしょ、そうでしょ」


 ユウカが満足そうな笑みを浮かべ、マコトは小さく溜息を吐いた。


※


 マコト達は広い空間に出た。

 ダンジョンを行ったり来たりしながら何度も広い空間を通り過ぎている。

 広さも、高さも今まで通り過ぎてきたそれと変わらない。

 唯一の違いは下の階層に続く坂道があることだ。


「スゲー罠っぽいな」

「そうですね」


 リブが神妙な面持ちで呟き、ローラが小さく頷く。


「い、嫌な予感がするし。これは下りた先で敵に囲まれるパターンみたいな」

「どうするんスか?」


 ユウカに視線を向けると、目が合った。


「何よ?」

「やけに静かだから気になったんだよ」

「なんだ、あたしが決めていいんだと思ったわ」

「どうせ、魔法をぶっ放そうとか言うんだろ?」

「もちろんよ。この状況――敵が下で待ち構えていても殲滅可能かつ葛葉にもダメージを与えられそうな魔法があるわ」


 ほぅ、とマコトは声を漏らした。


「感心した? もっと誉めてくれていいのよ」

「葛葉と戦ってそんなに時間が経ってないのによくもまあ……」

「『よくもまあ』は誉め言葉じゃないけど、まあ、いいわ。私は心が広いから」


 ふふん、とユウカは鼻を鳴らした。


「で、どうするの?」

「お前が頑張ってくれたのは分かったけど、ちょっとな」

「歯切れが悪いわね。一体、何が問題なのよ? ここからちょっと魔法をぶっ放すだけで葛葉にダメージを与えられるかも知れないのよ」

「いや、それはな~」

「まさか、卑怯だなんて言わないわよね?」


 ユウカは信じられないと言わんばかりの表情を浮かべた。


「いい? これは命の遣り取りよ。生きるか死ぬかなの」

「それは分かっ――」

「あたしはいつも思ってたわ」


 ユウカはマコトの言葉を遮って言った。


「どうして、フィクションに出てくる勇者や冒険者は火攻めをしないのかしらって」

「火攻め?」

「ほら、敵が潜んでるダンジョンや洞窟を律儀に攻略するでしょ? あれって、無駄だと思うのよ。可燃性の液体を注ぎ込んで火を点けたり、煙で燻したりする方がよっぽど効率がいいじゃない」


 マコトが鸚鵡返しに呟くと、ユウカは持論を展開した。

 ユウカがTRPGをやったらGMがぶち切れるに違いない。


「……姐さん」

「フェーネは盗賊だからあたしの意見に賛成よね?」

「姐さん、それをやったらレドが蒸し焼きになるッスよ」

「――ッ!」


 フェーネがぼそぼそと呟き、ユウカは息を飲んだ。


「ユウカは非道だし」

「うん、まあ、フェーネの弟がいるのに火攻めはな~」

「そうですね」


 フジカが責めるように言い、リブとローラが同意する。

 ユウカは助けを求めるように視線を巡らせたが――。


「流石に人がいるのに火攻めはいけないと思います」

「……効率的だとは思いますが」

「この世界、嫌いだわ」


 メアリとアンに追撃を受け、ユウカは呻くように言った。

 直後、こちらを見た。


「なんで、教えてくれないのよ!」

「目で訴えてただろ」

「知らないわよ! 口があるんだから口で言いなさいよッ!」

「悪ぃ」


 理不尽だと思ったが、取り敢えず謝っておく。


「じゃ、行くか」

「おう!」

「はい!」


 リブとローラがゆっくりと歩き出し、フェーネ、フジカ、メアリ、アンが続く。

 だが、ユウカは立ち止まったままだ。


「ユウカ、進め」

「分かってるわよ」


 ユウカは少しだけ声を荒らげて言い、歩き出した。

 リブ、ローラが坂道を下りていき、ユウカは歩調を緩め、マコトと肩を並べる。


「どうしたんだ?」

「……あとで」


 ユウカはごにょごにょと何事かを呟く。


「一応、フォローはしておく」

「一応?」


 ユウカが柳眉を逆立てる。


「ちゃんとフォローしておくって」

「なら、いいのよ」


 メアリ、アンに続き、マコトとユウカも坂を下り始める。


「……ユウカは鋼の心を持ってると思ってたんだが」

「泣くわよ」

「恫喝してきやがった」

「か弱い女の子が悲しくて泣きそうって言ってるのに恫喝とは何よ」


 ユウカは低く押し殺したような声で言った。


「恫喝じゃなければ脅迫だろ、脅迫」

「チッ、マジでムカつくわね」


 ユウカは吐き捨てるように言ったが、女の涙はかなり卑怯だと思う。

 相手が悪いのにこちらが悪いことにされる。

 しばらく無言で坂を下る。


「……デリカシーが足りなかったと思うわ」

「さっきのことか?」

「それしかないでしょ」

「どういう風の吹き回しだ」

「フェーネは仲間だもの。誤解されたままじゃ嫌なの」

「お前も成長したんだな」


 マコトはしみじみと呟いた。

 フェーネにはこの会話が聞こえているはずだが、謝罪の言葉を口にするのは大事だ。


「最初からそういう風にしておけば置いてけぼりにされなかったんじゃないか」

「ぐッ、嫌なことばかり言いやがるわね」


 ユウカはムッとしたような表情を浮かべた。


「きっと、あいつらはあたしがどんな態度を取っても友達になれなかったわよ」

「ユウカ、心理学には合理化って考え方があってな」

「黙って聞きなさいよ」


 ユウカはムッとしたように言った。


「あいつらはセレブで、あたしは美人で頭がいいけど、平均よりちょこっと貧しい一般庶民なの。つまり、そういうことよ」

「もう少し短く言えよ。その言い方だと、美人なせいなのか、頭がいいせいなのか、貧乏なせいなのか分からねーよ」

「貧乏じゃなくて、平均よりちょこっと貧しいだけよ」

「いや、もういいよ。とにかく、人種が違うみたいな話だろ」

「そういうこと。だから、友達にはなれないの」


 ふと視線を感じて前を見ると、フジカがこちらを見ていた。

 坂道を下っているのに器用なことだ。

 そう言えばフジカはユウカと友達になりたがっていた。


「ゆ、ユウカ、友達友達友達になりたいし」

「フジカが友達になりたそうに見てるぞ」

「いいえ、もしくはモンスター爺さん一択ね」

「あんまりだし!」


 フジカは叫び、再び前を向いた。


「自分が殺そうとした相手と友達になりたいなんてマジでムカつくわね」

「いや、まあ、うん、そうだな」


 マコトは仕方がなく頷いたが、正直に言えばどっちもどっちだと思う。

 ともあれ、ユウカが仲間意識を持ってくれているのは嬉しい。

 学校の先生、もしくは親とはこういうものなのかも知れない。

 そう考えた時――。


「光だ!」


 リブが叫んだ。

 目を凝らすと、坂道を下った所に光が見えた。


「慎重に行くぞ」

「おう!」

「はい!」


 マコトが声を掛けると、リブとローラが返事をした。

 ゆっくりと坂を下っていく。

 坂を下りきった所でマコト達は足を止めた。


「何だ、こりゃ?」

「鏡でしょうか?」


 リブが素っ頓狂な声で言い、ローラは不思議そうに首を傾げた。

 ローラの言う通り、第五階層の入り口は鏡のようになっていた。


「どうするんだ?」

「こうするッス!」


 リブが問いかけ、フェーネは石を拾って鏡に投げつけた。

 石は何事もなかったように鏡を通り抜けた。


「通り抜けられるみてぇだな」

「そうね」


 マコトが歩み出ると、ユウカも前に出た。


「どう思う?」

「気配探知(スキル)はどうなの?」

「反応してねぇ」


 マコトは首筋を撫でた。

 敵が近づくと首筋が痛むのだが、今回はそれがない。

 この向こうに敵はいないのか。

 それとも、気配探知を誤魔化せる相手なのか。

 恐らく、後者だ。


「俺とユウカが先行する。皆は後から付いてきてくれ」

「分かったッス」

「了解」

「分かりました」

「二人とも気をつけて欲しいし」


 マコトの言葉にフェーネ、リブ、ローラ、フジカの四人が答える。


「ま、それが妥当ね」


 ユウカは軽く肩をすくめ、三角帽子を被り直した。


「準備はいいな?」

「いつでもいいわよ」

「よし、行くぞ!」


 マコトとユウカは鏡に飛び込んだ。


※


 鏡の向こうは日本庭園だった。

 鯉の泳ぐ池があり、大きな岩が置かれ、松などの植物が生えている。

 その奥にあるのは文化財に指定されていそうな屋敷だ。


「どうなってるのよ?」

「落ち着け。これは幻術だ」

「幻術? これが?」


 ユウカは驚いたように目を見開いた。

 無理もない。

 柔らかな日差しが降り注ぎ、爽やかな風が吹いているのだ。

 幻術と知らなければ外だと勘違いしてしまいそうだ。


「なんで、マコトがそんなことを――」

「うぉ! 何じゃこりゃ!」

「いつの間に外に?」

「どうなってるんスか?」

「ここもダンジョンみたいな?」

「いつの間に外に?」

「……」


 ユウカの声を仲間達が遮る。

 どうやら、六人とも混乱しているようだ。


「落ち――」

「落ち着きなさい! これは幻術よ!」

「マジかよ」

「まさか、これほどの幻術とは……」

「葛葉が近いってことッスね」

「ちょっと怖いし」


 ユウカが叫ぶと、仲間達は冷静さを取り戻せたようだ。

 マコトはユウカに視線を向けた。


「何よ?」

「いや、何でもねーよ」

「悪かったわね」


 ユウカはマコトの肩を叩き、ニヤリと笑った。

 案の定、わざとだったようだ。


「隊列を組んで進むぞ。先頭は俺とユウカ、二列目がリブとローラ、三列目がフェーネとフジカ、最後尾はメアリとアンだ。俺とユウカからは少し距離を取ってくれ」

「戦闘が始まったらあたし達はどうすればいいんですか?」

「……できるだけ邪魔にならないようにしたいのですが」


 メアリがおずおずと手を上げ、アンがぼそぼそと呟く。


「フジカの後ろに隠れてくれ。できるだけ無理しないようにな」

「はい!」

「……そうします」


 マコト達は隊列を組み直し、屋敷に向かって歩き出した。


「待たせた方がよかったんじゃない?」

「二人きりの時に敵に襲われたら守りようがないからな」

「それはそうだけど」


 危ないじゃない、とユウカはごにょごにょと呟いた。

 ユウカの気持ちは分かるが、彼女達は冒険者だ。

 マコト達に付いてくるという選択をした以上、命を懸ける覚悟があるはずだ。

 それに、いざという時に役に立つかも知れない。

 もちろん、何の役にも立たない可能性はあるが、可能性は残しておくべきだ。

 マコト達は足を止めた。

 屋敷の廊下を見る。

 庭園に面したそこに葛葉は座っていた。

 レドに膝枕をして、だ。

 レドの胸は緩やかながら上下している。

 まだ生きているようだが、安心してばかりはいられない。

 レドは見るからに憔悴していた。

 葛葉に捕まってから飲まず食わずだったとしたら命に関わる。

 マコトは足を踏み出した。

 おや? と葛葉はこちらに視線を向けた。


「何しに来たんじゃ?」

「もちろん、戦いに」


 マコトが短く返すと、葛葉はくすくすと笑った。


「あれだけ痛めつけられて。尚も戦おうとするのか。本当に愚かじゃな。妾はここで静かに暮らしたいだけなんじゃがな」

「お前を放っておいたら皆が迷惑するんだよ」

「皆のためか」


 やはり、葛葉はくすくすと笑う。


「ぶっちゃけ、俺がスローライフを送るためにはお前が邪魔なんだ」

「ならば、お主の住む街を襲わないと誓おう」

「無理だな」

「それは、何故じゃ?」

「いきなり襲いかかってきたヤツの言うことなんて信用できる訳がないでしょ!」


 不思議そうに首を傾げる葛葉をユウカは怒鳴りつけた。

 さらに――。


「レドを返すッス!」

「レド?」


 フェーネが叫ぶと、葛葉は不思議そうに首を傾げた。


「ここにはレドという者などいないのじゃが?」

「お前が膝枕をしているのがレド……おいらの弟ッス」

「これは異なことを」


 葛葉は何を言っているんだと言わんばかりの表情を浮かべた。


「彼はレドなどではない。数百年前に別れ、再び見えた妾の愛しい人じゃ。そうか、妾の命のみならず愛しい人まで奪おうとしているのか。それでは、戦わぬ訳にはいかんのう」


 葛葉は視線を落とし、そっとレドの肩に触れた。


「……お前様、お前様」

「何ですか?」

「用事ができましたので頭を上げて頂けませんか?」

「分かりました」


 レドが億劫そうに頭を上げると、葛葉は静かに立ち上がった。

 こちらに歩み出ると、周囲の風景が歪んだ。

 風景は元が何であったのか分からないほど歪み、消え始めた。

 その向こうから現れたのは剥き出しの岩肌だ。

 十数秒ほどで風景は消え去り、ダンジョンに戻っていた。


「さて、交渉の時間は終了じゃ」

「何が交渉だ」


 マコトは吐き捨てた。

 あれは宣戦布告だ。

 そうでなければ確認作業だ。

 互いに歩み寄れないと確認しただけだ。


「……点火(イグニッション)」


 小さく呟くと、右腕から漆黒の炎が噴き出した。

 葛葉と戦った時よりも猛々しく、荒々しい。

 それに気づいたのだろう。

 葛葉は軽く目を見開いた。


「ふむ、その籠手の力か。魔法強化の力を持つマジックアイテムか。その程度で妾に勝てると思うとるのか。可愛いのう」

「……収束(コンバージェンス)」


 マコトは答えず、炎を収束させた。

 漆黒の輝きが籠手を覆う。


「黙(だんま)りか。まあ、それもよかろう」


 葛葉は扇子で肩を叩く。

 軽口を叩いているが、その背後では九本の尾がうねうねと伸びている。


「さて――」


 葛葉は言い切るよりも早く仕掛けてきた。

 九本の尾が一斉に押し寄せてくる。

 狙いはマコトとユウカだ。

 マコトとユウカは左右に分かれた。


「スキル・魔法極大化(マキシマイズ)、並列起動(マルチタスク)×9! リュノ・ケスタ・アガタ! 無窮ならざるペリオリスよ、追え追え猟犬の如く、我が敵を追う猟犬となれ! 顕現せよ、追尾弾(ホーミング・ブリット)!」


 ユウカが素早く呪文を唱え、魔法を放つ。

 魔法は枝分かれし、九本の尾に直撃する。

 貫くことはできなかったが、尾の動きが大きく鈍る。


「くッ! そやつも――」


 葛葉が呻いた。

 武器を新調したのは確かだが、それだけではない。

 前に戦った時はただの追尾弾だったが、今回はスキルで強化された追尾弾だ。

 当然、威力は上がっている。

 だが、教えてやる義理はない。

 その代わりにマコトは距離を詰めた。

 ハッとしたようにこちらを見て、扇子を振り下ろす。


「昇天(ターン・アンデッド)みたいな!」

「くッ!」


 フジカの魔法が炸裂し、葛葉は眩しそうに目を細めた。

 さらに動きが鈍る。

 と言ってもほんの少しだけだ。

 だが、それで十分だった。

 マコトは扇子を躱し、葛葉の懐に飛び込んだ。


「しま――ッ!」


 葛葉が驚愕に目を見開き、マコトは拳を突き出した。

 拳が空を切る。

 拳が触れるか触れないかのタイミングで葛葉の姿が消えたのだ。

 ヒュッという音が響き――。


「昇天みたいな!」


 フジカの魔法が発動し、マコトは跳び退った。

 わずかに遅れて目の前を扇子が通り過ぎる。


「なかなかやるではないか。褒美に妾の火をくれてやろう」

「再詠唱!」


 ユウカが追尾弾を放つが、九本の尾によって叩き落とされる。


「死ぬがよい」


 葛葉は人差し指の先端に漆黒の火を灯し、ふーッと息を吹きかけた。

 火が葛葉の指を離れ、マコトに迫る。

 マッチのようにちっぽけな火だが、威力は折り紙付きだ。

 マコトが横に避けると、葛葉はにんまりと笑った。

 火はフジカに向かって飛んでいく。

 仲間より自分の身を優先させたと考えて笑ったのだろう。


「こ、こ、こっちに来るし!」

「お任せ下さい!」


 ローラが悲鳴を上げるフジカを庇うように立つ。


「衝撃反転(リフレクション)!」


 ローラの盾が黒い光に包まれ、そこに葛葉の火が接触した。

 しかし、跳ね返すことはできない。

 それどころか、じりじりとローラが押されていく。


「ほれほれ、助けに行かんのか? 仲間が死んでしまうぞ?」

「必要ねぇ!」


 葛葉は愉快そうに笑うが、マコトは無視して突っ込んだ。

 次々と拳を繰り出すが、ことごとく空を切る。

 それで確信を強める。


「まったく、意固地な男よなッ!」


 葛葉が地面を踏み締めた。

 次の瞬間、岩盤が二つに割れて左右から迫ってきた。

 葛葉がいるため前に出ることはできない。

 仕方がなく後方に跳躍する。


「それに、つれない」


 声はすぐ目の前から聞こえた。

 葛葉はマコトの跳躍に合わせて前に跳んだのだ。


「再詠唱!」

「邪魔をするでない」


 ユウカが追尾弾を放つが、九本の尾によって防がれる。

 葛葉が目を細めると、蒼い炎が揺らめいた。

 扇子を振りかぶり―――。


「魔弾(ブリット)!」

「ぐがッ!」


 こめかみにユウカの魔法が突き刺さり、葛葉はよろめいた。


「注意力散漫なのよ!」

「よ、よくも妾の顔に! 貴様の顔をずたずたに引き裂いてやろうぞッ!」


 マコトが割って入る間もなく、九本の尾がユウカに殺到する。


「ちょっ! マコト! サポートサポートサポート!!」


 ユウカは慌てふためいた様子で駆けた。

 いや、こけつまろびつしながらと言うべきか。

 ユウカを捉え損なった尾がダンジョンの壁を打ち砕く。


「再詠唱!」


 ユウカの放った追尾弾が九本の尾とぶつかり、わずかながら動きを鈍らせる。

 そこでマコトは二人の間に割って入った。


「そこを退かんかッ!」


 葛葉が扇子をでたらめに振り回す。

 子どもの癇癪にも見えるが、攻撃は一撃必殺の威力を秘めている。

 こうして対峙しているだけ恐怖で体が竦みそうになる。

 扇子が目の前を通り過ぎるたび、体を掠めるたびに汗が噴き出す。

 こちらの狙いに気づいているのではないかという不安も湧き上がってくる。

 マコトは恐怖と不安を抑えつけ、葛葉を足止めする。

 葛葉がハッとしたような表情を浮かべる。

 背後から漆黒の火が迫っていた。

 ローラが跳ね返した葛葉の火だ。

 チッ、と葛葉は顔を顰め、扇子を一閃させた。

 マコトは跳び退り、辛うじて攻撃を躱す。

 葛葉は溜息を吐きながら振り返り――。


「小賢し――」

「昇天!」

「ぐッ、小娘!」


 フジカの魔法によって葛葉の動きが鈍る。

 この隙を見逃すほどマコトはお人好しではない。

 もちろん、ユウカもだ。


「再詠唱! 魔弾ッ!」


 ユウカの声に合わせて、マコトは飛びかかった。

 九本の尾が追尾弾を防ぐ。

 だが、マコト、魔弾、ローラが跳ね返した火はまだ残っている。

 これならばという思いはあるが――。


「妾を舐めるな」

「点火!」


 葛葉から漆黒の炎が噴き出し、マコトは咄嗟に炎を身に纏った。

 ユウカの魔法が、ローラが跳ね返した漆黒の火が消滅する。

 背筋を冷たい汗が伝う。

 炎を身に纏っていなければやられていたかも知れない。


「さて、次は妾の番じゃ、な!」

「物質化(マテリアライズ)!」


 葛葉が扇子を一閃させ、マコトは右腕で受ける。

 籠手の力によって物質化させた炎はより分厚く強固になっている。

 にもかかわらず、薄氷のように砕けた。

 あまりの衝撃に体が傾ぎ、そこに尾が迫る。

 下からの攻撃だ。

 何とか躱そうとするが、無理だった。

 すさまじい衝撃と共に体が浮かび上がり、九本の尾が迫る。


「昇天!」

「再詠唱!」


 フジカの魔法で尾の動きが鈍り、ユウカの魔法で完全に動きが止まる。

 マコトは間近に迫っていた尾に蹴りを入れ、その場から逃れた。

 刹那、尾が半瞬前までマコトがいた空間を貫く。

 地面に叩きつけられ、即座に立ち上がる。

 だが、ダメージが残っているらしく頭がふらつく。

 小さく頭を振ったその時――。


「馬鹿ッ!」


 ユウカが鋭く叫んだ。

 顔を上げると、尾が間近に迫っていた。

 しかも、錐を彷彿とさせる塊になってだ。

 不意に力が抜け、膝を屈する。


「再詠唱!」


 追尾弾が突き刺さり、尾が動きを止める。

 だが、一本の尾が動きの止まったそれらを押し退けて迫ってきた。

 こんな状況にもかかわらず、マコトは感心してしまった。

 葛葉は一本の尾を守るように八本の尾を配置していたのだ。

 どうにかして致命傷を回避しなければと考えたその時、ユウカが飛び出した。

 尾を叩き落とすつもりなのだろう。

 杖を振り上げる。


「逃げ――」

「魔法付与(エンチャント・マジック)!」


 ユウカが叫んだ次の瞬間、杖が光に包まれた。

 さらに光が刃を形成する。

 呪文を詠唱していなかったのでマジックアイテムの力だろう。

 どうやら、これがユウカの隠し球のようだ。


「だりゃぁぁぁぁッ!」

「ぐぁッ!」


 光の刃が尾の半ばまで食い込み、苦痛からか、葛葉は声を上げた。


「こいつはおまけよ! とっておきなさい! 再詠唱再詠唱再詠唱!」

「ぎゃぁぁぁぁぁッ!」


 ユウカがゼロ距離から27発の追尾弾を叩き込むと、葛葉は絶叫した。

 身の毛もよだつ叫びとはまさにこのことだ。

 千切れかけた尾をずるずると後退させるが――。


「もう一つおまけに再詠唱!」

「ああああッ!」


 追尾弾が直撃し、今度こそ尾が千切れる。


「よくも、よくも、妾の尾を! その罪、万死にあた――」

「アンタこそ、あたしに攻撃したことを忘れてるんじゃないでしょうね!」


 ユウカが葛葉の言葉を遮って叫ぶ。


「あたしはアンタに攻撃を喰らったことも、宿と一緒にお気に入りの服を燃やされたことも絶対に忘れないわよ! 地獄に叩き落としてやるわ!」

「言いたいことは……」


 葛葉は俯き、ぼそぼそと呟く。

 八本の尾が蠢きながら上に伸びる。

 ギシ、ギシという音が響く。


「それだけか!」

「再詠唱!」


 八本の尾が押し寄せる。

 ユウカは追尾弾を放ったが、容易く尾に弾かれる。

 何らかの方法で尾の強度を強化しているのだろう。


「昇天みたいな!」

「再詠唱!」


 フジカの魔法によって尾の動きが鈍り、ユウカは追尾弾を放ちながら退避する。

 八本の尾が追尾弾を八発まで防ぐが――。


「くッ! また顔を!」


 葛葉は呻きながら扇子で残る一発を叩き落とした。

 マコトは立ち上がり、ユウカと葛葉の間に割って入る。

 まだ頭がくらくらするが、さっきよりは大分マシだ。


「解せぬ。何故、妾がこうも追い込まれる」


 葛葉は顔を顰めたが、答えは簡単だ。

 数が違うし、この日のために対策を練ってきた。

 たったそれだけのことがここまで大きな差を生んでいるのだ。


「再詠唱!」


 マコトはユウカの声に合わせて飛び出した。

 八本の尾が追尾弾を防ぎ、葛葉は顔を顰めながら扇子で残りを叩き落とす。

 マコトを攻撃しようと扇子を翻すが――。


「昇天!」


 フジカの魔法で動きが鈍る。


「ああッ! 鬱陶しいッ!」


 葛葉がフジカに向けて尾を伸ばす。

 反射的な行動だったのか、それとも見くびっているのか。

 伸ばした尾は一本きりだ。


「衝撃反転!」


 ローラが盾で尾を受ける。

 本来ならば跳ね返るはずの攻撃が跳ね返らない。

 それだけ力量差があるのだろう。


「消し飛ぶがいい!」

「こ、このぉぉぉぉぉッ!」


 葛葉が尾に力を込めたその瞬間、ローラは盾を上に向けた。

 尾が天井に突き刺さる。


「地震撃・改ッ!」


 リブがポールハンマーを振り下ろす。

 尾に亀裂が走り、漆黒の炎が噴き出す。

 漆黒の炎の力によるものか、徐々に亀裂が広がる。


「くッ! 妾の尾にッ!」

「剣気解放(オーラ・ブレード)!」


 葛葉が尾を引こうとした瞬間、ローラが掬い上げるような一撃を放つ。

 狙いはポールハンマーと尾の接触点――その反対側だ。


「雷よ!」


 リブの叫びに呼応し、ポールハンマーが雷を放つ。

 爆音が轟き、リブとローラが吹き飛ばされる。

 直後――。


「ぎゃぁぁぁぁッ!」


 葛葉の絶叫が響いた。

 リブとローラの攻撃で尾が千切れたせいだ。

 その隙を突き、マコトは葛葉の懐に飛び込んで拳を叩き込んだ。

 一撃、二撃と確かな感触が伝わってくるが、不意に拳が空を切る。

 気がつくと、葛葉は目の前からいなくなっていた。


「マコト!」

「分かってる!」


 ユウカの声が響き、マコトは体を屈めた。

 頭上を扇子が通り過ぎ、マコトは再び拳を叩き込んだ。

 いや、そのつもりだったが、またしても拳は空を切った。

 葛葉の姿も消えている。

 やはり、葛葉は幻術を使っているようだ。

 だから、拳が空を切り、葛葉の姿を見失っていたのだ。

 ヒュッという音が響き、マコトは強く地面を蹴った。

 わずかに遅れて扇子が通り過ぎる。

 攻撃を躱されたことが意外だったのか。

 葛葉は目を見開いていた。


「お、おのれぇぇぇぇッ!」


 蒼い炎が激しさを増し、七本の尾がマコトに押し寄せる。


「再詠唱!」

「小賢しいッ!」


 葛葉は一本の尾で追尾弾を全て防ぐ。

 後方に跳躍するが、六本の尾が伸びる。

 ユウカの追尾弾を警戒してか、五本の尾が一本の尾を取り巻いている。


「フェーネ!」

「合点承知ッス!」


 マコトの声にフェーネが応える。

 葛葉は視線を巡らせるが、フェーネの姿を捉えることはできなかったようだ。


「昇天!」

「ぐッ!」


 フジカの魔法によって動きが鈍り、紐が葛葉の尾に絡みついた。

 ただの紐ではない。

 攻撃用のマジックアイテムが結びつけられた紐だ。


「止め――」


 葛葉の悲鳴じみた声を爆音が掻き消した。

 炎、氷、雷、閃光――無数の光の中で葛葉の尾が崩れていく。


「おお、こ、これは何かの間違いじゃ。妾が、妾が……」


 八本の尾を失い、葛葉はよろよろと後退った。

 もちろん、見逃す訳にはいかない。

 マコトは地面を蹴り、葛葉と距離を詰める。


「点火!」


 右腕から漆黒の炎が噴き出す。

 籠手の力で強化された炎はかつてないほど猛々しい。

 まだ、収束、いや、物質化はさせない。

 不安が湧き上がる。

 これ以上、力を上乗せして籠手が耐えきれるのか。


「マコト! ありったけをぶち込んでやりなさいッ!」

「分かってるよ!」


 マコトはユウカに叫び返した。

 まったく、頼りになる相棒だ。

 うんざりされられることも多いが、こういう時に励ましてくれる。

 ありったけ――そうだ。

 出し惜しみなんてしていられないのだ。


「魔法付与ッ!」


 漆黒の炎を押し退けるように緑色の炎が溢れる。

 昨夜、ユウカからもらったマジックアイテムが放つ炎だ。


「やられはせん! やられはせんッ! 妾は、あの方と永遠を生きるのじゃッ!」


 葛葉は喚きながら尾を伸ばした。

 マコトは手刀で尾を切断し、目を見開いた。

 葛葉が目の前にいた。

 今になって、あの尾が囮だったと気づく。

 どうする?

 ここからどうすれば葛葉を倒せるのか?

 どうする、どうすれば――そんな言葉が脳裏を埋め尽くす。

 ふとシェリーのことを思い出した。

 今、何をしているのだろうか。

 マコトの帰りを待っているのだろうか。

 葛葉がこちらを見ている。

 笑っている。

 嗤っている。

 わらっている。

 こっちが必死に逆転の策を練っているのに勝ち誇っていやがるのだ。

 怒りが込み上げてきた。

 何処かで歯車が噛み合う。

 どくん、と心臓が大きく鼓動する。


「点火ッ!」


 右腕から純白の炎――気が噴き出す。


「物質化!」


 漆黒の、緑の、純白の炎が混じり合い、漆黒の装甲と化す。

 禍々しく、歪な、まるで悪魔のような右腕。

 右腕で扇子を受けると、葛葉は目を見開いた。

 扇子が砕けたのだ。

 パキという音が響いた。

 籠手が限界を迎えつつあるのだ。

 マコトが腕を振りかぶった瞬間、葛葉の姿が掻き消えた。

 もうなりふり構っていられないらしい。

 意識を集中する。

 できるはずだ。

 地下室にいたシェリーの存在を感じ取ったように、葛葉の存在も感じ取れるはずだ。

 目を細めた時、光が見えた。

 右拳が光に吸い寄せられるように動き、衝撃が伝わってきた。

 幻術が解け、葛葉の姿が露わになる。


「何故じゃ。何故、何故……」


 何故と繰り返しながら葛葉はよろよろと後退し、その場にへたり込んだ。

 ゆっくりと姿が薄れていく。

 いや、幻術が解けているのだ。


「ああ、見るな! 見るなッ! 妾の姿を見るでない!」


 幻術が消え、現れたのはボロボロの着物を纏った骸骨だった。

 葛葉は抵抗する気力を失ったように項垂れた。

 小さく息を吐いた次の瞬間、ガラスの砕けるような音が響いた。

 装甲ごと籠手が砕けたのだ。

 破片は漆黒、緑、純白の炎と化して消えた。

 やはり、負荷に耐えられなかったようだ。

 だが、ここまで弱体化させれば倒せるだろう。


「……悪く思うなよ」

「待って下さい!」


 マコトが拳を振り上げたその時、レドが割って入った。


「レド、そいつから離れるッス!」

「で、でも!」


 いつの間にかやって来ていたフェーネが叫ぶが、レドは従わなかった。

 ストックホルム症候群――人質が犯人に共感するというヤツだろうか。

 長いこと幻術を掛けられていたので、それも影響しているかも知れない。

 あるいは神官としての使命感に突き動かされているのか。


「彼女は数百年も一人でいたんです」

「そこを退け」

「や、止めて下さい!」


 マコトは押し退けようとしたが、レドはしがみついてきた。

 逃げろとか言い出しそうな雰囲気だ。


「彼女は、葛葉は何百年もさまよってきたんです!」

「おお、お前様!」


 葛葉は顔を上げ、体を震わせた。


「ようやく、ようやく妾の名前を思い出して下さった」

「……名前?」


 レドは唇に触れた。

 どうやら、レドは葛葉の名前を知らなかったらしい。

 この世界にも生まれ変わりがあるのだろうかと考えたその時――。


「……くふ」


 葛葉は小さく笑った。


「くふふ、くかかかかかかかッ!」


 葛葉は狂ったように笑い出した。


「ようやく出会えたのじゃ! 喰ろうてやる、妾が喰ろうてやる! 今度こそ、お前様は妾のものじゃ! かかかかかかッ!」


 漆黒の炎が噴き出し、その中で葛葉の姿が変わっていく。

 それは狐だった。

 ガラスの破片で作られたような狐に変貌したのだ。


「永遠を、共に過ごしましょうぞ!」

「危ねぇッ!」


 マコトはレドを突き飛ばし、背中から地面に叩きつけられた。

 急激に視界が暗くなっていく。

 視線を落とすと、皮一枚で繋がる右腕が見えた。

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